星間境界 -アドマイヤベガの道標-   作:茶園真

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第二章第九節 "ルームメイト"

「抗議しまーす!!」

 

大きな声に面食らう。出張経費申請をしているところに上品なノックがあり、続いてトレーナー室に入ってきた生徒だ。どこかで見覚えがあるが、記憶の引き出しを探っても目当ての情報は出てこない。見た目に似つかわしくない大声に、耳鳴りがする。

 

「・・・誰?」

 

競技登録名(ターフネーム)はカレンチャン、アヤベさんのルームメイトです!」

 

この子がルームメイトか。だいぶ性格タイプが違う気がする。部屋でどんなやり取りしているんだろう。想像もつかない。

 

「抗議って?」

 

そう訊ねると、予想外とも予想内とも言える回答が来た。

 

「もちろん、アヤベさんのトレーニングスケジュールです!」

 

どうやら、過剰な自主練をトレーナーの指示だと誤解しているようだ。

こちらの反応を見るでもなく、目の前の生徒は言葉を続ける

 

「それはまあ、アヤベさんってば前からストイックでしたよ?ご飯やお出かけのお誘いは5回中4回は断られますし、じゃあ何やってるのかなーっていうと、やっぱり自主練なんですけど」

 

彼女の半年間の言動を見ると、不自然なものではない。友人の誘いを8割断るのはやりすぎだとは思う。孤独を極めることになる。必ずしも孤独が悪いわけではないが、アドマイヤベガの場合は悪い方へと向かうのが明らかだ。

 

「最近はちょっと行き過ぎですぅー!毎日毎日、カレンが起きる前にお部屋を出て、寝てから帰って来るんですよ!しかも土日だって関係なし。昨日だってレースの次の日なのに、午後からもうトレーニングですよ!ジムに行って筋トレばかり。もーっ。見せたい動画リストが溜まっちゃってるんです!」

 

昨日も、か。確かにそれはやりすぎだ。レース翌日なら、体を休めるべきだ。

 

「これって、トレーナーの・・・えっと・・・」

「高村だ」

「・・・高村トレーナーの指示が厳しすぎるからじゃないんですかぁ~!?」

 

案の定誤解をしていたようだ。

 

「いや、違う。そもそも指導契約締結する前からあいつは過剰な自主練をしていた。君もルームメイトなら知ってるだろ。何度過剰な自主練はやめろって言っても聞いてくれないんだよ」

 

そう伝えると、突然目の前のしかめっ面が笑顔に転じた。

 

「あっ、やっぱりトレーナーの言う事聞いてくれてない感じでした?あの人、ちょっとガマン強すぎですよね~。でも、今ここで私からも伝えましたし、大丈夫ですよね?だって高村トレーナーがアヤベさんのトレーナーなら、もっとちゃんと管理しようとしますもんね?」

 

想定外なことに、一本取られたようだ。完全に言質を確保された。今どきのキラキラ中高生らしい言動に惑わされたが、思いのほか食えないやつらしい。

 

「・・・これはやられたな。わかったよ」

 

とだけ言うと、カレンチャンと名乗った生徒はトレーナー室を嬉しそうに駆け出して行った。

そういえば、彼女はアドマイヤベガのことを本名で「綾部さん」と呼んでいた。トレセン内では珍しいが、ルームメイトということを考えると不自然でもなさそうだ。ナリタトップロードとも仲が良いようだし、思いのほか社交的な友人が多いらしい。

 


 

その日、寮に帰宅すると、大学のOBOG向け校友会会報が送られてきていた。

開封して、中をなんとなく眺める。後輩たちの活躍や、教授陣の人事情報、組織改編のお知らせ、OBOG向けサービスの情報などがずらりと並ぶ。その中に、ふと気になるものを見つけた。

 

都心の方のプラネタリウム優待券ペアチケットだった。プラネタリウムの情報を調べると、府中のものより高級機を使っているようだ。これしかないと思った。急いで優待券を申し込み、到着を待った。せっかくなので、外れがないように奮発して最上位席にしておいた。中央トレセンのトレーナーの経済力なめんなよ中高生ども。

