痴漢騒動の翌日。東京中央鉄道公安室は、朝から大湊室長の怒号で震えていた。
「バッカモーン! 余計な事を起こして……何か起こったらどうするつもりだったんだ!!」
室長が机をバンと叩くと、伊勢崎がのんびりした声でフォローに入る。
「しかし、警視庁の警官も協力してくれましたし、これで一段落かと」
奈々がニコニコしながら加勢した。
「ま、いいじゃないですか。伊勢崎さんもこう言ってくれてるんですし」
「……もういい。あの三人を見てると疲れてくるわ」
大湊室長は深いため息をつき、肩を落として椅子に沈み込んだ。桜井あおい、高山直人、岩泉翔――あの三人のトラブルメーカーを思い出しただけで、頭痛がしてくるようだった。
一方、警視庁では上級幹部たちが会議室に集まり、剣持しえなの活躍を振り返っていた。
「剣持警視もなかなか見込みがある人材ですな」
上級幹部Bが満足げに頷くと、上級幹部Aが渋い顔で返す。
「だが、私はまだ認めたわけじゃないぞ。まあ、誰とは言わんが、ある人物のコネでこの警視庁に入ったなんて噂もあるからな」
「ふむ。ところで、今日から新しい仲間が入るわけだが?」
上級幹部Cが話題を変えると、幹部Aが思い出したように手を叩いた。
「あ、そうだったな。前に来なさい、神長警視」
「ハイ」
静かな声とともに、会議室のドアが開き、一人の女性が姿を現した。スラリとした体型に、鋭い目つきのクールビューティー。
「これから我々の仲間と共に行動する人材だ。警備第一課警備現場第1係の神長香子警視だ」
幹部Aが紹介すると、香子は無表情で一礼した。
「私は何をすればよろしいので?」
「早速だが、君には管理官として東京中央鉄道公安隊の臨時指揮官を担当してもらう。もちろんタダとは言わない」
「……」
香子が黙り込むと、幹部Bが気軽に肩を叩いた。
「なぁに、簡単な事だよ。あの國鉄の連中にビシッと喝を入れれば済むことじゃないか? なぁ、神長くん?」
「……」
香子は無言のまま、鋭い視線を幹部たちに向けた。その瞳には、何か秘めた決意が宿っているようだった。
東京中央鉄道公安室第四警戒班、通称「警四」。その小さな事務所に、剣持しえなが足を踏み入れた。
「ここが第四警戒班?」
しえながキョロキョロと辺りを見回すと、聞き覚えのある声が響いた。
「あれ? アンタは昨日の……」
「!?」
振り向いた先にいたのは、桜井あおい。昨日、痴漢騒動で共闘した因縁の相手だ。
「とりあえず中に入ってください。お茶淹れますから」
あおいが気軽に言うと、しえなは一瞬硬直した。
「いや、結構だ。今日は挨拶だけしに来た」
「知ってますよ。警視庁警備部警備第一課特殊部隊隊長の剣持しえなさんでしょ?」
「……」
しえなが無言で目を細めると、あおいは内心で焦った。
「(何か、余計なこと言っちゃったかな?)」
しばらく気まずい沈黙が流れる中、ドアが開き、奈々がひょっこり顔を出した。
「あら、お二人さんお揃いで」
「初めまして、警視庁の剣持です」
しえなが丁寧に挨拶すると、奈々がニコリと笑う。
「ああ、合同訓練の時の隊長さん?」
「覚えていらっしゃったんですか?」
「はい、全部見てましたよ」
しえなの顔が一瞬曇った。訓練で負けた記憶がチクチクと心を刺す。
「……まあいい。普段は何をしてるんだ? 鉄道関係のことなんて全く分からないからな」
「えっ!? 普段の勤務は駅内の巡回や雑用を……」
あおいが慌てて説明しかけると、奈々がフォローする。
「簡単な仕事をさせてるだけですよ。彼女たちはまだ学生ですから」
「!?」
しえなは目を丸くした。
「(女子高生……? こんな学生たちに負けたのか……!?)」
頭の中で衝撃が渦巻く。確かに、合同訓練であおいたちに敗れたのは事実だ。でも、まさか相手が学生だなんて――
「(いや、それにしたって学生を訓練に参加させるなんて、常識外れすぎるだろ……)」
しえなの脳裏に、遠い記憶がフラッシュバックしていた。
彼女がSATに入る前、学生時代のこと。しえなは苛烈ないじめに遭っていた。毎日が屈辱と怒りに塗れ、やがて彼女は復讐を決意する。
転校した先の奇妙な学園で、あるクラスの文化祭の劇を仕切った。表向きは「演出家」だったが、その裏ではいじめっ子たちへの復讐劇を密かに進めていたのだ。しかし、計画は失敗。ある人物に毒針で撃たれ、気絶したまま病院へ運ばれ、入院生活を余儀なくされた。
退学寸前だった彼女を救ったのは、皮肉にも「ある人物」のコネクション。それで卒業はできたものの、心には深い傷が残った。
その後、学園の事件を調べようとしたが成果を上げられず、結局、まともな道を選ぶことに。大学へ進み、国家公務員試験を突破し、警視庁へ入庁。そしてSATの隊長にまで上り詰めた今に至る。
「……(私とあいつらを比べようとしたって……意味がないか)」
しえなは過去を振り払うように首を振った。
「立ってばかりじゃ疲れますよぉ。中でお茶でもどうぞ」
奈々の明るい声に、しえなはハッと我に返る。
「……少しお邪魔させてもらうよ」
結局、考えるのをやめて中へ入ることにした。
事務所の中では、あおいがお茶を淹れながらチラリとしえなを窺う。
「何だよ、その目は」
しえなが軽く睨むと、あおいはニヤッと笑った。
「いや、SATの隊長さんが意外と気さくでびっくりしただけ」
「……お前らに言われたくない」
しえなが苦笑すると、奈々がクスクス笑いながらお茶を差し出した。
「まあまあ、お二人とも仲良くしてくださいね。これから一緒に仕事することもあるかもしれないんですから」
「……まぁ、そうだな」
しえなはカップを受け取り、一口飲んだ。
「(こいつらとまた絡むのか……覚悟しておけって言ったのは私の方か)」
内心で小さく笑いながら、しえなは新たな関係の始まりを感じていた。
To be continued