リコリス・リバーシブル   作:まんじゅう卍

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第2話 掛け違えたボタンのような2人

 赤のファースト・リコリスの制服に身を包み、東京の街を歩く。学校制服は都市の迷彩服とはよく言った物で、高校の制服のようなデザインのリコリスの制服は自然と都市の中にその存在を紛れ込ませている。

 

「けど、ちょーっと派手すぎやしないかな。君もそう思うよね」

 

 私は3歩後ろを歩くサード・リコリスに話しかける。しかし、そのリコリスは困り顔を浮かべると無言のまま私をジッと見た。

 

「ごめん。なんでもない」

 

 どうせ任務中なのだから私語を慎めと言うのだろう。

 

(見回りは大事なんだけど、ペアがこれじゃあなあ……)

 

 私は今頃家で呑気にコーヒーを嗜んでいるであろう相棒に思いを馳せる。今になって私の軽口に度々突っ込んでくれる奏の存在は大きいのだと気付かされた。

 

「そうですね。確かに少し派手かもしれません」

 

「いや、話すんかい!!」

 

 私のツッコミは東京の喧騒の中でよく響いたのだった。

 

(ってのは置いといて。最近何処かの港で毎日怪しい取り引きが行われてるって話だから見回りしてるけど何も無いね)

 

 今も見回りはその辺りを中心に行なっており、何か跡でも残ってやしないかと勘繰ってはいるのだが案の定何も無い。

 私は小石を爪先で蹴り上げながら毒づいた。

 

「情報が足りないよ」

 

「ですね」

 

「……無理に話さなくても良いからね?」

 

 何だかこの子に余計な事を意識させるようにしてしまったのかと思い、私は少し申し訳なくなったのだった。

 

──────────────────

 

 見回りの任務も終え、特に異常が無かったことを上に報告だけをして私は喫茶リコリコに遊びに行くことにした。

 結局あの日以降、お邪魔する事は無く例の新しいリコリスの子を見逃していた私は今にも軽やかに出鱈目にステップを踏んで踊り出してしまいそうになる程に上機嫌に向かった。

 

「もしかしたら見覚えがある子かもしれないしね」

 

 そしたらコーヒーと団子を片手に旧交を温めると言うのも良いだろう。もれなく私は嫌われているかもしれないが。となると高みが必要になる。そう考えた私は奇行に走った。

 

「どうも!楓が来ましたああああっ!いえいっ」

 

 ドアを吹き飛ばす勢いで開け、突入。からの笑顔とピース。店内から向けられる視線は忍び難いものだった。とは言え店内には見知った顔しか居なかった。

 カウンターに座り、テレビを見ていたミズキさんは私を見るなり言い放った。

 

「またうるさいのが増えた」

 

「うるさいのなんて嫌ですね〜。ボク、見た目以上にパワフルなだけですよ」

 

「てか、あんた任務は」

 

「終わったからここに来たんですよ。新しいリコリスの子にも会いたかったし。あっ!先生、ボクもコーヒーちょうだい!」

 

 私とミズキさんの声を聞いて厨房から顔を覗かせた先生に私は早速コーヒーを注文。先生も「やれやれ」と言った具合に再び厨房に戻って行った。

 

「悪いけど、あんたの目的の子は今いないよ」

 

「もしかして任務?」

 

「2人でお出かけよ。何しに行ってるのかは知らないけど」

 

「仲良いんですね。知らない間に。すっごいジェラシー感じちゃう」

 

「千束からすれば相棒が出来たのが嬉しいんだろ」

 

 先生が私の前にコーヒーの入ったカップを置きながら言う。確かにDAに所属している時から千束に相棒がいると言う話はあまり聞いたことがなかった。

 

「あんたにも相棒いるでしょ。奏って言う可愛い可愛い相棒が」

 

「ボクの奏は世界一可愛いからね。それは間違いない」

 

 言い切ってコーヒーを啜る私を見るミズキさんの目は何処と無く優しかったように見えた。

 

「奏は元気なのか?」

 

「先生が想像してる以上には元気だと思うよ」

 

「それなら良かった」

 

「ここに連れてこようとするんだけど、迷惑かけた身で顔を出すのは申し訳ないって言って聞かなくてさ」

 

