星間境界 -アドマイヤベガの道標-   作:茶園真

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第二章第四節 "デビュー戦決定"

 9月中旬。残暑厳しく、未だミンミンゼミの鳴き声が響く東京23区にある、教え子(アドマイヤベガ)の実家を訪れた。目的は家庭訪問だ。大切な娘さんを預かる身として、一度挨拶に伺うべきだと思ったのだ。ご両親は快く俺を迎えてくれた。お母様もまたウマで、話を聞くと、かつて「ベガ」という競技登録名(ターフネーム)で活躍していたのだという。「トレーナーさんの生まれる前の話だから、ご存じないとは思うのだけど」と、控えめに話すその姿は、教え子(アドマイヤベガ)が大人になったらこういう話し方をするのだろうな、と思えた。母親の競技登録名(ターフネーム)の一部を襲名するというのはよくある話だ。とても仲が良かったのだろう。

帰り際、ご両親が深々と頭を下げ、「娘のことを、どうかよろしくお願いいたします」と丁寧にお願いされたのが印象に残った。その時は、寮で離れて暮らす娘のことが心配なのだろうと思った。

 


 

 過去の資料で、アドマイヤベガの母親が「ベガ」として活動していた時期のレースを確認した。映像で見る彼女は、少しだけ今のアドマイヤベガに似ている気がした。戦績はクラシック二冠。その娘であるなら、確かにアドマイヤベガのあの才能も頷ける。適切なトレーニングをすれば、時代を代表するウマ陸上選手になるはずだ。

 

9月下旬、夏休み明け。アドマイヤベガはこちらのトレーニング指示をある程度は受け入れてくれるようになった。合同合宿で彼女の選択を尊重したのが効いたようだった。ただ、やはり過剰な練習をする傾向は変わっておらず、こちらが休憩させようとしても「次の指示は?」などと尋ねてくる。未だ十分な信頼関係は築けていないようだ。

 

とはいえ、いつまでも競技デビューさせなければ、アドマイヤベガからの不満を買ってしまい契約破棄となるリスクもある。そうなればお互いに損だ。だから、アドマイヤベガの競技デビューは12月のエリカ賞に決めた。阪神競バ場、芝2000m。デビュー1年目向けのジュニア級レースであり、新人にとっての登竜門でもある。既に一勝しているウマが多く参加するため、0勝の彼女が参加するべきかは悩んだ。しかし、選抜レースでの走りを見る限りは、少なくとも体力面では十分だと考えた。さらに、その3週間後に同じく阪神で開催されるホープフルステークスへの出走も視野に入れることにした。競技デビュー直後はモチベーションも高い。仮にエリカ賞でダメでも気持ちの切り替えがしやすいし、エリカ賞で上位入賞できればそのままホープフルステークスでの上位入賞を狙える。そう判断した。

 

 デビューを3か月後に据えたことで、いくつかやるべきことが出来た。彼女の体重を含めた体調管理や、身体・骨格的弱点の把握だ。とはいえ、男性トレーナーがそれらを細かく全て把握するわけにもいかない。だから、まずアドマイヤベガを保健室に定期的に通わせることにした。養護教諭には話を通して、体重や体調の管理をお願いした。向こうも慣れたもので、すぐに応じてくれた。

さらに、アドマイヤベガの歌唱ダンス指導を担当している同期の歌唱ダンス指導教員(インストラクター)に、骨格の歪みなどがないかを観察してくれるよう頼んでおいた。

 

結果として分かったことがある。まず、彼女は先天的に左足が歪んでいた。踏み込みの甘さも、そこに起因するのかもしれない。加えて、足裏の皮膚も平均より薄いという。レース中に怪我をされては困る。ご両親に申し訳が立たないし、彼女自身にとっても不利益でしかない。

 

杉崎先輩にアドバイスを求めたところ、競技用運動靴の蹄鉄の調整でカバーすることを提案された。そういえば、家庭訪問の時にアドマイヤベガの母親が言っていた。自分も脚の歪みに悩まされた、と。家庭訪問を終えて数日しかたっていないから気が引けたが、電話をして相談したところ、現役当時にお世話になっていた装蹄師を紹介してくれる、とのことだった。通話終了の間際、「どうか、あの子のことをよく見てやってください」と再びお願いされた。その時は、自分の脚の特徴が遺伝したことに対する罪悪感なのかな、とも思った。

