異世界迷宮の英雄に! 作:チワワ
俺はいつも通りに目を覚ました。
大丈夫。俺は落ち着いている。いつもと変わらない自分でいられている。一晩経ったら、おかしな考えも浮かばなくなった。
きっと昨日は雨のせいでおかしくなっていたんだろう。
窓を開けた俺は、青空を見てそう思った。
「おはよう」
「「「おはようございます」」」
いつも通り挨拶し、水瓶を満杯に溜める。
顔を洗ったりと朝の支度を整え、朝食の用意を手伝う。
うん、いつも通り。
ミレーナさんに余計な事を言う必要はない。
俺はもうこの村が好きだ。だから今はこの村のために迷宮の攻略をしている。そういうことだ。
契約は適正に結ばれている。なら対価をそれ以上に求めてはいけない。それは強欲というものだ。ましてや、人の心をなんて。
だから、いつも通り。これからも変わらない。
俺は静かな気持ちで朝食を作り続けた。
「クシュン」
「くしゃみですか? 風邪には気をつけて下さいね、ミレーナさん」
「ありがとうリビラちゃん」
「具合が悪くなるようなら、早めに休むんだぞ。俺達だって家事はできるんだからな」
「はい、カズト様」
朝食をとった後は、パーンを狩って肉を得る。
ヤギ肉マラソン……小走りでボスを周回するようになり、かなり量が増えた。午前中だけで村に渡す肉が2日分近く獲れる。
これなら明日は一日中、探索に使えるな。
午前中のヤギ肉マラソンを終えて家に戻ると、ミレーナさんがどこかぼんやりとしながら台所にいた。
「ただいま」
「あ……おかえりなさいませ、カズト様……」
「ミレーナさん? どうしたんだ?」
「いえ……すみません、ちょっと疲れてしまっただけです」
そう言うミレーナさんの顔はどこか赤みを帯びている。
俺は近づいて、額に手を当てた。
「……少し、熱があるみたいだ。体温計は……ないよな」
「体温計? それはなんのことでしょう?」
だよな。
詳しくは知らないが、体温計が一般家庭に出回るのなんて、近代レベルの工業力が必要になるはずだ。
中世ヨーロッパに準じるレベルのこの世界、さらには田舎のこの村にあるわけがない。
手を当てた感じでは、熱いという程ではない。ちょっと熱があるかな、というレベルだ。
……昨日の雨が体に良くなかったかな。
「ミレーナさん。命令だ。今日はもう休んで、体調が良くなるように努めること」
「……ですが、それでは私のやるべき事が果たせません……」
「今は休む事がやるべき事だよ。ほら、ベッドで横になろう」
「……申し訳……ございません……」
「いいよ」
あなたに何かある方が、よほど辛いだけだよ。
ミレーナさんをベッドに寝かしつけたあたりで、ミンとリビラが村の仕事から戻ってきた。
「お母さん、どうかしたんですか?」
パーティーを組んでいると、どこにいるのかを感じ取れる。
ミンは部屋で寝ているミレーナさんを不思議に思ったのだろう。
「体調が悪いようだ。だから俺が横になるように言った」
「えっ……お母さん……」
「大丈夫なのですか、ミレーナさんは?」
「……リビラ。こういう時、どうすれば良いと思う? 医者を呼ぶのか?」
「医者は貴族のもとでしか学べず、一般の者を診ることはありません。普通は薬屋に行き、薬を飲むくらいです」
「薬があるのか」
「はい。とはいえ、効くか効かないかは微妙なところです。今はどんな具合ですか?」
「熱があり、少しボーっとした様子だった」
俺がミレーナさんの様子を伝えると、リビラは少し考え込んだ。
「それなら、迷宮で見つかる牛黄(ごおう)を買うと良いかもしれません」
「牛黄?」
「熱を下げ、病で落ちた体力を戻す薬です。ミノのボス、ハチノスを倒すと手に入れる事ができます。こちらは薬草採取士ギルドでのみ扱っています」
そこまで聞いて、俺は安心した。迷宮から出るアイテムはどれも魔法のような力を持っている。きっとすぐにミレーナさんの体調も良くなるだろう。
しかもミノ。低い階層で出てくる魔物だ。在庫もたっぷりあるだろう。
「わかった。薬草採取士ギルドだな。街に行って探してくる。二人はミレーナさんのために食べやすい昼食を作って待っていてくれ」
「かしこまりました」
「……カズト様」
