ウマ娘漫筆集   作:セイント14.5

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いらっしゃいませ。
こちらサービスの、もはや恒例になったトレーナー抱き上げパフォーマンスに向かうエースちゃんが手を広げて自分を迎えるトレーナーを見て無自覚にふらふら抱きしめられにいっちゃって自分でもよく分かんないままなんだこれって真っ赤になってるけどトレーナーの胸から離れようともしないやつです。



想いを寄せてるトレーナーさんが辞めそう&別のウマ娘と仲良くしてて焦りと嫉妬から大変なことになるエース VS シケシケトレーナーさん

 

 

俺がカツラギエースのトレーナーになったあの日から、3年が経った。

この3年間を彼女は、その背にみんなの夢と期待を背負って走り続けた。

時には高い壁に弾き返されながら、そのたびに不屈の精神で立ち上がり、宝塚記念、そして世界の強豪が集うジャパンカップで見事にゴール板を一着で駆け抜ける快挙を成し遂げた。

彼女は今や、名実ともに【エース】の称号にふさわしい、立派なウマ娘となった。

 

そして彼女は現在、世代の、いや日本のトップに立つウマ娘のひとりとして、忙しく活躍している。

 

『カツラギエースの魅力といえば、やはりその根性といいますか。ふつう中央で活躍するウマ娘というのは、幼い頃からクラブに所属していたり、伝統ある家系では英才教育を施されていたりするわけですよ。しかし彼女の経歴を見ても、決してそういう恵まれた境遇じゃなかったのは一目瞭然で…』

『でも彼女は折れなかったんですよね。何度負けても、諦めずレースに挑み続けました。すごいですね、本当に…彼女の最も素晴らしい所は、その精神力と言えるでしょう』

 

壮年のコメンテーターとアナウンサーが、エースについて話している。彼らの言うことに、俺はうなずいた。

ジャパンカップからこっち、こうやってメディアで特集が組まれることも増えた。彼女の今までのレースやインタビュー映像、場合によっては彼女があまりレースの盛んではない田舎から、単身上京しトレセン学園の門を叩いたエピソードが取り上げられることもある。

 

『諦めないというのは、簡単に言いますが、実際それはすごく難しく…ああ、そうそう。言うは易し、行うは難しといいますよね。その典型的なものだと思います』

『ええ。何しろ同世代にはかのミスターシービーがいましたからね。カツラギエースはクラシック三冠レースの全てに出走していたわけですから…ある意味一番近くで、彼女の圧倒的な【才能】を目の当たりにしたということですよね』

『普通、ああ、ダメだなって思っちゃいますよ!私ならもうふてくされて、家でゴロゴロしちゃうかも』

 

俺はクラシック三冠レースで、一度もエースを勝たせてやることができなかった。トレーナーの実力を棚上げして考えれば、その最たる原因は、圧倒的な強さをもつウマ娘が同世代にいたからだ。

ミスターシービー。カツラギエースと同世代で、クラシック三冠制覇という偉業を成し遂げたウマ娘。

 

…ウマ娘には各々の才能というものがある。身体能力に頭脳…その他諸々。それらは個性のような形で、ウマ娘の走りに現れる。

 

そしてごく稀に、ミスターシービーのように…ただ【走ろう】と思っただけで、誰より速く走れてしまう。ただ自分らしく走るだけで、ほかのウマ娘の作戦を踏み潰して勝利してしまう…全体で見ればほんのひと握りにも満たない割合だが、そういうウマ娘が存在する。(もっとも、そういうウマ娘だって必死に努力してレースに挑んでいるはずだが)

 

その【天賦の才】を持つウマ娘は、その輝きで周囲を照らし、レース界に熱狂をもたらし…

 

共に走るライバル達には暗黒の絶望をもたらして去っていく。

 

ターフの上で遺憾なく発揮される圧倒的才能と、心折れ、道半ばで膝をつくウマ娘たち。長いレースの歴史において、そういう極端なコントラストが描かれる場面は時折見られるものだった。

 

