異世界迷宮の英雄に! 作:チワワ
翌日、俺達は太陽が昇る前から迷宮に入った。
少しでも先に進んでおきたかったから。
「すまないな、朝から」
「ううん、ありがとうカズト様」
「ミレーナさんのためです。問題ありません」
昨日進んだところまでワープで跳び、探索を再開する。
代わり映えのしない迷宮の風景だ。魔物との戦いを慎重に行い、進んでいく。
「そろそろ見つかってもいい頃なんだがな……」
「そうですね。この階層も大分……あっ」
言ったそばから五階層のボス部屋にたどり着いた。
……よし。これで次の階層に進める。
五階層のボスはシルバーキャタピラー。
一体だけのボスなど敵ではない。
通常攻撃はリビラが盾でいなしてしまうし、スキル攻撃をしようとしてもデュランダルの詠唱中断で不発となる。
ボス部屋に来てから三分も経たずにシルバーキャタピラーは消えていった。
「よし。次に行くぞ」
俺は緊張していた。
ミレーナさんの様子を考えれば、時間に余裕があるわけでもない。
もしも次の階層でハチノスが出なければ……。
俺達は、次の階層へと向かう扉をくぐった。
六階層にたどり着き探索を始めると、やがて二匹の魔物と会敵した。
二匹ともミノだった。
「いよっしゃあぁぁ! 見つけたあぁぁ!!」
俺は快哉をあげ、即座にミノに走って近づき、切りかかった。
「カズト様!」
「主様!」
後ろから慌てた様子の声がかかる。
どうやらあまりに気分が逸ってしまい、リビラもミンも置いてきぼりにしていたようだ。
六階層のミノはスキルを使わない一撃では倒れなかった。
俺は反撃の蹴りをくらい、続いて横からツノの一撃をくらう。
「〜~っ! 痛いけど許す! ハハッ! 死ね! スラッシュ!!」
テンションが上がりすぎた俺は、笑いながらスキルを使って一匹は倒した。だがまた横からツノの攻撃がくる。
「はあっ!」
間一髪、リビラの盾がミノの頭を殴りつけ、ミノの攻撃は俺に届かなかった。
「ありがとな! スラッシュ!」
HPもMPも吸収しながら、無事に二匹とも倒した。
結果を見れば、消耗なしの完勝だ。
これなら何も問題ないな。
「カズト様」
「主様」
「危ないです」
「先走ってはいけません」
「心配しました」
「油断大敵と昔から言います」
ミンとリビラが交互に注意してきた。
「……すまん。ボスにハチノスが出てくると思ったらテンションが上がりすぎて、つい」
ミノは倒せたが、俺は迂闊な動きを二人に怒られた。
まさに昨日の今日で、慎重さを忘れてしまったのだ。そりゃあ二人も怒るだろう。
だが言い訳させてもらえるなら、ミノは単純な物理攻撃しかしてこないので、デュランダルで回復すれば実質危険はゼロである。多少迂闊に見えても、素早く接敵して倒す事が最適解なのだ。
……まあそんな言い訳をすれば二人の説教は長くなるだろう。大人しく怒られます。
「……そろそろ朝食に戻るか」
二人の話が一通り済んだところで、俺達は家に戻った。
「ただいま」
「あ……おかえりなさいませ」
2回目ともなれば、村長の奥さんもワープでの帰宅に驚かず、普通に出迎えてくれた。
「ミレーナさんは?」
「変わらずです。先ほど、スープは飲みましたが……」
「そうですか。ありがとうございます」
そっと部屋を覗くと、ミレーナさんは眠っていた。
その呼吸は浅く、不規則だ。不意に止まってしまうのではと俺に錯覚させる。
……もう少し。もう少しだから。待ってて。
俺はそっと扉を閉め、強く拳を握りしめた。
朝食を済ませた後は六階層に戻り、探索を再開する。
やはり魔物の数は多くすぐに足を止めさせられるが、先がわかっている分、なんとか焦らずに済んでいた。
何度も戦い、迷宮をさまよい、そしてまた戦う。
三十回を超えて戦いを繰り返し、俺達はついにたどり着いた。
「ボス部屋だな」
「はい」
「確認だが、ハチノスは牛黄を落とす。そして牛黄はそのまま飲ませれば良いんだな?」
「はい。強壮丸などとは違い、牛黄はそのままで効果のある薬です」
「よし。いつも通り、正面はリビラに任せる」
「承知しました」
部屋に入ると、見慣れたエフェクトが発生する。
どこからともなく煙が現れ、部屋の奥に集まる。
そしてミノより一回り大きい牛の魔物が現れた。
「行きます」
リビラが正面をとり、ハチノスの攻撃をいなす。
体重差があるだろうに、ツノも蹴りもリビラにかかれば魔法のように勢いを失い、そらされる。
本当に、どれだけ技術を磨けばあの域に達するのだろうな。
ラッシュ・スラッシュ!