 今日だって、先程連絡を入れたのにバイトがあると断られてしまった。多分、バイトは建前だ。今日は何も予定がなかったはずだから。

 

「相変わらず真面目と言うか、なんと言うか」

 

「こうして何も考えずにここにいるボクの方が変なんじゃないかって時たま思わされるよ」

 

「あんたは変よ」

 

「冗談はお酒の量だけにしてください酔っ払い」

 

「くうっーー!この生意気なガキめ!」

 

「やるってのか!?あぁっ!?酔っ払い!!」

 

 私とミズキさんが2人で取っ組み合いを始めたのを見て、先生は空を見上げ、深くため息をついたのだった。

 そんな時、ドアベルが鳴って私の目的でもあった2人が戻ってきた。

 

「ただいま先生〜。って楓とミズキなにしてるの」

 

 珍しく千束が困惑していた。それもそのはず。帰ってきたら店の中で暴れ回ってる成人女性とリコリス。困惑しないわけがない。

 私とミズキさんは一度目を合わせると、同時に互いを指差した。

 

「「ミズキさんが(こいつが)」」

 

「はいはい。2人とも仲良いのはわかったから」

 

 呆れ気味の千束の後ろから、スッと物音立てずに姿を現した飾り気のない長い黒髪をまっすぐに下ろした、意志の強さを感じさせる整った顔立ちの少女。

 そんな思わず見惚れてしまいそうになる彼女は私を、なかなかに冷たい視線で見下ろしたのだった。

 

「千束。これが例のリコリスですか」

 

「そうそう。箕輪楓。超優秀なリコリスだよ」

 

「初めまして!箕輪楓です!楓でいいよっ!あなたが新しく配属なったっていう!?」

 

 千束の簡単な紹介に乗っかるように私は彼女の手を握って、にこやかに自己紹介した。

 

「井上たきなです。先週からこちらに配属されてます」

 

「たきな!良い名前だね!」

 

「はぁ。ありがとうございます。あの、千束。あなたの周りはこう言う人しかいないんですか?」

 

「え?良くない?楓明るくて私大好き」

 

「……類は友を呼ぶという話ですか」

 

 そう言うと、たきなは私をじっと観察するような視線を向けた。

 

「あなたがDAを逃亡したと言う話も本当なんですか?」

 

「おっと。その話と来たか」

 

「京都でも、こちらに来てからもあなたの名前は聞いてました。ファーストでありながら『裏切り者』の烙印を押されたリコリスだと」

 

「ちょっとたきな。その話は───」

 

 千束が止めに入るが、私は手で押し留めた。

 

「そうだよ。ボクはその噂通りの裏切り者」

 

「そうですか」

 

「あれ?もっとこう、せせら笑われるかと思ってたら拍子抜け」

 

「その価値すらないと思っただけです。千束。私、着替えてきます」

 

 たきなは私から視線を外すと、そのまま店の奥へと消えていった。

 言われた事を噛み砕きながら、私は千束に目を向けた。

 

「ボク、嫌われちゃった?」

 

「嫌われてはないと思うよ?ただ、話聞いた感じやっぱり楓の評判はあまり良くないみたい」

 

「まあ、仕方ないよね。ボクだってわかってるさ。その辺りは」

 

「ったく。みんな背景を知らないから好き勝手言えるんだよ。ねっ!先生!」

 

「そうだな。京都にいたから余計に真相とはかけ離れた噂を聞いてもいるだろうしな」

 

 慰めの気持ちもあるのか、先生は私に好物の団子をくれた。私は感謝を伝えてからその団子を頬張る。

 

「んんっ〜!やっぱりここのお団子が1番だよ!」

 

「楓の食べてる姿見てると私も食べたくなるぅ!先生!私にも一本!」

 

「用意しておくから先に着替えてきなさい」

 

「やったぜ〜!じゃあ楓!すぐ戻って来るから!」

 

「行ってら〜」

 

 着替えに行くだけだと言うのにやけに大袈裟な動きをして同じように店の奥に消えていく千束を見送る。

 行儀悪く、串を噛んで揺らしていると先生が団子に引き続いてアタッシュケースを持ち出し、私の前に置いた。

 

「楓。少し良いか」

 

