誰そ彼はしじまの向こうからやってくる   作:上条@そぉい!

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好きなのに全然ないので自分で書くことにしました。


「逢魔が時」

 夕方。昼に空から降り注ぐ温かな光は人間にとって無条件で安心できるものの一つであると言えるだろう。逆に夜はどうだろうか。古くから夜の闇を人は恐れる。生物としての本能かもしれないが夜の闇には魔物が棲むなんていわれも昔はあったそうだ。そして、昼と夜を繋ぐ夕方を人は『黄昏時』と呼ぶ。異界と現世の境目を曖昧にしてしまい、そこには『この世のものではない』ものを引き寄せると言われている。しかし、いつからか人は夜の闇を地上から駆逐してしまい、いつしか忘れ去られていた。さてここからが本題。そんな闇を忘れて久しい現代社会で夕闇が引き連れてきたのが、見るも恐ろしい魔物ではなく──ウマ耳と尻尾をつけた人間、ウマ娘だったなら……あなたはどうする?

 

「あー疲れた」

 

 その日、河川敷沿いの土手を歩く男は仕事帰りの途中だった。何気ない日常の1ページ。明日も明後日もこうして同じことの繰り返しだろうと思っていた。帰ったら風呂に入って飯食って、寝るまでの間の空いた時間にゲームとか好きなことをやるのだ。

 

「ん……?」

 

 そんな男だったが、その時妙な違和感を覚えた。言語化するのが難しいが、なんというか自分が踏みしめている地面が急に頼りないものになったような、踏み込んではいけないところにいるのではないかという漠然とした不安感。そんなものが男を包んでいたのだ。意味もなく周りを見回す。何一つ変わっていない。だが何かおかしいのだ。そうして数秒が経った頃、土手の下、河川敷の広場で誰かが走っているのが見えた。

 

(さっきあんな子いたっけな……?)

 

 さっきまで誰も居なかったように感じたが見落としたのだろうか。なんとも言えない夢心地にいるみたいな感覚で、土手を降りて適当なところに座る。スーツが汚れてしまうがどうせ今日の仕事は終わった。多少汚れたところで構うまい。ぼーっとして河川敷を走る……子供を見る。背丈からして、中学生くらいだろうか。にしては随分速い走りだな、今の子ってみんなこんな感じなのか?自分があのくらいの頃何やってたっけなぁ。ボーッとそんな風に思考を滑らせていると、もう夜がそこまできている。薄暗さでよく見えないが、走る子供は、どこかつまらなそうに見えた。しばらくその走りを見ていた男は子供が走るのをやめてしまったの見てそろそろ帰ろうかと思い始める。青春真っ只中の子供を見てノスタルジックな気分に浸れた。そのことに内心感謝しながら立ち上がりケツの土埃を払いながら土手の斜面を登る。

 

「しかしまあ……随分と窮屈に走るもんだなぁ。もっと自由に走ればいいのに」

 

 走りには関して素人だが、なんだか見ていてそう思った。その時の男は知る由もなかったがその言葉に背後で子供は、こちらを見ていたのだった。

 


 

 

 男はそれからまた日常の繰り返しに戻った。たまたま定時で上がることができた男は今日も帰路についていた。その日も、夕闇が世界を覆おうとしていた。夜への猶予時間。隙間のような時間にまた、男は土手を歩いていた。そんな時に思い出すのはこの前の出来事。そういえば、この前もこんな感じだったな、と。土手を歩くのは自分だけで、他に人がいない。まるで世界に一人だけになってしまったような、漠然とした不安が纏わりつく。そんな時に、河川敷を見れば、既視感。デジャブというやつだ。あの時と同じように子供が走っていた。足を止め、その光景を暫し見ていた。しかし、今回は同じようにはならなかった。視線に気がついたのだろう。子供は途中で走るのをやめ、こちらをはっきりと見ていた。夕闇の薄暗さが、子供のシルエットだけをこちらに映す。

 

「──ねぇ、前も見てたよねー!?」

 

 こちらに聞こえるよう両手を口に当てメガホンのようにし、叫んだ。

 

「あ、バレたか」

 

 所詮、男は野次馬である。その領分は超える気がなかった。まさか向こうから声をかけてくるとは思わなかった。もうすぐ夜が来る。適当に会話して帰ろうと男は考えた。仕方なく、土手を降り河川敷へ足を踏み入れる。子供もこちらに寄ってくる。

 

「なんで窮屈だなんて思ったの?」

 

 それは前に言った言葉である。まさか聞かれていたなんて思わなかった、別に悪い事をした訳でもないのにドキリとしてしまった。

 

「んー」

 

 言い訳するかの如く考えて男は答えた。別に大した理由などなかったのだから、そのまま話せばいいだろう。

 

「走るってのはさ、何の為にあるのかは人それぞれだけどさ。俺は自由であるべきだと思うワケ」

 

 常々思っていたのだ。ガキの頃、みんなして体育で走らされたけど、時間を決めて走ってそれ以下だと成績表には低い数字が並べられる。でもそれって果たして走っていると言えるのかって。走る行為は決して義務感でやるものじゃない。やりたいからやるのである。それが楽しいから。それが『自由』ってものじゃないのか?少なくともガキが義務感なんて抱えながらやることに楽しさなんてない。日々課された宿題を楽しいなんって思いながらやってた奴なんて一握りだぜ?

 

「でも先生たちには指示通り走れって言われるよ?」

 

「お前はそれが嫌か」

 

 子供にありがちな悩みだなぁ。

 

「ううん、そうじゃなくて。なんでそうしなきゃいけないのか納得できないんだ」

 

「納得、か」

 

 子供の癖に随分と真面目だな。俺がこれくらいの時はうるせぇ知らねー!でゴリ押してたぞ。最近の子供ってこんなもんなのか?だが納得か。だったらそれを貫くのも一つの選択肢だな。

 

「じゃあそんなお前にいい言葉をやろう」

 

 丁度走ることが関係する物語の登場人物の言葉だ。

 

「『納得』は全てに優先する。それがなければどこにも進むことはできない」

 

 未来への道も探すことはできねぇって言ってたからな。

 

「納得は、全てに……」

 

 口の中で言葉を転がす子供は頷きを何度も繰り返す。

 

「でも、それでずっと納得できなければどうするの?」

 

「そうだなぁ、その時は笑って誤魔化せ」

 

「えー、何それ」

 

 身も蓋もない結論に、子供はくすくすと笑った。このくらい適当でいいんだよ。何もかも必ず答えを出さなければならないルールはないのだから。

 

「うん、でもなんかわかった気がする」

 

 薄暗くて顔が見えないが、その子供は笑っていたと思う。

 

「それじゃ、また会おっ」

 

 それだけ残して、子供は再び走り出す。

 

「おー、遅くなる前に帰れよー」

 

 それだけ言って男も土手を登り、改めて振り返る。もうそこに子供はいなかった。

 

「はえーなぁ、もう帰ったのか?」

 

 もうすっかり夜だ、自分も帰ろう。夜の冷たさから逃げるように男は小走りで帰路へとついたのだった。

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