俺は横から攻撃を加える。一撃では当然倒せず、またスキルを二重に使い、もう一撃。
さらに一撃、と剣を振りかぶったところでハチノスの後ろ足が浮いた。
こちらを蹴り飛ばすつもりか? マズい、避けられない!
「やっ!」
だがその時にちょうどミンの攻撃がハチノスの足をすくい、ハチノスはバランスを崩して攻撃できなかった。
「ありがたい! ラッシュ・スラッシュ!!」
三度目の攻撃でハチノスは倒れた。
「これが、牛黄?」
「はい、間違いありません」
「これが、お母さんに効く薬……変な色」
茶色い、いびつな形の丸薬だ。
日本人が飲む薬といえば綺麗に整った楕円のものばかりなので、見慣れない色や形に違和感がある。だがリビラが太鼓判を押す以上、これが薬なのだろう。
「よし。戻ろう」
「ミレーナさん。起きてくれ。薬を持ってきた」
「う…………」
俺はミレーナさんに呼びかけたが、反応が薄い。
リビラがミレーナさんの体を起こして支えてくれたが、それでも朦朧とした様子だった。
「さすがに丸呑み出来る大きさじゃないよな……」
俺は手のひらに置いた牛黄を見てそう言った。
「主様。噛み砕いて、口移ししてください」
「うぇっ?! あ、いや、そうだな」
口移しか。緊急時ならともかく、落ち着いた状態でやるのか……。
恥ずかしさが一瞬浮かぶが、これは医療行為だ。
俺は牛黄を口に入れ、噛み砕いた。
にっがっ!! まっず!!
良薬口に苦しという事だろうか。
牛黄は……不味かった。
医療行為、医療行為、とひたすらに無心で噛み砕き、口の中でドロドロにする。
そしてミレーナさんにキスをし、口に少しずつ流し込んでいく。
ごくり。
ミレーナさんの喉が鳴り、なんとか薬の全てを飲んでくれた。
「……ミン、水も頼む」
「はい」
俺達はやり遂げた。
牛黄は飲んだらすぐに効くというわけではなく、何時間かかけて病気を治すものらしい。
もう大丈夫という事で村長の奥さんには帰ってもらい、俺達は洗濯や掃除などをしながらミレーナさんの快復を待った。
そうして時間が経ち、三人で夕飯を作っているところでミレーナさんが部屋から出てきた。
「起きたのか」
薬の効果はしっかり出たようだ。顔色もいいし、呼吸もしっかりしている。ミレーナさんはすっかり良くなった。
ミンが走って、ミレーナさんに抱きついた。
「……お母さん」
「心配かけたわね。もう大丈夫よ」
母娘の再会に、俺も目を細めた。
「もう元気そうだな」
「はい。カズト様のおかげです。ミン、リビラ、あなた達もありがとう」
「いえ、快復されて何よりです」
「えへへ」
「さあ、私にも夕飯を作らせて下さい。元気になったからには、私も仕事をしないと」
なんだかこの四人で台所に立つのも久しぶりな気がする。
俺達は笑いあいながら夕飯を作った。
「いただきます」
このあたりでは食前の祈りなどはないそうなので、俺は日本と同じように食事の挨拶をしている。
そして他の皆は俺が食べた事を確認して食事を始める。
久しぶりに笑顔を浮かべての夕食だった……のだが。
「改めまして、薬をありがとうございます、カズト様。でもこの短期間でよく見つかりましたね。危なくありませんでしたか?」
「いや、別に普通だ。大した事はない」
恩に着せるつもりはないので、さらっと流そうと思ったのだが。
「えー、でも、カズト様。魔物部屋とか大変だったよ」
あ、まずい。
ミンが余計な事を言おうとしている。
俺は慌ててミンの口を塞ごうとしたが、遅かった。
ミンはミレーナさんに向かって、言ってしまった。
「カズト様、毒を受けて死にかけちゃったんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、空気が変わった。
「カズト様」
それは今まで聞いたことのない、ミレーナさんの硬い声だった。
「どういう事でしょう? 死にかけた、とは?」
「いや、それは……」
あまりの雰囲気に、俺はしどろもどろで答えられない。