だが、エースはその中のどちらでも無かった。ミスターシービーのような才能は無かったかもしれない。だが絶望もしない。ミスターシービーと世代を同じくしながら彼女がここまで上り詰めたのは、決して腐らず、自分の積み上げてきたものを信じ、自分の才能を磨き続けてきたからだ。彼女自身の努力で…

 

『わあ、見てくださいこの立派な…』

 

考えごとをしているうちに、いつの間にかカツラギエース特集は終わっていたようで、コメンテーターが地元のグルメを紹介していた。テレビを消す。

 

「エースは本当によく頑張ったよな」

 

静かになったトレーナー室で、自分の手に握られた退職届を見つめる。【もしも】の時のため、以前から用意していたものだ。

勝利が遠い日々に、彼女の実力を活かしきれない自分に、どうしようもない不安や焦燥感に襲われたときには、この退職届が輝いて見えた。今はどうだ?

音のない部屋では、普段は蓋をしている嫌な考えが、思い出したようにとめどなく溢れてくる。コメンテーターの言葉が、頭の中で反響する。

 

『彼女の最も素晴らしい所は、その精神力といえるでしょう』

 

そうだ。だがそれは、彼女が元々持っていたものだ。

ある意味、それこそが彼女の才能と言うべき部分。

 

では、俺は。エースの功績に、俺はトレーナーとしてどれだけ寄与することができたというのか。

俺はエースの才能に、その熱意に、優しさに甘えて、G1バのトレーナーにしてもらっただけではないのか。

 

俺はエースのトレーナーとして、十分な仕事を果たせたのか?

エースの支えになれていたのか?

 

俺はエースに相応しいのか?

 

画面の向こう、すっかり遠くに行ってしまい、みんなのエースとなった彼女のことを思うと、そんな不安が頭をよぎる。

 

エースは強い。きっと誰よりも。レース能力もさることながら…その心が、という意味で。

そんな彼女の隣にいたはずの俺は、こんなことでうじうじ悩むような、情けないやつで。

 

トレーナーの仕事は、ウマ娘を勝たせること。ウマ娘の夢を叶える手助けをすること。ウマ娘の心と身体を支えてやることで。

 

果たして俺は、そのうちのひとつでも出来ていたのか?

 

「こんなのがエースのトレーナーで、本当によかったのかな」

 

こんなトレーナーなんかいなくても、エースは大丈夫だったんじゃないか?

 

エースは宝塚記念とジャパンカップという大きなレースを勝ってくれた。重賞レースで言えば、毎日王冠も。だがそもそも俺以外のトレーナーが指導していれば、もっと勝てたレースがあったんじゃないか?

 

俺がエースのトレーナーになったのは、彼女にとって正解だったのか?

 

「教えてくれよ」

 

真っ暗になったテレビの画面は、何も言わずにぼやけた俺の顔を映していた。

 

………

 

「おはよう!トレーナーさん。ま、今朝畑で一回会ってるけどな」

 

「!ああ、エース、おはよう」

 

どのくらいそうしていたか。トレーナー室の扉が開き、エースが入ってきたときには、すっかり日は上りきっていた。

俺は咄嗟に退職届を懐に隠した。どうやらエースには気づかれていないようだ…よかった。

 

「…?」

 

「今日は実家に帰るんだろ?昨日エースに言われた通り車で駅まで送るけど、支度はしてきたか?」

 

エースはこのところずっと忙しくしていたが、最近やっとスケジュールに余裕が出来てきたので、ここらで一度リフレッシュということで少し長めの休みを取って帰省してもらうことになっていた。

エースからは俺もどうかと誘ってくれたが、溜まった仕事があるのでやむなく断ることになった。せっかくの善意を、自分の出来の悪さを理由に裏切った罪悪感が今更ながらぶり返してきた。

 

「!ああ、そこはバッチリだ。でもトレーナーさん、本当に一緒にきてくれないのか?あたしの家族も残念がってたぜ」

 

「ああ。行きたいけど…どうしても仕事がね。まあ、たまには俺も抜きで、家族とゆっくりしておいで」

 

席を立ち、デスクから車のキーを拾う。

 

