朝日が昇り、そこから少しの時間が経った頃。
聖堂の前に白髪が輝くエルフと髭を携えたドワーフが居た。
暫く待っていると、早歩きで眼鏡を掛けた青年が出てくる。
「おはよう、ハイター」
「ええ、おはようございます。良く寝れましたか?」
「程々って感じだね」
眠気で視線が
ふわぁと欠伸をして、身体はまだ眠いと訴えているのが如実に分かった。
しかし、今日のフリーレンはいつもより早く寝て、いつもより遅く起きている。単純に身体が我儘なだけなので、寝れていないわけでは無かった。
「そうなんですか、では後日にしますか?」
「…冗談だよ、あんまり真に受けないでね」
「すまんなハイター。こいつは今多感な時期なんだ」
はっはっはっと笑い、アイゼンは楽しそうにしている。
フリーレンからすれば魔族の認識を歪める原因になる説を提唱する人間に、どういう態度を取ればいいのか分からなかった。だから少し距離感を図るために突き放すような態度を取ったり、近づくような立ち位置を確保している。
長きに渡り生きているのに不器用なエルフである。
「それよりも手がかりを探しに行こうよ」
「はい、最初の事件。それはこの街の東に位置する森で起きました」
「なら、まずはそこだね」
多少なりとも痕跡が残っていれば分かるかもしれない。そんな事先遣隊がやってるだろうけど念の為に、もしかしたら粗があるかもしれないと希望的観測をする。
今最も急務なのは、この情報がまっさらである状態を改善する事だ。
「はぁ…」
フリーレンは長い溜息を漏らす。
全く以て初期位置が悪い事の方が多いな、と今までの出来事を軽く振り返る。
「溜息を付くと、今日という日が前を向けなくなりますよ」
「…ごめん」
「謝れと言ってるわけでは無いのです、フリーレン。ただそんな憂鬱そうな表情をされると心配をしてしまいます」
「フリーレン。こんな幼い奴に心配されるなんて、情けないな」
「──ぐぅ」
フリーレンは渾身の一撃を食らって倒れ伏した。
歳というものを深くは考えた事が無かったが、青年に諭されるなんて自らをお姉さんだと称する者としては致命傷だろう。
そんなフリーレンをアイゼンが担いで森に向かう。
現在判明している事は、聖都、若しくはその近辺に住居を構える人々がある日忽然と姿を消すというものである。
その前日は普段と何ら変わらない態度をしていたため、自らの意志による行方不明ではない。だから、魔物などの関与が疑われるといった次第だ。
そうこうする内に東に位置する森の前に着いた。
柔らかい陽射しが肌をじんわりと温めて、小鳥がちゅんちゅんと鳴き声を上げている。
この辺りは殆ど魔物が出る事は無く、平和だというのだから当然と言われれば当然だ。
だからこその不可解、こんな場所に魔物が本当に住んでいるのか?
