PM21:50 國鉄郡山駅
寝台特急『北斗星』が郡山駅のホームに滑り込んだのは、予定より10分遅れた21時50分。駅構内はざわめきに包まれ、薄暗いホームに響くアナウンスが混乱を増幅させていた。そんな中、鳰はホームの端に立ち、軽やかな笑みを浮かべていた。
「どーやらウチらが一番乗りみたいですっスね~」
鳰がのんびりした口調で呟くと、隣に立つ公安捜査員Aがそっけなく頷いた。
「ですね」
「何すか? そのリアクションは?」
鳰が眉をひそめて突っ込むと、公安捜査員Aは肩をすくめた。
「いえ。何も」
その時、鳰のポケットでiPhone14がけたたましく鳴り響いた。彼女は慣れた手つきで電話を取り出し、明るく応えた。
「はい、走りっス。おっ、伊介さん久しぶりっスねー。元気にしてましたっスかー。ウチは公安の刑事っスよ。理事長のコネですけど。へへへっ」
電話の向こうから、伊介の妖艶な声が響いた。
《……久しぶりね~♡伊介のこと心配してくれたの~♡》
「勿論、まぁウチも色々あって連絡取れなかったっスよ~」
鳰が気軽に返すと、伊介の声が一瞬冷たくなった。
《オイ、相変わらず馴れ馴れしいわね》
「バレちゃいましたか」
鳰がニヤリと笑うと、伊介の声に苛立ちが滲んだ。
《アンタが何考えてるのか知らないけど、思惑通りになると思うなよ!》
「もう遅いっスよ」
鳰の声が鋭さを帯びた瞬間、伊介が反論した。
《いいえ。まだ遅くないわ》
「ウチは誰だと思ってるんスか?」
自信満々に言い放つ鳰に、公安捜査官Bが駆け寄ってきた。
「走り警視、爆弾処理班が仙台駅に到着しました!」
「ご苦労様っス。そー言う訳でここで一旦切りますよ」
鳰が軽く告げると、伊介の冷たい一言が響いた。
《殺す》
プツッ!
「あひゃ~っおーっ、相変わらず変わんないスねー。伊介さんは。もう電車が来る時間帯っスね」
鳰が笑いながらiPhone14をポケットにしまうと、公安捜査官Aが時計を見た。
「21時52分。そろそろ来る頃ですが」
「来ましたね」
鳰が呟いた瞬間、ホームに寝台特急『北斗星』が到着し、ドアが開いた。
「走り警視」
凛とした声が響き、鳰が振り返ると、そこに鈴蘭杏樹が立っていた。
「とりあえずこの寝台特急に乗って、RAILJACK……いや、鉄道公安隊はRJって呼んでましたっスよね」
鳰が軽く言うと、杏樹が即座に割り込んだ。
「どちらでもいいわ! 捕まえればいい事でしょ?」
「流石。元アテラ国の第17帝位継承権皇女殿下アンジュリーゼ。いや今は鈴蘭杏樹ですっスよね」
鳰がニヤリと笑うと、杏樹は冷たく言い放った。
「過去の事はもう捨てたわ。帝位継承権なんかどーでもいいわ! 所詮は隠し子に過ぎない存在。だから私は鉄道公安隊として生きる事を決めたのだから!」
「ベルニナ殿下と連絡取ってるんスか?」
鳰が尋ねると、杏樹が即答した。
「取ってる訳ないでしょ! ま、本人は私の事知らないと思うけど。親戚同様接しているわ」
「お、誰かが降りて来たみたいスね」
鳰がホームに目をやると、直人が仲間と共に降りてきた。
「走り警視!? それに……」
直人が驚きの声を上げると、杏樹が静かに微笑んだ。
「久しぶりね」
「杏樹さん。何でここに!?」
直人が目を丸くすると、鳰が説明した。
「杏樹さんはわざわざ函館鉄道公安隊第一捜査班からここまでやってきたんスよ」
「すいません。色々と」
直人が頭を下げると、杏樹は軽く手を振った。
「いいわよ。それより高山君、この3人は?」
「俺が所属している第四警戒班のメンバーの桜井、岩泉、小海さんの3人です」
直人が紹介すると、三人が順に名乗った。
「あ、桜井あおいです」
「岩泉翔です」
「こ、小海はるかです!」
「とにかくそのテロリストは?」
杏樹が鋭く尋ねると、直人が答えた。
「多分まだ中に」
「急ぐわよ!」
杏樹が号令をかけ、直人が頷いた。
「はい!」
その時、駅内アナウンスが響いた。
《只今諸事情により10分遅れています。発車まで暫くお待ちください》
「 おい、どーなってんだよ!」
男性客Aが苛立ちをぶつけると、男性客Bも続けた。
「早くしてくれよ」
「すいません。警察の捜査が……」
直人が謝ると、男性客Aが怒鳴った。
「だからなんなんだよ! さっさと済ませろ!」
私服警官Aが近づき、怪しげな女性に声をかけた。
「おい、そこの君! ちょっとこっちへ来てもらえないか? 色々聞きたいことあるんだよ」
「!!」
ヒルダが一瞬硬直し、エルヴィラが叫んだ。
「その女性はRJのメンバーよ!」
「何?」
私服警官Aが驚く中、ヒルダが銃を抜いた。
バンッ!