「……やっぱダメか…残念だけど仕事は仕方ねえ。とはいえ駅まではトレーナーさんと2人でドライブだ。とにかくそっちに集中して…」

 

「あれ…エース?」

 

「!ああ、今行く!」

 

トレーナー室を出たところで、エースがついてきていないことに気づいた。うつむいて何か考えごとをしていたようだが、俺の声に気がつくと早足で追いついてきた。こういうとき、何も言わずに歩調を合わせてやるのが正解だったんだろうな。心の中でエースに謝る。

 

一緒に門を抜けて職員駐車場へ、エースと車に乗り込む。遠征に買い出しにと、これまでこの車には何度も一緒に乗った。エースはいつも助手席に座って、運転する俺と話したり寝たりしていた。

今日はというと、車に乗ってからずっとこっちを見ては、耳をくるくる動かしてそわそわしている。どうも今回は話しながら行きたい気分のようだ。

 

「じゃ、行こうか」

 

「よっしゃ、じゃあ駅まで、よろしくお願いします!」

 

「ああ。短い間だけどね。ここからだとすぐだし」

 

「あ!そのことなんだけどさ。ちょっとお願いしたいことがあるんだ」

 

「トレーナーさんは知ってると思うけど、あたし電車の乗り換えがすげえ苦手なんだ!だからその…」

 

なるほど、車で送ってくれと言われたのはこのためか。

実を言うと、トレセン学園から最寄り駅までは歩いても行ける距離だ。それでもエースが車でと言ったのは、乗り換えをできるだけ避けたかったからだったのかと納得した。

ただこんなことでも、担当から頼みごとをされるのは嬉しいし、できるだけ聞いてやりたくなる。職業病だ…ってのは、辞めること考えてるやつのセリフじゃないか。

 

「分かった。お易い御用だよ。まあ流石に地元の町まで1本で、とまではいかないけど、乗り換えがなるべく少なく済むように…そうだな、都市部を抜けたぐらいまでなら送ってくよ。ちょっと時間がかかるけど大丈夫?」

 

「!ああ、ありがとうトレーナーさん!ほんと助かる!…っし」

 

乗り換えに悩まずに済んで余程嬉しかったのか、エースは手を合わせて喜色満面といった風だ。座席の横に流した尻尾もぱたぱたと揺れている。

 

「ラジオはつける?」

 

「いや、いいよ」

 

今回も一応聞いたが、答えは決まって同じだ。いつからか、エースは車のラジオを嫌がるようになった。理由はいつ聞いてもはぐらかされてしまうが、車は静かに乗りたいタイプなのだろうか。でも俺とはよく話したがるしな…よく分からない。

まあ、俺もこだわりがあるわけじゃない。エースに言われた通りラジオはつけないでおく。

 

「…2人っきりの気分が邪魔されちゃかなわないからな」

 

「うん?」

 

「え?あ、いや、なんでも!」

 

エースが何か言ったみたいだが、エンジンの起動音でかき消されてしまった。なんでもないと言うのなら、まあ問題ないんだろう。

エースの頬が少し赤らんでいる。ちょっと車内が暑いか?今日はまだ涼しいけど、夏の気配も近づいてきたからな。冷房をつけてやった。

 

「口に出てたか、あっぶねえ…」

 

 

◆◆◆

 

 

結局、エースは駅に着くまで終始ご機嫌だった。ただ駅の駐車場に着いても何故か中々車から降りようとしなかったのは、素直なエースにしては珍しいと感じた。

渋るエースを車から降ろして駅に向かう。けっこう遠くまで走ったので、このあたりは人の姿もまばらだ。

 

エースの希望で、駅のホームまで見送りに着いていく。そこでもまたしばらく話していると、ついに電車がホームに入ってきた。

 

「…じゃあ、ここまで見送りありがとな。行ってくる!」

 

「ああ、ゆっくりしてきて」

 

「エース」

 

「ん?」

 

「いや…身体に気をつけて」

 

あれこれと考えた末、出たのはそんな月並みな言葉だけだった。もっと気の利いたことは言えないのか。

 

