Re:ナツミシュバルツは友達が欲しい 作:戻ってきたミュウ
あり得ない。
何故これがここにあるんだ。
ナツミはまじまじとそれを見つめていた。
菜月昴の携帯電話。彼女がファーストライフで車に轢かれる寸前までその手に持っていたものである。
この世界に裸一貫で生まれ直し、もう二度と取り戻すことは出来ないと思っていたが、今世合わせて20年落ちの年期の入りまくったこの携帯は、なんと動作に全く問題がないときた。
(経年劣化の具合からして……一年以内か?魔法か何かで保存状態を保っていたとして、未だに充電が持ってるのは意味が分からねぇ。自己放電は陰魔法で何とかなりそうだが、使えば減る。普通こんなの手に入れて、はい箱に仕舞いましょうとはならねぇだろ。弄りまくって充電切らすのが定石だ)
それが自制出来るとしたら、それこそ自分のように携帯電話について知っている人間だ。
あり得るか?
カララギやヴォラキア帝国、そしてルグニカの歴史を漁れば過去に地球Or別の異世界から転移したと思わしき人物が何人か出てくる。
その人達が残した異物として携帯電話が出てくることはあり得なくはないだろう。
それに一度触れたことがあるから、今回は触らずにおいた。
あり得なくはない。
だが、菜月昴の携帯を見つけて直ぐ保存したかのように良い状態でピンポイントでナツミシュバルツに渡した。これを偶然と言うには少々無理がある。
(メイザース辺境伯……ロズワール・L・メイザース……何者なんだ?)
まるで物語の黒幕がわずかにその姿を覗かせたような不気味な話だが、肝心の人物は四肢を捥がれて瀕死の重傷という訳の分からない状況だ。
それでもファーストライフに迫る年月をかけて足掛かりも得られたかったこの歳月を思えば、これは飛び付きたくなる劇薬であるのは間違いない。
「えっと。どうかしら?ロズワールはきっと気に入るだろうって自信満々だったけど」
「……え、ええ。大変気に入りましたわ。」
不安げな顔でこちらを見上げるエミリア。
思えば彼女も菜月昴の好みの容姿をしており、ナツミ・シュバルツ、ひいては菜月昴を何が何でも身内に引き入れたいという欲が見え透いているようであった。
(何故私が菜月昴だと確信出来た?)
自認は男だし、振る舞いだって気をつけていてもボロが出ることはあるだろう。だがそれは菜月昴と何ら接点がない。
ナツミは転生してから一度もこれを他者に喋ったことはなかった。
唯一ラインハルトだけは、『知っていた』が付き合いの一番長いユリウスにだって打ち明けたことはなかった。
(まさかアイツが他人に喋るとは思えねぇし、変な加護でも持ってるのか?)
「これで私たちを応援してだなんて頼むのは無茶なのは分かってるの。でも、ナツミさんは今のルグニカについて誰よりも詳しいでしょ?だから近くで見ていてほしいの」
「………………」
人畜無害そうなエミリアを見る。
やはりナツミの立場からして彼女の陣営に肩入れすることは難しい。
ロズワールが怪しいこともそうだが、これから彼女はクルシュ陣営&アナスタシア陣営との共同で大きな仕事が控えていた。
それに加えて賢人会から押しつけられている仕事もあるし、これ以上タスクを抱えてしまえば潰れてしまう。例えファーストライフに繋がる手がかりだとしても、今すぐに返答することは出来なかった。
「エミリア様の陣営とはこれからも良いご付き合いをさせていただければと思いますわ。もしお困りのことがございましたら是非とも我が屋敷へ。過度な肩入れは難しいですが、友人として出来る限りのことはさせてもらいますわ」
「うん!ありがとう!!!」
それから2時間ほど会話を重ねたが、あの手この手で同盟を結ぼうとするエミリアを巧みに躱し続けたナツミは関係が途切れない程度にか細い糸を結ぶことに成功した。
これがアナスタシアやクルシュなら違ったが、口戦に弱い……というか経験がないのだろう。
結局、紙面でのやりとりなどない、リップサービスレベルの口約束しかしていないがエミリアはナツミと仲良くなれたのだと満足そうにしていた。
「じゃあまたね!」
「ええ、また」
門の前まで見送られ、一息つく。
「ナツミ。エミリア様との会談はこれっきりなのかい?」