「ん?どしたの先生改まって」

 

 コーヒー。団子。アタッシュケースと来た。さて、何が来るのだろうかと待っていればそれは少し予想外のものだった。

 

「急ぎの警察からの依頼だ。千束に頼むのも良かったが、復帰の腕試しにどうかと思ってな」

 

「なるほど。その依頼ってのは?」

 

「とある社長令嬢の護衛だ。なんでも最近、やけに視線を感じるらしい」

 

 まさかのレベルの依頼。しかもその内容も気のせいだよ。と笑い飛ばして良いものなのかも微妙なレベルである。

 何でもパーティーがあるらしく、その時に護衛してほしいとの個人的な依頼なようだ。

 

「パーティー行くのやめれば良いのに」

 

「海外の企業も多くそう簡単には断れないらしい。ただ、この依頼は本人じゃなく、親御さんが送ってきたものでな」

 

「へぇ。そんな大任を復帰1週間少しのボクがやるのはどうなの」

 

「お前なら大丈夫だ。その腕は鈍ってないだろう」

 

「そう願いたいよね。今回は単独?」

 

「いや。ペアをつける」

 

「ボクの相棒は絶賛療養中だけど」

 

「そうだな。それは承知の上だ。そこで、まだ千束との連携もまだ怪しいがたきなと一緒に行ってもらう」

 

「……さっきの見てました?」

 

「あぁ。見ていたとも。楓の実力を見せるには十分だ」

 

「うひゃあ〜。失敗したら私、あの子に殺されちゃうかも〜」

 

 ケラケラと冗談を言いながら笑っていたのだが、後ろを振り向くと微妙な表情を浮かべてたきなが立っていた。

 

「聞いてた?らしいですよ?」

 

「店長。正気ですか。まだ千束とも組み始めたばかりだと言うのに」

 

 たきなの性格や諸々をまだ全く知らない私だがこれだけはわかる。結構嫌がっていると。

 

「まあ、そう言うな。千束と組むのも良い勉強になるが、楓と組むのも存外悪くない」

 

「……店長がそう言うのであれば」

 

「よし。チーム成立だ。それならまた楓の携帯には依頼内容を送っておく。良く目を通しておいてくれ」

 

「あいあいさ〜。あっ!先生。あのゴム弾ってまだある?千束と同じやつ」

 

「あるよ。当日までには用意しておこう」

 

「あなたもあれを使うのですか?」

 

「そうだよ。ボクの主義は不殺だからね。何事も」

 

 私はたきなにニカッ!と力強い勝ち気な笑みを浮かべたのだった。

──────────────────

 

 依頼内容は至極簡単。とあるホテルで行われるパーティーに出席する令嬢の護衛だ。本人曰く、狙われるならパーティー内と言う謎のお墨付きもあり、私はパーティー会場にご同行。たきなはホテル入り口で不審な人物の出入りがないかを確認というフォーメーションとなった。

 

「よしっ。完璧。久しぶりの大型任務に油断なしっ!」

 

 ザッと復習し、経路などを頭に叩き込んでから私はカバンを背負う。

 

「奏〜。行ってくるね〜」

 

 靴紐を結び、姿見で変なところが無いかを確認してから私はリビングにいる奏に声をかけた。

 せっせと私の代わりに家事をこなしてくれていた奏はヒョコっと可愛らしい顔を壁から覗かせる。

 

「夜は美味しいご飯用意して待っておきます」

 

「それは待ち遠しい!任務放棄して帰ってこようかな……」

 

「放棄してきたら夜ご飯抜きです」

 

「嘘です。真面目にこなしてきます。と言うわけで今度こそ行って来る!」

 

 私は奏に手を振ると部屋を飛び出すように駆け出した。

 事件はない方がいい。それは当然なのだが、こうした依頼を再び受けられることに私は不思議と喜びを感じているのだった。

 

 

 集合場所である東京駅丸の内口に集合時間5分前に着いた。と言うのに、たきなはもういた。

 

「おはよ!予想よりも早くてびっくりしちゃった」

 

「5分前行動は基本です」

 

「さっすが〜」

 

「これ。店長からの預かり物です」

 

「おおっ!ありがとう!」

 