「ああ。ちゃちゃっと休んで戻ってくるからさ、その間、畑は頼んだぜトレーナーさん!」

 

またな。そう言って、カツラギエースは電車に乗り込んだ。こちらに向かって手を振るので、こちらも手を振って返す。電車の扉が閉まる。

まだ手を振ってる。あの子は相変わらずだな。苦笑しながら、すっかり見えなくなるまで電車を見送った。

 

駅のホームにはもう自分しかいない。南東へ向かう湿度を含んだ生暖かい風が頬を撫ぜた。むこうには鈍色の雲が見える。

梅雨の時期が、もうすぐそこまで近づいてきていた。

 

「…戻ろう」

 

ホームを抜け、駐車場に停めていた車のエンジンに火をいれる。

エースが休んでいる間に、溜まっている仕事を進めよう。それに何より、エースの畑を守ってやらないとな。これでもエースと一緒に3年も畑をやってきたんだ。きっと上手くいく…どうせなら完璧に畑を世話しきって、驚かせてやるのも面白い。きっと喜んでくれるだろう。

 

あれこれと考えごとをしながら、俺はトレセン学園へ戻った。

 

 

◆◆◆

 

 

問:ひとの農業を手伝っていただけの素人が、梅雨の長雨を乗りきることができるのか?

答:農業を甘く見るな

 

果たして、俺の目論見が上手くいくことはなかった。

例年より冷たい雨が長く降り続いたのだ。必死に対策を講じたが、それでもいくつかの作物を駄目にしてしまったのだった。

 

何が驚かせてやる、だ。こんな風にして、誰が、どうやって?

 

元々、梅雨は決して油断してはならない季節。分かっていたはずなのに。

 

鮮やかだった緑は変色し、力なく垂れるトマトの枝の先には、実をつけないまま腐った花がかろうじてぶら下がっている。

枯れた野菜たちは、言葉もなしに、俺の考えの甘さ、力不足というものを、厳然たる事実として突きつけてくる。

 

「こいつも…ダメか」

 

レインコートをかぶり、長靴をはいて畑に出て、まだ生きているものと、そうでないものの選別をする。

ハサミで枝を切り、どうしようもないものは根も抜いてしまう。どれもエースと一緒に植えて、『立派に育ってくれよ』と願ったはずの野菜たちだった。

 

ひとつハサミを入れるたび、エースを裏切ったような気がして、エース抜きでは野菜ひとつ育てられない自分に嫌気が差して、心が引き裂かれるような思いがした。

腕で目元を拭う。苦々しく思っていたこの雨も、今だけは降っていてくれてありがたいと思った。

 

「くそ…ごめん…ごめんな…」

 

またひとつ、ハサミを入れる。

 

「おい、お前、何をしている!…っと、貴様は…」

 

突然、後ろから声をかけられた。振り向くと、エアグルーヴが腰に手を当ててこちらを睨んでいた。レインコートを着てしゃがんでいたので、誰だかわからず不審者だと思ったようだ。

カツラギエースのトレーナーだと気がつくと、こちらに頭を下げた。

 

「勘違いしてしまってすまない。校内を巡回中、刃物を持ったあやしい人物がいると言われてな…」

 

「いいよ。まあ実際、こんな格好じゃそう思われても仕方ないからね」

 

自嘲して、レインコートの裾をひっぱる。今度からは、用務員やコース整備員用の、学園のロゴが入ったやつでも用意しようかな。そう思っていると、エアグルーヴの視線が畑に向いていることに気がついた。

 

「これは…」

 

「…ここのところ、ずっと雨が降ってたからね。腐っちゃったのがあるのさ」

 

「そうか。…なるほど、剪定をしていたのか」

 

「分かるかい?そうか、君も花壇の世話をしているんだったね」

 

「ああ。私の場合、鉢植えは屋根の下に避難させたが…こちらはそう簡単にはいかんな。ビニールを敷き、ネットを張ったようだが…トマトは水に弱いからな。今回のような雨では…新たに細かく排水路も作ってやらねばならんか。手遅れかもしれんが、薬剤を撒くことも視野に入れねばなるまい」