「ん?まぁ機会があればって感じかな。暫くはあっちもメイザース辺境伯の抜けた穴を埋めるので忙しいだろうし、白鯨のことが落ち着くまではないだろ」
「いや~びっくりするぐらい純粋無垢な子でしたねぇ。まるで猛獣の檻に投げ込まれた白兎のよう。もし彼女が兎は兎でも大兎のような傑物だったら展開は変わりますが、あの感じだと他の陣営に食われておしまいでしょう」
「大兎って例えが極端すぎねぇか?このままなら敗戦やむなしってのは同意見だけど、精霊術師に大精霊、そんで療養中だけど大魔術師のメイザース辺境伯。少なくとも戦力的な意味では他の陣営にも見劣りしてない。立ち回り次第ではまだなんとかなるだろ」
エミリア陣営は間違いなくこの王選において最弱である。
だがまだ詰んでいるとはナツミは思わなかった。立ち回り次第……言うのは簡単でかなり厳しい道になるとは思うが、まだ可能性はある。
万一彼女達が勝ち進んできたら、改めて友好な関係を結べばいいだろう。
「リスクだけ遠ざけて、もしエミリア様の陣営が勝ち進んだら、仲間面して絡んでいくとか私って悪女すぎない?」
「それが戦略というものだよ」
「お嬢って自覚ありきのアクヤクレイジョウってやつですよね」
護衛二人はそれを咎めようとは思わない。けど、そこで二人は顔を見合わせる。
なんだまた喧嘩でもするつもりかとナツミは静止しようとしたが、先にラインハルトが口をあける。
「だが、一人でエミリア様に会い行くのは止めたほうがいい。もし僕が居ない時なら彼を、最低でも君の契約精霊を側においておくべきだ」
「は?なんで、そんな警戒しないといけないんだ?」
「気付きませんでした?あの青髪の子。お嬢に親の敵を見るような目を向けて殺気を飛ばしてましたよ。あれは僕らや主がいるから自制していただけで、周囲から人が消えたらやりにくるタイプですね」
「ええぇ、緑茶の淹れられる良いメイドさんだと思ったのに……私って何かした?」
全然心当たりがない。何せ言葉すら交わしていないのだ。
「お嬢は一国の主(仮)ですからいらぬやっかみもあるのでしょう。いやぁ、派遣されたのが僕でよかったですね。閣下の妃候補にあんな殺気を飛ばすなんて、僕以外ならその場で斬ってましたよ」
「もし本当だとしたらお前のちゃらんぽらんな性格に救われたと思ったのはこれが初めてだよ」
「…………ナツミ、君が良ければ何だがアストレア家で暮らす気はないかい?あそこならお爺様やお父様が君を側で守ることが出来る」
「いやいや。うちからあそこだと遠いから無理だって。それにあの家の人たち、息するようにお菓子出して私をブクブク太らせようとするんだよ。2、3日ならまだしもずっと暮らしてたら、豚になっちまう」
「ナツミは細いからね。僕ももっと体重をつけたほうがいいと思う」
「これが私のベストコンディションなんだよ!男がケチをつけんな!」
アストレア家の人たちには良くされているとは思ってる。ヴィルヘルムお爺ちゃんは会うたびに抱っこしてくるくるしてくれるし、ハインケルは病的なまでに私の健康を気にしている。
だが、彼らは甘すぎるのだ。ラインハルトも含めてだが、こいつらは私を怠惰の魔女にでもしたいのかと思うぐらい甘やかしてくる。
だからナツミはあえて彼らとは少し距離をとっていた。
「あの青髪メイドが殺しにくるかもって言いたいんだろ?わかった。これから外出する時は護衛を必ずつける。セシルスかメラクェラ、パトラッシュ……は流石に駄目か。近衛騎士にも掛け合って、最低でも二分の一ユリウスぐらいの実力者はつけるようにするよ」
「ユリウスの半分か……少しだけ不安だが、それ以上は本当に一握りだからね」
「あのヘタレ君の半分?そんなのしかルグニカにはいないんですか?」
「おや?もしかしてそのヘタレ君というのは我が友ユリウス・ユークリウスのことかな?だとしたら訂正を願いたい」
「あれをヘタレと呼ばずしてなんと言うんです?貴方も友人だと言うなら理解してると思うんですが?」
またバチバチと火花を散らし始める。
「だー!止めろ!止めろ!」
移動中とはいえ、貴重な休憩時間だ。惰眠を貪りたい気分だったが、ナツミは眠気を振り払い、最強の仲裁に肝を冷やすのだった。
多分パトラッシュはクルシュさんからのプレゼント