Re:ナツミシュバルツは友達が欲しい 作:戻ってきたミュウ
その日、ルグニカの王都は魔女教の襲撃を受けた。
いくら魔女教が見境なく現れ、駆除しても駆除してもキリがないゾッタ虫のような存在とは言えどこの国の中心が襲撃されたこの事件は後世に名を残す大事件となる。
王都の住民にとって幸いだったのは王選の開催を告げる式典を開いたばかりであり、剣聖を初めとしたこの国有数の騎士たちが集まっていたこと。
彼らにとって不幸だったのはよりによってその相手が魔女教大罪司教【強欲】担当のレグルスだったことだ。
彼の持つ権能『獅子の心臓』は自らの鼓動を止めることを対価にした肉体の時間停止。不変であるその肉体は如何なる攻撃であろうと決して通さない、また触れた物の時も止めるそれは水滴一つを強力な矛に変える無敵の力だ。
鼓動を止めるというデメリットですら愛すべき52人の妻の心臓に疑似心臓を寄生させて止めた心臓の役割を肩代わりしてもらう『小さな王』を持つ彼には死角というものがない。
あるとすれば何の罪もない無理やり娶られた妻達を殺し尽くしてしまうことだが、その日レグルスは妻を全員連れてくるといった酔狂な真似はしていなかった。
そもそも妻を複数連れて外に出るという行為自体、レグルスからすれば珍しいことであり、仮に全員連れて動くようなことがあるとすればそれは福音にそういう啓示が出た時であろう。
「…………」
「あと2秒もあれば塵に出来たけど、帰らなきゃいけないんだ。今後はその短くなった手足で人並みの幸せを精一杯噛み締めることだね」
血だまりに沈むロズワールとそれを見下ろすレグルス。彼は振り上げた手に日が差していることに気づいてその手を下ろした。
レグルスは王都にいるロズワールを襲撃するに当たり、福音で日が昇るまでと制約を設けられていたのだ。
それ以上留まるとどうやら剣聖やら剣鬼やら、バカの一つ覚えみたいに剣を振るしか脳のない近衛騎士が集まってくるらしい。
別に集まったところで不利になるとは思わなかったが、あまりことを大きくすると、事後処理のストレスでナツミが禿げるのだそうだ。
それはもう10円禿げなんて可愛いらしいものではなく、逆ツーブロック禿げである。
レグルスに禿げを愛でる趣味はない。
目的のロズワールは四肢が捥げて死に体であるし、今すぐに治癒術師を呼んで命を繋いでも、十全に回復出来る可能性は恐らくゼロだ。
だから皮肉をたっぷり吐いて踵を返す。殺せなかったことは残念だが、あんな惨めな姿で一生を過ごさなければならないと思うと胸の内はすっかり爽快な気分となった。
「アル・フーラ!!!!」
背後から女の声と共にかまいたちの刃が胴を撫でる。
ピキっと彼の額に青筋が浮かんだ。
完全にレグルスの意表を付いたかなり威力のある魔法のようだが、無敵のレグルスからすれば火や水に風に土と多種多様な魔法をバカスカ撃ってきたロズワールの方が目がチカチカするという意味で厄介だった。(尚、それでもイラっときたのは言うまでもない)
近衛騎士、ではないのだろう。福音書の内容は絶対であるべきだ。だから日が昇ったら引き返すという福音に忠実なレグルスが間に合わないといった現実はありえない。
恐らくはロズワールの従者や衛兵といったところか。
なら問題ないとレグルスは歩みを再開した。
いつもなら背後から攻撃だなんて人としてどうなのかと問い質しているところだが、髪の価値には変えられない。
レグルスは女の魅力は顔の出来が全てだと思っていたが、それでも禿げは駄目なのだと新しい知見を得た。
背後にいた女が追撃をするか、煽りの言葉でも吐いていればレグルスは振り返って殺そうとしていただろう。それだけ彼の沸点と気の変わりようは早い。
だが彼女はロズワールを抱えて一目散に逃げた。方向は街の中央である。
「…まぁ、妻が禿げるよりはマシか」
一瞬、追いかけようかと思ったが、それでは引き返すという福音に逆らうことになり、近衛騎士との戦闘で半壊する王都の建て直しに奔走したナツミはストレスで禿げる運命が待っている。
禿げたナツミ・シュバルツの姿が脳内を過って頭を振るった。
そのままレグルスは福音の通り、道草を食わず王都中に居るはずの近衛騎士の一人にも出会わずに王都を去った。
屋敷が一つ、その周辺の家屋が半壊。強欲にしては被害の程度は少なかったこの事件だが、彼がその気になれば王都の防衛は意味をなさない。今回はたまたま剣聖達が居たから撤退したのだろうと人々は魔女教の恐怖をより一層深めることになる。