異世界迷宮の英雄に! 作:チワワ
「ミレーナさん、明日買い物に付き合ってもらえないかな?」
ミンを落ち着かせ、俺はミレーナさんと明日の約束をした。
ドロップ品も売りたいし、装備品も買いたい。ディラードの街の食料品店に行って、この村では手に入らない物を買いたい。そして食料品はミレーナさんに聞きながら買う方がいい。
「かしこまりました。いつ頃に出かけますか?」
「そうだな……お昼ご飯を作り始めるのが十三時だし、十二時少し前にしよう」
「はい。では迷宮から戻られましたらすぐに出発できるようにしておきます」
考えてみたら、ミレーナさんと二人で買い物に出るなんて初めてのことか。
それってまるで……デー……。
いや、やめよう。俺は命令して連れ回すだけの話だ。一人で浮かれても仕方ない。今日は早く寝よう。
俺はソワソワとする気持ちを抑え、目を閉じた。
翌朝。
いつもと違う雰囲気の中で俺は目覚めた。
なんだろう? なにが違うんだ……?
違和感の正体はすぐにわかった。
雨音がするんだ。
部屋の窓を開けて外を見れば、それなりに雨がしっかりと降っている。雨具なしではずぶ濡れになってしまうだろう。
……こんなの……ウソだろ……。
異世界にも雨は降る。
俺はそんな当たり前の事に打ちのめされたのだった。
「おはよう……」
暗い声で朝の挨拶を三人と交わす。
「どうかされましたか、カズト様?」
「ミレーナさん……いや、ここに来て初めての雨だと思ってさ……」
「ええと……雨自体は何回か降りました。ただカズト様が迷宮に行かれている内に止んでいることがほとんどでしたので、カズト様はご覧になっていないのかも知れませんね」
そうだったのか。
俺の知らないところで雨は降っていたらしい。
「ここまで雨がしっかり降るのは、たしかに久しぶりですね」
よりにもよって、出かける日に降らなくてもなあ……。
嘆きながら外を意識していると、ミレーナさんが話しかけてきた。
「……カズト様は、雨具はお持ちではないですよね」
「ないな」
そうなんだよな。そういう問題もあった。
天気は変わるものということを完全に失念していたせいで、雨具なんて買っていない。
原作でもミチオ君はちゃんとマントを……いやコートだっけ? 買ってたはずだ。
俺がいかにまわりを見ていなかったかということかな。
「では、村の者から借りておきます。探せば誰かが持っているでしょう」
ありがたい。
ミレーナさんは本当に頼りになる。
そう思っていたら、ミンがなにか呟いた。
「✕✕✕✕✕✕、✕✕✕✕✕」
ミレーナさんはその呟きを聞いて、一瞬だけ動きを止めた。
だがすぐに何もなかったようにミンに言葉を返した。
「ミン、畑からノバ豆を採ってきて」
「……はい」
ノバ豆は日本では見なかった豆だ。黒っぽいのだが、茹でると赤くなる。今までもよく食べたし、今日の料理に使うならばミンを外に出しても不自然ではない。
でも……。
なんとなく、ミンが何を話したのか、俺は聞けなかった。
どこかぎこちない雰囲気の中で朝食を終え、午前はパーンを狩ってヤギの肉を集めた。
今日はドロップ品を売りに行くのだ。しっかり集めねば。
時間通りに昼になり、俺は家に戻った。
ミレーナさんは既に出かける準備を整えてくれていた。いつもとほんの少し違う装いだ。
「リボン、似合ってる」
「ありがとうございます」
少しはにかむように照れている姿も可愛らしい。
そして贈った自分を自画自賛しているようで、なんだか俺も照れくさい。
「こちら、クロークを村長から借りてきました」
「ありがとう」
ああ、原作でミチオ君が着たのはクロークって言うんだっけか。
雨は朝よりは勢いを弱めていたが、まだ雨具が必要だ。
俺はミレーナさんからクロークを受け取り、羽織った。うん、悪くない。
さて出かけるか……というタイミングだが、その時にちょうどミンが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり、ミン」
「おかえり。ミン、留守を頼むわね」
「うん……」
ミンの返事は上の空で、目線はじっとクロークを見つめている。
なんだ?