 小さなケースをたきなから渡され、私はそれを受け取った。受け取って、手で握った瞬間に事前に組み立てられ、点検を終えた銃と弾丸一式だと見当がついた。

 本来ならチェックは自分ですべきだが、今回は仕方ない。先生か千束を信頼するしかあるまい。

 

「いえ。お礼なら店長に」

 

「たきなは持ってきてくれたんだからそのお礼。先生にはまた今度お礼言うよ」

 

「そうですか。用意できたらいきましょう。遅れてしまいます」

 

「そうだね。行こっか」

 

 たきなの肩を軽く叩いて依頼主との待ち合わせ場所に向かい始める。

 私が道中、鼻歌を奏でながら歩いているものだから、たきなが心配そうな視線を私に向けた。

 

「遠足に行くような雰囲気ですね」

 

「ボクはこのくらいリラックスしてた方がやりやすいんだよ」

 

「気が抜けているの間違いでは」

 

「耳が痛いこと言うね」

 

 良く言われる事なので今更感はあるが、改めて言われると反省したくもなる。

 

「どう?千束と組んで1週間。結構楽しいでしょ」

 

「驚かされる事ばかりです」

 

「あははっ!だよね。わかる」

 

「ですが、どれも本部に戻るために必要な事かと聞かれれば素直に頷く事は出来ません」

 

「たきなは本部に戻りたいの?」

 

「はい」

 

 ハッキリとした言い方に私は少し言葉を詰まらせた。

 

「そっか……。戻りたいのかあ」

 

「千束と似たような反応をするのですね」

 

「意外?」

 

「いえ。会った時から楓は千束に似てると思っていたので」

 

「良く言われる。けど、ボクなんかより千束の方が凄いよ」

 

 だから今回の任務は息抜き程度に頑張りな。と、私は最後に心の中で付け加えたのだった。

 

──────────────────

 

「どうも初めまして〜。箕輪楓です!」

 

「井上たきなです」

 

「橘サキです。今日は急のお願いなのに来てくれてありがとうございます」

 

 事前の打ち合わせ通り、パーティー会場の控え室に案内されそこで依頼人と初めてご対面。第一印象は非常に育ちが良いお嬢様と言った感じだ。

 

「いえいえ〜。早速なんですけど、お話伺っても良いですか?ボク達、断片的な情報しか聞いてなくて」

 

「もちろんです。視線を感じ始めたのは2週間くらい前……ですかね」

 

「その視線と言うのはどう言う感じかわかりますか?」

 

 私が聞こうとしたことをたきなは先回りして橘さんに尋ねる。

 

「凄く観察されてると言うか……。私の被害妄想のように思われるかもしれませんけど、狙われてる感じ…と言えば伝わりますか?」

 

 私はメモ帳に重要な部分だけメモを残す。一通り書き残したところで、たきなが私に視線を送った。視線の意味を読み取るに、たきなも橘さんが何かしらの事件に巻き込まれたと仮定したらしかった。

 ただここはもう一押し欲しいところ。私はまだ何か気になる点はないかと話を戻す。

 

「他に何かあったりします?」

 

「あっ!一個あります。父の会社に変な電話が来て、私昨日一度出たんですけど、何か数字を言われたんです」

 

「数字?」

 

「はい。確か……明日の35。139。両方の数字とも後に凄い小数点がついてたかな。あと、最後に言われたわ。24/7の20。って」

 

 私はその数字を聞いてピンッといくつか閃いたが、今はそれを押し殺してサキさんに頷いた。

 

「なるほどなるほど。了解です。それではパーティー会場内ではボクが一緒にいます。入り口には他の警備員とたきなを配置するので安心してください」

 

 いつも通りのスマイルをサキさんに向け、私はたきなの腰のあたりを軽く叩く。たきなも私の意図を読んでくれたのか、サキさんに断りを入れ先に待合室を出た。

 

「楓さんとたきなさん。若いのに凄く頼りになります」

 

「そう思ってくれたのならボクも嬉しいです。でも、喜ぶのは全て無事に終わってからですよ。サキさん」

 

 案外、思っていた以上に依頼主に危険がありそうな任務に私も改めて気が引き締まったのだった。

 しかし同時に引っ掛かりを感じる部分がどうしても拭いきれず、私はモヤモヤとした気持ちを抱えたまま時間は過ぎていく。

 

