陽乃中、雪乃下で、いろはすを片手に結いする、間違いつづけた彼女たちの青春は、フィナーレへと結する。完 作:mokahurapeto-no
紅茶の香りは、もうしない。
淡い青春時代、俺は本物が欲しいと言い放った。
誰かが言った。
「本物なんて、本当にあるのかね、。」
由比ヶ浜結衣は言い切った。
「本物なんて、いらなかった」
一色いろは言った。
「私も本物が欲しくなったんです。」
そして、彼女は言った。
「いつか、、、私を助けてね」
そう、確かに言っていたのだ。
____
俺は本物を手にすることが出来たのかは分からない。
なぜなら「俺」の本物だからだ。
「本物という言葉で綺麗にコーティングされている俺たちの関係。
それは時と共に変わっていくものだ。
花の様に綺麗なものが、綺麗なままでいられる時間はあまりにも短い。
それはまるで俺たちの関係のように。
「本物」なんていう抽象的で曖昧なものを求められる時間がもう終わりなのだと。
そう告げられているようだった。
ただ、彼女の寝顔を何となしに眺めていた時間。
彼女と見たあの景色が、目に焼き付いて離れない。
鮮明に脳裏に移る。
なにより、あの時の彼女の
目が、
表情が
嘘偽りないあの笑顔が、
脳裏に焼き付いて話してくれないのだ。
これこそが俺の本物だとしか思えなかった。
だから、
だからこそ、
比企谷八幡は本物しか選べない。
だが、比企谷八幡は自分が嫌いになっていた。
何故本物なんてものを選んでしまったのか。
未熟で、惨めで、滑稽で、笑ってしまうほど間抜けな自分自身が、憎くくて仕方なかった。
だが、もう遅い。
朝、目覚めた時。
きっちりと整えられたシーツから感じた彼女の体温も、
台所から微かに香っていた紅茶の香りは、
もう、香らなくなっていた。
その部屋には、紅茶の香りはもうしなかった。
しなくなっていた。
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季節は移ろい、俺たちの高校卒業がちかづいていた。
今日は珍しく雪ノ下と由比ヶ浜の三人で、奉仕部に向かうことにした。
大した理由なんてなかった。
連絡なんてしなくても、彼女らなら分かってくれるだろうと。
なんとなく、そう思っていた。
クラスにいる由比ヶ浜に話しかける。
教室にはもう誰も居なく、二人だけだった。
「由比ヶ浜、部室一緒に行かないか?」
そういうと、少し驚いた顔をする。
そして、花の様なふわっとした笑顔でうなずく。
「ヒッキーから誘ってくれるの始めてじゃない?」
「かもな、まあ最後ぐらいはな」
「最後、、かあ」
ちょっと遠い目をしながら、一緒に歩きだす。
「あんまり実感ないや、卒業するなんて」
「そうだな、俺もまだ実感は湧かないな」
お互い一音一音を大切に話す。
取りこぼれないように。
溢れないように。
今この瞬間の会話を数年先でも忘れないように。
言葉を紡ぐ。
「というか、お前卒業できるの?進学先とか大丈夫?」
「ヒッキーひどい!私だっていろいろ考えてるからっ!」
ぷんすかと、息をまきながら話す。
「一先ず、獣医師を目指そうと思ってる。」
「..まじか、、意外だな」
「ちなみに理由とかって聞いていいか?俺に話す価値ないなら話さなくてもいいが」
「卑屈だなぁ、私はヒッキーの方が心配だよ」
そういうと、少しかしこまったように。
恥ずかしそうに身構え、コホンと咳ばらいをする。
「ヒッキーがさ?私の犬助けてくれたじゃん?
でも、ヒッキーいなかったら多分助からなかったと思う。
そういう時に、何もできないままの自分じゃいやなの。
安心して任せてもらえるような人になりたいの。」
実に由比ヶ浜結衣らしい。
実直で、素直で、されど飾らない。
彼女らしいい理由だった。
「そっか。きっとなれるぞ。応援してる。」
「うん!ありがとう!」
「次ひかれたときに、頼れるくらいになっておいてくれよ」
「もうー、ヒッキーはいじわるだなあ」
そういって、俺の一歩先を彼女は歩く。
太陽みたいだな。
だとすると、俺は影といったところか。
けど、影だってずっと太陽に当たればいつかは色ずくかもしれない。
きっと、俺は彼女の恩恵をずっと受けていたんだろう。
十年後あった時、彼女はどうなっているんだろうか。
どんな大人になっているのだろうか。
きっと大学にはいったら色ずき始める。
メイクやらコスメやらを買いあさって。
動物と触れ合って、真剣に勉強して。
何気ない会話を友達として、笑い合って。
そんな輪の中に、俺も入れたらいいな。
そう思ってしまった。
きっとこの子は大丈夫だ。
色んなこともあるだろう。
辛いことも、苦しいことも。
でも、きっと彼女なら、超えていくのだろう。
心配はいらない。
「由比ヶ浜、お前は大丈夫だ」
そういうと彼女はにっこりと笑いながら、前を向いた。
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雪ノ下の教室に着く。
ガラっとドアを開ける。
てみるとやっぱりほかの生徒はおらず、彼女だけが佇んでいた。
夕陽が教室に差し込む。
やっぱり彼女は綺麗だった。
俺と雪ノ下、そして由比ヶ浜がいるこの空間。
まるで違う時間軸のように感じた。
使い古された黒板、使い古されたチョーク、後ろに荷物が乱雑に放り込まれている教室。
そして、時計が秒針を刻んでいる音だけがこの教室に響く。
その全てが雄弁に三年間という長い月日を語っているかのように感じた。
彼女、雪ノ下雪乃の三年間を。
きっと彼女もこの教室で過ごしていた。
まあ、友達なんてものはいないだろうから、一人机に突っ伏してたとは思うけど。
それでも、本を読みながら横目にクラスメイトがはしゃいでるのを見ていたんだろう。
それで、ふっと周りに聞こえないぐらいの大きさで笑う。
彼女にとって、大切で必要な時間だったんだろう。
雪ノ下と由比ヶ浜、それに俺が同じクラスだったらどうなっていたのだろうか。
言わずともわかる。
きっと楽しかっただろう。
くだらないことで由比ヶ浜と笑って、
雪ノ下が毒づいて、
俺と口論して、
由比ヶ浜が仲裁に入って。
それで、皆で部室に行く。
絶対楽しかっただろう。
同時に寂しくもある。
彼女の横顔を三年間も見れなかった。
それだけが心残りだった。
「こんにちは。比企谷君。由比ヶ浜さん」
こちらに顔を向け、いつも通り喋りだす。
「ゆきのん、いこっか」
そういうと雪ノ下は立ち上がる。
そして辺りを見渡す。
何か思い出しているのだろうか。
思い出すほど良かったことがあったのだろうか。
彼女の瞳にはどう映っているのか。
俺にはわからない。分かりえない。
でも、彼女が大切にしてたのはわかった。
机の角の方を擦りながら、雪ノ下は目をつぶった。
彼女にとって、
この机だとか、
時計の音だとか、
カラスの鳴き声だとか、
教室のにおいだとか。
そんなどうでもいいものが、
彼女にとって何物にも代えることが出来ないものなのだろう。
「行きましょうか」
そういって、教室を後にする。
先頭にいった雪ノ下についで、由比ヶ浜が先へと進む。
俺は扉を閉めるために、後ろに振り返る。
そして扉を閉める。
きっちりと、隙間ができないように。
閉め忘れてないかと、決して後ろを振り向かないように。
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