 

 金曜日、業務チャット(Members)で「カレンチャン」を昼休みに呼び出した。10分後、

 

「何ですか~っ?!」

 

という声と共に、ドアを蹴破るような勢いで入室してきた。

 

「これ、都心の方のプラネタリウムのペアチケット。大学のOB優待だ。金は俺が先に払っておいたから、アドマイヤベガを土日に連れ出しておいてくれ。」

 

そう伝えると、カレンチャンの目が輝いた。

 

「わっ、すごい!さすが、アヤベさんのトレーナーです!!ありがとうございます!!」

 

と、大声で感謝を伝えてくると、優待券を丁寧に受け取って退出していった。耳にまだ残響が残っている気がする。

 

その日のトレーニングの終わり、アドマイヤベガ(教え子)に声をかけた。

 

「カレンチャンって子から聞いたけど、今度は筋トレやインターバルばっか自主練でやってるそうだな」

 

そう問い詰めると、すました態度で対応してくる。

 

「それが何か?」

 

やはり、過剰な自主トレを悪いこととは思ってはいなさそうだ。

 

「明日プラネタリウム行ってこい」

 

用件を端的に伝えると、大きな目を瞬かせて、質問をしてくる。

 

「・・・なぜ急に」

 

「何度も伝えているけど、過剰な自主練はかえって練習効率を下げる。年末はホープフルステークスだから、平日は多少オーバーワーク気味になるのは許容できても、土日までずっと自主練というのはやりすぎだ。少しは休まないと、筋線維の補修が追いつかないから、筋力が落ちる」

 

正論を言うが、反抗的な態度で彼女は返答してくる。

 

「あと2週間しかない。そんなこと言ってる場合じゃ―」

 

埒が明かない。準備しておいた私用スマホの画面を見せる。

 

「ここだ。都心の方のプラネタリウムで、最新の最上位機材が導入されている。座席は上位席を確保した。『雲のようなふわふわの寝心地』だそうだ。カレンチャンに頼んであるから、多分無理矢理連れ出される」

 

そこまで伝えると、観念したかのように目を閉じ、開いた。

 

「・・・もうチケットは買ったの?」

 

「買った。大学OB向け優待券だからな、先に料金を払う必要があったんだ」

 

すると、彼女は表情を緩ませ、

 

「トレーニングを完全にナシにはしない。でも、早めに切り上げるくらいなら・・・」

 

と言った。妥協点としては、適切なところか。もう少し交渉上手になりたいものだな、と考えてふと思いつく。あの手を使うことにした

 

「もし今後もまた過剰な自主練を続けるようなら、ホープフルステークスへの登録はキャンセルする。本番レースで故障が発生すると、俺は責任を問われて懲戒処分で、君はトレーナーを失いレース参加権も同時に失う。お互いに損だ」

 

目の前の教え子は、完全に白旗を上げた。

 

「・・・分かった」

 


 

アヤベさんのトレーナー、確か高村トレーナー。あの人、一見厳格なタイプに見えて。意外に優しい。剛柔織り交ぜた対応で、たまに良くも悪くも感情的になる私の杉崎トレーナーとは、違うタイプ。

私の言質確保を即座に理解して、その週のうちにはもうプラネタリウム優待券を確保しているなんて、仕事もできるタイプだ。大学OBの優待券があるってことは、結構いい大学出てるんだろうな。しかも、ふわふわ座席付の都心のプラネタリウムなんて、アヤベさんの趣味まで完全に把握してる。本人が教えたとは思えないから、よく教え子を観察しているんだろう。大事にされてるな、アヤベさん。

信頼してチケットを託されたなら、私はその信頼に応えなきゃ。それが、大切なルームメイト(アヤベさん)を守ることに繋がる。そうしなきゃ、アヤベさん―

 

「壊れちゃう」

 

その言葉だけ、口に出た。

 


 

 定期的に通わせている医務室からの報告が来た。

 

