誰そ彼はしじまの向こうからやってくる   作:上条@そぉい!

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「雨宿りせんとてのれん分ける手がその雨筋の二三本も分く」

 今日は雨である。シトシトと傘の端から落ちる雨粒が服を濡らす。最近気がついた事なのだが、傘は決して万能ではない。雨をちょっと防げるだけなのだと。横殴りの風が吹けば傘なんてないようなものだし、傘があっても足は濡れるのだ。靴の中まで水が来るのが嫌いだ。ため息が出るくらいには嫌いだ。それが仕事の日なら尚更である。

 

 その日はちょうど休みだったから運がいい。嫌いではあるが、たまにならこうして歩くのも悪くない。休みの日の大人は少しの間無敵なのである。

 と、そんな時だった。向かいから傘も刺さず走ってくる者がいたのだ。傘を忘れたのかと思ったが、その表情に後悔はなくむしろ楽しげだった。随分な傾奇者がいたものだと結論つけて横を抜けようとしたが、その者は、こちらの顔を見て、あー!と指を指したのだ。

 

「ん?」

 

 それが何を示すのか見当がつかない男は困惑し、ん、んと疑問の声を漏らすばかりである。その間にも向こうはお構いなしでこちらに寄ってくる。

 

「また会ったねおじさん」

 

「ん……?」

 

 や、と手をシュッと出す姿は堂に入っている。ベージュのコートに白いシャツ、黒のデニムをバチバチにキメた美少女だ。雨に濡れている分少し色気もある。そんな少女に心当たりなどある訳もないが、この言い方には覚えがあった。

 

「……まさか河川敷の子供か」

 

「多分それが正解だね」

 

 夕方の暗さで相手の姿などほぼ見えていなかったが、こうも美少女だとは思わなかった。

 

「おじさんとこうして街中で会うのは初めてだね」

 

「普段は仕事だからな……ていうか傘も刺さずどうした。忘れたのか」

 

「いや?こんな時に傘をさすなんて、勿体無くて。こんな時に走ったら楽しそうじゃない?……くしゅっ」

 

 手に持っていた傘の下に子供を入れながらそう聞けば返ってきた答えに呆れるばかりである。随分と雨に打たれたようで、体は冷えているのだろう。クシャミをしていた。

 

「それで風邪でも引いたら世話ないだろうに……家は近いのか」

 

 さっさと帰したほうがいいと判断してそう聞くも、美少女はあははと誤魔化すように笑って頰を掻くばかりであった。ため息が漏れる。仕方がない。

 

「ほら、ついてきな」

 

 そんな子供の手を掴み、軽く引っ張りながら歩き出す。ここからなら男の家が近い。見えないところで風邪をひこうがどうなろうと構いはしないが、知り合った子供が目の前でそういうのを見せられるのは御免だった。

 

「……送り狼ってやつなのかな?」

 

 大人しく着いてくる子供は不思議そうな顔をしながらそう言うので、更にため息が漏れる。

 

「そう言うのはもっと大人になってから言え」

 

 子供にそんな目を向けるほどバカではないぞ。そうしてすぐに家に着くなり、パッパとタオルを出しながら洗面所に子供を押し込んだ。あまりの手際の良さに子供は何を言う暇も与えられず、あれやこれやと誘導されていた。

 

「服は……とりあえず後で乾燥機掛けるから適当に入れておけ。んで風呂入ってこい。服は……どうすっかなぁ」

 

 一人暮らしの男にそんな服がある訳もなく、とりあえずサイズに合いそうなシャツとズボン、下着は……我慢してもらうか。最優先で乾燥かければ30分も掛かるまい。少々長風呂をしてもらうとしよう。

 

「ほらほら入った入った」

 

「ちょ、おじさん──」

 

 何か言いかけていたが、無視して洗面所を出て扉を閉める。さて、こうなると忙しくなるな。

 普段と違い何故か生き生きしているのは、休日のような目的がない時は無気力になりがちだが、目的を与えられると途端にスイッチが切り替わるような男だったからである。オンとオフが激しいのである。

 

「冷蔵庫中身あったかな」

 

 普段料理をしない男だったが、この時はたまたま賞味期限ギリギリの卵とベーコンがあった。どうせ使わないまま捨てるのであれば今使うほうがいい。そう判断して、保温二日目の炊飯器ごはんを取り出して、冷凍玉ねぎとベーコン、卵とご飯で有り合わせ炒飯を作っていく。余ったごはんを消費する為の男が得意とする定番料理なのだった。

 

「おじさーん、出たよー」

 

 料理も終わる頃には洗面所の方から声が聞こえてくるので、適当に返事を返す。

 

「そこに服置いてある。乾燥機も掛けたならもう終わってるはずだぞー」

 

 言ってたら着替えて子供が出てきた。裸足でフローリングの床を歩くものだからペタペタと足音がする。

 

「わ、おじさんが作ったのこれ」

 

「男の雑な料理で良いなら食え」

 

 椅子をずらし、席に座る。おずおずと向かいに座る子供は、机に置かれたスプーンを手に、一口。目が見開かれる。

 

「ん、美味しいよこれ」

 

「なら良かった」

 

 慣れてしまえば炒飯など簡単にできる。まあ店の味には負けるだろうが。そこから会話する事なくモグモグとお互いの顔を見合わせながら食べ進めた。

 

「ねぇ、おじさん。何かアタシに聞く事ないの?」

 

「ん?なんかあったか」

 

 はて、何かあっただろうか。

 

「何であそこにいたのか、とか……このウマ耳と尻尾とか」

 

 そう指差す先には頭が。確かになんか動いてる耳と尻尾がある。が、それがどうしたのだろうか。

 

「え、何かないの?」

 

「いや……今時の若い子のお洒落とか知らんし」

 

 社会出て何年経ってると思ってんだ。流行り廃りなんて蚊帳の外。そもそも女性との出会いすらない職場に何を求めてんだ。そういうものだと思ってたが何か違うのか。

 

「えー……絶対聞かれると思ったのに」

 

「なんだ言いたいのか」

 

 聞いたほうがいいなら聞くが。そうでもないなら聞く気はないな。

 

「……いや、話すよ。話しとかないとアタシもおじさんもきっと困るだろうから」

 

 神妙な顔つきで語り出す子供の話は、随分と突飛なものだった。話によれば、彼女はウマ娘と呼ばれる不思議な種族であり、こことは違う世界から迷い込んでしまったらしい。雨の中走っていたら、全く知らない場所に迷い込み、そのまま色々見てるうちに自分が異端だと知ったようだ。

 

「今からでも追い出す?きっと遅くないよ」

 

 耳と尻尾をしゅんと沈ませこちらを見る少女。きっと、心細かったはずだ。気がついたら自分以外知るものがなく、取り残された迷子みたいに不安だったはず。そんな時に唯一知る男に出会えた事は、まさに幸運で、水を求めて彷徨い歩く砂漠でオアシスを見つけたようなものだったのだろう。そんな子供を見捨てるなんて選択肢はない。

 雨の間だけでも、という軽い気持ちで手を掴んだつもりの男は、どうやらとんでもない事に巻き込まれたようだったが、しかしまあ──

 

「なるようになるだろ」

 

 戸籍もなにもない少女1人を抱える事に何の躊躇など男にはなかった。

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