RAILJACK   作:マブラマ

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英様

PM20:40 寝台特急『北斗星』運転室

北斗星の運転席は、狭いながらも緊張感に満ちていた。オイルと金属の匂いが漂う中、制御パネルの明かりがちらちらと揺れ、ロザリー、クリス、メアリーの三人の顔に不思議な影を落としていた。ロザリーは額に浮かんだ汗を拭いながら、無数のレバーとボタンに目を走らせていた。彼女の手はしっかりと操縦桿を握り、その表情には決意が宿っていた。

「段々、慣れて来たぜ……」

ロザリーが呟いた。声には僅かな自負が混じっていて、それは自分自身を励ます言葉でもあった。

壁に寄りかかり、腕を組んだクリスが鋭い視線を彼女に投げかける。

「油断は禁物だよ、ロザリー。」

その低い声には、彼らの置かれた状況の重さが滲んでいた。

ロザリーは頷き、表情を引き締めた。

「分かってる。」

彼女は調子に乗るつもりなんてなかった。今は、この列車を正しい軌道に乗せ続けることが全てだった。

クリスはコンソールに置かれた擦り切れたマニュアルを手に取り、ページを開いた。

「良い? とにかくこのマニュアル通りに指示に従えば良いだけだよ」

彼女の指が紙を叩き、正確さの重要性を強調した。失敗は許されない。

一方、メアリーは指をいじりながら、不安そうに目を丸くしていた。

「ヒルダお姉さま、大丈夫ですよね?」

その声は小さく、どこか幼さを含んでいて、仲間たちの硬派な雰囲気とは対照的だった。

クリスの表情が一瞬和らぎ、彼女に小さな笑みを向けた。

「ヒルダは死ぬような事はしないと思うよ。」

それは安心させる言葉であると同時に、彼自身の希望でもあった。

メアリーは息を吐き、肩の力を少し抜いた。

「ですよね。」

ロザリーは壁に掛かった時計に目をやり、再び操縦桿に視線を戻した。

「この定時を守れば誰も怪しまれないはずだ。」

声は落ち着いていたが、その裏には焦りが隠れていた。一秒たりとも無駄にはできない。

クリスの目が細まり、過去の失敗の影が顔をよぎった。「だといいけど。あのベルニナ王子襲撃事件の犯人グループみたいな事はやらないからね。」その言葉は呪いのように響き、彼らが失敗すればどうなるかを暗に示していた。

ロザリーの手が操縦桿を握る力が強まり、声に怒りが滲んだ。「やらねぇよ! あんな連中、無期懲役や死刑でもなってればいいもんだ!」 あの事件の記憶はまだ生々しく、彼女の中で燻り続けていた。

メアリーが首を傾げ、口元に微かな笑みを浮かべた。「人の事言えない気がしますけどね。」その軽い口調はからかいのようで、しかし鋭く刺さった。

「五月蝿いな!」 ロザリーが声を荒げ、頬が怒りで赤く染まった。自分たちの危うい立場を突かれるのは我慢ならなかった。

運転席は一瞬静まり返り、列車の車輪がレールに当たるリズミカルな音だけが響いた。外では夜が無関心に広がり、車内のドラマを見守っていた。ロザリーは深呼吸し、気持ちを切り替えた。仕事はまだ終わっていない。失敗は許されないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PM20:45 寝台特急『北斗星』5号車

 

5号車の通路は、薄暗い蛍光灯の下で息を潜めるような静けさに支配されていた。窓の外を流れていく闇の景色が、まるで何か不吉なものを予感させるかのように車内を包み込む。吉平と健二は、背筋に冷たい緊張を走らせながら、慎重に足を進めていた。