『軽度な溶血性貧血の傾向と、骨量成長曲線の僅かな鈍化がみられます。現時点で大きな懸念はありませんが、この傾向が続くと将来的な健康リスクが想定されます』

 

頭を、抱えた。カレンチャンからは「最近は朝練をせず、一緒に登校している」と報告があったが、手を打つのが遅かったらしい。過剰な自主練で栄養不足が始まっている。蹄鉄の減り具合から見て過剰な持久走を最近は控えていると考えていたが、過剰な筋トレとインターバルに走っていたのは事実だったようだ。

また、デビュー後のメンタル維持のためと称して最近通わせ始めたスクールカウンセラーからは

 

『絵画療法の結果からは、何らかの心的外傷の形跡が見受けられますが、本人は平静を装っており、原因は不明です』

 

と報告があった。

 

過剰な自主トレ、いまだ原因の不明な心の傷。彼女の性格からして、競走競技指導教員(トレーナー)が対応できる範囲は限られている。だが、ようやくある程度の信頼関係が築けてきている以上、これまで通りの自主性任せから、多少は踏み込むべきだろう。現状では食事内容の報告を受けると、過剰な自主トレをしがちな彼女にとって栄養素が不足していないかを確認しているだけにとどめていた。十分な栄養を摂っていると判断していたが、自主トレ量が想定を上回っているらしい。

今後はこちらから積極的に食事内容を指導するべきだ。心の傷については、現状できることがない。スクールカウンセラーに今後も通わせ、信頼関係が構築されるのを期待するほかない。自分からは過剰に踏み込むべきできないと判断した。

 

スポーツ栄養学ハンドブック、ウマアスリート指導ハンドブックを何冊か読み込み、栄養指導の内容を考える。

 

『鉄分、タンパク質、カルシウム、ビタミンB群、ビタミンD群が不足気味のため、間食として、ツナ卵サンドなどのたんぱく質多めのサンドイッチ、ヨーグルトなどの乳製品の摂取を推奨する。トレーニング前、自主トレ前には果物とおにぎりをエネルギー源として摂取させる。嗜好飲料としてはココア(鉄分配合のものなら尚可)を推奨する。三食には肉、魚介類、ほうれん草、大豆製品など鉄分多めのものを摂取するよう心掛けさせる。基礎代謝が2500kcal、過剰な自主トレを強行する傾向がある15歳女子アスリートということを考慮し、1日の総摂取カロリーは4500kcal〜6000kcalを目安とする。』

 

考えた指導内容を整理した。学内組織図で校内の管理栄養士の名前を確認し、業務チャット(Members)で指導内容を監修してもらう。

問題なしとのお墨付きを得て、本人に伝える必要がない点を削除した上で会話文調に書き換えて業務チャット(Members)でアドマイヤベガに送信した。数分後には既読が付き、『了解』と素っ気ない返事が来た。自主練の抑制指示もこれくらい簡単に了承してくれると嬉しい。

 

5時間目の授業の終わりを告げる鐘が鳴る。トレーニングの時間の始まりだ。体育科教員棟を出てターフに向かうと、見慣れない人影が観客席にあった。長身の女性、スーツを着ている。誰かを探しているようだが、特に見覚えは無い。見学か何かだろうと考え、トレーニングを開始した。

 

 数時間後、アドマイヤベガのトレーニングを終えた。観客席の方を見やると、そこにはまだ謎の女性が留まっていた。こちらに何か話しかけたそうに目線を送って来る。さすがに気になり、声をかけることにした。

 

「・・・何か御用ですか?」

 

すると、彼女は目を輝かせ、

 

「すみません、練習のお邪魔でしたか」

 

と訊ねてきた。既に練習は終わっているし、今日は自主トレをしないように教え子に厳命している。

 

「いえ、今日はもう終了です」

 

と簡潔に伝えた。すると、彼女はさらに顔を輝かせた。

 

「それは良かったです。実はお聞きしたいことがございまして。私、月刊トゥインクルの記者の乙名史 悦子(おとなし えつこ)と申します」

 

