終章第一節 "大学生活"
トレセン学園を卒業し、実家に戻った私は、早稲田大学の先進理工学部物理学科に入学した。
トレセン時代の同級生たちは、卒業後もメディア露出のある進路や、競技を続ける進路を選択をした人も多い。中には、大学の東海道駅伝への出場を目指して強豪大へのスポーツ推薦入学をした人もいた。でも、私は全てをすっぱり辞めた。理由は、自分でもよく分からない。新生活で思い切って環境を完全に変えたかったのかもしれないし、進学先が物理学科ということで勉学が忙しいと予測できたこともあるのかもしれない。あるいは、高村トレーナーへの想いを断ち切ろうとしたのかもしれない。
大学の入学式では、校歌『都の西北』を斉唱した。その歌詞の最後の方に、聞き覚えがあった。トレセンの卒業式で高村トレーナーが教えてくれた、母校の歌詞と同じ。こんな回りくどい方法で出身校を教えてくるなんて、変な人だ。でも、第一志望の東大には落ちたけれど、あの人の後輩にはなれた。そのことが、嬉しかった。
学部は知らないけれど、この大学のどこかを大学生時代の高村トレーナーも歩いていた。入学直後は、あの人の足跡を感じようと思ってキャンパス中を歩き回った。埼玉の方にある所沢キャンパスにも、一度だけ足を運んだ。
入学当初、思っていたよりは注目されなかった。現役時代は日本中の視線を浴びた気分になっていたけれど、競技の世界から外に出てみると、競バに興味を持たない人も多くて、自分が居た世界の狭さを思い知らされた。まさしく井の中の蛙だ。ただ、それでも一部には競バ好きのグループが居て、そこから私が元競走バ『アドマイヤベガ』であることはすぐに広まり、私が通う手狭な理工キャンパスを薄く満たした。
理工キャンパスは、文系学部の大部分が拠点を置く本部キャンパスや、学生会館と文学部・文化構想学部がある戸山キャンパスからは徒歩20分ほど離れていて、雰囲気も大きく違う。外壁を銀色に塗装された校舎が主体の、工場のような雰囲気だ。自虐的に『大久保工科大学』だなんて言う学生すらいる。
学生は圧倒的に男子が多く、女子慣れしていない男子校出身者も多そうだった。もちろん、私も同世代の男子には慣れていない
サークルは、理工キャンパスに拠点を置く天文サークルに入った。大和女子大とのインカレだから、メンバーには女の子たちも多くて、おかげで女子の友達がたくさんできた。もちろん、男子の友達も。数か月もすれば、私は大学生『綾部明里』としてだけ認識されるようになり、不躾な目線も噂話も消えていった。そして、話題は勉学やサークルなどといった学生生活へと移っていった。人の噂も七十五日とは、よく言ったものだ。
男友達から誘いが無かったわけではない。トレセンという隔絶された空間ではあまり意識することはなかったけど、ウマというのは一般的には美人として扱われるようで、私もその例に漏れずたくさんの男子からご飯や遊びに誘われた。中学生の頃とは違う男子たちの行動には少し戸惑ったけれど、何度も男子とは二人で出かけたし、中にはかっこいいなと思える男子もいて、気になる人がいた時期もある。告白も何回かされて、返事を迷ったこともある。でも、どうしても心の中では高村トレーナーと比較してしまう自分がいて、結局誰とも付き合えないまま大学3年生まで進級してしまった。
転機は、4年生進級直前の研究室配属だった。大学院修士課程に進学することを決め、推薦権獲得のため勉学に時間を大きく割いたおかげか、私は第一志望の天文分野の研究室に無事配属された。そして、私に割り振られた4月からの研究テーマは、三鷹にある国立観測台での定期的な観測が必要なものだった。最寄り駅は、私の家からだと西王線調布駅になる。進級を翌月に控え、通学経路をオンライン地図で確認しているとき、あることに気付いた。国立観測台の西6km地点に、かつての学び舎中央トレセンがある。懐かしさがこみ上げ、思わずそちらのほうを拡大する。
「こんなに狭かったんだ・・・」
あの頃は、こんなに狭い世界が、私のすべてだった。級友との交流も、亡き妹との対話も、
『卒業してしばらく経っても気持ちが変わらないのであれば、その時に話は聞く』
あの人の言葉を思い出す。今思えば、あれは「話を聞く」という言葉通りの意味でしかなくて、仮に私が再度告白しても受け入れてくれる事は無いんだろうなと思う。
