PM20:30 警視庁
警視庁の執務室は、夜の静寂に包まれていた。蛍光灯の薄い光が書類の山を照らし、壁に掛かった時計がカチカチと秒を刻む。そんな中、鳰が勢いよくドアを開けて飛び込んできた。
「神長さん!」
彼女の声は少し息を切らせていて、制服の裾がわずかに乱れている。
香子は椅子に深く腰掛け、書類から目を上げずに淡々と応じた。
「何だ? 走り」
その声には、いつもの冷静さと若干の面倒くささが混じっていた。
鳰は一気にまくしたてるように報告を始めた。
「たった今、國鉄の水戸鉄道管理局から連絡があって、どーもおかしな点があるらしいっスよ!」
「何が言いたい?」
香子がようやく顔を上げ、鋭い視線を鳰に投げた。
「北斗星がRAILJACKの工作員らによって乗っ取られたと!」
鳰の言葉に、わずかな興奮と焦りが滲んでいる。
「占領されたと言いたいのか」
香子は眉を軽く動かし、状況を冷静に整理するように呟いた。
「例のベルニナ王子事件と違って、犯人らの計画性が凝ってるらしいっスね~」
鳰が少し大げさに肩をすくめると、香子は小さく鼻を鳴らした。
「私が動けと? お前が行った方が早いんじゃないか?」
香子の言葉には、どこか鳰を試すような響きがあった。
鳰はニヤリと笑って胸を張った。
「既に各東北地方の警察に連絡済みっスよ!」
「さすが走りだな」
香子が珍しく口元を緩め、僅かに感心したように呟く。
「あとは食い止めるのを待つだけっスね……」
鳰が少し声を落とし、窓の外を見やった。そこには、闇に沈む東京の夜景が広がっている。
執務室に再び静寂が戻ったが、二人の間には何か大きな嵐が近づいている予感が漂っていた。北斗星を乗っ取ったRAILJACKの工作員たちと、それを阻止しようとする者たち――その戦いの結末を、香子と鳰はただ見守るしかないのだろうか。
PM20:30 寝台特急『北斗星』6号車 シャワールーム
寝台特急『北斗星』の6号車、シャワールームの中は、蒸気と汗の匂いが混じり合ってむっとしていた。狭い空間に立つRJの女性構成員Aは、髪を乱暴に拭きながら不満を漏らした。
「それにしても汗だらけでベトベトだわ」
彼女の声には疲れが滲み、濡れた服が肌に張り付いて不快感を増していた。
隣でタオルを手に持つRJ女性構成員Bが、軽く笑って応じた。
「シャワー浴びるの久々ね」
「ホントね」
RJ女性構成員Aがため息をつき、やっと一息つける瞬間を味わおうとしたその時――
バーン! バーン! バーン!
車内に響き渡る銃声が、二人の安堵を一瞬で吹き飛ばした。
「銃声!?」
RJ女性構成員Aが目を丸くし、タオルを握り潰す。
コンコン
ドアを叩く音が鳴り響き、続いて荒々しい声がシャワールームに突き刺さった。
「いるのはわかってんだよ!! さっさと開けろ!!」
吉平の怒鳴り声だ。
「豊南組の……!」
RJ女性構成員Aが息を呑み、ドアの向こうに立つ男の正体に気づく。
「何でヤクザがここに!?」
RJ女性構成員Bが慌てて声を上げ、タオルを落としそうになるほど動揺していた。
「私が知るわけないでしょ!」
RJ女性構成員Aが苛立ちをぶつけ、状況の混乱に頭を抱えた。
ドアの外から、吉平の冷たい声が再び響く。
「ここにいることは確かです」
健二が低い声で指示を出す。
「こじ開けろ」
「へい」
吉平が即座に応じ、次の瞬間――
バーン! バーン! ドガァッ!
ドアが勢いよく吹き飛び、木片がシャワールーム内に飛び散った。
「くっ……ヤクザの分際で!」
RJ女性構成員Aが歯を食いしばり、反射的に身構えるが――
バーン!
銃声が鳴り響き、彼女の体がよろめいた。
「うっ……!」
「え……ちょっと待って! 私は……ただ雇われただけ!」
RJ女性構成員Bが必死に手を上げて叫ぶが、その言葉は虚しく――
バーン!
