陽乃中、雪乃下で、いろはすを片手に結いする、間違いつづけた彼女たちの青春は、フィナーレへと結する。完   作:mokahurapeto-no

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雪乃心も、いつかは溶けさせてくれるものなのだから。

 八年前、まだ私たちが学生時代だったころ....

 

 

 祖母が死んだ。

 享年、86歳だった。

 

 昨日、私たちに会いに来た帰り道で車にはねられた。

 そのすぐ直後には息を引き取っていた。

 

 犯人は祖母と同い年ぐらいの老人だった。

 恐らく認知症や、病魔を抱えていたのであろう。

 

 止まらなければいけない信号を突っ切って、祖母を跳ね飛ばしたらしい。

 そんな状態に陥っても、ずっと繰り返しこうつぶやいていた。

 

 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、

めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごべんなざい......ごべっんなざいっごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、

めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごべんなざごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごべんなざい....」

 

 

 

 

 

その後の事情聴取では、「生まれてきてごめんなさい」

その言葉だけを繰り返し延々と、贖罪を果たすかのように繰り返し呟いていたらしい。

 

加害者側の遺族とも話した。

私と同じくらいの年の華奢な女の子と、目の隈が特徴的な50代くらいの女性だった。

来て早々に土下座をして

「本当に申し訳ございません」と、震えるような声で言われた。

 

女の子の方は「池野下葉乃」  

母親は「池野下佳代」というらしい

 

心苦しいなんてものじゃなかった

同じ年の、同じ背格好の、同じく高生生活を全うしてきたであろう彼女がどうしてこんなことに、、

 

でも、「やめてください」なんて口が裂けても言えない

私の祖母はこの家系の人に殺されたのだから。

 

憎い。

嫌い、許さない、許せない、許されない、許されてはいけない、醜い。

 

でも、知ってる。

そんなことを思ってしまう私が一番醜いってこと。

 

少しでも、加害者の人が免許を返納するのが早ければ、

車に乗ってなければ、

池野下葉乃がとめていれば、

池野下佳代が注意していれば、

 

祖母は生きていた

 

 

 

 

もう、どうしようもなかった。

後悔が消えない。

拭うこともできない。

もっと話していれば、、、

もっと気にかけていれば、、、

もっと、もっと、、もっと、、、

 

違う結末が在ったかも知れないのに。

 

事故を電話で聞いた私たちはすぐに病院で駆け付けた。

同時にもうこの世にいないこともここで初めて知った。

 

死への舗装された道を歩く。

 

安置室に入る。

やけに風が冷たく感じた。

部屋はこの世のものとは思えないほど異質で殺風景だった。

心臓をつかまれるような苦しさと、背中を撫でまわされてるような嫌な汗が背中から流れた。

 

祖母の目の前に行き、顔を隠す布をはらりと払う。

 

いつもと変わらない祖母の顔。

ただ一つ変わっていたのは、血が全く通わない青白い顔だったということだ。

 

手は冷たかった。

感情が失われたかのように。

 

 

数か月後、祖母の葬式が行われた。

 

生まれてから初めて、喪服というものを身に纏った。

髪をお団子に巻いて、黒い革靴を履いた。

 

葬儀は順調に行われた。

誰もが、嘆き、悲しみ、慈しみ、尊び、そして憐れんだ。

 

私にそれがひどく醜悪な何かに見えた。

 

だってそうでしょう?