「ぐぅっ!」
警官が倒れ、ヒルダが叫んだ。
「ロザリー! 早く発車しろ!」
「直ぐに発車できねぇよ!」
ロザリーが運転席から返し、ヒルダが苛立ちを露わにした。
「あーもう!」
「ノンナもやられたわ!」
メアリーが震えながら報告すると、ヒルダの顔が青ざめた。
「ぐぐ……(_;)」
「ヒルダ、降伏しよう」
クリスが冷静に提案したが、ヒルダが叫んだ。
「ここで降伏したら私の立場はどーなるのよ!! それに報酬もらえないじゃない!」
「そっちの心配かい(_;)」
ロザリーが呆れ、その時、背後に伊介が現れた。
「その前に私が報酬もらっとくから」
「なっ……いつの間に背後に!?」
ヒルダが驚愕すると、伊介が妖艶に笑った。
「だって~伊介も、アンタ達と違って単に稼業やってる訳じゃないからね」
「この女と関わらない方が良さそうだ」
ロザリーが呟き、クリスが頷いた。
「うん」
「ひぃっ!」
メアリーが悲鳴を上げると、乙哉が血まみれの鋏を手に現れた。
「あら~? 気付かなかった? 動いたら切り刻むよ」
「こ、降伏します……」
メアリーが震え、ヒルダが歯を食いしばった。
「クソッ! ここまでか……」
PM22:00 某秘密拠点
寝台特急『北斗星』の混乱が郡山駅で終息を迎えた頃、遠く離れた東京都内の某所では、薄暗い部屋に重い空気が漂っていた。窓の外から漏れる街の灯りが、部屋の壁に淡い影を投げかけていた。邦夫は革張りの椅子に深く腰掛け、眉間に深い皺を刻んでいた。彼の隣には、りえが静かに立ち、冷徹な瞳で状況を見つめていた。
「そうか。ヒルダ達もダメだったか」
邦夫の声は低く、どこか疲れを含んでいた。寝台特急での作戦が失敗に終わった報告が、彼の耳に届いたばかりだ。指先でテーブルの端を叩く音が、静寂の中で小さく響いた。
りえが冷静に頷き、淡々と応じた。
「ええ。警四のメンバーによって制裁されたわ」
その言葉には感情の揺れはなく、まるで予定調和の結果を述べるような冷たさがあった。彼女の瞳には、敗北を認めつつも次を見据える光が宿っていた。
邦夫は一度目を閉じ、深い息を吐いた。
「参ったな。私もそろそろ出なきゃいけないかな?」
その声には、自嘲と決意が混じり合っていた。長年裏で糸を引いてきた男が、表舞台に立つ時が近づいているのかもしれない。
りえが静かに首を振った。
「急かす必要はない。まだ希望はあるわ」
その言葉は、邦夫を落ち着かせるためのものだったが、同時に彼女自身の信念を映し出していた。敗北は終わりではない――彼女にはそう信じる理由があった。
邦夫は目を細め、りえの言葉を噛みしめるように呟いた。
「そうだな、りえ。急かす必要はなかったな」
彼の声に、僅かながら安堵が混じった。まだ時間はある。計画を見直し、再起を図る余地は残されている。
その時、部屋のドアが静かに開き、赤嶺が姿を現した。背筋を伸ばした彼の姿からは、忠誠心と緊張感が滲み出ていた。
「隊長。これからどーするんですか?」
赤嶺の声は控えめだが、その瞳には邦夫への信頼と、次の一手を求める切実さが込められていた。
邦夫はゆっくりと立ち上がり、窓の外を見据えた。
「計画を練り直す。今度こそ民営化を実現すべき日が来る時を」
その言葉には、揺るぎない決意が宿っていた。ヒルダたちの失敗は痛手だが、彼の野望はまだ潰えていない。民営化という大義を掲げ、再び動き出す準備が始まった。
りえが小さく頷き、赤嶺に視線を移した。
「準備を始めなさい。次は失敗しない」
彼女の冷たい声が、部屋に新たな緊張感をもたらした。
窓の外では、夜の東京が静かに息づいていた。邦夫たちの新たな計画が動き出すその時を、誰もまだ知らない。寝台特急での戦いは終わりを迎えたが、彼らの野望は新たな局面へと突入していた。
To be continued