「じゃあ、行きますよ。ここからは少し足場が悪くなるので気を付けて」
「ありがとうね」
「いえ、早く向かいましょう。日が落ちると危険です」
森の中に入れば、やはり拍子抜けするぐらい何も居なく、のどかな場所であった。
少し前に行方不明者が出たなんて思いもしないだろう。風に揺られる枝の音が心地よかった。
途中で拾った枝を、時折目印の為に配置しつつ進むと分岐する場所に着いた。
「さてと、どうしようかな」
「この森で居なくなったのは確かですが正確な場所が分かりませんね」
「うん、闇雲に行くのもなぁ…」
「あっちなんてどうだ」
「え、何かあったの」
「勘だ」
「…今、闇雲は良くないって言ったよね?」
「この場で迷うよりはマシだろう」
「それはそうですね、じゃあ行きましょうか」
ずんずんと進んでいく二人に、フリーレンは呆れつつも付いていくしかないと覚悟を決める。
距離が随分と離されてしまったので足早で進み、隣に並び歩幅を揃えた。
たんたんと、足音を立てながら歩いていくとアイゼンが突然止まった。
何事かとフリーレンがそちらを見れば、したり顔をしていた。
「やっぱり合っていたな」
「どうしたの?」
「見ろ」
ぶっきらぼうに言うアイゼンが指を指す方を見れば、大きな足跡がそこには存在した。
その行く先は茂みの中で、どうなっているのか分からなかった。が、真実に近づけそうな痕跡だ。
アイゼンの勘により見つけられた為、私って鈍かったのかなとフリーレンは肩を落とした。
とぼとぼと奥に向かうと、所々樹々が抉られていた。
草地も所々薄い部分があり、何かによって草が剥がれたと推測できた。
何かが通ったような跡、魔法…?らしきものだった為、魔法を使い、探知してみる。
「…ここで魔法を使われた形跡があるね」
「どんな魔法だ」
「攻撃魔法、それも苦しめる事にだけ特化してる」
恐らく苦しめて弱ったところを狩る魔物なんだろう。
狡猾さを持ち、残虐な方法を使う奴なんて、記憶の中には片手で足りるぐらいしか見当しなかった。
「本当に居るみたいだね、魔物」
「あぁ。だが不可解だ、その魔物が使う魔法が攻撃ならばどうやってハイターの友人を誘いだした?」
「…確かに。この魔法じゃ無理だね」
「何か見逃しているのかもしれませんね、取り合えずここらを散策しましょう。手掛かりがあるかもしれません」
「うん」
「了解だ」
ハイターが一足先に散策に向かったところで、フリーレンはアイゼンに話しかける。
それにアイゼンは足を止めて振り返れば、彼女は座り込み、地面の足跡を見つめていた。
「ねぇアイゼン」
「どうした」
「この世界の常識が変わるまでどれくらいかかると思う?」
「世界の常識か」
「何年かかるんだろうね」
「十年程だろう」
「私にとっては百分の一にも満たない時間だなぁ」
「相変らず長命種ならではの思考だな」
目元に皺と作ってアイゼンは手を差し伸べた。フリーレンは彼の手をじっと見つめた。やがてそれを掴むと、脚が痺れたのか若干ふらつきながら立ち上がった。
「なぜ突然そんな話を?」
「私としては時間を空けていないつもりだったのに、森から出た時に別世界だったんだ。だからずっと考えてた、常識ってそんな簡単に変わるものだっけ?ってね」
「確かにな。お前よりも早く寿命を迎える俺ですら驚いたんだ。フリーレンはそれ以上だろうな」
そうしているとがさがさと近くの茂みが揺れた。
アイゼンはさっと、背中に掛けた斧を取り、そちらを凝視する。
すると、出てきたのは小さな動物で無駄な神経を摺り減らしたなと安堵していたが、隣のフリーレンは未だ警戒態勢を解いていなかった。
「大きな魔力を持った何か…、まさか!?」
「こんにちは」
出てきたのは翡翠色の髪をした魔族の少女。一見すると儚い、風で吹かれるだけで飛ばされてしまいそうなか弱さだったが、頭には角が生えていた。その角は他の魔族みたいな立派なものではなく小さなもの。だけど魔族である事を象徴するもの。
そして温和そうな表情を浮かべているが、眼は一切笑っていなかった。
「あれ?そんなに驚く事かな」
「お前は…、ソリテール!!」
「名前を知ってくれてるなんてお姉さん嬉しいな」
