大阪の夜空に、冷たい風が吹き抜けていた。
資材置き場の薄暗い一角で、桜井あおいは仲間たちと共に立ち尽くしていた。神長香子の辞職が決定したという衝撃的な知らせに、彼女の心は激しく揺れていた。
「私のせいで……神長警視がこんな目に……」
あおいの呟きに、香子が静かに首を振る。
「桜井、これは私の選択だ。お前を責めるつもりはない。―――それに、まだ札沼まりを救う使命が残ってる。私たちは最後まで戦うんだ」
その言葉に、あおいは涙を堪え、力強く頷いた。
高山直人が一歩前に出て、決意を込めた声で言った。
「桜井、神長警視。俺たちも一緒だ。札沼は俺の同級生なんだ。絶対に助けるよ」
駒木咲代子が冷静に頷き、岩泉翔が拳を握りしめる。
「ったく、こんな大事になるとはな。でも、やるしかないだろ」
仲間たちの支えに、あおいの胸に熱いものが込み上げた。手帳を奪われても、正義を貫く意志は失っていなかった。
その頃、捜査本部では篁唯依が新たな情報を手にしていた。
「札沼まりの誘拐現場から、微量の神経毒が検出された。ダチュラの手法と一致する。リィズ・ホーエンシュタインが関与してるのは間違いない」
唯依の冷徹な声に、室内の刑事たちが緊張した面持ちで頷く。しかし、その中に混じる走り鳰の存在が、再び空気を乱した。
「ウチ、やっぱりそう思うっスよ~! リィズちゃん、毒使いのプロっスからねぇ。で、誰かに雇われてるって線はどうっスか?」
鳰の馴れ馴れしい口調に、唯依が苛立ちを隠さず睨みつける。
「公安部の推測なら、そっちで勝手にやってくれ。私は証拠を基に動く」
「へぇ、冷たいっスねぇ。でも、ウチ、リィズの足跡追ってるんスよ。もうすぐ何か掴めるかもっス!」
鳰の不気味な笑顔に、唯依は一瞬言葉を失ったが、すぐに背を向けて指示を続けた。
あおいと香子、直人たちは、リィズが残した手がかりを頼りに大阪駅の地下へと向かっていた。
そこは、万博の資材運搬用に使われる古いトンネルだ。薄暗い通路に響く足音と、どこからか漂う微かな毒の臭いが、彼らを緊張させた。
「この臭い……間違いなくリィズがここを通った証拠だ」
香子が冷静に分析する中、あおいがトンネルの奥に目を凝らす。
「何か聞こえる……あれは!」
微かに響くのは、助けを求める小さな声だった。直人が叫ぶ。
「札沼だ! 絶対に札沼の声だ!」
一行は急いで声の方向へ走った。
トンネルの奥にたどり着いた彼らが目にしたのは、鉄格子に閉じ込められた札沼まりの姿だった。18歳の少女は、恐怖で震えながらも必死に声を上げていた。
「助けて……誰か……!」
「札沼! 大丈夫だ、俺たちが来た!」
直人が格子に駆け寄るが、頑丈な錠前に阻まれる。咲代子が冷静に指示を出す。
「高山、落ち着いて。私が工具で開けるわ。桜井、神長警視、周囲を警戒して」
あおいと香子が頷き、背後を確認する。その瞬間、闇の中から冷たい笑い声が響いた。
「ふふっ、よく見つけたね。でも、ここで終わりとはいかないよ」
リィズ・ホーエンシュタインが姿を現した。彼女の手には、再び毒瓶が握られている。
「まりを離せ! あんたの目的は何!?」
あおいの叫びに、リィズは嘲るように肩をすくめた。
「目的? ただの仕事。―――金さえもらえれば、誰かを殺すのも助けるのも同じだよ。まぁ、今回は殺す方がメインだけどね」
その冷酷な言葉に、直人が怒りを爆発させる。
「ふざけるな! 札沼に何の恨みがあんだよ!」
「恨み? そんな個人的なものじゃないわ。雇い主の命令だよ。誰かって? さぁねぇ、私にも分からないんだから」
リィズの軽い口調に、あおいの背筋が冷えた。彼女の背後に潜む黒幕。その存在が、事件をさらに複雑にしていた。
その時、トンネルの入り口から新たな足音が響いた。
「やっと追いついたっスよ~! リィズちゃん、逃げ足速いっスねぇ!」
走り鳰が現れ、不気味な笑みを浮かべながらリィズに近づく。彼女は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに笑い返した。
「公安の犬か。まぁいい。――どうせあなたじゃ私を捕まえられない」
「へぇ、そうかなっス? ウチ、結構しつこいタイプっスよ~」
鳰の軽い口調とは裏腹に、彼の瞳には冷たい光が宿っていた。あおいと香子は、その異様な雰囲気に息を呑んだ。
混乱の中、咲代子が格子の錠を外し、まりを救出した。
「札沼、大丈夫か!?」
直人が駆け寄ると、まりは涙を流しながら頷いた。
「高山君……ありがとう……怖かったよ……」
しかし、喜びも束の間だった。リィズが新たな毒瓶を投げつけ、トンネル内に白い煙が広がった。
「じゃあね、また会えたら遊んであげるよ!」
彼女の笑い声が響く中、リィズは闇へと消えた。鳰が追いかけようとするが、毒の煙に阻まれて足を止める。
「ちっ、逃げられたっスか。まぁ、次があるっスよ~」
一行はまりを連れてトンネルを脱出し、夜空の下で一息ついた。
「まり、無事でよかった……」
あおいが安堵の息を吐く中、香子が静かに呟く。
「でも、リィズの背後にいる黒幕が分からない限り、事件は終わらない。私たちの戦いはまだ続く」
その言葉に、あおいは力強く頷いた。
「神長警視、私、絶対に諦めません。まりを救えたんだから、次は真相を暴きます!」
直人もまた、まりの手を握りながら決意を新たにした。
「俺もだ。あおい、みんなで一緒に戦おうぜ」
しかし、その背後で鳰が一人、不気味な笑みを浮かべていた。
「ウチ、このゲーム、もっと面白くなりそうっスねぇ……」
鳰の瞳に映るのは、リィズの足跡と、さらなる闇の気配だった。
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