「ここは…」
一人ポツンと倒れ込んでいる桃髪の少女、小鳥遊ホシノの眼前には一面の砂漠が映っていた。
名を、アビドス砂漠。
ホシノにとっては、故郷とも言える場所。
「アビドス砂漠のはず、なんだけど…」
だが、ホシノはそんな思い出の場所に違和感を感じていた。
第一に状況。砂漠にたった一人、周りに人は一人もおらず、これ以前の記憶もない。
第二に自分自身。ホシノは信じている。自分が水筒の一本も持たず、銃の一丁も持たず砂漠に向かい、結果遭難などしない事。
それはホシノにとって、忘れ難いトラウマからくる物だから。
そして何より、空。
赤い、どこまでも赤い空。
これはキヴォトスのものでは無い。
その上、見覚えあるものであるのが余計に…
「とにかく、人が居そうな所に行こうかな」
そうしてホシノは、遠くに見える赤く染まったキヴォトスの摩天楼に向かって歩き始めた。
***
数時間経ち、赤かった空に橙が刺してきた頃、ホシノは小さなコンビニに辿り着いた。
少し風が吹いたら崩れ落ちそうな程ボロボロな、古びれた店舗だ。
形状的にコンビニではあるのだろうが、塗装はすっかり色褪せていて、窓にはガムテープがバッテンに貼り付けられている。
「いらっしゃいませ!」
目が隠れる長さの前髪をした店員の少女がハキハキとした声で挨拶をする。
その背後には番号がついたタバコカートン、そして壁に掛けられたいくつかの銃器。
(とりあえず必要なものは…水と携帯食料、それと銃かな)
ホシノは水と携帯食料と共にレジに向かい、銃を眺める。
「何かお求めの銃種はありますか!」
「ショットガンはある?できればセミオートの」
ホシノは愛銃である「Eye of Horus」を思い浮かべながらそう聞いた。
彼女の異名、「暁のホルス」の名を冠し、その名に恥じぬ逸品。
得体の知れない世界をふらつくのに、銃の一丁も持たないのは愚かにも程があるというものだ。
「それならこの『G1014』はいかがでしょうか!」
店員の少女が勧めた銃は、まさにホシノの理想と合致した物。
銃上部にはスコープ用のピカティニーレールと握りやすいピストルグリップ。
ホシノは実際に構えてみるが、不満点は皆無と言っていい。
(この銃があればしばらくは大丈夫そうだね…後は拳銃、盾は…流石にないか)
ホシノは壁にかかった一丁の拳銃を指差し、それもまとめて買う事に決めた。
「合計51万9400円になります!お支払いは現金ですか!」
「カードで……ん?あれ?」
ホシノは思う。
ある意味冷静さを取り戻した、と言うべきだろう。
(私……財布なくない?)
そう、財布が無いのだ。
もちろん、ホシノは財布を普段から持ち歩いている。
……通学カバンの中に。
今手元にカバンはない、つまりこの瞬間、ホシノは一文無しの状態で約52万の買い物…言い換えれば借金をしたことになる。
「やっぱり無しで」という事もできる。
しかしそれは、未知の世界を手ぶらのまま歩き続けるという事になる。
(……いっそのこと奪う?私なら店員一人くらい簡単に……)
そんな悪い考えも頭によぎり、混乱の中固まっていると。
「私が代わりに払いましょう」
ホシノの背後から真っ黒なカードと共に、聞き覚えのある声が顔を覗かせる。
それは、かつてホシノを卑劣な契約で陥れ、その神秘を利用とした『悪い大人』
「クックック…お久しぶりですね、小鳥遊ホシノさん」
「……ッ!黒服!!」
***
ホシノと黒服、宿敵とも言える関係の二人は、空気をピリ付かせながら砂漠を歩いていた。
「……何でここにいるのさ」
「奇遇ですねホシノさん、私も同じ事を聞こうとしていました」
双方考えていることは同じのようだ。
この質問が最も聞きたいことではない、という点においても。
「じゃあもう一つ、『ここは何処?』」
これがホシノが持つ一番の疑問。
