大阪駅の夜は、救出された札沼まりの小さな嗚咽で静かに過ぎていくはずだった。
資材置き場の外で、あおいと直人、香子、咲代子、翔は、まりを囲んで安堵の息をついていた。18歳の少女は、震える手で直人の腕を握り、涙を拭う。
「直人……みんな……本当にありがとう。私、死ぬかと思った……」
「もう大丈夫だよ、まり。俺たちがいるからな」
直人の優しい声に、まりは小さく頷いた。あおいはその光景を見ながら、胸の奥に温かいものを感じていた。だが、その安堵も一瞬だった。
神長香子が携帯を手に、鋭い視線を空に投げる。
「本庁からの連絡だ。私の辞職は確定したけど、新たな情報が入った。リィズ・ホーエンシュタインが最後に目撃されたのは、大阪駅から数キロ離れた廃倉庫らしい」
「廃倉庫?」
あおいが眉を寄せると、香子が頷いた。
「そこが彼女の拠点か、黒幕との接触地点かもしれない。私たちはすぐに向かう」
「でも、神長警視、あなたはもう――」
咲代子が心配そうに口を挟むが、香子は静かに笑った。
「辞職したって、私の正義は変わらない。桜井と同じだ」
その言葉に、あおいの瞳が力強く光った。
その頃、走り鳰は一人、大阪の闇の中を歩いていた。
「ウチ、やっと見つけたっスよ、リィズちゃんの隠れ家。さてさて、どんなお宝があるか楽しみっスねぇ!」
彼女の手には、リィズの足跡を追跡したGPSデータが握られている。一見軽い口調だが、その瞳には冷徹な計算が宿っていた。公安部の警察官として、彼女が追うのはリィズの過去と、彼女を操る黒幕の正体だ。
「ダチュラの離反者、『胎児殺しのホーエンシュタイン』か……ウチ、結構気に入ってるっスよ、そのあだ名。けど、誰があんたを動かしてるのか、それが問題っスねぇ」
鳰は不気味な笑みを浮かべながら、廃倉庫の入り口にたどり着いた。
中に入ると、そこは埃と錆にまみれた空間だった。古い木箱や壊れた機械が散乱し、薄暗い照明が不気味に揺れている。鳰が鼻を鳴らし、周囲を見渡す。
「うわっ、臭いっスねぇ。毒の残り香もあるっスか。リィズちゃん、確かにここにいたっスね」
その時、彼の足元に小さな紙切れが落ちているのに気付いた。拾い上げると、そこには暗号めいた文字列が書かれていた。
「へぇ、面白いっスねぇ。これ、誰かへのメッセージっスか?」
鳰が紙をポケットにしまうと同時に、背後で微かな物音が響いた。彼は素早く振り返り、ニヤリと笑う。
「ウチ、気づいてるっスよ~。出てきたらどうっスか?」
だが、返事はない。闇の中から漂うのは、毒の臭いと、誰かの気配だけだった。
一方、あおいたちは香子の情報をもとに廃倉庫へと急いでいた。
車内で、直人が不安げに呟く。
「桜井、リィズがまた毒を使ってきたらどうする? まりを助けた時みたいにさ……」
「その時は、私が盾になるわ。もう誰も傷つけさせない」
あおいの決意に、直人は一瞬言葉を失ったが、すぐに笑った。
「お前らしいな。でも、俺だって負けないからな」
「ったく、お前ら揃いも揃って無茶ばっかだな」
翔が呆れたように言う中、咲代子が冷静に口を挟む。
「無茶でも、やるしかないわ。黒幕が誰か分かれば、この事件の全貌が見えてくる」
廃倉庫に到着した一行は、慎重に中へと踏み込んだ。
「この臭い……やっぱりリィズがここにいたのか」
香子が呟きながら、周囲を警戒する。その時、あおいの目に、床に落ちた小さなガラス片が映った。
「これ、毒瓶の破片だ! リィズがここで何か企んでた証拠だよ!」
「なら、近くにまだいるかも――」
直人の言葉が終わる前に、倉庫の奥から銃声が響いた。一同が身構える中、闇の中からリィズが姿を現した。
「また会ったね。しつこい連中ね、まったく」
彼女の声は冷たく、手には拳銃が握られていた。だが、その表情にはどこか疲れが滲んでいる。
「リィズ! あんたを雇ったのは誰!? 全部吐け!」
あおいの叫びに、リィズは薄く笑った。
「吐くも何も、私だって知らないわ。連絡は暗号と金だけで済んでる。顔も名前も分からない雇い主よ」
「嘘だ! あんたが知らないはずない!」
直人が怒鳴るが、リィズは肩をすくめただけだった。
その時、別の方向から鳰の声が響いた。
「ウチ、リィズちゃんの嘘、見抜けるっスよ~。あんた、雇い主のこと、少しは知ってるっスよね?」
鳰が紙切れを手に現れると、リィズの目が一瞬鋭く光った。
「公安の犬か。まぁいいわ。どうせあなた達全員、ここで終わりだからね」
彼女が新たな毒瓶を投げようとした瞬間、香子が素早く拳銃を構えた。
「動くな、リィズ・ホーエンシュタイン。これ以上は許さない」
緊迫した空気の中、突然、倉庫の外で爆発音が響いた。
「何!?」
咲代子が叫ぶと同時に、倉庫の壁が崩れ、黒い影が飛び込んできた。それは、全身を黒装束で覆った複数の人物だった。
「こいつら……リィズの仲間か!?」
翔が身構える中、リィズが驚いた顔を見せた。
「何!? こんな奴ら知らないわ!」
混乱の中、黒装束の一人が低い声で呟いた。
「お前はもう用済みだ、ホーエンシュタイン。雇い主の命令だ」
その言葉と共に、黒装束がリィズに銃を向けた。
倉庫は一瞬にして戦場と化した。
あおいと直人たちは、まりを庇いながら黒装束と対峙する。香子と咲代子が応戦し、鳰は不気味な笑みを浮かべながら戦況を見守っていた。
「こりゃ面白い展開っスねぇ! リィズちゃん、裏切られたっスか?」
「黙れ! お前ら全員ぶっ殺す!」
リィズが毒瓶を投げ、黒装束の一人を倒すが、彼女自身も銃弾を受けて膝をついた。
「くそっ……こんな終わり方かよ……」
その時、あおいがリィズに駆け寄った。
「リィズ! 死なせないよ。あんたが知ってることを全部話せば、まだ助かる!」
「助かる? 笑わせるな……私はもう……」
リィズの声が弱々しく途切れる中、黒装束たちが一斉に撤退を始めた。
戦闘が終わり、倉庫には静寂が戻った。
リィズは意識を失い、あおいの腕の中で横たわっていた。香子が近づき、彼女の脈を確認する。
「まだ生きてる。すぐに病院に運ぼう」
「でも、黒幕は……?」
直人の問いに、鳰が紙切れを手に笑った。
「ウチ、これ解読してみるっスよ。黒幕の手がかり、隠れてるかもっスねぇ!」
あおいはリィズを見下ろしながら、決意を新たにした。
「絶対に暴いてやる。この事件の全てを……」
Fortgesetzt werden