祖母の笑い方も知らない他人のような人間までもが、まるで全て知ってるかのように、悲しんでいるのだから。

皆が皆、場の空気を読み悲しむふりをする。

それが酷く鼻の奥を劈く。

祖母の前に立った時、確かに分かったのだ。

 

あの時、私が作ろうとしていた正直者がバカを見ない世界はこんな世界じゃないと、確かに気づいてしまったのだ。

 

 

 

 

 

------

 

 

 

 

 

 

いつも通りの学校。

何気ない日常。

俺は、いつも通りあの部室へと向かった。

 

---違かったことと言えば一つだけ---

 

「比企谷君、こんにちは」

「は!?お前...髪が....」

 

雪ノ下雪乃がショートヘアーになっていたということだ。

 

 

 

 

 

----

 

 

 

 

 

 

思えば最近からずっとおかしかった。

 

抑揚のない喋り方、生気のない目、まるで何かを諦めてしまったような、、、そんな雰囲気だった。

 

勿論由比ヶ浜も、一色も気づいていた。

 

雪ノ下が席を外した後、沈黙をかき消すかのように由比ヶ浜が言った。

 

「...ゆきのん、なんか変じゅない?」

 

薄々、この場にいる全員が気づいていたのだろう。

雪ノ下に何かが起こっていると。

 

由比ヶ浜に、呼応するかのように一色がぐいっと突っ伏してくる。

 

「そうですよ!絶対何か変ですよ!」

「だよね!?やっぱ変だよね、どうしたんだろ...ゆきのん」

 

しゅんっ、と由比ヶ浜は子犬の様に項垂れ、一色はそんな由比ヶ浜を心配そうに見つめている。

そして、俺は手持無沙汰。

 

「........」

 

 

随分と嫌な空気が流れる。

 

こんな雰囲気はいつ以来だろうか、

本物発言をしてしまったあの時期と、どこか似通っている。

 

暗くて、陰鬱として、飲み込んだ言葉が吐き出せなくなっていた、あの時に。

 

 

あの時と今の俺。

 

成長はしていると思う。

背も随分高くなったし、顔つきもさらに悪くなった。

まあ、それはいいんだか悪いんだか....

 

それに、外見としての成長だけじゃない。

内面は随分成長できたと思う。

 

前までの俺なら、きっとこういう時に何もしない。

行動して、後悔するくらいなら、最初から何もしない。

後悔するぐらいなら、助けを差し伸べたりしない。

 

でも、なんでかなぁ。

不思議と雪ノ下の為なら、恥でも、哀れでも、他人の目も何も気にしない。

 

孤独を最も好む俺が、無理にでも彼女に関わろうとするとは何たる皮肉だろうか。

 

きっと俺たちの関係は、燃えるような恋でも、互いを気づ付け合うような共依存でもない。

断言なんてできない。この世に絶対なんてない。在るとすれば子供の童話の中だけだ。

 

ただ、これだけははっきりと言い切れる、

この恋心は未だに静かに熱を帯びてやまないと。

 

 

俺たちはそんな恋をしている。

 

 

 

 

------

 

 

 

 

 

日は暮れ、辺りは静まり返り、雪が降り積もるころ。

バス停、そこに美しき雪女がいた。

ライトに照らされている彼女はこの世ののとは思えないほど美しかった。

 

正直に言おう。見惚れていたのだ。彼女に。

 

辺り一面や闇の世界。

一寸先に足を踏み入れたが最期。

そんな中,空を仰ぎ、雪が舞い、淡い月光に照らされていた。

 

まるで彼女の空間だけ、違う世界みたいだった。

 

目の前に雪が落ちて来る。

 

雪、ユキ、ゆき、雪、雪乃。

 

雪乃。彼女が生まれた時、こんな風に雪が降っていたんじゃないかと、ふと。

ふと、思った。

 

雪が解ける、ユキトキ、雪解け、

 

雪は、いつになったらとけるのだろうか。

 

歩き出す。

ゆっくり歩幅を詰めるように。

心の距離を縮めるように、

聞こえるのは雪を踏みしめる音だけ

 

彼女の横に立つ。

 

「...............」

 

静寂、静音が響く。

お互い正面を見ている。

何も見るものなんてないはずなのに

 

 

 

「私美人だから、ストーカーに良く付きまとわれるのよね。」

 

 

 

 ふと、そうつぶやく。

 

「人をストーカー呼ばわりかよ」

「そうね、私の事がだいすきなストーカかしら?」

「...まぁ、間違ってはないな」

 

