新任トレーナーとして着任した青年、高村啓一。
二人の指導契約締結、トウィンクルシリーズへの出場、挫折、苦難、活躍、引退、トレセン学園卒業、さらにその先までを描く青春小説。
プロローグ "黎明"
ウマ
人間の女性の分類の1つ。側頭部ではなく頭頂部に近い位置に耳があり、尾がある集団を指して言う。時速70km程度での高速走行が可能な脚力を始め、極めて高い身体能力で知られる。かつては「馬」という漢字が使用されたが、現在は常用漢字外。
若いウマのことを、特に「ウマ娘」と呼ぶ。
『ウマ娘。彼女たちは、走るために生まれてきた』
よく聞く言葉だ。実際、その通りだと思う。小さかった頃の記憶だ。小学校2年生か、3年生。2位以下を圧倒的な差で突き放してゴールし、観客席に向かって拳を突き上げる姉は、世界で一番格好いいと思ったのをよく覚えている。その後のウイニングライブで、ファンの歓声の中、歌い、踊り、関係者席に向かって時折投げキッスをしてくる姉を見て、自分もああなりたいとも思った。姉がそんなウマ娘だったからこそ、アドマイヤベガの本質を見誤ってしまったのだと思う。
今でも、星空を見上げるとたまに思い出す。時折、空をじっと見上げ、瞳に星を映す彼女の姿を。
当時は、それを黙って見ることしかできなかった。・・・今から考えると、あの時、もう分かっていたのかもしれない。 彼女の名前が「アドマイヤベガ」であることの、真の意味を。
大学4年生の春。高村啓一は進路に悩んでいた。既にいくつか志望先の内定は貰ってはいるが、いまいち仕事内容にピンとくるものを感じない。まだ内定の無い友人もいることを考えるとぜいたくな悩みだが、おそらくは40年近く働くことになる職場だ。慎重に決めたい。
自分の将来の仕事の手掛かりになるものはないかと考え、大学の就職相談室の求人票を眺めていた時だった。
「学校法人私立日本ウマ娘トレーニングセンター学園 トレーナー職新卒採用のお知らせ」
トレーニングセンター学園・・・懐かしい名前だ。8歳上の姉のことを思い出す。彼女もウマで、レースが府中で開催されるたびに親と一緒に姉の活躍を見守りに行ったものだ。あの時のかっこいい姉の姿は目に焼き付いている。姉が競技を引退し、翌年3月にトレセン高等部を卒業してからは足が遠のいたが、多くの思い出のある場所でもある。今でもツインクルシリーズのレースがあれば中継を見るし、大晦日には大学ウマ娘東海道駅伝のテレビ中継を、帰省してきた姉たちと観るのが習慣だ。
姉のような存在を指導・育成する職業とはどのようなものなのか気になり、求人票の詳細を確認した。初任給28万円…そこそこ高いな。応募資格は、スポーツ科学に類する学問の学士以上の学位または同等以上の資格に加えて教員免許を取得済、もしくは見込みのこと。
思わず息をのむ。自分の学部はスポーツ科学部だ。しかも、教員免許は座学を終えて教育実習を控えている。不本意な学部に進学して失意に沈むなか、このままではいけないと考えて次の目標を見つけるために教職課程を履修しておくことにしたのだ。就職できなかった場合に備えての保険という意味もあったが、本当に教職に就くかどうかはずっと保留のままにしてきた。競バに関しては主役のウマ娘たちばかりに目が行っていたので意識が向かなかったが、中高生が選手なのであれば、当然それを指導・育成する職業があるわけだ。学位と教員免許という資格も満たしていることが、単なる偶然ではないように思える。そして、姉のような存在に、今度は世に送り出す側として関わることができるかもしれないという高揚感が胸にわいてくる。そういえば、昔はウマ娘になりたいって思ったこともあったっけ。
求人票を手に取り、職員に相談しにいくことにした。この仕事なら、40年間やってもいいかもしれない。
翌年2月、東京。
街を見下ろす山の中に、一人の少女の姿があった。
彼女には尾があり、耳が頭頂部付近にある。府中市民であれば見慣れた存在、すなわちウマである。この時期、都内はもとより全国各地よりトレセン学園受験のため、受験バが府中に集まる。
彼女は、ふと山の展望台付近で立ち止まり、空を見上げた。瞳に映るのは、冬のダイヤモンド。天の川は見えず、彼女の表情からは何も