彼女の胸を銃弾が貫き、「うぐっ……! そんな……わ……たしは……がぁはぁっ!」と呻きながら床に崩れ落ちた。
吉平が銃を下げ、冷たく吐き捨てる。
「雑魚ばかりか?」
健二が周囲を見回し、冷静に状況を分析した。
「分からん。他の組の連中が関わっていることは確かだ」
吉平がニヤリと笑い、銃を握り直す。
「なら手当たり次第ぶっ放すしかないな」
シャワールームの床に血が広がり、蒸気と混じって不気味な赤い霧が漂い始めた。吉平と健二は冷徹な目で次の標的を探し、6号車にさらなる混乱の嵐を巻き起こす準備を進めていた。
PM20:30 寝台特急『北斗星』車内
寝台特急『北斗星』の車内に、突然の銃声が響き渡った。静寂を切り裂く鋭い音に、乗客たちのざわめきが一瞬で凍りつく。
「銃声!!?」
直人が目を丸くし、反射的に身を起こした。心臓がドクンと跳ね、緊張が全身を走る。
「!!!?」
あおいが隣で鋭く息を呑み、腰のホルスターに手を伸ばす。その瞳には既に戦闘モードの光が宿っていた。
「!!!?」
翔が座席から飛び上がり、拳を握り潰す勢いで身構えた。
「!!!?」
はるかも小さく声を上げ、驚きを隠せない表情で周囲を見回す。
ミランダが冷静に状況を分析し、鋭い声で叫んだ。
「6号車のシャワールームから聞こえたわ!」
その言葉には迷いがなく、すぐさま行動を促す力強さが込められていた。
「6号車に向かうぞ!」
直人が即座に号令をかけ、仲間たちに視線を走らせる。彼の声には決意が宿り、研修中の身でありながらも責任感が滲み出ていた。
「ええ!」
あおいが短く応じ、すでに走り出す準備を整えている。
「了解!」
翔が力強く頷き、直人の後を追う気満々だ。
車内の乗客たちが怯えた目で彼らを見つめる中、直人たちは一斉に6号車へと駆け出した。足音が床を叩き、銃声の余韻がまだ耳に残る中、彼らの背中には覚悟と緊迫感が漂っていた。シャワールームで何が起きているのか――その真相に迫る瞬間が、すぐそこまで迫っていた。
PM20:30 寝台特急『北斗星』6号車
6号車のシャワールームに駆けつけた直人たちの足音が、血と硝煙の匂いが漂う空間に響いた。ドアは無残に壊され、蒸気が薄く立ち込める中、二人の女性の遺体が床に横たわっていた。
「遅かったか……」
直人が呟き、唇を噛みしめた。目の前の惨状に、研修中の自分たちの無力さを痛感するような声だった。
あおいが冷静に遺体を見下ろし、鋭い声で分析する。
「RJのメンバーらしき遺体だけど……」
彼女の視線は冷たく、状況を瞬時に読み取ろうとしていた。
ミランダが一歩進み出て、眉を寄せながら呟いた。
「女性ね。と言うことは、まだそれ以外の連中がいるかもしれないわ。RJではない、どのテロリストでもない集団……」
「暴力団……豊南組!!?」
あおいが目を細め、鋭く言い放つ。その言葉に、車内の空気が一瞬にして重くなった。
「確証はないけど、恐らく……」
ミランダが慎重に言葉を選びつつ、可能性を認める。彼女の声には、長年の経験からくる確信が滲んでいた。
直人が決意を固めたように拳を握り、提案した。
「彼らと接触する必要性はあります」
「ダメよ!」
ミランダが即座に遮り、直人を鋭く見据える。
「あなた達には敵う相手じゃないわ」
その言葉には、若者たちを守ろうとする強い意志が込められていた。
あおいがふと首を傾げ、思い出したように呟いた。
「あれ? そー言えば、ココさん見かけないわね」
「え!!? まさか……!」
ミランダの顔が一瞬にして青ざめ、声に焦りが混じる。
「彼女が危ない! 急ごう!」
直人が叫び、仲間たちに視線を走らせた。彼の瞳には、ココを救うための決意が燃えていた。
血の臭いが漂う6号車を後に、直人たちは再び走り出した。豊南組の影が車内に潜んでいる可能性、そしてココの安否――二つの危機が彼らを追い詰める中、時間は刻一刻と迫っていた。
To be continued