「リビラ」
「は、はいっ!」
リビラも思わず背筋を真っ直ぐに伸ばしている。
「説明してもらえる?」
「はいっ! 説明いたします!」
そうしてリビラは誤魔化すことを許されず、迷宮内のことをありのまま説明した。してしまった。
「カズト様」
「……ああ」
「私は、無理はしないでとお伝えしたはずです」
「……そうだな」
ミレーナさんは口を固く結んだ。だが一つ息を吸うと、
「カズト様は、お体を大事にするべきです。カズト様にもしもがあれば、私達も生きてはいられません」
主人が死んだ奴隷は殉死させられる話か。
全くもってその通りだ。反論できない。
俺は謝罪の気持ちを込めて言った。
「……そうだな。今度、奴隷商に行って、遺言の変更をしてくる」
「必要ありません」
ミレーナさんは即答で拒否した。
俺は困惑しながら、
「え……いや、だがそうしないと殉死のままに……」
「必要ありません!!」
あまりの強い言葉に俺は混乱してしまった。
「だが迷宮には危険がある。やはり遺言は……」
ミレーナさんは椅子から立ち上がり、机を強く叩いた。
「じゃあ危険な事はしないで!!!」
それは怒りの声だった。
普段の丁寧な敬語も、穏やかな語り方も、何もかもがなくなった、感情の声だった。
「そうじゃない……私はそんな事望んでない……」
ミレーナさんは自分の顔を手で覆った。
「……あなたまでいなくなったら、私はどうすればいいのよぉ……」
感情の制御がきかないのだろう。
手の間からポロポロと大粒の涙を流しながら、そう言った。
「ごめん」
俺はそっとミレーナを抱きしめた。
「ごめんな」
「死ぬのはいや。あなたが死ぬのは耐えられないの。お願い。お願い……」
俺は本当にバカだ。
バカで愚かで人の心が分からない……そしてどうしようもなく、偽物なんだな。
英雄なら、負けてはいけない。
英雄なら、諦めてはいけない。
英雄なら……好きな女は不幸にしてはいけないんだ。
そんな事もわからなかった俺は、やはり偽物の英雄なんだろう。
だが、それでいい、と自然と思えた。
ミンもいる。リビラもいる。ミレーナがいる。
俺が偽物でも間違えても、共に支え合って生きていける。
そう、俺がすべきなのは、絶対に死なないと伝える事だったんだ。
「俺が間違っていた。死ぬなんて言わない。俺は君と、ずっと生きていく」
「……本当に?」
「ああ。もう大丈夫」
俺達はお互いの目を見つめ合った。
じっと見ていたその瞳は、段々と近くなり……。
「主様。僕とミンはあちらの家で寝ますね」
「え、リビラお姉ちゃん?」
「今日は二人っきりにしてあげましょう」
パタン。
二人が家を出て、扉が閉まる。
その音が聞こえると、俺達は熱いキスを交わすのだった。
ベッドで体を休めていると、ふと窓から見える夜空に気づいた。
この世界には月がなく、どこを見ても星だけで、夜は暗い。
もしここが地球なら、この腕の中のミレーナを月がもっと照らしてくれるのに。
「カズト様」
ぼんやりしていると、何も着けずに横になっていたミレーナが俺の体の上に乗り、言った。
「あなたをお慕いしています」
ここが異世界で良かった。
月なんていらない。死んでもいいなんて絶対に言わないよ。
俺達はお互いの生命の光を確かめるように、また激しくお互いの体を貪りあった。
何度も、何度も。
……そして俺達は次の日に盛大に寝坊し、様子を見に来たリビラから、薄い薄い笑顔を向けられたのだった。
これにて一旦お休みとなります。
お休みに入る理由としては、他の話も頑張って書いてみたいという事が一つ。
それと「英雄の力」を書いた時に、あ、これ以上の話を書ける気がしない、そう思ってしまった事が一つです。
……そう思って書いたお話があんまりウケてないって理由ももちろんあります。しょんぼり。自分では頑張ったつもりでもって、よくある話ですね…。
なのでしばらくは修行に出ます。
長い間お付き合い下さり、本当に本当に本当に、ありがとうございました。