PM19:32
列車の揺れが心地よいリズムを刻む中、車内は静かなざわめきに包まれていた。そんな中、乙哉はまるで久しぶりに会った親友を見つけた子供のように、目を輝かせて晴に駆け寄った。
「晴っち~っ! 久しぶりだね!」
その声は、まるで小さな鈴が鳴るように明るく響いた。
晴は穏やかな微笑みを浮かべ、乙哉の勢いに少し戸惑いながらも、優しく答えた。
「武智さん。久しぶりですね。」
二人の再会を横で見ていたまゆかは、首を傾げて不思議そうに尋ねた。
「あの……お知り合いですか?」
乙哉は振り返り、まゆかにニコッと笑顔を向けた。
「そうだね。彼女は私の親友だよ。」
まゆかは納得したように頷き、すぐに気を利かせて提案した。
「そうだったんですか。あ、何か飲み物持ってきますね。」
晴は少し驚いた様子で、まゆかの気遣いに感謝の意を込めて言った。
「え? じゃ、お言葉に甘えて。」
乙哉もすかさず自分の分を頼んだ。
「じゃ、私の分も。」
まゆかは一瞬困った顔をしたが、すぐに思い出したように笑顔で答えた。
「武智さんはまだ仕事中……あ、そっか、休憩時間だっけ。持ってきますね。」
乙哉はくすくすと笑い、まゆかの背中を見送った。
5分後
まゆかが飲み物を持って戻ってくると、乙哉と晴は窓際の席で楽しそうに話していた。乙哉は飲み物を一口飲み、晴に尋ねた。
「晴っちは何処行くの?」
晴は少し照れくさそうに、しかし嬉しそうに答えた。
「北海道で観光です」
乙哉は目を丸くし、興奮気味に声を上げた。
「北海道!? 札幌に行くんだ!? 私達と同じだね!」
晴は乙哉の反応に微笑みつつ、冷静に指摘した。
「武智さんは仕事があるんでしょ?」
乙哉は一瞬ポカンとした後、思い出したように笑い出した。
「あ、そっか。アハハハハハッ」
その時、厨房の奥からエルヴィラが現れ、真剣な表情で乙哉に声をかけた。
「武智さん、休憩中悪いけど、ちょっと厨房に来てくれるかしら? 皆に大事な話があるのよ。」
乙哉はすぐに立ち上がり、明るく返事をした。
「はい!」
エルヴィラの声には、普段の穏やかさとは異なる重みが感じられた。乙哉は少し緊張しながらも、厨房へと足を向けた。
PM19:37
厨房は、まるで嵐が来る前の静けさのように、張り詰めた空気に包まれていた。シンクの水滴がポタリと落ちる音すら響きそうなほどだ。
乙哉は我慢しきれず、両手を腰に当てて声を荒げた。
「料理長の代わりを探してくれって、主任が探せばいいじゃないですか!」
その顔には苛立ちが滲み、額にはうっすら汗が浮かんでいる。
エルヴィラはそんな乙哉を一瞥し、冷静そのものの声で返す。
「それがさ、他の人にやらせても何か味が変わるんだよね。」
彼女の瞳はまるで氷のように澄んでいて、動揺の欠片も見えない。
まゆかは隣でオロオロと首を傾げ、小さな声で恐る恐る提案した。
「じゃ、メニュー変更も……。」
その声は、厨房の喧騒に埋もれそうなくらいか細い。
エルヴィラは一瞬、顎に手を当てて考える素振りを見せると、ゆっくり頷いた。
「そうね。メニュー変更もあり得るわね。」
その口調には、どこか余裕すら感じさせる響きがあった。
アネッサが腕を組み、淡々とした声で状況を整理する。
「作れる人がいなきゃ、料理は出せないよね。」
彼女の言葉はシンプルだが、核心を突いていた。
乙哉はもう限界とばかりに頭を抱え、深いため息をついた。
「はぁ…何でこんな事に」
その表情は、疲れと焦りが混じったなんとも言えないものだった。
その時、まりが控えめに手を挙げ、遠慮がちな声で口を開いた。
「あの……」
彼女の視線は少し泳いでいて、緊張しているのが手に取るようにわかる。
乙哉は即座に反応し、期待を込めた目でまりを見た。
「何か思いついた?」
その声には、藁にもすがりたいような切実さが滲んでいた。
まりは一瞬躊躇した後、意を決したように言葉を紡いだ。
「この乗客の中に調理経験のある方、探せばいいんですよね。」
小さな声ながら、彼女の提案ははっきりと厨房に響いた。
エルヴィラは迷わず頷き、即答した。
「ええ、プロがいなければ素人でも構わないわ。」
その言葉には、状況を打破する強い意志が込められている。
だが、その瞬間、コックAが慌てふためいて声を上げた。
「えっ!? ちょっと待ってください! 主任。素人がやらせたら料理の味が……。」
彼の顔は真っ青で、手をブンブン振って抗議している。
エルヴィラは鋭い視線をコックAに投げ、きっぱりと言い切った。
「わかってるわ! できれば一人……いや、二人必要ね。」
その声には有無を言わさぬ力強さがあった。
アネッサが静かに、しかし的確に提案を重ねる。
「では、人材探しを?」
彼女の落ち着いた態度が、場に一瞬の安定をもたらした。
エルヴィラはしばらく沈黙し、遠くを見つめるように目を細めた。
「……次の駅に着いたら考えましょう。」
その言葉を最後に、厨房には再び重い静寂が訪れた。不安と期待が交錯する中、誰もが次の展開を見守るしかなかった。
To be continued