赤い空、どこかおかしい記憶と自分…その違和感の原因を、おそらくこいつは知っている。
それは悪い意味での信頼。
何故なら黒服は『先生』と同じ、大人なのだから。
「まずは情報を共有しましょう。私としても分かっていない事の方が多いのです」
「持ち物無しで目を覚まして…その前の記憶は無い。分かってるのはそれくらい」
「私も殆ど同じです…が一つ違う点はこの『カード』」
黒服はスーツの内ポケットから黒いカードを取り出した。
それは、使用者の時間を代償に万物を取引できる、『大人のカード』と言う代物。
「なぜこれだけが残っているのか。そこまでは分かりませんが……」
黒服の言葉を遮るように、エンジンの轟音が砂の海に鳴り響く。
金と黒で塗装された無駄にトゲトゲしたホイールのバイクが二人の方向に爆速で向かい、そして眼前で急ブレーキ。
「テメェら見たことねぇ顔だなぁ!!ここがアタシらの縄張りだって分かってんのか!!」
ブオンブオンと威嚇するようにエンジンを鳴らしながら、大声をあげるヘルメットをかぶった少女。
その周りには同じ格好をした少女が5人。
この世界に来て初めて出会ったはずの彼女らの事を、ホシノは知っている。
「……ヘルメット団?」
「ああその通り!!ゲヘナ砂漠一のギャング、ヘルメット団とはアタシらの事だァ!!」
『ゲヘナ砂漠』…確かに彼女はそう言った。
この砂漠の名は『アビドス砂漠』、ホシノも黒服もそう認識していた。
だがそれは、この世界への無知と先入観故の間違いであった。
しかしまあ、ここがどこだろうと、ホシノがこいつらにやることは変わらない。
ホシノは買いたてホヤホヤのショットガンに弾を込め、構える。
「ホシノさん、一人は残しておいてくださいね」
「言われなくとも」
ヘルメット団に一歩、また一歩と歩き続けるホシノ。
「ずーいぶん余裕だなぁ!!一瞬で片付けてやるよ!!」
ホシノをバイクの上から見下ろすヘルメット団。
二人勝負の火蓋は、幕引きと同時に切られた。
目にも見えぬ速さでホシノが銃口をヘルメット団の顔面に向け、反応する前に引き金を引く。
バイクからおもいっきり吹っ飛んだヘルメット団が地面に倒れるまで、他のヘルメット団はその場に立ち尽くしていた。
それは衝撃によるものか、恐怖によるものか。
「な、何してる!!撃てッ!!」
だが少し経ち、彼女らは我に返ったかのように銃を構えた。
焦りの下放たれた弾丸をホシノはふわりと揺れながら躱し、流れるようにヘルメット団の一人の懐に潜り込む。
腹部に一撃、その後頭に一撃。
まだ他のヘルメット団の銃口はホシノの残像をなぞっている。
「後、4人」
「クソがァ!!」
最初に反応したヘルメット団は照準を合わせようとするが、ホシノが放った横腹に対する膝蹴りのせいで照準がブレる。
斜め上45度、赤い空に向かって放たれるヘルメット団の弾丸、彼女は視界を空からホシノに移す暇もなく、顔面にニ発入れられた散弾によって意識を飛ばした。
「ウソだろ…!?何者だコイツッ!?」
困惑、それはホシノにとって十二分な隙だ。
スライディングをしながら的確に二発、二人のヘルメット団の顔面に撃ちこむ。
「ラスト」
ホシノは背を向け逃げているヘルメット団の後頭部に向かって銃を投げる。
痛みで怯んだ隙に足払い、ヘルメット団は地に伏せた。
「お見事、相変わらずの強さですね、暁のホルス」
「…その呼び方は止めてもらえるかな。さて、と」
ホシノはヘルメット団の額に銃口を突きつけながら告げる。
「あらかた吐いてもらうよ。君たちの事、この砂漠の事、それと」
「この世界の事を」
『デビル24ゲヘナ砂漠店バイト店員』
この世界におけるエンジェル24のゲヘナ砂漠店店員。
過酷な環境故店員がバイトの彼女しかおらず、実質店長である。
無駄に声が大きい。