「兄貴! やけに静かですよ」

吉平の声が小さく響き、その瞳には不安の影が揺れていた。彼の手は無意識に腰の拳銃ホルスターに伸び、いつでも抜ける準備を整えている。

健二が低い声で応じた。

「気ぃ付けろ。何かが起こるかもしれねぇぞ」

その言葉には、長年の抗争で磨かれた鋭い勘が滲んでいた。ついさっき、RJの構成員を血まみれに葬ったばかりの二人の背後には、まだ生々しい戦いの余韻が漂っている。

その時、暗闇の中からふわりと乙哉が現れた。彼女の目は氷のように冷たく、唇には人を小馬鹿にしたような笑みが浮かんでいる。

「アンタ達がRJとか言うテロリストを殺しちゃったの~?」

その声は軽やかで、まるで歌うように響くが、どこか狂気じみた不協和音を帯びていた。

「何者だ!?」

吉平が咄嗟に拳銃を抜き、乙哉に狙いを定めた。引き金にかけた指がわずかに震え、いつでも撃てる緊張感が彼を支配している。

乙哉は首を小さく傾げ、ポケットから散髪鋏を取り出してチラリと見せつけた。

「男には興味ないけど、切り刻むしかないわね~」

その言葉に、吉平の顔が怒りで真っ赤に染まった。

「何だとこのアマ!」

彼が怒鳴り声を上げた瞬間、通路の奥から車椅子の軋む音が静かに近づいてきた。

「お待ちなさい」

優雅で落ち着いた声が響き、吉平と健二の動きをピタリと止めた。車椅子に乗った純恋子が、薄明かりに照らされて姿を現す。

「あ!?」

吉平が驚きの声を漏らし、健二が眉をひそめた。

「今度は車椅子の女か」

純恋子は穏やかに微笑み、どこか余裕を感じさせる口調で言った。

「フフフ……あなた達が誰であろうと、私には勝てませんわ」

その言葉には、揺るぎない自信が宿っていた。

吉平が嘲笑を浮かべ、健二に囁いた。

「何か変な事言ってますぜ」

「ぶっ殺すか」

健二が冷たく呟き、吉平が頷いた。

「同感だ」

乙哉が純恋子に視線を向け、軽い調子で尋ねた。

「どーするの?」

純恋子は静かに目を閉じ、決断を下した。

「仕方ないですわね。番場さん、存分に暴れてきなさい」

真夜がニヤリと笑い、巨大なハンマーを肩に担ぎ上げた。

「こいつをぶっ飛ばせばいいんだな?」

「ええ」

純恋子の静かな声が響き、真夜が一歩前に踏み出した。

「じゃ……遠慮なく暴れさせてもらうぜぇいっ!!」

「殺れ!」

健二が鋭く号令をかけ、吉平が拳銃を構えた。

「コノヤロー!」

バンッ! バーン! バーン! バーン! バーン! バーン! バーン!

銃声が車内に轟き、弾丸が空気を切り裂いた。しかし、純恋子は車椅子に座ったまま、微動だにしない。

健二がニヤリと笑い、呟いた。

「流石にあの車椅子の女は動けねぇ筈だ」

だが、吉平の顔が突然青ざめ、無言で純恋子を見つめた。

「……」

「英さん!!」

乙哉が叫び、真夜が冷静に言った。

「大丈夫だ。純恋子はこんな事で倒れる女じゃないぜ」

健二が再び拳銃を構え、冷たく言い放った。

「さて……もう一発風穴開けるか」

その瞬間、グシャッ!

健二の拳銃が無残に握り潰され、金属の破片が床に散らばった。

「なっ……! 拳銃が……引き千切った!!?」

健二の声が震え、信じられない光景に目を見開いた。

吉平が慌てて叫んだ。

「ば、バカな! 女ですぜ!」

純恋子が穏やかに微笑み、静かに言った。

「あら? 私の事をただの女性として見てくれるなんて、さぞ心が優しい方でしょうね。ですが、私の体は鋼鉄に出来ていますのよ」

その言葉に、吉平と健二の顔から血の気が引いた。

「このなめやがって!!」

健二が怒りに任せてドスを抜き、純恋子に襲いかかった。

ガシィィッ!

だが、ドスは純恋子の手に握られ、めりめりめり……バキィッ!

無残に折り曲げられてしまった。

「折った!!? こいつ人間じゃねぇ!!」

健二が恐怖に声を震わせ、吉平が叫んだ。

「次の駅で降りましょう! 兄貴!!」

「くっ……!」

健二が悔しそうに歯を食いしばり、逃げようとしたその時――

「番場さん、懲らしめてやりなさい!」

純恋子の声が冷たく響き、真夜が巨大ハンマーを振り上げた。

「逃がさないぜ……! どぉぉりゃああああああああああああああっ!!!」

ドガァァァン!!

ハンマーが二人の体を直撃し、凄まじい衝撃が車内を揺らした。

「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

健二の絶叫が響き渡り、吉平も悲痛な声を上げた。

「がはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

二人の体は壁に叩きつけられ、血を流しながら床に崩れ落ちた。純恋子は静かに車椅子を進め、倒れた二人を見下ろした。

「これでしばらくは静かになりますわね」

乙哉が散髪鋏をポケットにしまい、ニヤリと笑った。

「さすが英さん、頼りになりますわ~」

真夜がハンマーを肩に担ぎ直し、満足げに頷いた。

「これで終わりか? つまんねぇな」

車内に再び静寂が戻り、窓の外では夜の闇がどこまでも広がっていた。純恋子たちの圧倒的な力の前に、吉平と健二は為す術もなく敗れ去った。この寝台特急の旅は、彼らにとって予想外の終幕を迎えたのだった。

 

To be continued

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