過剰なまでに倫理観が強い高村トレーナーだ。私の気持ちは信頼の誤解に過ぎないと言い切ったあの人が、僅か3週間後にあんなことを言ったのは、単に私の精神的負荷を下げるための苦渋の選択だったのだと、今なら分かる。でも、当時の私にはあの言葉が希望に思えたし、今でもあの人の幻影を無意識のうちに追ってしまっている。
もう一度会って、自分の気持ちが今も変わらないままなのかを確かめたい。もし恋愛感情が消えているなら、あの人のことを忘れて前に進もう。仮にまだ気持ちが変わっていないなら、きっぱりと振られて、やっぱり前に踏み出そう。過去に
あの人の個人的な連絡先は、結局教えてもらえなかった。卒業生と個人的なつながりを持つのはよくない、という高村トレーナーの意向によるものだ。業務用チャットアプリはアンインストールできなかったけど、4月になった瞬間にアカウントが自動削除されてしまい、やりとりは全て消えてしまった。どれほど泣いたのか、今でも思い出せない。スクリーンショットを取るか、データをエクスポートすることもできたはずなのに。今となっては、トレセン学園の教員紹介ページに掲載されている高村トレーナーの業務用メールアドレスだけが頼みの綱だ。
メール作成ボックスを開き、宛先欄にメールアドレスを入れた。そして、書き出しに10分悩み、メール本文を考えるのに50分かかり、送信するか逡巡して20分が過ぎた。息を吸い込み、思い切って指先に力を籠める。このメールを、読んでもらえることを祈って。
『お久しぶりです。3年前まで高村トレーナーのご指導を受けておりました「アドマイヤベガ」綾部明里です。お変わりないでしょうか――』
久しぶりに、懐かしい名前から連絡が来た。初めて担当した相手で、ぶっきらぼうなところがあり、誰よりも繊細で、誰よりも危なっかしく、誰よりも芯が強かった生徒。そして、まさかの告白をしてきた生徒。指導していた当時は乱暴な口の利き方もされたけれど、3年近く経ち、21歳ともなるとさすがに大人になったのか、とても丁寧な書き出しだった。どのような用件なのかを確認すると、大学進学後の経歴の簡単な説明が書かれていた。それに続き、国立観測台に通うことになったので、せっかく近くまで行くので挨拶をしたい、という旨の丁寧な申し出があった。
真意が分からず、悩んだ。本当にこの彼女は、挨拶をするためだけに来るのか。それとも、もしかして再度告白しに来るのか。どう返事するべきか分からないまま、1日が経った。
結局、アドマイヤベガからの挨拶は受けることにした。現役生徒たちとOGのつながりは大事だし、大人になった彼女であれば変なことは言ってこないと思ったからだ。返事を出した翌日には既に返信が届いており、翌週の木曜日の昼過ぎの訪問が決まった。
なんとなく落ち着かない1週間を過ごし、約束の日の午後1時。トレーナー室のドアから、丁寧なノックが響いた。
「お久しぶりです、高村トレーナー」
ゆっくりとドアが開き、アドマイヤベガが顔を覗かせた。ゆっくりと、足を踏み入れてくる。
「うん、久しぶり。少し雰囲気変わったね」
卒業からちょうど3年が経ち、随分と大人っぽくなったなと思う。この年代の3年は大きい。髪型も変わって、薄く化粧もしている。内向的だったあの頃と違う印象だ。やはり、大人になったのだろう。
「はい、大学生ですから。卒業から3年経ってます」
「早いな、綾部を担当していた期間以上の年数が経ったんだな。理工キャンパスはどう?」
大学生活について、話題を振ってみる。自分がかつて憧れていた、新宿区という都心部のキャンパスライフがどのようなものなのか気になったのだ。
「ふふ・・・男子ばかりで、校舎は銀色で、工場みたいです。勉強も難しいけど、でも楽しいですよ」
大学生時代に何度か訪れた、あの垢抜けないキャンパスは変わっていないらしい。
「本キャンや文キャンも近いのも楽しいだろ。羨ましいな」
「ええ、サークル活動で他の学部の人も多くて、いろんな友達が出来ました」
「そうか、楽しそうだな。サークルは何に?」
「天文の・・・天体観測のサークルにしました。去年引退しましたけど、インカレなので、女子大の子の友達もできました」
キャンパスライフを謳歌しているようだ。随分と、遠い存在に感じる。大学生のころ、サークル活動のため所沢から本部キャンバスまで遠征する度に見かけた