──────────────────

 私はサキさんと共に待合室で待つ間、インカムを通じてたきなと連絡を取ることにしている。

 

「たきな〜。聞こえる〜?」

 

『聞こえてます。あの、先程の数字って』

 

 私の声を待っていましたとばかりに食い気味なたきなの声が耳に届く。私もたきなの感じたことを聞きたかったので、丁度良かった。

 

「サキさん、ごめんなさい。相棒と連絡を取らないといけないので、しばらく近く離れますね」

 

 断りを入れ、サキさんから少し離れた場所で口元を隠しながら私は話を進めた。

 

「多分だけど最初の数字は緯度と経度だね。場所は……」

 

『東京港のコンテナ埠頭です。……まさか、これって先月から本部が追っていた』

 

 たきなも気がついたようだった。中々掴めなかった尻尾をようやく掴むことができたかもしれない。

 

「可能性大だね。やりぃ。あとの24/7と20は『いつもの場所』って意味のスラングだね。そこで今日も何かがあるってことかな」

 

『サキさんは意味を知らないんですよね。話を信じるなら』

 

 反応を見る限り、サキさんは本当にその数字の暗号の意味を知らない可能性が高い。

 私は少し目を閉じて状況を整理する。そして、一つの仮定を提唱した。

 

「たきな。このスラングとサキさんの悩みのストーカー。関係あると思う?」

 

『誘拐というパターンはないですか』

 

「なくも無いね。でも、ターゲットが電話に出る可能性もある会社にわざわざ電話しないでしょ」

 

『確かに。合理的ではありません』

 

「となると、ストーカーの件とスラングの件は別物か……。確定はさせるのは怖いけど、こう言う時のペアだよね」

 

『楓?』

 

「たきな。またすぐ連絡入れる。ボクからの連絡が入るまでその場で待機」

 

 私はたきなに指示を出すとすぐにサキさんの元へと戻った。サキさんは私が戻ってくるなり、ホッと一安心したように表情を緩める。

 

「長いお話だったのね。大丈夫?」

 

「いえ。もっと長い話になりそうです。サキさん。先程、ボク達に教えてくれた数字って他に誰か伝えました?」

 

「え?私の父にはもちろん伝えましたよ」

 

 驚いたように目を瞬かせる彼女とは対照的に私の中の血がサッと引いて行くのを感じた。

 

「了解です」

 

 私は再度断りを入れ、サキさんから離れると待機中のたきなに連絡を入れた。

 

「たきな聞こえる?」

 

『はい。それで、私はどうすれば』

 

「じゃあ、たきな。ここからはボクの勝手な思い込みを信じて動いて欲しい。申し訳ないけどボクは今すぐにはここを動けない。たきなはすぐに先生と千束に連絡した後、合流。それから先程聞いたポイントで待ち伏せ。既に何か始まってたら千束の指示を聞くように」

 

 一気に捲し立てた私の指示でも、たきなは理解してくれたのか直ぐに返事をして動き出した。

 

『楓との通信は』

 

「千束との連絡に切り替えて。ボクは無視で良い。後から勝手にGPSで追うから」

 

『了解です』

 

 その言葉を尻目にインカムからのノイズも消え、たきなとの繋がりは途絶えた。

 

「さてと、この事件。どっちが本命なのかね」

 

 復帰早々厄介な事件に、私は頭を掻きむしりたくなる衝動を抑えながらサキさんのもとへと戻った。

 

「すみません。何度も何度も」

 

「いえ。あの、何かあったんですか?」

 

 何度も私が忙しなく動いているせいで、サキさんは心配事が増えてしまったのか浮かない顔をしている。

 それを少しでも緩和できないかと思い、私は持ち前の明るさと馬鹿っぽさを武器に憂鬱そうなサキさんに立ち向かう。

 

「怪しい人がいないかどうかのチェックです。何たって、このホテルも入り口たーーっくさん!ありますから」

 

 私が大袈裟にジェスチャーをして見せると、浮かない表情だったサキさんにも少し笑顔が戻った。

 

「ふふっ。確かにそうね。っと、そろそろ時間だわ。行かないと」

 