 

エアグルーヴが畑を見回してつぶやく。その言葉からは、植物に関わる深い見識がうかがえた。俺では気がつかなかったことにも、彼女はひと目で気がついてみせた。

 

「そうか!確かに元あった排水路から遠いところの野菜のほうが被害が大きいように見える…そういうことだったのか!エアグルーヴ、ほかには何かないか?教えてくれ、出来ることは全部やりたいんだ!」

 

恥も外聞もない。これ以上、愚鈍な男のせいでエースの畑を悪化させる訳にはいかない。エアグルーヴに頭を下げて、必死に助力を頼みこんだ。エアグルーヴは少し渋っていたが、最後には折れてくれた。

 

「私も暇ではないのだが…仕方がない。学園にある植物を守るのも生徒会のつとめだ…協力してやろう。ただし、やるからには完璧に、だ。いいな?」

 

「もちろんだ!助かるよエアグルーヴ!」

 

こうして、俺はエアグルーヴの助けを借りながらなんとか残った野菜たちを守りきった。長い長い雨が上がって晴れ間が見えた時なんか、嬉しすぎてまた涙ぐんでしまった。

 

それからもエアグルーヴは時折畑を見にきてくれて、時間があるときは作業も手伝ってくれた。短い期間だけど、一緒に畑仕事をして、色々と話もできてけっこう仲良くなれたと思う。

 

「っ!すまない、クモが出た…」

 

「ああ、今行くよ」

 

それと、実はエアグルーヴは虫が苦手なようで、この前も虫を見つけた時はかわいい悲鳴をあげていた。自分が初めてエースの畑を手伝ったとき、芋虫に腰を抜かしてエースに助けてもらったことを思い出していたら、笑うなと怒られた。

それからというもの、エアグルーヴが見つけた虫を移動させる役を担っている。

 

「てんとう虫なら平気なんだがな」

 

「あはは。大丈夫だよ。俺も虫苦手だったからさ。ちょっと失礼…」

 

変な強がりを見せるエアグルーヴにどいてもらい、クモを手のひらの上に移動させると、そのまま畑の外にクモを下ろした。

 

「よし、あっちに行ってもらったよ」

 

「う、うむ…」

 

未だ尻もちをついているエアグルーヴに右手を差し出す。すまないな、と行ってエアグルーヴは俺の手を取った。

その時、畑の入口から聞き覚えのある快活な声が聞こえてきた。

 

「ただいま〜っと!やっぱ畑見ると帰ってきた〜って感じするな〜。でも大丈夫かな?すげえ雨降ってたみたいだけど……あ!トレーナーさ……………は?」

 

どうやらエースが帰省から帰ってきたらしかった。

エースはこちらを見つけると、ぱっと明るい表情を見せた。だが次の瞬間に今度は目を見開き、怒りとも困惑とも取れるような、今まで見た事のない表情に変わった。

きっと俺が野菜を枯らしてしまったのを見たのだろう。申し訳なさでいっぱいになりながらエースに謝る。

 

「おかえりエース!ごめん、野菜、この前の雨で枯らしちゃったやつがあって…せっかく任せてくれたのに」

 

「なんで……えっ?野菜?ああ、野菜か…ほんとだ。まあ、枯れるのは仕方ないさ。どうしたって自然には勝てねえしな。それよりさ」

 

「何してんの?」

 

「?」

 

野菜のことは、いまいちピンと来ていないみたいだ。俺が野菜を枯らしたことを怒ってるんじゃないのか?

エースをよく見ると、その視線はエアグルーヴに向いているようだった。

ああ、珍しい子がいて驚いたのか?

