Re:ナツミシュバルツは友達が欲しい   作:戻ってきたミュウ

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影の女王は何処へ

銀光の差し込む陰湿とした路上の裏。

 

「……くぅ、……ふぅ……」

 

黒髪の少女は脂汗を滲ませて体をくの字に折る。

ギュルギュルと肉体の内から締め上げるような音がした。

 

彼女は猛烈な吐き気に襲われたのか口元を覆い、食道から逆流しようとするそれを必死に抑えようと努めたものの……「だから、言ったんですよ。自業自得ですって」

 

いつの間にか背後に佇んでいた男の言葉を最後に口から溢れ出る茶色の吐瀉物を辺り一面に撒き散らした。 

 

「――オロロロロ」

 

とても人様には見せられない姿だった。

地面に膝をつき黒いドレスにすらその飛沫を散らす百年の恋も冷めるような彼女の名はナツミ・シュバルツ。

 

ルグニカの影の宰相や女王だとか王選最有力候補者だとか本人の限界スペックを越えた過大評価を受けているが、その実態は腱鞘炎を治癒魔法で誤魔化しながら終わりのない職務時間と迫る納期に駆り立てられる休みなきブラック社員である。

 

「僕、美少女はゲロ吐かないんだと思っていたんですど貴方のお陰で幻想がぶち壊れました!」

 

半端に消化されたパスタやお酒と酸っぱい臭いが辺りに立ち込める。

護衛であるセシルスは彼女の背中をさすっていた。

 

ナツミ・シュバルツ嬢は酒に弱い。だが全く飲めない訳ではない。それを自覚して普段は飲むペースを考えているのだが、ロム爺やフェルトなど久しぶりとなる知人達の前でつい羽目を外してしまい肝臓の処理能力がキャパを越えてしまったらしい。

 

「うげぇぇ……それ、は悪かったですね」

 

口元を拭う。最後の王選候補たるフェルトが王選出場への表明を表し、龍の盟約に従い正式に王選の開始を告げる式典への参加を求められた彼女であるが、ゲロをぶちまけた今の状態では不味い。

 

時計はないが湯浴みや新しいドレスを揃えたとして、これから式典に向かおうにも間に合わないことは彼女にも察しがついた。男の頃なら口を濯いで特攻かませるほど図々しくもあれたものだが、ナツミ・シュバルツとしての半生が自己を突き通せるほど鈍感ではいられないことを教えてくれた。

 

成長したのだろう。生前(ファーストライフ)に比べれば世渡りが上手くなったと言える。

根底にはいつか去るこの世界。本物のナツミシュバルツへの印象を悪くしたくないという理由もあるが、精神面で大きく成長していた。

 

「セシルス……あんな奴らの顔色を伺うのは癪だが今回は全面的に私が悪い。賢人会に謝罪の文を今から書くから大至急、城まで届けてくれ」

 

そう言うと彼女は懐から紙とペンを取り出して、覚束ないペン捌きで毒にも薬にもならない長ったらしい文章を書き上げるとセシルスに託し、地面に横たわる。

 

「えっ、ちょ!まさかここで気絶する感じですか!?そんなこと言われても護衛対象を一人に出来るわけな」

 

セシルスは何か言いたげであったが、数日分の疲れが酔いにどっと被さって思考が回らない。

 

横にあった木箱に頭をおいたナツミはボンヤリとした視界の中で、何かしらの虫が大量に蠢いているのを納めながらゆったりと意識を暗転させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ねぇ、リアはどうして王様になりたいと思ったの?

 

エミリアはプリシラ・バーリエルに何も言い返すことが出来なかった。

 

『私の望みは一つ、ただ公平であること。全ての民が公平である国を作ることです』

 

あの時、騎士達は眉をひそめ貴族達は面白くなさそうな顔をしていた。

その件についてはナツミ・シュバルツが数年前から動き出していたから。それによってルグニカ全てから差別の意識が消えた訳ではないが、王として目を向けるほど大きな問題ではなくなったから。

 

(思えば、王都にきてからこの髪や耳に関心を向けられることは少なかった)

 

勿論志としては立派だ。

だが、人が人である限り異分子を排除しようもいう感情は切っても切り離せない。

銀髪のハーフエルフという忌み嫌われるエミリアが白昼堂々と街中を歩けるのだ。

これ以上何を望むのだと誰かが言った。

 

ナツミ・シュバルツは稀大の革命児。神算鬼謀の逸脱者であり、無血革命の祖とすら称えられるほどルグニカに残した伝説は数知れず、打ち出した類型を破る政策の全てを成功させてきた怪物だ。

 

『私から一つアドバイスすることがあるとすれば、間違ってもあの娘相手に知恵比べなど挑もうとしないことなのよ』

 

王選に向かう前に珍しく禁書庫から出たベアトリスの忠言である。

 

あの場で仮に誰か一人でも「そう宣うならナツミ・シュバルツよりも素晴らしい政策を出してみろ」そのような声を上げればエミリアの立場はより悪くなっていただろう。

 

