人が行き交う廊下で。1人のウマ娘が歩いていた。尻尾がゆらゆらと揺れ動き、その表情は明るい。誰がどう見ても上機嫌であるのがわかった。ここは日本トレセン学園。今を生きる若人達が通うウマ娘の学園である。その廊下を歩いていた。頭にCBと描かれたロゴがついた小さな帽子をつけたウマ娘は、廊下を歩く道すがら、向かいから歩いてくる知り合いを見つけた。彼方も同じように気がついたようで、こちらの顔を見た。
「やあ、ルドルフ。いい日だね」
「君か、随分と機嫌がいいね」
ルドルフと呼ばれたウマ娘は、シービーの揺れる尻尾に目を向けて微笑む。最近のシービーは調子を崩していた、いや、正確には悩んでいた。それを知るルドルフはそれが解決したのかと思った。
「トレーナーが見つかったのかな?君はずっと逃げ回っていたからね」
トレセン学園ではトレーナーと契約してトゥインクルシリーズへと挑む事が通例、いや義務となっている。トレーナーと契約できないまま走らないと、最悪退学もあり得た。シービーは逸材だ。気性難な節はあれど、まともに走れば間違いなく上に行けるウマ娘である。そんな彼女がこんなところで燻っていた事にルドルフは心配していた。しかし、この様子では何かいい事があったのだろう。
「いや?トレーナーの件はまだだね」
「ふむ」
なんと、違うらしい。いい加減見つけてもらわねばこちらも生徒会としての立場がある。催促するのは心苦しいが言わなければなるまい。だがトレーナーではない、となるとこの機嫌の良さは一体何処から来ているのだろうか。新しい散歩コースでも見つけたのか……こうして考えを巡らせてもシービーの考えていることは突飛な事が多い。正解に辿り着く可能性は薄いだろうな。
「考えてみたが思いつかないな、何があったのかな?」
その言葉にシービーは少し考え、イタズラっぽい笑みでこう答えたのだった。
「んー、内緒!負けられない相手が出来た、かな?次はリベンジするんだ」
リベンジ?負けられない……レース相手でも見つけたのか……?シービーがこうして気分良くなるほどなら、それはきっと強敵なのだろう。私としても少し気になるが……この様子では語ることもなさそうだ。惹かれる気持ちに諦めを乗せて嘆息するルドルフに、ムフフと気分良く笑ったシービーだった。
ルドルフが次にシービーを見たのは、練習場で走る姿だった。夕方の遅い時間だったが生徒会の仕事があるとはいえ、ウマ娘の本分はレースである。その為に努力する事も課された義務であり、目標だ。少ない時間を利用してこうして練習場に足を運んだ訳だが……シービーの走り方に違和感を感じたのだ。元々自由奔放な走りを好むシービーだったが、その走りには、仮想敵がいるように見えたのだ。
パントマイムをする者が、何を持っているのか見ているとわかるように、シービーの走りには見えない誰かがいるように見えた。しかし、そんなシービーの表情はとても楽しそうに見える。走り終えたシービーに、見計らって声を掛けてみた。シービーは体を地面に投げ出し、軽快に笑っている。
「楽しそうだな、シービー」
さりげなく持っていたタオルを渡しながら、ルドルフは言った。ありがとー、とタオルを受け取り汗を拭きながらシービーは見た。今走ってきたコースを。
「また負けたよ、速いね」
「負けた……?誰かと走っていたのか?」
1人で走っているように見えたが。シービーの目には、誰かがいたらしい。確かに、仮想敵のようなぼんやりしたものがいた気もするが、それは錯覚だろう。
「んー、ルドルフはさ。3000mを最初から最後まで全力で走れるウマ娘がいたら、どうする?」
その言葉に、顎に手を当てて考える。そういったウマ娘がいるとして、頭の中で自分と戦わせてみる。……勝てないな。そう言う事ができるなら、まず『逃げ』られる。きっとそのペースに付き合ってはいられない。普通の走りでは付き合う事も不可能だ。しかし。
「それだけでは結論が出せないが……勝てるかどうかはさておき、負ける気はないな」
「はは、ルドルフならそうだよね。アタシは……やっぱ勝ちたいなぁ。走ってる時はきっと絶対楽しいから」
そう言って遠くを見るような目をするシービーに、もう暗くなるから帰るよう言い含めて、ルドルフは練習場を走った。