 

 数日後、装蹄師さんから電話が来た。てっきりこちらから出向くのかと思っていたら、わざわざ学園まで来てくれるとのことだった。思ってもなかった提案だ。練習を中断することを極度に嫌がるアドマイヤベガのことを考え、ありがたく甘えさせてもらうことにした。

 

ターフにやってきた壮年の装蹄師が、アドマイヤベガの脚をよく調べ、競技用運動靴の裏に取り付ける蹄鉄の角度を細かく調整していく。何度か調整と試着・試走を繰り返した後、彼女は急にターフを全速力で走り出した。

 

「どうだった?」

 

と尋ねると、

 

「・・・走りやすい」

 

と返ってきた。足先の接地感を確かめるようにつま先でターフをたたく彼女の表情はまだ固い。だが、その仕草からは、これまでにない走りやすさへの興奮が滲んでいるようにも感じた。

 


 

後日、装蹄師さんにもらった領収書を理事の駿川さんに提出したとき、こんな言葉を掛けられた。

 

「・・・デビューから引退までの期間は僅かですが、生徒たちの皆さんにとって大切な日々です。高村さん、アドマイヤベガさんのことをしっかり支えてあげてくださいね」

 

 理事室から出て、体育科教員棟へと戻る際中、担当生徒(アドマイヤベガ)がクラスメイトと会話しているのを見かけた。「仕事人」などとあだ名されているようだった。その様子を横目で見つつ体育科教員棟へと戻ったが、普段自分には見せない姿があることに、正直ほっとした。ああいった親しい級友の存在というのは、特にアドマイヤベガのような心に傷を持つ人間にとっては計り知れない財産のはずだ。

 

 午後、体育実技指導(トレーニング)が始まった。相変わらず、彼女はこちらの指示を求めずにひたすら長距離持久走を続ける。休憩の指示や、インターバルトレーニングへの切り替えなどは一応は従ってはくれるが、すぐに長距離持久走へと戻りたがる。これでは、加速力・レース中の判断力・筋力は付かない。長距離持久走は体力維持向上につながる一方、有酸素運動だから脂肪とアミノ酸を消費する。結果として筋肉を落とすことにもつながる。それを防ぐためにジムでの筋トレ、インターバルトレーニングによる無酸素運動で筋力を維持させているが、いまだ完全な信頼関係構築が出来ていない以上、踏み込み過ぎた指導は関係の破壊につながる。今はできる範囲でアドマイヤベガの練習を制御し、信頼関係構築を優先するべきだ。エリカ賞まではまだ2か月半もある。ホープフルステークスは3か月先だ。

 

 翌日のトレーニングでは、彼女は集中力を欠いているように見えた。800mのインターバルトレーニングのタイムは61秒。普段より5秒遅い。彼女の目の下にはうっすらと隈があるようにも見えるし、心なしか瞼も重そうだ。

 

――夜更しかな。それとも、相変わらず過剰な自主練をしたのかもな。

 

18時、トレーニング終了後の彼女が更衣室とは逆方向に歩き出したので思わず呼び止めた。

 

「・・・どこ行くの」

 

まさか自主練をするつもりだろうか。

 

「・・・公園を通って、それから河川敷を往復。そこから高台の公園まで行って引き返せば、ちょうど門限だから。まだ走れるし、トレーニングを続けるつもり」

 

案の定だった。寝不足状態で自主練はさすがに看過できない。少し強めの姿勢に出ることにした。

 

「君、寝不足だろ。寝不足状態でトレーニングを続けても筋肉は強化されない。酸欠状態になるから判断力も落ちる。免疫力も低下するから体調を崩すぞ。アスリートならちゃんと休んでくれ。競走競技指導教員(トレーナー)権限で今日は自主トレを禁止する」

 

そう伝えると、さすがに諦めたようだった。

 

「・・・そこまで言うなら、やめておく。無責任に言ってるわけでもないだろうし・・・全く」

 

――こいつ今舌打ちしやがったな。

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