何も知らぬ小娘がただ公然の場において無知を晒し、現時点での国の主ともいえる女王の国政に口を出した。あの場でエミリアにつけられた評価はそれである。ナツミ・シュバルツを目の敵にしている賢人会ですら、エミリアの堂々たる失言には嫌悪の色を隠そうとしなかった。

 

 

――言っては悪いが、エミリアにはプリシラのような王としての風格はない。

クルシュのように信頼できる配下に恵まれていたり、アナスタシアのように商才に溢れている訳でもフェルトのような最強の女王と騎士を従えている訳でもない。

 

ナツミ・シュバルツのように異界の知識を持っていなければ、総じて彼女達に比べエミリアは何もかもが劣る。

 

村の人達を助ける為に龍の血を欲しかった。

ルグニカは龍と盟約によって結ばれ、ルグニカの王は万物万象の災いを払いのけると云われる龍の血を扱うことが許される。

 

エミリアは氷の彫刻と化した生まれ故郷の人達を救いたい一心で王選出場を決意した。あの場で溢した発言に何一つとして偽りはないとはいえエミリアのそれは単なる言い訳。心の何処かでは村人達を救うことが出来れば王様なんてどうだっていい…そんな思いがあったかもしれない。

エミリアは思いばかりが先走りルグニカ王国の未来について真剣に考えたことがなかった。

 

だからだろうか。

 

「元気だしなよ、リア」

「…うぅん。落ち込んでるわけじゃないの」

 

手の内にある二本の串肉。

『お嬢ちゃん可愛いから一本サービスな!』

生まれて初めてオマケなんて貰った。

 

「……わたしなんかが、王様になってもいいのかな」

 

エミリアは改めて王都の街並みを見て周り、自らが王となった場合の存在意義を見いだせなくなっていた。

 

これでフェルトのように王になったらナツミ嬢に全てを任せるなんて楽観的になれれば救いもあるが、彼女は赤の他人に責任を押し付けて自分だけが楽をしようなんて結論には至れない。

 

…優しいのだ、致命的なまでに。

そしてこのルグニカはエミリアの優しさを蝕んでいく。

 

「私ね、無意識にあの村とこの国全体を同じように見ていたんだと思う」

 

エミリアは少し前まで森の中で暮らしていた。食糧や日常品は寒村から物々交換によって手に入れていたが、その村の人達は私が銀髪のハーフエルフであることを恐れて気味悪がった。

 

「あの頃は普通に話したい、友達が欲しいってずっと思ってた」

 

自分が銀髪でなければ、ハーフエルフでなければどれだけ良かったかなど、何度理不尽を嘆いて枕を濡らしたか分からない。

 

「銀髪のハーフエルフじゃなくて私を私としてみて欲しい。私と同じような理由で苦しんでいる人がいるなら救いになりたかった」

 

でも、救いのヒーローはもう居たのだ。この街では誰もエミリアを銀髪のハーフエルフとして蔑まないし、何もしない彼女に注目もしない。貧民街と呼ばれていた所にいってみれば、昼間は仕事に明け暮れ日が傾けば男たちは酒樽を囲い、女たちは会話に花を咲かせていた。

 

「分からないよパック。私は、どうしたらいいの?」

「…………」

 

膝を抱えるエミリアにパックは困った顔をする。

気分転換にでもなればと王都の探索を提案したのは自分であるが、エミリアは国を良くしようというのに、悪い所を探して正せばいいと考えていた。

 

今日1日で多く、あまりに多くの人とエミリアは出会った。その殆どが見ず知らずの自分に好意的で気さくに対応してくれた。ただのエミリアとして見てくれることは嬉しかったに違いない。そんな彼らにきっと不幸を抱えている筈だと疑いの目を向けていたのだ。その罪悪感もあるのだろう。

 

だが、本当に彼女を苦しめているのは自分が王様になったら彼らを悪い方向へと導いてしまわないかと無意識に背負ったプレッシャー。それが故郷の人々を救いたい想いと板挟みになって苦しんでいる。

 

パックは自分がどう答えても励ましにならないと思った。

 

「リア、僕が答えてもきっと今の君を納得させることは出来ないと思うんだ」

 

ロズワールは何が何でも会談の場は設けると言っていた。この王選、ナツミ・シュバルツと良好な交流を築かなければ話にすらならない。現状エミリア陣営はナツミ・シュバルツとほぼ関係を持たないが、此方には『あれ』があると妙に自信ありげに話していたのを覚えている。

 

また何か良からぬことを企んでいるんだろうとは思ったが、リアの為になるならとパックは見て見ぬふりをすることにした。

 

「この国の影の女王様、ナツミ・シュバルツ。実際に彼女に会って話してみるといい」

 

 

大精霊は含みある笑みを浮かべて契約者を諭した。




銀髪、エルフ耳への偏見が少ないのはナツミ=スバルの性癖だからである。
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