いつもと雰囲気が違うエースに違和感を覚えつつ、彼女について話すことにした。

 

「ああ、エアグルーヴだよ。色々あってね、エースがいない間、畑を手伝ってくれてたんだ。知り合いだと思ってたけど…」

 

「いやあたしが聞きたいのはそのことじゃなくて…それ」

 

「手?」

 

ぴっ、とエースが俺の手元を指さす。なんの事か分からずにいると、エースはつかつかと歩いてきて、俺の右腕をぐっ、と掴んだ。

 

「いつまで繋いでんだよ」

 

その言葉を聞いて、エアグルーヴの手を握りっぱなしであったことに気づいた。あっ、と声が出て、俺とエアグルーヴはどちらともなく手を離した。

 

それを見たエースも、俺の腕から手を離してくれた。エースに掴まれていた所に跡が残っている。かなり強い力で掴まれていたようだ。

 

「すまない。もう大丈夫だ。一人で歩ける…では、今日のところはこれで失礼しよう」

 

「ならよかった。エアグルーヴ、今日はありがとう。もし良かったらまた畑を見にきてくれると助かるよ」

 

「ああ、そのつもり…「いや、いいよ!」…先輩?」

 

手伝ってくれたエアグルーヴに感謝して、また協力をお願いしようとしたところ、急にエースに割り込まれた。エースの表情が読めない。耳が絞られているから、多分何か気に入らないことがあるんだろうが…それが何かわからない。

 

「エアグルーヴは畑手伝ってくれてありがとな!ほんと助かった!でも今日からまたあたしとトレーナーさんで面倒見るからさ!だからもう大丈夫だ」

 

エースはまくし立てるようにして一息にそう言い切ると、エアグルーヴの背中を押して畑の外まで連れて行ってしまった。

 

少しして、エースはまたこちらに戻ってきた。さっきまでの雰囲気が嘘のように、今は笑顔を見せている。絞られていた耳も、今はこちらを向いている。

 

「…エース?別に手伝ってもらえば「ダメだ」」

 

エアグルーヴについて話そうとすると、またもエースに遮られた。エースは少し考えこむような動作を見せたあと、こちらをじっ、と見つめて口を開いた。

 

「トレーナーさん、ちょっといいか?」

 

エースは俺の隣に回り込むと、俺の右手をぎゅっと掴んだ。これでよし、とつぶやいて、そのままエースはこちらをまっすぐ見つめてくる。

俺は困惑して何もできずにいた。そのまま30秒か、何分も経ったのか。緊張した空気からか、体感としてはその何十倍にも思えた。

永遠に続くんじゃないかというその時間は、エースが口を開いたことにより終わりを迎えた。

 

「あたしさ、エアグルーヴとトレーナーさんが一緒にいたの見たとき、ほんとにすっげえ嫌だったんだ」

 

「え…?」

 

エースの口から出たのは、明確な嫌悪。誰とでも友好的なエースのイメージとその言葉があまりにも乖離していて、自分の耳を疑った。

そのままエースは言葉を続ける。

 

「だって、ここはあたしとトレーナーさんの畑なのに」

 

「なんでトレーナーさんがあたし以外と畑やってて、なんであたし以外と手繋いでんだよって、頭がカ〜っとなって…エアグルーヴには悪いことしちまったかな。後で謝っとかないとな」

 

「それにトレーナーさんも!困ったことがあったなら、なんでエアグルーヴじゃなくてあたしに言ってくれなかったんだよ!」

 

俺を問い詰めるエース。その真意が解らないまま、俺はただ質問に答えるしかなかった。

 

「それは…迷惑がかかると思って。エースはずっと頑張ってきたから、実家でくらい全部忘れてゆっくりして欲しかったんだ。だから連絡しなかったんだよ」

 

「トレーナーさんが困ってんの知ってたら、帰省なんかやめてすぐ帰ってきたのに!迷惑なんて…あたしとトレーナーさんの仲だろ?今更そんな他人行儀やめてくれよ!」

 

「エース…?さっきからおかしいぞ…何かあったのか?」

 

「…あ〜…そうだよな」

 

仕方ねえ、とつぶやいたかと思うと、エースは俺の手を離してこちらと向かい合った。

 

「黙ってようと思ったんだけど…やっぱ言う。…あんた、トレーナー辞めようとしてただろ」

 

「っ!?なんで」

 

「あたし、実はここ来る前にトレーナーさんに会いたくてトレーナー室行ったんだ」

 