ワープでトレイアの街に向かおうとする俺に、ミンが心配そうな声をかけてきた。
「大丈夫だ。低階層のボスを倒して手に入るのなら、値段もそう高くない。ちゃんと買って帰ってくる」
「……うん。お願いします」
ミンの頭をぐりぐりと撫でて、俺はトレイアの街へ跳んだ。
「悪いが売れない。牛黄は品切れなんだ」
薬草採取士ギルドで聞かされたその言葉に、俺は絶句した。
「今、帝都の方で流行り病があったらしくてね。国中からかき集めて、どこも品切れさ」
「……だが、低階層でとれる迷宮もあるはずだ」
「それでもさ。今は一般の探索者どころか、迷宮攻略を行うはずの騎士団の精鋭達ですらハチノス狩りに参加しているらしい。ボスの順番待ちで、自分達で取りに行くのも難しいだろうな」
「……そんな……そんな……」
目の前が暗くなる。膝から力が抜けてゆく。
これが日本だったなら、そこまで心配はいらないだろう。
ドラッグストアでも市販薬を買えるし、病院に行けば医者に診てもらえる。もし重症化しても、入院すれば清潔な環境のもと、点滴などで栄養も薬もとれる。
だがここは日本じゃない。
ただの風邪でも、死ぬことは決して珍しくないんだ。
思わずしゃがみ込んだ俺を哀れに思ったのか、ギルドの職員は続けてくれた。
「……どうしてもって言うんなら。管理されていない迷宮に行くしか無いだろうな」
「管理されていない……」
俺はハッとなった。
それはまさにダーリョの村の迷宮の事だ。
なら、ハチノスが出る階層まで潜れば……!
「だがまあ、おすすめできないな。管理されていない迷宮ってことは、魔物部屋なんかもそのままって事だ。自分の命を大事にすべきだと思うがね」
「……忠告、感謝する」
大丈夫、俺はやれる。
絶対にたどり着いてみせる。
絶対にだ。
村に戻った俺は、二人に牛黄が手に入らなかった事を話した。どうしても欲しいなら、自分達で迷宮に入ってハチノスを倒すしかないと。
「俺達なら、決して難しい話じゃない。そうだろう?」
「カズト様と一緒なら、怖くないです」
「主様の力なら十二階層から先でも通用するでしょう」
今は四階層を攻略したところ。
次の五階層ですぐにミノが出るかはわからないが、確率的には低くない。五階層で駄目なら六階層、七階層に行く。
リビラの言う通り、今の俺達のレベルでも十分に行ける範囲のはずだ。
「準備をしっかり整えて、攻略に向かう。まずは腹ごしらえからだ」
その後、村長に現状を伝えてミレーナさんの世話を頼んだ。そして場合によってはパーンを狩りに行く事が難しくなる事も。
村長ら快く承知してくれ、それよりもとミレーナさんや俺の事を心配してくれた。
もちろん村長としての打算もあるだろうが、その心配は心からのものに見えた。俺はその好意を受け、目に涙が滲んだ。
村のためにも、できる限り早くハチノスを見つけよう。
俺は迷宮に入る前にキャラクター再設定を開く。
今、必要なのは最速で敵を殲滅できること。
そのために、俺は魔法ではなくデュランダルで戦うことを選択した。
七階層までは敵は三匹。全体攻撃魔法のストーム系で戦っても良いが、それではどこかでMPが枯渇し、回復のためにデュランダルを出す必要が出てくる。
だったらいちいち立ち止まってキャラクター再設定をやり直すより、最初からデュランダルを出す方が切り替える時間を減らせる。
そもそもデュランダルならまだ普通の一撃で倒せるし、駄目ならラッシュを使えばいい。どうやら今の俺のラッシュなら、MPの回復量は消費量を上回るようだしな。
今の俺は探索者Lv24。ボーナスポイントは122になった。
鑑定に1、キャラクター再設定に1、武器六に63。そしてステータスを上げるため、シクススジョブにして31。余りのポイントは獲得経験値五倍の15、必要経験値減少三分の一の7、結晶化促進八倍の7。
ジョブは探索者、戦士、剣士、僧侶、魔法使い、錬金術師。
ミレーナさんは探索者だし、ミンは英雄、リビラが竜騎士。
だいぶ防御に寄っているから、魔物の攻撃を数発受けても問題なく戦えるだろう。
準備は整った。
すぐにハチノスを見つけてみせる。
次回 カズト死す
お気に入り登録、ここすき、評価ありがとうございます。