数週間後 警視庁公安部
東北線爆破未遂事件から数週間が経過し、東京の空は秋の気配を帯びていた。警視庁公安部の執務室では、窓から差し込む淡い陽光が書類の山を照らし、鳰と香子が向き合って座っていた。机の上には、新聞や雑誌の切り抜きが散らばり、東北線の一件が大々的に報じられている。だが、そこに直人たちの名前は小さく触れられるだけだった。表向きの手柄は、警視庁公安部のものとされていた。
「各新聞記者や雑誌記者も好き放題書きますっスね~」
鳰が切り抜きを手に持つと、軽い調子で呟いた。彼女の声には、どこか皮肉が混じっている。
香子が椅子に深く腰掛け、淡々と応じた。
「ま、良いんじゃないか? お前達が解決したことにしたら、上層部も喜ぶだろうし」
その言葉には、組織の論理を理解しつつも、それを冷ややかに見る視線が感じられた。
鳰が首を振って、少し不満げに言った。
「それもそうっスけど。何か違和感あるっスよね」
彼女の瞳には、事件の裏に隠された何かを見逃したくないという鋭さが宿っていた。
香子が一枚の報告書に目を落とし、低い声で切り出した。
「ドイツの連邦情報局も動きがあったようだ。走りはどう思う?」
「ドイツっスか? RJと情報共有するつもりっスかね~?」
鳰が首を傾げ、可能性を模索するように呟いた。
香子が即座に否定した。
「いや、それは低いと思う。だとしても、一部の人間が仕掛けてきそうだが……」
彼女の声には、慎重さと経験からくる洞察が滲んでいた。
鳰がふと顔を上げ、少し遠慮がちに尋ねた。
「神長さん。一応聞いとこうと思ったんスけど」
「何だ?」
香子が鋭い視線を鳰に投げた。
「首藤さんと連絡取り合ったりしてるんスか?」
鳰の声には、好奇心と懐かしさが混じっていた。
「聞いてどうする?」
香子の返しは素っ気なく、鳰の意図を探るようだった。
「いや……聞きたかっただけっスけど」
鳰が肩をすくめると、香子は小さく息を吐いた。
「そうか……首藤は今頃、京都の宇治にある抹茶そばの店で働きながら、お寺周りに行ってるらしい」
その言葉に、どこか懐かしさが滲んでいた。
「ほぉ……さすが首藤さん、相変わらず渋いっスね~」
鳰が感心したように笑うと、香子が頷いた。
「これが首藤の生き方だと思うが」
鳰が立ち上がり、気軽に言った。
「さてと、ウチはドイツ大使館に行って確かめたいことありますからね~」
「今度は何を企んでいる?」
香子が眉をひそめ、鳰の行動を警戒するように尋ねた。
「別に何も疾しい事考えてませんっスよ」
鳰が笑って手を振ると、香子が静かに続けた。
「……そうか。その前に国立国会図書館に行って、ある資料を持ってきてほしい」
「何を持って来ればいいんスか?」
鳰が興味津々に尋ねると、香子の表情が一気に真剣になった。
「國鉄についてだ。今まで起きた事件や抗争。全ての資料だ」
「真意を調べるつもりですっスか?」
鳰の声に、驚きと理解が混じった。
香子が目を細め、低く力強く言った。
「何故分割民営化出来なかったかについて、やもしくは当時の國鉄総裁、杉浦喬也が暗殺された理由や暗殺した人物について」
その言葉には、過去の闇に切り込む覚悟が宿っていた。
鳰が少しだけ真剣な顔になり、警告するように言った。
「そこまでとなったら、もう抜け出せないスけど、それでも調べるつもりっスか? 抜けるなら今のうちっスよ」
香子が即座に言い切った。
「私は逃げるつもりは全くない。真相を突き止めるまで調べるつもりだ!」
その瞳には、燃えるような決意が宿っていた。
「……分かりました。持ってきましょう。その代り分かっていますよね?」
鳰が小さく笑い、香子に視線を合わせた。
「お前に言われる筋合いはないが、今回だけは」
香子が渋々認めると、鳰が明るく締めた。
「…決まりっスね」
執務室に再び静寂が戻り、窓の外では東京の夜が広がっていた。鳰が軽い足取りで部屋を出ていくと、香子は一人残り、資料を見つめた。東北線の一件は終わりを迎えたが、新たな謎が彼女たちを待ち受けている。國鉄の過去と、その裏に隠された真相――その扉が、今開かれようとしていた。
PM18:30 東京駅
東京駅のコンコースは、帰宅ラッシュでごった返していた。雑踏の中、人々が慌ただしく行き交うその喧騒を切り裂くように、突然の叫び声が響き渡った。強盗Aが手に持ったナイフを振り回し、周囲を威嚇しながら走り抜ける。
「くそ! 邪魔だ!」
ガァッ!