「ですね。あっ。サキさん、ごめんなさい。パーティーに行く前に最後にいいですか?」

 

「良いですよ?何かまだ聞きたいこと、あった?」

 

 頷き、可愛らしく首を傾げるサキさんに、私は遠慮する事なく聞いた。

 

「視線を感じると言う話、お父様にしましたか?」

 

「1番初めにしましたよ。私が最も信頼してる人ですから」

 

 そう言って、サキさんは柔和な笑みを浮かべた。だが、私は素直に笑顔で頷くことはできなかった。

 

──────────────────

 

 たきなは楓の指示通り、千束に連絡を入れすぐに合流した。そして、聞き出したポイントの近くで2人待機する。

 急に呼び出された千束は完全にリラックスタイムだったのか、不機嫌そうに口を歪めた。

 

「何たって私を呼ぶんだよ。他にもいたでしょ。楓とか」

 

「楓の指示です」

 

「楓の指示かぁ。確かに妥当と言えば妥当だけど……せっかく楓とペアになったのにもう解散したの?」

 

「緊急事態ですから。話はした通りです」

 

 たきなは手短にここに来るまでに千束に説明はしていた。ただ、俄かには信じていないと言う様子。

 

「うぇぇ……。本当に来るのかよぉ……」

 

「泣き言言わないでください。……っ!来ました……!」

 

「マジ?」

 

 車のヘッドライトが見えた瞬間、疑いをかけていた千束もようやく臨戦体制に入った。

 明かりの数は6つ。東から4つ。西から2つ。

 

「ねえ。なんか私たち、先週も似たような事してない?」

 

 別のストーカー事件を先週、千束とたきなは解決していた。千束にはこれが先週の焼き直しに見えたらしかった。

 そんな千束とは対照的にたきなはやる気を漲らせる。拳銃のグリップを握る手に僅かに力が入る。

 

「どうしますか。千束」

 

「前みたいに無闇矢鱈と撃たないでよ」

 

「……わかってますよ」

 

「たきな、夜間の視界不良。この条件に腕前の自信は?」

 

「あります」

 

「ひゅっ〜!頼もしいっ。それなら車止まったらタイヤとヘッドライトの破壊ね」

 

「簡単に言いますね。ですが、わかりました」

 

 たきなの二つ返事に千束はサムズアップ。

 2人が視線を送るヘッドライトのみで照らされる静かな港。そこに車から不良少年のような出で立ちをした6人の男性と1人の初老の男性が降り立った。

 

「例のものは持ってきたんだよな」

 

 集団の1人が男性に詰め寄る。男性は静かに頷くと手に持っていたアタッシュケースを差し出した。

 

「中身は見えませんね」

 

「差し詰めお金とかでしょって、ちょいちょいちょい!」

 

 ケースを貰った瞬間、1人が拳銃を腰から引き抜いたのである。銃口が向く先は男性。サキの父親だ。

 2人して影からいつ動くかとその気を見計らっていたのだが、そのタイミングを合わせることすら問屋は許さなかった。

 

「た、たきなっ」

 

「わかってます」

 

 千束が言うが早い。たきなは既に銃にサプレッサーを装備させ、鉛弾を車のヘッドライト。そして、1人が持っていた銃に叩き込んだのだった。

 

「千束っ!」

 

「ほいほい。行きますよ〜っと!」

 

 やる気の無さそうな声を合図に、そこから先の千束の活躍は相変わらずのものだった。暗闇で視界が悪い中、見事全員を制圧してしまったのである。

 

「いやはや。見つけるのは難しかったのに、相手したら大した事ないもんだね」

 

「そんなこと言えるのは千束だけです」

 

 呑気に背中を伸ばしている千束に呆れながら、たきなは腰を抜かしているサキの父親に詰め寄った。

 

「話は後で聞きます。ですから───」

 

 これから迎えに来る人に全て話してください。そう続けようとした時、カチャリ。と言う聞き慣れた金属の音が耳に入り、たきなは自分の胸元に向けられた銃口を見て息を飲んだ。

 

「たきな!?」

 

 千束も慌てて銃を引き抜いたが、たきなの身体が斜線を塞ぎ銃だけを狙うと言うことは不可能だった。

 サキの父親は錯乱しているのか、何度も同じ言葉を繰り返す。

 