「友達が多いってのは良いことだ。大学の時の友達は一生ものの財産になる。何はともあれ、ようこそトレセン学園へ。久しぶりに校内でも見て回るか?」
トレーナー棟を出て、教室棟、トレーニング棟、ターフ、三女神の象。様々なところを見て回る。今は教室授業の時間帯だから、トレーニングは行われていない。閑散とした敷地内を回るたびに、アドマイヤベガは「懐かしい」「こんなに小さかったっけ」などと口々に呟く。大学部に内部進学した生徒とは、久しぶりの再会を喜び合っていた。アドマイヤベガの振る舞い全てが、3年という時間の経過を証明していた。
2時間ほどで校内見学は終わり、トレーナー室に戻ってきた。そろそろトレーニングの時間も近い。担当している生徒にアドマイヤベガを紹介しようと思い、声を掛けた。
「そろそろトレーニングの時間なんだけど、今3人担当しているから、会っていくか?チーム名は『ヒアデス』。OGとして何かアドバイスとか伝えてあげて欲しい」
そう言うと、彼女は露骨に目を逸らし、何かを決心したように微かに頷いた。再びこちらに目線を戻すと、はっきりとした口調で話し始めた。
「実は、お話があります」
校内見学中、実はずっと高村トレーナーのことを見ていた。もちろん、校内を見て回りながら高校生時代を思い出して懐かしんでいたのも事実だ。でも、やっぱり目は自然とトレーナーに吸い寄せられていく。時折こちらの目線に気付かれそうになるたびに慌てて目を逸らす。そして、トレーナーがこちらを見ていないのを見計らい、その横顔を見つめる。その繰り返しだった。
トレーナーは、記憶の中よりも少しだけおじさんになった気がする。当然だ。私を担当していたころは23歳から25歳。今は28歳で、立派なアラサー。スーツに取り付けられているトレーナーバッジは、私が知っている一ツ星のブロンズから、二ツ星のシルバーに変わっていた。・・・そして、左手の薬指は、空いたまま。
高村トレーナーの顔は、比較的整っている方だと思う。高校生の頃は、もっとかっこよく見えた気がするけど。とはいえ、大学にはもっと美形な男子はいくらでもいるし、中には一瞬見惚れるほどのイケメンも居た。でも、高村トレーナーの責任感と倫理観、そしてなにより、高校3年間の思い出――命を救われ、心を救われ、砕かれ、そしてまた救われた経験。それは、この人にしかない。
もし、大学の男友達が明海のことを知ったとして、彼らはそれまでと変わらず私と接してくれるだろうか。私の精神ケアを図ろうとするだろうか。暴走を重ねる私を、それでも見捨てないでいてくれるだろうか。私が山奥で倒れていたら、応急処置をして運んでくれるだろうか。・・・多分、無理だ。
それに、保健室の先生や、スクールカウンセラー、インストラクター、クラスメイトや後輩、そしてルームメイトは、みんな、高村トレーナーを中心に動いていたように思う。当時は分からなかったけれど、あんなにたくさんの人を動かして一人の生徒に向き合うのは、新任トレーナーの範疇を超えている。私もあと1年で大学を卒業して当時の高村トレーナーと同い年になるけれど、私が同じ立場に立ったとしても、きっと同じようには振る舞えない。
告白を拒絶された時は悲しかったし、怒りの感情も抱いた。言われた内容は正論だったけれど、なぜあそこまで苛烈な反応をされたのかは、今でも分からない。でも、そんな人だからこそ、本気で好意を抱いたのだと思う。仮にもう少し冴えない容姿だったとしても、きっと同じだろう。よほどヘンな見た目だったら、さすがに別かもしれないけど。
この気持ちは、本物だ。忘れられるわけがない。そう確信した。トレーナー室に戻り、後輩たちのトレーニングを見ていくかと提案されたけど、それよりも先に伝えるべきことがある。
また振られるかもしれない。あの時のように冷たい態度を取られるかもしれない。すぐに追い出されてしまうかもしれない。メールすらブロックされるかもしれない。元教え子だという事実すら、否定されるかもしれない。でも、伝えないと一生後悔する。だから、冷静さを装い、口を開いた。
「実は、お話があります」
用語解説:ヒアデス
ヒアデス星団のこと。おうし座アルデバランの付近に有る散開星団で、和名は釣鐘星。
山形県では『馬の面星』とも呼ぶ。