まあいなかったんだけど、とエースは小さく笑った。

そしたら、と言葉を続ける。

 

「いつもは閉まってるデスクの鍵が、珍しく開いてたからさ。なんか妙に気になって…引き出しを開けたんだ。そしたら…これ」

 

エースはポケットから退職届を取り出し、俺の胸元につきつけた。退職届を受け取る。エースの眉は下がり、手はわずかに震えていた。

見る人もいないと思って油断していた!まさかデスクの鍵を閉め忘れていたとは…

 

「すげえ驚いた。そんですげえ焦った。このままじゃ、トレーナーさんがいなくなっちまうって」

 

エースがこちらを見つめる。深い空の色で満たされ、真紅のかけらが入った瞳がわずかに揺れている。

 

「トレーナーさん、あの時言ってくれたよな。あたしの夢を叶えたいって」

 

「トレーナーさんだけだった。どこの誰だかわかんねえはずのあたしの夢を正面から受け止めてくれたのも、その夢を一緒に見ようとしてくれたのも」

 

「トレーナーさん。あんたが自分をどう思っていても、あたしにはあんただけなんだ」

 

「なあ、あたしの夢はまだ終わってないだろ」

 

「なんで辞める用意なんかしてんだよ」

 

頬に両手を添えられ、そのままぐっ、と引き寄せられる。触れるほどの距離にエースの顔がある。彼女の瞳には、俺の瞳だけが映っている。

 

「な、何を…」

 

「おっ…はは、これいいかもな。トレーナーさんの目にあたししか映ってねえ。トレーナーさんもそうなんだろ?」

 

「ああ、ずっとこうならいいのにな。トレーナーさんとあたししかいない世界。トレーナーさんがあたしだけを見て、あたしがトレーナーさんだけを見てるんだ」

 

「ずっとこのままでいられたらいいのに」

 

「…はは。ま、そううまくはいかねえか」

 

エースの顔が少し離れたかと思うと、首筋に鋭い痛みが走った。

 

「痛っ」

 

「いいか、これは【印】だ、トレーナーさん。目立つとこにつけたからさ、みんなこれで分かるだろ?トレーナーさんも、これで鏡を見るたび思い出せるよな。あんたにはあたしがいる…いや」

 

「あんたにはもう、あたししかいないってこと」

 

エースはこちらにがばっと抱きついて、その勢いのまま俺と唇を合わせた。

お互いの全部を混ぜ合わせるような、長い、長いキスだった。

ゆっくりとエースが唇を離す。1歩下がり、こちらに歯を見せて笑った。

 

「大好きだぜ、トレーナーさん。でも今日みたいに別の女と仲良くしてたら承知しねえからな!」

 

「………」

 

情報を処理しきれず呆けていると、エースはもう一度俺にハグをしてから、いたずらっぽく笑って去っていった。耳や尻尾がせわしなく動いていた。

 

「………退職届は捨てよう」

 

とりあえず、もうトレーナーを辞めるという選択肢は、俺には残されていないらしかった。

俺がエースのトレーナーに相応しいとか、そうじゃないとか、どうもそういう問題では無かったようだ。

俺の残りの人生と、そのパートナーがいっぺんに決まってしまったのに、気持ちは不思議と軽い気がした。

 




このあとエースは部屋で正気に戻って顔を真っ赤にしてわーわー騒いでパーマーに宥められることになると思います。

色々やろうとして着地点が見つからず、とにかく結びまで走ろうとしたらこうなってしまいました。

これでもエースは大好きなんです。エアグルーヴも好きです。エースに関してはあなたもストーリーを読めばいいと思います。そこに魅力が死ぬほど詰まってます。夢女製造機とか、そういう話じゃないです。いやまあイケメン適性は高いんですけど、エースはボーイッシュとはまた違うんですよね。少年漫画の主人公でありながら、きちんと女の子であることがエグい魅力を醸し出しているんです。これ以上はスペースが足りないので語りませんが、とにかくそういうことなのでストーリーを読んで育成してください。よろしくお願いします。
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