 そういうと、ゆっくりとこちらに振り向く

 

白い、生気がない顔。

 微かだがしっかりわかる目尻の隈。

 どんなに忙しい時でも、彼女の隈のある姿なんて見たことは無かった。

 

 壊れ始めている。

 そんな微かな不安をひしひしと感じる

 

 今ここで手放したら、ガラス細工のようにこわれてしまうんじゃないかと、

 そんな不安が頭をよぎってならない。

 

「驚いた...あなたがそんなこと言ったの、私の記憶の記憶違いじゃなければ初めてだと思うのだけれど、、、」

 

 優しい声色と、壊れそうなほどの笑顔でそう言ってくる。

 泣きそうな、だと思えば嬉しそうな。

 どっちともつかない表情。

 

 「...たまには正直になることも重要だからな、特に俺たちはな」

 「そうね...幾ら捻くれてると云えどもね」

 「面倒くさいことに人間てのは伝えようとしないと分からない、欠陥だらけの生き物だからな。」

 

 

 ......

 

 「そう...ね。大切だわ。思いは言わないと伝わらないものね。」

 

 さっきまでの虚勢を張って出していたような明るい声とは違い、芯が凍えるような。

 見るもの全員を凍らせるような無機質な声でそう呟いた。

 

 「おばあちゃん、亡くなったの。85歳だったの、、、」

 

 哀切交じりの、痰が絡むような声で息を大きく吐き、音を吐いた。

息を吐きながら、空を見つめる。

 彼女の横顔は、高校生とは思えないくらい大人びていた。

 

「好きだったの、おばあちゃん。私」

「私がいじめられていて、一番つらかった時、おばあちゃんだけが心の支えだったの。」

「ほんとうに...ずき゛だったの」

 

 濁音交じりの震える声

 泣き声を隠そうと、大きく息を吸い吐き出す。

 でも、震えていた。

 

 俺はどうすればいいのか

 

 昔から人並に何でもできた。

 頭だっていいほう

 顔も...まあ悪くはないほうだと思う

 

 いつだって、周りはおだててくれた。

 

 俺はつけあがっていた。

 なんでもできると思い込んでいた。

 

いつからだろうか

 困っている人に手を差し出さなくなったのは。

 

 何か理由があった訳じゃない

 ただ、大人になってしまったということなんだろう。

  

 人に干渉せず、自分だけの世界で生きてゆく。

 

 ずっと、楽だから自分はそうしていると思っていた。

 でも、本当は違う

 

 人を傷つけるのも、他人から傷つけれられるのも怖かったからだろう。

 だから、殻にこもって、関わらずに生きてきた。

  

 俺は何一つ、変われていない。

 

何かを変えるってことは、何かを捨てるということだ

 

 傷跡をもう、増やしたくはない

 でも、傷ついてもいい。

 全てのプライドを、ポリシーを、今までのすべての幸せをなげうってでも、彼女を手放したくない。

 

 なんで?

 なんでなんだろうなぁ

 なんで、正しく生きていた彼女から奪うのだろうか。

 

 っ゛す゛ー、はあ~゛

 

 震えてる吐息、鼻の奥がツンとするような感覚

 

 「なんで?泣いているの?」

 

 そういいながら、頬に触れて来る。

 なんて、冷たいんだろうと思った。

 

 余計な言葉なんていらない

 本物だけで十分

 上っ面だけの偽物なんて彼女の前では必要ない。

 仮面は捨てたのだから

 

 「一人にしないでくれよ」

 「........」

 「なら、一緒に死んでくれる?」

 

 ぞっとした。

 無邪気に笑う子供の様に。

 そんな笑顔で言ってきた。

 

 同時に、唇を奪ってきた。

 

 「痛っ!!」

 

 ポタっ、ポタっ。

 血が流れる。

 ジンジンする。

 

 血が滴る。

 口元から砂鉄を舐めているような味がする。

 

 「何を...」

 「私が死んでも、その傷があれば一生忘れられないでしょ?」

 

