誰そ彼はしじまの向こうからやってくる   作:上条@そぉい!

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『ちゃぶ台を囲めば笑顔こぼれだす。夕餉のぬくもりを添え』

「ほらほら、早く早く!」

 

 居間からこちらを急かす声が聞こえてくる。その声を背中に受けながら、男はキッチンで包丁を使っていた。今日は特別な日だ。普段食べることのない食材を扱っている。

 と、言うのも今日たまたまシービーと2人で行った商店街で福引をやっていたのだ。商店街で買い物した分だけ福引券を貰って引く、まあよくあるそれだ。普段なら興味もなく男はスルーしていた。しかし、それを見たシービーは男に引くよう急かしたのだ。どうやらシービーの琴線に触れたようで、背中を押されて引いてみることにしたのだ。どうせ当たるまい、とタカを括って引いた男は、当たりを告げる福音のベルが鳴る中で驚きを隠せずにいたのだった。

 

「当たるのは都市伝説では無かったのか……!?」

「そんなわけないでしょ」

 

 思わず呟いた男にシービーの呆れた声が刺さった。いやしかし、こういった福引とは、大体外れるのが常であり、既に誰かに当てられたあたりクジの内容を見て夢を馳せるのが普通だと男は思っていた。なんなら実はモノはなくて当たったという仮定で客寄せに使ってるのではないか、と邪推すらしていたのだ。言い訳がましくそんなふうに言ってみれば、シービーはおかしそうに笑うのだった。彼女に言わせてみれば、卑屈すぎるらしい。

 そうして、我が家のキッチンには、発泡スチロールの箱に収められ、いや収まっていないがそれはそれは立派なカニが鎮座していた。その存在を箱の外にまで足を伸ばして主張するそれに対し、ワクワク顔で尻尾を揺らすシービーと、頭を悩ませ眉間に皺を寄せる男は実に対照的だった。

 

「ふーむ……」

 

 男は生まれてこの方、こうしてカニを丸々食す機会などなかった。せいぜいが既に解体され、冷凍されたカニの剥き身の刺身などだ。故に考える。これ、どうやって食べようか、と。

 この柔らかい身を包む装甲は、我が家の包丁など太刀打ちできまい。現にとりあえず切ってみようと包丁を入れてみるも、返ってくるのは硬い殻の感触のみ。どうやったらいつも見るカニの姿になるのか。完成図から逆算して包丁を入れてみようにもダメ、となれば男はお手上げであった。

 

「どうしたの?」

「……ちょっと困った事になった」

 

 しかし、意外なところに救いの手はあった。作業の手が止まった男を不思議に思ったシービーが、居間から顔を出したのだ。包丁片手に立ち尽くす男の姿に、状況を察したシービーは、軽い足取りでこちらに寄ると、包丁を貸して欲しいと手を差し出すので、渡してみる。

 

「んー、こうかな?」

 

 包丁一閃。ダンッ、とまな板を力強く叩く音と共になんと、あの硬い奴の装甲を両断したのだ。

 

「……よく切れる、というか料理、できたのか」

「元々アタシは一人暮らしだったし、料理はできる方だよ……まあ、流石にカニを捌くのは初めてだったけどね」

 

 恐るべしウマ娘パワー。人間では太刀打ちできないものに対し、力技で解決できるとは。初めての割に、なんとなくで切っていけるシービーには料理の才能があるのかもしれない。この場合、男にその才能がなかったのかもしれないが。

 そうこう捌くのをしてもらう間、手持ち無沙汰になってしまう男は居心地の悪さを感じながらその様子を見守りつつ、他の作業をする事にする。今回立派な蟹を頂くにあたり一番美味い食べ方はなんだろうか、と考えた時男にはある考えがよぎったのだ。それは、しゃぶしゃぶだ。これだけ立派なら刺身でそのまま齧り付くというのもいいかもしれない。が、それではきっと心にしこりを残す事になる。もっと美味しく食べられたのでは、と。

 

 そんな訳で、取り出すのは土鍋。そこに水を張り、昆布を投入。蟹の味を邪魔しないよう、昆布だしでいただく事にしたのだ。それが煮立つ直前で昆布を取り出す頃には、シービーも一通り捌き終わったようで、こちらの作業を男の肩越しに覗き込む。

 

「終わった?」

「丁度な、そっちもはやいな」

 

 そう聞き返せば、自慢するように捌き終わった蟹を見せてきた。おぉ、よく見るスーパーの蟹の姿だ。

 

「ほら、はやく食べよ。もう待ちきれないよ」

 

 そんなふうに急かされながら、居間の机に鍋と、蟹を置く。後は出汁にくぐらせ食べるのみである。ここまで来れば、もう言葉は不要。2人は顔を見合わせ、手を合わせて一礼。そうして一口。

 

「ん!」

 

 もぐもぐと味わうシービーの眉が跳ねる。耳も尻尾もピンッ、と跳ねた。それだけでこの蟹の美味さがわかるというもの。かく言う男もまた、一口食べては無言のまま次へと食い進める。言葉も出ない、とはこの事を指すのだろう。そうして夜が更けていくこの部屋では、いつまでもずっと楽しげで騒がしい声が聞こえていた。きっと、前には無かった1日だ。

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