禁煙7号車(食堂車)
吉平と健二は、食堂車のテーブルに腰を下ろしていた。吉平はイライラした様子で煙草を取り出し、火をつけようとする。
「全くとんだ騒ぎ起こしたもんだ!」
健二が呆れたように相槌を打つ。
「よりによって公安隊がガキ4人かよ、世の中変わったもんだな。」
その時、まりが慌てて駆け寄ってきた。
「お客様、申し訳ありませんが、ここは全面禁煙となっております。」
吉平は一瞬面食らったが、すぐにニヤリと笑って煙草を口にくわえたまま答えた。
「あ? そうか、すまんすまん。吸う所間違ってたわ―――他の所に移動するわ。」
だが、そのまま煙草に火をつけようとする。
まりが困り果てた顔で再度注意する。
「あの……申し訳ありませんが、ここは禁煙です。」
吉平はニヤニヤと笑いながら、無視するように煙草をくわえ続ける。
「へへっ……。」
まりは言葉を失い、呆然と立ち尽くす。
そこへ、ミランダが冷静な足取りで近づいてきた。
「どーしたの?」
まりが震える声で説明する。
「あ、あのお客様が煙草を……。」
ミランダは頷き、まりに優しく指示した。
「わかったわ。あなたは下がってて。」
吉平は煙草を一服し、満足げに煙を吐き出すと、吸い殻を床にポイと捨てた。そして、革靴でそれを踏みつけるように擦り付けた。
「ふぅ……。」
ミランダの目が鋭く光る。
「!!」
吉平はニヤニヤと笑いながら、挑発するように見つめ返す。
「ヒヒヒヒヒッ」
ミランダは冷静に、しかし強い口調で命じた。
「拾いなさい。」
吉平は無言で、ミランダを睨みつける。
「…………」
ミランダがさらに声を強める。
「拾え。」
吉平は動かない。
「…………」
ミランダの声が一層厳しくなる。
「拾えって言ってんのよ!!」
吉平は渋々といった様子で、床に落ちた吸い殻を拾い上げ、エチケット袋に入れた。
「チッ……!」
健二が吉平の肩を叩き、なだめるように言う。
「構うな、放って置け!」
大宮駅 PM19:28
ホームに停車した寝台特急『北斗星』。大宮駅の喧騒が、列車の扉が開く音と共に車内にも流れ込んできた。吉平は、怒りに満ちた目で牧料理長を睨みつけ、ドスの効いた声で一喝した。
「降りろ! ゴラァ!」
牧料理長は、まるで雷に打たれたかのように体を震わせ、慌ててホームに降り立った。だが、その足元はふらつき、思わず「いでっ!」と小さな悲鳴を上げた。
「おい、荷物を忘れてんぞ!」
健二がそう叫びながら、牧料理長の鞄を乱暴に放り投げた。鞄はホームにドサッと音を立てて落ち、中身が少し飛び出した。牧料理長は必死にそれを拾い上げ、すがるような目で吉平を見上げた。
「おい、これ何かの間違いだろ!?」
だが、ミランダは冷たく言い放った。
「後で事情聴取するから。とりあえず鉄道公安室に。連行してください。」
大宮鉄道公安隊員が即座に動き、牧料理長の腕を掴んだ。
「わかりました。ほら、行くぞ!」
牧料理長は抵抗する気力もなく、うなだれたまま連行されていった。その背中からは、深い絶望が滲み出ていた。
直人は、ホームに降り立ち、ミランダに声をかけた。
「あの、あなたは?」
ミランダは、どこか遠い目をして、静かに答えた。
「ミランダでいいわ。二日前に国籍取得したのよ。」
直人はその言葉に首を傾げた。
「え?」
ミランダは、まるで過去を振り返るように、ゆっくりと続けた。
「やっぱわかんないか? 私ね、元スパイなの。朝鮮……いや、日本では北朝鮮と言うべきかな。」
直人は、ますます混乱した表情で、言葉を失った。
「え……あの、何を言っているかさっぱり?」
その時、あおいが急かすように声をかけた。
「高山、時間よ。」
直人は、慌てて答えた。
「ああ、今行く!」
ミランダは、何かに気づいたように、微かに目を見開いた。
「!?」
直人がその視線に気づき、尋ねた。
「どうしました?」
ミランダは、一瞬の沈黙の後、首を振った。
「……いえ、何でもないわ。」
直人は、疑問を浮かべたが、あおいの声が再び響いた。
「高山!」
「今、行くって!」
直人は、ミランダに一礼し、急いであおいの元へと走り出した。ミランダは、その背中を見送りながら、どこか寂しげな微笑を浮かべた。
列車の汽笛が鳴り響き、ゆっくりと動き出す『北斗星』。ホームに残されたミランダの姿が、徐々に遠ざかっていく。彼女の心には、過去の記憶と、未来への不安が交錯していた。
To be continued