 そういいながら、手を正面に差し出す。

 すると、冷たい手が触れる

 お互いの呼吸が、鼓動が、共有されているようだった。

 

 「ねぇ、比企谷君。あなただったらどうする?」

 「何を...」

 「もし、人生をやり直せたとして、何を変えることが出来たとしたら...」

 「あなたは..何を変えたい?」

 今雪ノ下は何を考えているのだろうか。

 分からない。

 

 「変えたい、変えたいことか、、」

 

 もし、入学前に事故に遭ってなければ、、、

 まぁ、どっちにしても友達は出来なかっただろうが、関わりは作れたかもしれない。

 

 もし違う学校に入学していたら、もっと楽には生きれたかもしれない。

 もし、彼女と、、、雪ノ下雪乃と出会ってなければ、どうなっていたんだろうか。

 

 人生はやり直したいことの、連続だ。

 

「たられば」と「もし」がまくら言葉に着くような目をそむけたくなるような現実だ。

 それでも、今の俺が俺は一番良いと思っている。

 

 今更、雪乃に出会わない人生なんか考えられないし、それに奉仕部のあいつらも居る。

 それに、何かを変えてしまったことで、今を変えてしまうのなら選ばない。

 

 でも、そうだな。

 唯一後悔してることがあったな。

 

 「もうちょっとだけ、早く出会っていたかったな」

 「それは誰と....?」

 「雪乃ちゃんと」

 「...随分とぶしつけな呼び方ね」

 

鈍く彼女は笑った。

 薄く、微笑む笑み。

 彼女には真顔よりもこちらの方があっているのだ。

 

 「まあ、なんだ。辛いことあったら、話してくれよ」

 

_____まあ、なんだ。辛いことあったら話してくれよ

 

 彼はそう言う。

 話したい、すべて話してしまいたい。

 

 でも、話してしまったらきっと彼は苦しむ。

 私が大好きだから、悩んで、悩んで、きっと自分の事なんて忘れちゃうくらい悩んでしまう。

 彼には負担なんてかけたくない。

 

 だから、

 だからこそ、私は言わない。

 

 「それに、好きなんだ。その、あんま言えてないけど。」

 

 顔をちょっと反らしたせいで、アホ毛がペッと揺れる。

 ちょっと恥ずかしかったのか、顔の輪郭が朱に染まっている。

 

 ふふ、、なんて初心な反応なのかしら

 奉仕部という如何にもいかがわしそうな部活で、

 美人小悪魔生徒会長、同クラスの美人同級生、そして学校一の美人才女を好き放題しているとは思えない反応だわ。

 

 ....それに私はそんなに軽い女じゃないのよ?実際付き合ってるのは私なのだし、、、

 

 でも最近、由比ヶ浜さんどころか一色さんまで色目を使っているような...?

 

 うーん、うーん。

 やはり責任を取らせなければ、となると。

 

 [[私、少し貧相な体だから、彼のお眼鏡に適うかしら.....]]

 

 でも、本当に愛おしい。

 愛でてあげたいわ。

愛したい。

 愛してほしい。

 愛されたい。

 愛されていたい。

 

 だから、

 

 

 「分かったわ。話す時が来たら私からちゃんと話す。」

 「...ん、分かった」

 「ありがとう、愛してるわ八幡」

 

 彼の体に飛びつく。

 

 しっかり彼は受け止めてくれる。

 腰に手を回す。

 すると、彼はおしりの辺りから曲線を描き、グイッと自分の方に引き寄せる。

 

 「随分いやらしい触り方ね?英国紳士を見習わないと」

 

 眼前、お互いのまつ毛がかさばり合う。

 

 「雪乃、今日の俺は紳士的には出来ないかもしれない。」

 

 ふふ、知ってるわよ。

 さっきはいやらしいとか言っちゃったけど、本当は全くそう思ってない。

 むしろ、もっと触って、触れて、求めてほしい。

 

 「今日の私も淑女でないから、おあいこ。」

 

 あなたの瞳も、顔も、無造作な髪型も、全部----

 

 手と手が触れる。

 鼓動がうるさいくらいに高鳴る。

 いつしか貴方のことしか見えなくなっていたのよ?