「動くな!動くなよ!動けば───」

 

 サキの父親は千束とたきなを目と言葉で牽制しながら、ジリジリと身体を引き離していく。そして、一定の距離ができた瞬間。

 

「ぎゃっ!」

 

 情けない声と共にサキの父親の手元から拳銃は吹っ飛び、その隙を見逃さず、千束はゴム弾をサキの父親に数発叩き込んだ。

 サキの父親は身体に与えられた衝撃で気絶してしまった。千束は先程制圧した人たち同様、その身体を強靭なロープで縛り上げた。

 

「たきな。油断してたでしょ〜。間一髪だったね」

 

 嬉しそうにたきなの横腹を突く千束。対照的にたきなはずっと遠く。静かに空気を切り裂き飛んできた弾丸の主が誰なのかと、目で追っていたのだった。

 

──────────────────

 

 事件から2日後。

 私は少しばかりの休憩を取るために。加えて事件の後日談を聞くために喫茶リコリコへと足を運んだ。

 

「どうも〜」

 

「いらっしゃ……。なんだ。楓ですか」

 

 店内には先生と長い髪をツインテールにし、制服に身を包んだたきながお出迎えしてくれた。リコリスの制服姿しか見ていなかっただけに、新鮮だ。

 

「千束が良かった?」

 

「そう言うわけではないです。楓があれから連絡も無かったので無事なら良かった」

 

「あはは〜。ちょいと雑務に追われて。報告も兼ねて、たきなにも話とかないとね」

 

「私たちの方で何があったかは聞いてるんですか?」

 

「もちろん先生から聞いてるよ。あの日、走らせちゃってごめんね」

 

「いえ、それは大丈夫です。楓が気がついたおかげで、麻薬取引の裏ルートも押さえることが出来たみたいですから」

 

「まさかサキさんのお父さんがそっち側の人間だったとはなあって感じだよ。それ聞いて、サキさんに説明するの大変だったんだから」

 

 千束とたきなには肉体的な方での苦労を強いてしまったが、私の方も精神的な方で苦労したので苦労の割合はイーブンと言うことにしておきたい所だ。

 

「橘サキのほうは何も無かったのですか?」

 

「あったよ。ちゃんと。学生時代に思いを寄せていた男の子がストーカーの犯人だった。現行犯。以上」

 

「本当にそちらはそれだけの話だったんですね」

 

「そっ。話す必要もない、ただの警察案件」

 

 ゴム弾すら使わずに制圧できたので最早私は何しに行ったのかわからないくらいである。

 私が「なんだかね〜」と鼻歌混じりに呟くと、たきなが酷く真面目な顔をして私を見ていた。

 

「楓。一つ聞きたいのですが、楓は結局あの日、私たちに追いついてないと言うことですか」

 

「そうだよ?行こうとしたらストーカー君登場!からの逮捕。だったし」

 

「そうだったんですか。それなら誰が……」

 

「何があったの?」

 

「あの日、私の不手際で犯人を取り逃しそうになったのですが……。誰かがサキさんの父親を狙撃したんです」

 

 おかげで逃すことなく捉えることが出来たと、たきなは言う。

 報告書には目を通したが、確かにそう言った記述があったのは確認済みだ。だが、それは私ではない。

 

「本当にボクは知らないよ?それにボクは実弾を使うスナイパーライフルの扱いには慣れてないから使えないしね」

 

「そうですか」

 

「あぁ。でも、1人知り合いに凄腕が居て、今日渋谷の高級ケーキで手を打った人ならいるかな」

 

「?」

 

 私は今頃、ぶつくさ文句を言っているだろう同居人を思い浮かべながら、たきなに不敵な笑みを見せたのだった。

 

 

──────────────────

 

 喫茶リコリコを後にし、渋谷の高級ケーキを買ってから家に帰った。相変わらず立て付けの悪い扉で嫌な音もするがそれはそれで味があると今では楽しめている。

 

「奏。ただいま」

 

「やっと帰ってきましたか。遅かったですね」

 

「ごめんごめん。あっ、これ約束の」

 

「次は無いですからね」

 