「知っているのか、フリーレン」
「うん、数百年前に突如として都市が壊滅するって事件が多発した時があったんだ。その時たまたまこいつが襲撃するタイミングで鉢合わせて…」
「そうだね、確かにあの時はそんな事もあったわね」
うんうんと頷いて、手を胸の前で組み、全員の反応を窺うように目だけ動かした。
「改めまして、私の名前はソリテール。大魔族だよ」
その言葉を無視してアイゼンは質問をする。
迷いなき鋭利な視線が大魔族を貫いた。
「では、今回も俺たちの首が目的か?」
近くにあった斧を手繰り寄せたその態度は、下手な事を言えば次の瞬間には首を飛ばすという脅しであった。
しかしそんな歓迎のされていない空間において、ソリテールはお構い無しに話をした。
「いいや、そんな野蛮な事はしないよ」
「今までは目撃者を葬ってきたのに?」
「だから言ったよ、私は今日顔を見せに来ただけって」
「言ってないよ」
「あぁ聞いてないな」
「ふふっ、息ぴったしだね。お似合いだなぁ」
大袈裟に拍手をして、素敵ねと感激の言葉を告げる。
この無言の空間の中、拍手の音だけが木霊した。一頻りして飽きたのか、最後にパンと大きく音を鳴らして、ソリテールは話を続けた。
「そういえばフリーレン、探してたものは見つかった?」
「……」
「そう、やっぱり私が正しかったのね」
「一体何を、?」
「そこは、女の子同士の秘密だよ。ね?」
「それよりもなんでここに居るんだ」
「あれ?ノリが悪いね」
平静を装う為か、フリーレンは話を逸らして誤魔化そうとした。しかし、ソリテールはそんな事はお見通しとばかりにより一層笑みを深くした。
「人間の生活を真似ようと思ってね、ここに住んでるんだよ」
「お前がか?」
「うん、だから私は人を殺すのを止めたんだ」
「嘘だ、それは分りやす過ぎる」
遭遇したものはこれまで通り殺しているはずだ。だって前にあった時よりも死臭が酷くなっている。それにこいつの話を聞いた事がない、和平を結んで大半の魔族に関する情報が出回っている中でだ、そうフリーレンは考える。
「可愛いね、必死になって私を疑おうとしている」
手を口に当てたまま、眺めている。
そしてそのまま、人形みたいな顔をこちらにぐっと近づけてきた。
「出身はどこなの?それに綺麗な衣服ね、最近の流行りかしら?あ、その杖はどうしたの?あの時は持っていなかったわ。それにこの平和な世界で未だに魔族を憎み続けるのはあの時の出来事が原因?」
「……」
質問で捲し立てて、場はどんどん雰囲気が悪くなっていく。一触即発、いつ手を出しても可笑しくない状況になったところで救世主が現れた。
「──少し良いでしょうか」
服の裾を握り、覚悟を決めたハイターだ。
どうやら話している声が聞こえて探索から戻って来ていたらしい。
神官らしい
「ん?何かな、君は…」
「ハイターです」
「あぁハイターって言うんだね。うん君でも良いよ、一遍に応えるのは無理でも一つずつ答えて──」
「貴女は魔王についてどう思いますか」
ソリテールの顔に初めて驚きが映った。一瞬目を大きく開いていたが、それも瞬きの合間に戻っていた。いつも通り、不思議そうに、だけど笑顔でソリテールは尋ねた。
「どうしてそんな事を訊くのかな?」
「私は魔族について理解を深めたいんです。その切っ掛けとしてあなた方の頂点である魔王について知りたい」
なるほどね、とソリテールは呟いた。
そして彼女は立ったまま腕を後ろに回して、くるりと明後日の方向を向いた。
「…私はね、魔王様の思想に昔は賛同してたんだ」
そう口に出しながら、ソリテールは目の前の空間に、話題の魔王を思い浮かべる。自らよりもずっと大きなその体格を見上げるように、空を仰ぎ見た。
ぶらぶらと片足を宙に浮かせて、機嫌良さげに振り子のように振っている。
「当時は荒唐無稽な話でしか無かった。だけど彼は人類と共存なんていう夢物語を実現してしまったんだ」
しかしそんな態度とは違い、抑揚を感じさせない声だった。
「だから私は彼が嫌いだよ。殺したいぐらいにね」
顔を上に向けたまま視線は、フリーレンたちの方に向けてそう言い切った。