 

 そんな恥ずかしいこと、私は言えないけど、

 いつか伝えたい。

 後悔いしないように。

 

 

 -----貴方を好いていると。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 降り積もった雪は簡単には消えない。

 溶けない。

 過去は消えない。

 人は救えない。

 変われない。

 変えられない。

 

 心の隔たりはそう簡単には溶けてくれない。

 雪。

 まるで雪の様に。

 幻想的で、魅力的で脆過ぎるくらい儚い。

 

 それでも、生き続けてしまうものなのだろう。

 いつかは、棘がとれるように。

 

 雪もいつかは溶けるものなのだから。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

10年後、

 

 

 

 ガタン!

 プー、プー

 ドンっ!

 

 鬱陶しいくらいに纏わりつく熱波。

 唸るくらいうるさい蝉の鳴き声。

 ある、真夏の日

 

 ザクッ、ザクッと草木を踏む。

 砂利が交わる音、朗らかな風の音色、揺れ動く緑。

 

 その全てが、私が来るのを待っていたかのように感じた。

 

 ーーー墓標の前にまた今年も立つ。

 

「おばあちゃん、今年も来たよ」

「覚えてる?私雪乃よ。」

「最近は忙しくて来れなくてごめんね」

「私、婚約するのよ。それを報告しに来ました。」

「彼は凄く卑屈で、女の子をすぐ惚れさせちゃうジゴロだけれど、、、

それでも、私を大切にしてくれて私も大好きなの。」

 

「家族が一人増えたわ」

「それと、もう一人も、ね...」

 

 お腹を優しくなでる。

 この子はきっとお父さんにだろうと思いふけて。

 

 名前は、、春華

 我ながらいい名前だと自負しているわ。

 其れよりも、彼が毎日盛んすぎて体が壊れないかの方が心配なのだけれど、、、

 

 私、ちゃんとしたお母さんになれるかしら...

 おばあちゃんみたいに、

 

 ふふっ。

 きっとそんなこと言ってると「何言ってんの!?貴方は立派なのよ?」

 とか、言われてしまうんだろう。

 

 あの時、私は子供だった。

 何もできず、何も変われず、ただ永遠と理想論を語り続ける子供の様に。

 

 でも、今は違う。

 色んなことが変わっていった。

 私たちの関係性とか、交友関係とか、仕事とか、目指すこととか。

 

 悩んで、迷って、苦しんで、またスタート地点に戻って

 

 ---それで、今この子がいる。

 

 子供を産むなんて想像したことはなかったし、産みたいとも思ってなかった。

 でも、不思議と彼の子供が欲しいと思ったし、産みたいとも思うようになっていた。

 

 実際、妊娠したと分かった時には凄くうれしかった。

 母性なのか、慈愛なのか、愛しくて、愛いしくて、温かい気持ちになっていた。

 

 見た目とか、学力とか、あれば在るほど良いものだけれど、そんなものなくたっていい。

 ただ、笑って、泣いて、怒って、しょげて、悩んで、

 

 ーーーそして

 

 幸せに、生きてくれればそれだけでいい。

 

 お母さんとかもこんな気持ちだったのかしら。

 なんか、不思議な感じだわ。

 

 きっとお母さんもこんな風に、悩んで、考えてくれていたんだろう。

 「子供が出来たら親の気持ちが分かる」とは、よく言ったものだ。

 

 この子には幸せの道が続いていてほしい。

 そうでなくとも、周りの助けを借りながら進みつづけることが出来る、そんな人に。

 

 「この子を見守ってやってください。おばあ様。」

  

 手を合わせ、一礼をし、立ち去る。

 

 

 ―ーー雪ノ下 秋華 ここに眠る

 

 

 そう書いてある墓に、背を向けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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