 不機嫌そうに口をひん曲げながら、奏は私の手からケーキの入った箱を受け取ると冷蔵庫にしまった。

 その背中を見守りながら、私は部屋着に着替えてソファにダイブ。1日の疲れをソファに沈みこませた。

 

「それにしても、良くボクのお願い聞いてくれたね」

 

「助けてくれた恩がありますから」

 

「相変わらず律儀だねえ」

 

「けど、楓は卑怯です。私が断れないと知ってるから頼んだんですよね」

 

 奏は椅子に座り直し、本に目を通しながら声だけ私に向けた。その声音は何処か戸惑いを含んでいたように思う。都合のいいように扱える人。私が奏にそう思ってるのでは無いかと言う戸惑い。もちろん、私にはそんな気は全く無い。

 

「……本当は頼みたく無かったよ。奏の気持ちはわかってるしね。でも、あの場面で1番信用できて確実性があるのは奏しかいなかったんだ。だから、わかってくれると嬉しいかな」

 

 私も寝転がっていたのを正座し、真っ直ぐに自分の思いと言葉を奏に伝えた。すると、ようやく奏は私の目を見てくれた。

 

「やっぱり卑怯ですね。楓は」

 

「まあ、ボクは人は狙撃できないけど心は撃ち抜けちゃうからね」

 

「全く反省してませんよね」

 

「いやしてる。もう2度と奏に銃を持てとは言いません」

 

「どうせまた頼むに決まってます」

 

 奏はそう言うとジトッとした目を私に向けた。私はその威圧感に押され、つい本音が出てしまった。

 

「な、無いと言い切れないのがなぁ……」

 

「矛盾しまくりじゃないですか!もう良いです!これからも頼まれればやりますけど、その度に銀座のケーキで!」

 

「ボクのなけなしのお小遣いが!?」

 

「そのくらいのことです!寧ろ安いくらいですよ。だって……」

 

 2度と誰も撃ちたくないんです。例え、命を奪わないとしても。

 奏が最後にポツリと漏らした本音。奏の思いを知っていたはずなのに、言わせてしまった私自身を、この時は酷く呪ったのだった。

 

「ボクが色々軽率だったね。ごめん」

 

「私こそ、少し嫌な言い方しました。ごめんなさい」

 

 気づけば2人して頭を下げていた。なんだかそれが面白くて、私たちは同時に吹き出した。

 ひとしきり笑い終わり、目の端に溜まった涙を人差し指で拭ってから私は立ち上がってキッチンに向かった。

 

「何が食べたい?今日はボクが作るよ」

 

「それなら私も一緒に。何が食べたいですか?」

 

「それなら食べたい物、せーの!で言ってみよっか。せーのっ!ハンバーグ!」

 

「ラーメン」

 

「ラーメン!?」

 

「素材からです」

 

「素材から!?」

 

──────────────────

 

 楓が帰った後に喫茶リコリコ。営業も終了し、千束は掃除をしているたきなに尋ねた。

 

「どうだった?楓とペア組んでみて。少しは評価変わった?」

 

 たきなは少し悩んでから感じていたことを素直に口にした。

 

「まだ曖昧です。ただ、逃げ出して『裏切り者』と蔑視されるような人ではないように思えました」

 

「そっかそっか。それなら組ませた甲斐もあったよ」

 

「聞いていたような人では無かったので驚いてます」

 

「そりゃそうだよ。前にも言ったでしょ?事件は事故になるし、悲劇は美談になる。楓のはその類の話」

 

「そうですか」

 

「ま、いつか本人から聞きな。気になるならね」

 

 千束はそう言うが、もう2度とたきなは楓とは共に任務に着くとは思っていない。会うことはあれど、聞く必要もないだろう。そう割り切って、その場では千束に相槌を打つだけにとどめたのだった。

 

「そうだ!たきな。たまには一緒にご飯でも食べに行こうよ!私、ラーメン食べたい!」

 

「拒否権は無いんですか。良いですけど、ラーメンですか……」

 

「嫌?」

 

「素材から作るなら付き合います」

 

「え、素材?」

 

「何年かかるでしょうね」

 

「た、たきな〜!お願い!一生の!だから一緒にご飯行ってよ〜!」

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