常識的に考えれば、嫌い。つまり嫌悪している、自分たちの王様である魔王を。筋は通っている。実際フリーレンからすれば魔族は実力主義で、好悪の感情をそこに混ぜる事は通年上無い。
徹底的な上下関係があるのだから、間違っていない筈なのに、ソリテールは嘘をついていると確信があった。
「つまりどういう事ですか?」
「ふふっ。それよりも、私だけが答えるのは味気ないよ」
園児にでも諭すような気持ちで言う言葉に、口から息を漏らしながら納得を示した。
「あぁ確かにそうですね。ですが私の身の上話など何の面白みも無いと思うのですが…」
「それを決めるのは私よ。誤解をしているようだけど面白さを求めてお話をしたいわけじゃないわ。教えて欲しいのよ、人間についてね」
「成程。…やはり魔族が悪いわけでは無さそうですね」
ハイターは納得したと謂わんばかりの表情だった。目の前の少女の魔族は純粋な好奇心を以て対話を試みてるのだと理解出来たからだ。
「ん?それはどういうことかしら」
「はい、私は昔魔王に助けられたことがありまして」
その話はソリテールの興味を惹いたのか、ふらふらと逸れていた意識がこの場所に戻ってきた。少しまえのめり気味で大魔族は続きを催促する。
「へぇ、それで?」
「その時に色々とお話しさせて頂いたこともあり、魔族が絶対悪だという聖典の内容を疑問視していました」
「彼がそんな事を、ね。因みにどんなことを言っていたの?」
「恐怖に震えて、それに立ち向かえなかった私を見て彼は。お前は脆弱なのだ、無理に立ち向かう必要はないなんて慰めの声を掛けてくれました」
「確かに魔王様が言いそうな言葉だね」
フリーレンは疑問を浮かべる。…それは慰めの言葉なのか、と。
しかし話の腰を折る程の事じゃないか、と心の中に閉まっておくことにした。
髪を摘まんでくるくると回して機嫌良さげにしているソリテールと嬉しそうなハイターの邪魔をしたくないと思うのは自然だろう。
「はい、だからこそ私は冒険者にならず聖職者の道へと進んだのです」
「聖職者なんだね、私まだ女神を信じる人の言葉を聞いた事が無いんだ」
「では私が初めての人になるんですか?それは光栄だ」
「ふふっ、良かったね」
無邪気に喜ぶハイターの様子に、ソリテールは姉のような眼差しを向けた。
「…そういえば、聞きたいことがあるんだよね」
「はい?なんでしょうか」
「君はなんで女神を信じるの?」
少し悩んだ後。ハイターはたどたどしいながらも青年にしては真っすぐとした、人によっては眩しさを感じる考えを唱えた。
「それは、私という人間が幸福を望むからです。教えとして死後の世界を無の空間でなく、花畑で美味しいご馳走がたらふく食べれるものだと謳っていました」
「じゃあ以前は違ったの?」
「夢も希望もない人間でしたので、虚空だろうと。ですがそれはあまりにも残酷だと気がついたのです。この現実で頑張る人間には褒美が無ければ可哀想では無いですか」
「そう。じゃあ君はそれを信じて女神を主とする場所に身を置いているのね」
そうですね、と返すハイターの言葉にソリテールは満足げだった。
「そういえばソリテール」
「なにかな」
「ここらで魔物を見かけませんでしたか?例えば人を攫えるような魔法を使うものなど」
「あぁそれなら──」
奥の方に視線を送るソリテール、それに3人が釣られると地に倒れている魔物が居た。
天に召されてから少し時が経っているのか
苦悶の表情を浮かべ息絶えているのを見て、何か引っかかるものを感じながらも取り合えずはと、目の前の魔族に視線を戻した。
「殺したよ、ごめんね。手柄を奪っちゃって」
「いえ、それは構わないのですが。あの…、人間は周りに居ませんでしたか?」
期待薄く、諦めを濃くハイターは聞いた。この場に居ないのなら既に…、そう誰しもがそう思うしかない状況だったが
しかし、予想と反して「居たわね」とソリテールは希望を見せた。
「え、居たんですか?なら、どちらに」
「付いて来て、案内するわ」
踵を返して、森へと戻る彼女に3人は顔を見合わせた。
そして少しの逡巡の元、ゆっくりと頷き、付いていく事にした。
夢を追うって素敵ね。