と、疑問に思った俺だが、ふと朝の様子を思い出した。
あの時も雨具の話をして、ミンが何かを言って……ミレーナさんが動きを止めて……。
そして、俺は急に思いついた。
この家には、もう一人のためのクロークがあった?
ああそうだ。
俺が来る前に、この家にはもう一人いた。
亡くなったミンの父親、ミレーナさんの夫が。
なら、もう一着あったはず。でも……。
その人のためのクロークは……もう無い?
でも……。
きっと二人の心の中にはまだある。
だから、朝はあんな雰囲気になった。
正解かどうかはわからない。
でも、俺はその考えが頭にこびりついていた。
ワープを使い、ディラードの街へと跳ぶ。
冒険者ギルドでの売却はヤギの肉を売り、五千ナールほどになった。銀貨五十枚だ。
ギルドを出ると、村と同じように雨が降っている。
俺は村長から借りたというクロークをしっかり羽織った。頭からスッポリかぶるフードは、お互いにどんな表情をしているのかを隠してしまう。
「行こうか」
「はい」
まだ慣れない街並みだが、食料品店までの道は覚えている。
俺はミレーナさんと二人で静かに店に向かった。
「卵にバター。オリーブオイルに小麦粉。あと何が良いかな?」
「酢を買ってよろしいでしょうか?」
「ああ、良いね」
買うものを選んでいると、店員が話しかけてきた。
「酢ならうちは色々あるよ。モルトビネガー、ワインビネガー、変わったところだとキュピコビネガーとかね」
「キュピコ?」
俺が原作で出てきたキュピコに食いつくと、店員はニヤリと笑った。
「知っているのかい? 通だね。ま、値段はちょっと高いけど、おすすめだよ」
「試しに一口もらえるか?」
ミレーナさんと一緒に舐めてみる。
酢の酸味もあるが、わずかな甘味と香りを感じる。リンゴ酢のように、果物から作られた味のある酢だ。
「カズト様。とても美味しいと思いますが、モルトビネガーで十分ではないでしょうか……?」
「うっ……」
店員が告げた値段は、キュピコの酢は200ナール。対してモルトビネガー、つまり小麦から作られる穀物酢は20ナールだった。
うん……そりゃ要らないって判断するよね……。
十倍かぁ……。
キュピコ……。
「両方買おう」
「カズト様?」
「いやほら。なんか祝いの時に使えるように、な?」
「……仕方ありませんね」
許された。
さすが主婦、無駄遣いには厳しいぜ。
……主婦、か。ミレーナさんはそうなんだよな。
こういう時、『結婚したのか、俺以外の男と……』って言うんだっけ。
知ってたのにな。
笑える。
「クシュン」
店を出ると、ミレーナさんが小さくくしゃみをした。
「あ……大丈夫?」
「すみません。少し、雨が染みてきたみたいです」
ミレーナさんのクロークを触らせてもらうと、所々にほんの小さい穴が開いているのが分かった。
これは多少の時間ならともかく、長く雨に降られると雨がしみてくるだろう。
リボンも、濡れていた。
「買い換えようか」
「いえ、まだ使えますし」
「ミンやリビラにも必要だから。みんなの分をそろえよう」
「……かしこまりました」
穴の開いたクロークは、もう使えないクロークだ。
新しいのに替えないとな。
俺は一つ、深く長く息をついた。
午後からはまた迷宮だ。余計なことは忘れよう。
俺はやれることをやりたいようにやる。
ミレーナさんが濡れないようにしながら、衣料品店まで二人で歩いた。
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