星間境界 -アドマイヤベガの道標-   作:茶園真

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第二章第七節 "併走練習その2"

 筋トレとインターバルに比重を置くようになり、身体が完成に近づいたこともあって、アドマイヤベガの脚質と弱点がはっきりと見えてきた。まず、脚質。選抜レース時の最後の急加速を見た時から推測はしていたが、やはり彼女は追い込みに強いタイプだ。加速が弱い序盤はとにかく先頭から引き離されないことにだけ集中し、体力を温存するペース配分にするべきだろう。

一方弱点は、逃げや先行には向かないのにもかかわらず、精神面の弱さから先頭に引きずられてしまい、体力を消耗しがちな点だ。ナリタトップロードとの併走練習では、特にその傾向が顕著になる。同じ中長距離適性がある選手同士、細かな違いが却って目立ち、調子を狂わされるらしい。アドマイヤベガには序盤でライバル選手に先行を許す精神力を着けて欲しい。併走相手として、スプリンターか万能タイプの選手が欲しい所だ。

とはいえ、ライバルに対する情報秘匿のため、少なくともトレーナーは契約相手以外の生徒(ウマ娘)の情報を簡単には確認できない。仲の良いトレーナーか、生徒(ウマ娘)同士の横のつながりで併走相手を確保しなければならない。教え子(アドマイヤベガ)は明らかに友人が多いタイプではなさそうだし、次の併走相手は自分が探すべきだろう。

同期トレーナーたちに声を掛けたところ、桐生院が名乗りを挙げてくれた。彼女の担当している生徒(ウマ娘)がおそらく万能型で、短距離も長距離も走り、脚質も追い込み以外は概ね適性があるらしい。ありがたく併走練習をさせてもらうことにした。併走練習用に、ターフの独占使用枠を予約し、当日を待った。

 

桐生院が連れてきたのは、葦毛の大人しそうな生徒(ウマ娘)だった。競技登録名(ターフネーム)ハッピーミーク(幸せで大人しい)。その名の通り、あまりアスリートらしい風貌に見えない。とはいえ、見た目を大きく裏切るのがスポーツ、特にウマスポーツの世界だ。油断せずに臨むようにアドマイヤベガに伝えた。

 

「分かってる」

 

いつものような、落ち着いた声で返事が返って来る。

 

「話を聞く限り、ハッピーミークは追い込み以外はなんでもこなすぞ。君とは正反対のタイプだから、序盤はとにかく前に出ることにこだわるな。引き剝がされないようにだけ注意して体力を温存して、第四コーナーを抜けた最後の直線で一気に仕掛けろ」

 

アドマイヤベガは、黙って頷く。

 

桐生院の方を見ると、ハッピーミークが手でVサインを作っていた。桐生院はそれをニコニコ笑いながら見つめている。女子同士らしいやりとりだ。アドマイヤベガを外、ハッピーミークを内に配置し、右回り周回の方へ向かせてから、桐生院と二人で観客席(スタンド)へと引き上げる。観客席(スタンド)上部からのビデオ撮影は桐生院に任せ、自分はターフ間際の観客席(スタンド)に立つ。併走練習のためにターフを開けてくれた他のチームが、「お手並み拝見」とばかりに目線を送って来るのが分かる。

桐生院が大きく腕でマルを作ったのを確認する。

教え子たちへと向き直り、左腕を天へと伸ばす。

 

「・・・用意(ヨーイ)、スタート!」

 

同時に、左腕を振り下ろした。右手で、ストップウォッチ計測を開始する。

二人が同時に駆け出し、後方に微かな土が舞う。衝撃がスタンドにまで伝わったような気がした。

 

予想通り、ハッピーミークがアドマイヤベガに先行した。その差、アタマほど。アドマイヤベガはインに入らず、そのまま外側を駆けていく。両者の差が徐々に開き、第一コーナーに入る前には一バ身ほどの差が付いた。ここでようやく、アドマイヤベガがインへと徐々に入っていく。

そのまま第一コーナーに入り、ハッピーミークをアドマイヤベガが追走する。だが、コーナーに入ってすぐ、アドマイヤベガの進路が外側へと振られた。まだ遠心力に耐える体幹が身に付いていないようだ。しかしアドマイヤベガは加速もコース修正もせず、ペースを保ち、それ以上進路が膨らむことが無いように体を大きく内側へと倒した。体力温存戦略を守っている。だが、差は依然として広がり、現在二バ身。