強盗Aが近くの柱にナイフを叩きつけると、金属音が耳をつんざいた。
「ひゃあっ!」
近くにいた女性Aが悲鳴を上げ、荷物を落としてその場に蹲った。コンコースは一瞬にしてパニックに包まれた。
その時、鋭い声が雑踏を切り裂いた。
「待ちなさーい!」
あおいが人混みを掻き分け、強盗Aに向かって突進した。彼女の瞳には、正義感と怒りが燃えていた。
強盗Aが振り返り、あおいの小さな姿を見て鼻で笑った。
「けっ! ガキか!」
強盗Bがニヤリと笑い、相棒に肩を叩いた。
「俺達も舐められたものだな」
だが、次の瞬間――
グアアアアアアアアアァァッ!
ビジバイ(スズキ・K125)2台の轟音と共に、何かが猛烈な勢いで強盗たちに迫った。
「うああああああああっ! 何だ!!?」
強盗Aが驚愕に目を剥き、後ずさった。
「危ねぇじゃねぇか!!」
強盗Bが叫び、反射的に身をかわそうとしたが間に合わない。
「あら、ごめんなさいね」
涼やかな声が響き、亜美が現れた。彼女の背後には、千夏が少し申し訳なさそうに立っている。
「私も速度超出してたので気付かなかったです」
千夏が肩をすくめると、彼女たちの背後に巨大な影が揺れていた。それはまるで、制御不能な嵐の前触れのようだった。
「何だと! こいつ!!」
強盗Aが怒りに燃えてナイフを振り上げたが、その動きが止まった。
「げぇっ!」
強盗Bが突然硬直し、顔を青ざめさせた。
「どーした!? えっ……?」
強盗Aが相棒に目をやると、そこには亜美が冷たい笑みを浮かべて立っていた。
「よくよくも騒動起こしてくれるわね」
亜美の声は静かだが、その中に抑えきれない怒りが滲んでいた。
「全くです」
千夏が小さく頷き、強盗たちに同情するような視線を向けた。
「え……と。俺はここで帰らして頂きま……」
強盗Aが後ずさりながら言い訳を口にすると、亜美が一歩踏み出した。
「待てよコラ」
その一言に、強盗Aが「ひっ!」と小さく悲鳴を上げた。
「!!!」
強盗Bもまた、恐怖で言葉を失った。
「覚悟は出来てるわよね?」
亜美の瞳が鋭く光り、彼女の周囲に漂う空気が一気に重くなった。
「麦野を怒らすと超ヤバいですよ」
千夏が冷静に付け加えると、強盗AとBの顔から血の気が引いた。
「ぎゃあああああああああああああああああっ!!!!」
二人の絶叫がコンコースに響き渡り、瞬く間にその場は静寂に包まれた。
「……」
あおいが呆然と立ち尽くし、目の前の光景に言葉を失った。
「どーした桜井!? また騒動を……あれ?」
直人が駆けつけてきたが、あおいの視線を追って固まった。
「強盗が一気に……」
あおいが呟くと、直人は倒れた強盗たちを見て絶望的な表情を浮かべた。
「あぁ……(T_T)俺の國鉄日の丸一生安泰人生が遠のいていく……」
直人が膝をつき、頭を抱えた。夢見た平穏な未来が、またしても遠ざかった瞬間だった。
To be continued…