自己紹介とともに、丁寧に名刺を渡された。胸元を見ると、『取材』と表記された入校証がある。正規の手続きを経ているということだ。残念ながら、競技指導の場に名刺は持ってきていない。

 

「これはご丁寧に。あいにく名刺の持ち合わせがなく恐縮ですが、本校トレーナーを務めております高村と申します」

 

こちらも自己紹介を返す。記者、というのが引っ掛かったが、月刊トゥインクルなら大手だし、今のところは態度も誠実だ。

 

「先日はエリカ賞優勝おめでとうございます。脱帽しました。是非、お二人のご活躍を記事で後押ししたいと考えておりまして、そのご相談に本日は参りました」

 

ようやく用件が見えてきた。しばし考え込む。

過剰な注目と期待を集めることは、本人にとってプレッシャーにもなるし、余計なトラブルのリスクを抱え込むことに繋がる。

一方、月刊誌に記事によって獲得したファンの声援は、モチベーションの上昇にもつながる。うまいこと利用すれば、過剰な自主トレの抑制ができる。

リスクとメリット、どちらを取るべきか。

 

「・・・ぜひお願いします。ただ、掲載前に記事のチェックをさせてもらえますか」

 

条件付き承諾の意を伝えた。

 

「快諾感謝いたします。では早速なのですが、練習内容はどのような展望を見据えていらっしゃいますか」

 

急に核心に迫られたと思った。過剰な自主トレを嗅ぎつけられては、炎上リスクがある。警戒しながら、言葉を選ぶ。

 

「長期的展望に立ち、持続可能かつアスリートとしてのパフォーマンスが最大限に発揮できるよう考慮しています」

 

彼女がメモ帳を取り出し、内容を書き留めていく。

 

「なるほど、高村さんのトレーナーとしての役割は、つまり」

 

言葉の続きを渡された気がした。

 

「・・・支援者です」

 

端的に、誤解ないように発言した。すると彼女は息を呑み、

 

「・・・す・・・す・・・すっ」

 

と言い出した。意図をはかりかね、続きを待った。

 

「素晴らしいです!!」

 

急な大声にたじろいだ。彼女はこちらの反応を気にも留めず言葉を続ける。

 

「つまり、高村さんは担当の子の未来のため、どのようなことにも身を投じる覚悟がおありだと!」

 

雲行きが一気に怪しくなったことを感じた。身振りも大げさだ。

 

「高村さんは、トレーニングを頼まれたらいつでも手伝い、過剰なトレーニングには身を捧げても止めに入り、レース後には疲労回復のため名湯めぐりすら厭わず、栄養管理に必要な食材があれば地球の裏まで飛んでいくと。まさに、支え導く『支導者(しどうしゃ)』なわけですね!」

 

明らかにこちらの発言を曲解・誇張している。

 

「いえ、そのようなことは言っておりません」

 

冷静さを保ち、指摘する。だが、こちらの声は耳に届いていないようだ。

 

「さすがは教え子を初戦で優勝に導いた若きトレーナー、将来を嘱望された新人ですね」

 

こちらを過剰に持ち上げるその言動は、明らかに信用できない人物のそれだ。何が目的なのか。教え子を守ろうと、アドマイヤベガに耳打ちをした。

 

「今すぐ寮に戻れ」

 

彼女は頷き、ウマ特有の加速で消え去った。

 

「あっアドマイヤベガさんにもぜひお話をお聞きしたいのですが」

 

と乙名史氏が言ったが、この手の言動をする人間を最初から信頼するのは危険だ。一度企画を了承してしまった以上、今後も取材をされる可能性が高い。警戒心を高く保ち、余計な言質を取らせるべきではない。

 

「次戦のホープフルステークスに向けてのトレーニングと勉学の両立で彼女も忙しくしています。私もこれから教員棟に戻って指導計画立案などがありますので、本日はこれで失礼します。次回いらっしゃるときは公報部を通して事前アポがあると助かります。それでは」

 

そう伝え、足早に体育科教員(トレーナー)棟へと戻った。

 

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