星間境界 -アドマイヤベガの道標-   作:茶園真

6 / 54
個別ストーリー第6話相当の小説化です。アプリ版トレーナーとの人格の差が顕著に出ます。


第二章第二節 "プラネタリウム"

 意外に早く目が覚めた。生活リズムがずいぶんと整ってしまった。

ベッドに横たわったまま目線を横に向けると、夏の朝特有の強烈な陽光が窓から入り込み、部屋全体を照らしていた。

 

 歯を磨き、シャワーを浴び、朝食を食べながら今日は何をしようかと考える。寮が学園敷地に隣接していて通勤時間も家賃もほぼかからないというのは便利だけど、職住近接も度が過ぎるとストレスが溜まる。外出して気晴らしをしたい。

 

スマホで地図を見ていると、学園から南へ3kmほどの地点に博物館を見つけた。東京西部は勝手知ったる土地のつもりだが、今まで府中に住んでいたわけではない。せっかくだし行ってみるか、と思い身支度を始めた。どんな展示内容なのか楽しみだ。

 


 

 自転車道と歩行者道が一体化した下河原緑道を自転車で南下すること15分。あっというまに博物館についた。料金所で展示内容を見ると、常設展示とプラネタリウムがあった。常設展示だけで良いとも思ったが、せっかくなのでプラネタリウムも見ることにした。時間もつぶせる。

 

ゲートをくぐり、木漏れ日の下の坂道を少し歩く。右手に、ガラス張りの瀟洒なエントランスが見えた。入館すると、冷房が効いていて気持ちいい。汗が蒸発していくのを感じる。エントランスホールの正面、階段を上った常設展示室に入る。旧石器時代にまでさかのぼる府中の歴史や、近くの大きな神社の伝統行事などについて様々な資料が展示されており、思いのほか楽しんでしまった。時計を見ると90分が経過していた。

 

階段を下る。そろそろプラネタリウムの上映開始が近いはずだが、プラネタリウムの場所が分からない。キヨロキョロとホールを見回すと、先ほど下った階段の脇に通路があり、その先がプラネタリウムのようだった。通路を抜けた先にある天文展示コーナーには、木を象ったモニュメントや、人工衛星、望遠鏡、プラネタリウムの模型が展示されていた。上映数分前に、プラネタリウム内部に案内された。

 

上映内容は、夏の星座が中心だった。季節は夏、しかも七夕も近い。天の川に隔てられた織姫と彦星の七夕伝説についての解説が始まる。学生のころ通っていた所沢キャンパスでは、よく自虐的に星が綺麗だなどと言っていたものだが、さすがにプラネタリウムの方が綺麗だ。天の川なんて所沢キャンパスでは見たことが無い。そういえば、織姫と彦星は英名ベガとアルタイルだったな、と思い至ったところで、ふと綾部明里(アドマイヤベガ)のことを思い出した。彼女の競技登録名(ターフネーム)にも、「ベガ」が含まれている。アドマイヤ冠名なのは理解できるとして、なぜベガを選択したんだろう。一位に対する執念として一等星ベガを選んだ、という考えもあるのかもしれないが、選抜レースやその前の彼女の様子からは、単なる一位への執念とは異なる感情があるようにも見えた。

 

――だめだな、休日に担当生徒(ウマ娘)のことを考えるなんて

 

頭を振ってアドマイヤベガを脳内から追い出す。公私はちゃんと分けないと。

 


 

「それでは、またのお越しをお待ちしております。次の投影時刻は―」

 

上映が終わり、プラネタリウム外へと退出する。想像よりも楽しめた。せっかくなら、星について勉強するのも良いかもしれない。売店で天文図鑑が売っていたので、何冊か手に取って比較していると――

 

「あっ」

 

聞き慣れた声がした。

目を声の方向に向ける。

 

「あ」

 

同じ言葉が出た。

・・・・・・担当生徒(アドマイヤベガ)だ。

 

休日に生徒と会いたくはない。気を使うからリフレッシュできないし、生徒にプライベートの姿を見せるのも恥ずかしい。いつもスーツの人間の私服姿を見て幻滅した、なんて話もある。今後の信頼関係構築に影響するかもしれない。目を逸らし、見なかったことにしようと決めた。

だが、目を逸らしきる前にアドマイヤベガが口を開いた。

 

「・・・高村トレーナー、なに、してるの」

 

――プライベートだよ見て分かんないの?

 

無視も難しい状況だ。観念し、開いていた天文図鑑を閉じた。

 

「・・・星を勉強しようかと思って」

「・・・どうして?星に興味があったの?」

 

会話が続くとは思ってなかった。さっさとどっか行って欲しい。関係者に見られたら面倒だ。

 

「・・・まあ、好きかな、星」

 

嘘ではない。星が嫌いな人間というは珍しい。大学のサークルの夏合宿では、初めて天の川を見て歓声を上げたり、カメラでの撮影にチャレンジしたりと、思い出もある。

 

「・・・そう。本、右の方が分かりやすいと思う」

 

こちらが手に持っていた本を一瞥し、その言葉を残して彼女は去っていった。

自分が中学生の頃を思い出す。親の買い物に付き合わされ、スーパーで担任の教師を見かけて声を掛けた時のことだ。先生はフレンドリーに対応してくれたけど、親には後で『休日の先生に声をかけるな』と注意された。当時は親に反抗したけど、10年越しにその理由が分かった気がする。フレンドリーに対応してくれたあの先生は出来た人だ。己の素っ気ない対応を少し反省した。

 

――そういえばあいつ敬語じゃなくなっていたな。なんで?

 

休日に会うのは予想外だったけど、おすすめには従おうと考えた。あの様子だと多分星好きだ。餅は餅屋。彼女の意見には相応の根拠があるはずだと考え、右側の天文図鑑を購入した。

 

10分ほどエントランスで流し読みしてから退館すると、屋内の明るさに慣れた目を、夏の昼間の日光が容赦なく突き刺してくる。それだけではなく、道路を覆う木々の鮮やかな緑色すら目に刺さる。目を可能な限り細めながら、蝉時雨の下、膨張した空気の中を駐輪場まで歩いた。

 


 

 8月第一週。体育座学の前期期末試験採点業務に駆り出された。2年目までの教員は採点のみで、3年目以降の教員は試験問題作成業務まであるらしい。高い給料をもらっている以上は仕方ないけど、再来年以降が思いやられる。担当生徒(ウマ娘)の指導を抱えて試験問題作成までやらされるとなると、かなり忙しいはず。大規模チームのトレーナーとかどうしてるんだろう・・・。そんなことを思いながら、〇と×をつけて採点していく単調作業が続く。時折出現する誤回答が面白いのが腹立たしい。何だよ、天"王"賞って。あっ、こいつ赤点だ。補習だな、あはは。そんな、ヤケクソじみた笑いがたまに漏れる。

 

担当生徒(アドマイヤベガ)は優秀なようで、赤点・補習はないと本人から申告された。胸をなでおろす。夏の合同合宿もある。ここで躓かれては文字通り頭を抱えていただろう。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。