第二コーナーを駆け抜け、向正面(バックストレッチ)に入った。ここで、ハッピーミークの頭がやや左を向く。アドマイヤベガの位置を確認したようだ。対するアドマイヤベガは食らいつこうとするが、差が縮まらない。正面に向き直ったハッピーミークはさらに加速し、一気に三バ身差がついた。差を徐々に広げながら、白と黒の二人が、猛スピードで直線を駆け抜けていく。

第三コーナー入口、現在4バ身差。ここで、アドマイヤベガはコーナーに入る直前から体を傾け出した。アウト・イン・アウトに近い走法を試しているらしい。まだ教えていない走法だが、自力で考えついたのかもしれない。ハッピーミークとの距離が徐々に詰まりだした。ハッピーミークとアドマイヤベガが、大きく体を内側に傾けながら第四コーナーへとなだれ込んでいく。

ハッピーミークは依然としてピタリとイン側を走る。一方のアドマイヤベガは、ここで進路を大きく外側へと変えたようだ。第四コーナー出口のアウト側に向かっている。

ホームストレート、最後の直線へと入る。イン側にいるハッピーミークは涼し気な顔だが、外側のアドマイヤベガは苦しそうな顔を見せている。余計な距離を走った分、体力を消耗したようだ。

 

「行け」

 

そう呟くのと、アドマイヤベガが加速を開始したのは、ほぼ同時だった。アドマイヤベガが、徐々に体を前傾させるのが分かる。ストライドの幅が大きく広がり、地響きのような二人分の足音が響いてくる。対するハッピーミークは、足音からアドマイヤベガの接近を感じたのか、耳だけを横に向け、ストライドを保ったままピッチを上げた。観客席(スタンド)からでは、二人の距離差が分からない。

ゴールの瞬間を見逃すまいと、二人の方を注視する。ストップウォッチに掛ける親指が震える。

遠くにいた二人がどんどん迫って来る。彼女らの後ろには土と芝が舞っている。それだけ、ターフを力強く踏みしめている証拠だ。

ゴールまであと100m。アドマイヤベガの目線が分かるほどに接近してきた。

残り50m。アドマイヤベガが、ハッピーミークの一バ身ほど後ろにいることが分かる。

残り30、20、10―

 

ストップウォッチを押した。

 

『123.68』

 

肉眼で見る限り、二人はほぼ同着に見えた。後ろを振り返る。桐生院が嬉しそうに飛び跳ねていた。あれは、ハッピーミークが勝ったのだろうか。

 


 

『同着です!』

 

ハッピーミークとアドマイヤベガがスタンドに戻ってきてから、桐生院が口頭一番に結果を伝えてきた。

 

「すごい!アドマイヤベガさんすごいですよ!」

 

まるで、自分の教え子かのようにアドマイヤベガに無邪気な声をかけている。アドマイヤベガとハッピーミークは、顔を見合わせて気まずそうに笑った。

 

「・・・勝ちたかった」

 

そう言ってから、ハッピーミークはスタンドの席に腰を掛けた。

桐生院が駆け寄り、隣の席に腰を掛ける。反省会を始めるようだ。

 

「桐生院、ハッピーミーク」

 

で呼びかけると、二人ともこちらを向いた。

 

「ありがとう」

 

感謝を伝えると、同じタイミングでお辞儀をした。その様子がおかしくて、少し笑ってしまった。

アドマイヤベガに向き直った。

 

「思っていたより、ずっと良くなっている」

 

アドマイヤベガは、吸わせていた酸素ボトルを口から外すと、目を逸らしながら答えた。

 

「・・・そう?」

 


 

事前にアドマイヤベガに装着させていたスマートウォッチを、業務用スマートフォンと接続してデータを取得した。

 

併走練習中の最高心拍数は225。僅かだが、精密検査時より上がっている。安静時心拍数が45だから、推定最大酸素摂取量(VO2Max)は206ml/kg/分だ。エリカ賞を2分弱で走れるだけの数値となっている。実際には他選手との相性によってもタイムは変動するから、2分を超える可能性は高い。だが、十分に優勝を狙える身体能力となっている。あとは、追い込み期だからといって、アドマイヤベガが過剰な自主練習に走らないことを祈るしかない。

本音を言えば、常時ストップウォッチを装着させて自主練を監視したいところではある。しかし24時間の生活を監視するにも等しいその行為は、倫理的に許されるものでもないだろう。その代わりとして、わざわざ摩耗しやすいアルミ蹄鉄を購入したのだ。今のところ、毎日交互に履く指示は守っているようだし、定期的に蹄鉄の減り具合を確認すれば十分だろう。

 

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