第一章第一節 "新人トレーナー着任"
学校法人私立日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称中央トレセン。
総面積約80万平方メートル。中高一貫の全寮制私立女子校で、所属する生徒数は6学年で2000名弱。座学の授業が実施される校舎のほか、ターフ、体育館、プール、ジム、テニスコート、サッカー場などの運動施設群、ライブ用ステージ、ダンススタジオ、生徒寮、トレーナー寮、学内購買、さらにはチェーンコンビニまで入居しているという充実ぶりだ。くわえて、教育学科・理学科・社会科の3学科を擁する教育学部からなる
4月の入学式・着任式を終え、校内案内や組織説明といった一通りの受け入れ教育を受けた高村の感想がそれだ。道理で、初任給28万という新人教員にしては高い給料が出るわけだ。他職種も、トレーナーほどではないが比較的高い給料が出ている。そして教職員向けの個室寮・食堂まで完備されているから生活コストは低い。かなり金が貯まりそうだ。
そして、労働条件通知書を見ると、自分は「体育科所属
研修で隣になった同期に聞いてみると、彼女は「音楽科所属
早いところ、
姉がウマで、それも中央トレセン学園のOGだったからウマたちには詳しいとは思っていたが、そうでもなかったらしい。むしろ、近しい存在だからこそ知らない、知ろうとしないことの方が多かったようだ。
そもそもウマ娘とは何なのか?アスリート活動とアイドル活動をなぜ並行して行っているのか?という問いに対する答えが出てこないことを、研修を通して突き付けられた。このままではいけないと思い、PCの電源を入れた。オンライン百科事典で調べてみることにしたのだ。
『ウマとは、ホモ・サピエンス・サピエンスのメス、すなわち人間の女性の分類の1つ』
シンプルな事実でしかない。概要欄に飛んでみると、次のように書いてあった。
『ウマは、時速70km程度での走行が可能な脚力に代表される圧倒的な身体能力を持つ。耳は側頭部ではなく頭頂部に近い位置にあり、そして短い髪の生えたロバのような形状をしている。また、尻尾がある。それに加え、類まれなる美貌でも知られる。』
ロバの耳か。確かに、言われてみればよく似ている。
『彼女らのうち、20代ほどまでの若年層を指す言葉が「ウマ娘」とされる。彼女らの漢字表記は「馬」だが、常用漢字外であるため現在はほぼ使用されない。女性に関する漢字でありながら「馬」に女偏が付かないのは、彼女らが通常の女性とは異なる、特別な存在とみなされてきたことが由来と考えられている。
女性人口比でわずか2%前後という少数派の彼女らがそれほどまでに特別視されているのは、その美貌だけではなく、形態の特異性と身体能力にもよる。同じホモ・サピエンス・サピエンスのメスでありながら、通常の女性とは耳・尻尾の構造、身体能力が全く異なる。他の生物に似たような集団は無く、人間にだけ何故このような集団が誕生したのか、そしてDNAのどの部分がこのような差異を生み出しているのかは、生物学上の未解決問題に数えられる。』
なるほど、昔から結構特別視されていたのか。女性人口比2%は少ないな。道理で姉以外のウマを見たことが少ないわけだ。日本だけでも100万人ちょっとしか居ない。同世代ならもっと少ない。
そう思いながらページを読み進めると、彼女らの歴史について記述する項が続いていた。
『彼女らは早期から歴史上に登場する。権力者層の妻や愛人兼護衛役として重宝された結果、早い時代には美の象徴となったことで注目を集めたのだろう。時には戦場の女神として、時には傾国の美女として、時には権力者そのものとして。その高い身体能力と美貌が信仰や崇拝の対象にもなり、女王やそれに準じる存在として扱われていたことを示す歴史資料も世界各地にある。日本においても、縄文時代の壁画に始まり、平安時代の巻物、戦国時代の日記、江戸時代の浮世絵など、あらゆる時代の絵・文書に存在が記されている。
戦国時代以前は騎兵部隊や忍者、あるいは護衛役といった、重要な役回りでの戦物語が中心だ。これは、彼女らの高い身体能力と人口の少なさに起因する。一方、江戸時代以降は飛脚や早駕籠、くノ一といった例外を除いて、美人画などの資料が中心となる。彼女らの圧倒的な身体能力が太平の世では持て余される一方、美貌に対する注目度が相対的に高まったのだ。明治維新以降は軍事力の機械化により
そういえば、今まで見てきたウマ娘たちはみな揃って美人だった。姉のことをそういう基準で見た事は無いが、おそらく彼女も他者から見ると美人なのだろう。なぜあんなに美形ぞろいなのか疑問に思っていたけど、既に早い時代から選択と淘汰が進んでいたようだ。納得した。ページを読み進めていく。今度は、なぜ彼女らがアスリート活動とアイドル活動を並行して行っているのかを説明していた。
『美貌と身体能力をエンターテインメントに活用する流れも存在した。16世紀のイギリスに端を発する、馬による競走、「
戦後直後からウイニングライブが存在していたらしい。幼いころ見に行った姉のレースで、なぜ走った後に歌って踊るんだろう?と思ったことがある。姉の格好いい歌とダンスに圧倒されて、詳しく調べようと思ったことが無かったのだが、結構歴史がある制度らしい。そして、ふと気づく。『競馬』というのはあまり見ない表記だ。意味からすれば確かに正しいけど、よく見かける表記は『競バ』だ。なぜだろう? 答えは、続きに書いてあった。
『1946年には、差別防止の観点から「馬」という漢字が常用漢字から外され、それまでの「馬(うま・ば・ま)」という表記はカタカナの「ウマ」「バ」「マ」に改めることが定められた。これにより、「競馬」は「競バ」となり、若年の馬を「ウマ娘」と呼ぶ習慣が数年かけて定着した。その後、未成年に対する保護意識の高まりにより、競バに対する賭博行為が違法化されたことをきっかけとして、競バは国民的な娯楽として定着した。』
そうか、あまり意識しないけど『馬』は常用漢字外らしい。確かに、今は駅名など固有名詞でしか使われない。そして、あれだけ人気が高い競技にもかかわらず賭博対象となってないのは未成年保護の観点からというのも頷ける。もし賭博化していたら、おそらくは八百長試合目的で選手相手に脅迫が行われる可能性もある。
『時代が1960年代に差し掛かると、「全国各地のトレセンに所属し、アスリート活動とダンス歌唱を並行して行う若年ウマの集団」を特別視して「ウマ娘」と呼ぶことが増え、美貌と高い身体能力を兼ね備えたアイドルアスリートとしてブランド化される。テレビの普及によって、同時期にはウマ娘以外のアイドル文化が勃興し、その影響で「ウマ娘」のアイドル性も高まることになる。
1980年代は、アスリート活動をせずに芸能活動に専念するウマが脚光を浴びた時代でもある。身体能力を活かした派手なパフォーマンスが人気を呼んだ一方、非ウマ娘アイドルの繊細で可憐なパフォーマンスも人気を集め、両者は共鳴しながらアイドル文化を醸成していった。これにより、『ウマ娘』を純粋なアイドルとみなす価値観が一部で形成された。
さらに2000年代に入ると、グループアイドルの登場により、トレセンの「ウマ娘」チームをアイドルグループと同一視する文化が誕生し、「推し」文化の流行とともにその傾向は加速を極めることになった』
完全に納得した。アスリートでありながらアイドル的認知も得ているのは、元々は慰問目的の興行だったものが、次第に人気が拡大するとともにアイドル文化と合流したことによるものなのか。わかりやすくまとめてくれている百科事典があって助かった。文明の利器に感謝だ。