「共存か。面白いね」
私は大きな魔族、魔王様に向かってそう言った。
私よりも多くのものを見て、洞察力に優れる筈なのに夢見がちな事を言われた時は、内心驚いたわ。もしかして、魔王様って想像よりも……って思い掛けてた。今思えば違ったのね、それよりも先を貴方は見ていた。
「でも無理よ」
「何故だ、ソリテール?我ならば可能であろう」
「だって私たちは魔族よ、逃れられない性質があるわ」
「フハハッ、その程度他愛もない。我が作る道にそのような障壁は微々たるものだ」
私が何度否定しようとも、返ってくるのはそれを理解しているその上で謳うのだ、という意見だけ。
魔王様は困惑する様子の私に対して、その木々と並ぶぐらい大きな身体を縮めて目線を合わせ、可愛いものを見るような目で諭した。
「それにだ、お前は勘違いをしている。以前に人類と魔族は同じ姿をしているのに全く別の生き物だと話したな?」
「えぇ。進化の過程により似てしまった、海で暮らすあの子達のように」
シャチとサメ、それは海で生息する生命の名。
哺乳類である前者と、魚類である後者。なんでそんな異なる祖先なのに、今は同じようになってしまったんだろう。私はその結論を出せていない。
でも、未知が好きな私は面白いと思う。自らが想像も出来ないような進化を遂げたその子達に興味が湧いている。
「異なる種族であるだけであり、断絶した差があると評した訳では無い。
環境さえあれば、似た感性に到れる、そんな魔族の可能性を観ていたのだ」
「でも、人を欺くために私達は罪悪感が無い。言葉も、振る舞いも捕食するための機能でしかないよ。そんな化け物でしかない私たちが人類と歩みを揃える?無理だね」
「それがどうした、我らこそ適応する生命よ。進化の過程により合理的な機能を身につけられるのだ。ならば人間の倫理観を理解は出来ないにしろ、従う事は出来よう」
「結局何が言いたいの」
「生きたいという願望こそ、我らの根本であるという事だ」
魔王様は確信を持った様子で、そう断言する。
きっと魔物が魔族になる過程を見た貴方ならではの視点なんでしょうね。
自らが、死を恐れるから。そして魔族が死を怖がるから、そう至ったのね。
「その為に煮え湯を飲まされようとも、逃れられぬ」
魔王は言う。
「故にだ、我が開こう。この世界に人類と魔族の共存する国をな」
貴方の言葉はきっと全て本音なのね。私の会話の切り返しなんて、本と人間から盗み聞きした話を継ぎ接ぎしてるだけ。嘘だらけの私の言葉、自分の意見なんて少ししか混ぜていなかった。ごめんね、でも私は本当の事を真っすぐに言いたくないの。
だからだろうか。その未来を既に抱いたことがあった私は、いつも通りの偽りの言葉じゃなくて。
「へぇ」
喉からはそう、冷たい言葉が出ていた。
その自分でも分からない現象に、私はとっさに喉を抑えてなんでそんな事が起きたのかを分析しようとした。だけど魔王様はそんな私の様子に気が付かなかったのか話を続けた。
「なんだ、面白くなさそうだな。期待した言葉ではなかったか」
「まぁ、そうね。私が出来なかった事をしようとする魔王様に呆れてるだけよ」
魔王様は私の想いを組み取れなかった事を反省していたけど、その言葉を聞いて立ち上がり、高らかと笑った。この日一番の大きな笑い声で、空が震えるぐらいのものだった。
「ならば余計燃え滾るな、それを超えてお前の顔に花を咲かせるのも一興よ」
「ふふっ、何それ?期待しないで待ってるね」
眩しいものを見るように目を細めて手を振った。
そして目の前から去る魔王様の背中を見ながら私は自分の歩みを振り返る。
私は生まれながらにして人類に興味があった。
いや違うわね、同じ姿をしているだけの生命に何故か惹かれただけ。
私はそんな自分でも説明できない感情を、形にしてみたかった。人類が使う言葉、彼らはそれに意味を添えている。
他の魔族は捕食するための機能という意味だけで、それ以上の事は求めていなかった。
だから私と彼らには言葉の量に差があった、人類を知りたくて読書をするのが好きだったから。そんな私は考え続け、それを実証するために人類を襲い検証をする事をしていた。
だからこそ私は気になるの。生まれながらにして言葉を使っている魔族。
その言葉に込める意味を、ね。
貴方は、何を考えてその言葉を話すんだろう。
人間なら善意、なら魔族はそれになんの意味を添えるんだろう。そもそも偽りだから意味なんてないの?
違うわね、だってあれが嘘なわけ無いもの。
魔王様の目はいつも本気で、私たちが持つ光の入らないくすんだ目をしていなかった。キラキラと子供みたいに、夢物語を語っていた。
多分本気なのね、そんな不可能な事を本気で実現出来ると確信しているの。確かに、人類と戦争を起こすよりは良い未来ね。あんな何も楽しくもない事を永遠とやるのは不毛だわ。
── でも、無理よ。
私たちは我慢をしらないのだから。
だから、期待しないで待ってるよ。そして早く私と同じ場所に来て欲しいな。
蝶のように空を舞う貴方は、いつしか雨に打たれて地に堕ちるの。
そして私がそれを憐れに思って拾い、虫かごの中で飼ってあげる。
私が貴方を誰よりも理解しているのだから。
生きたいという願望が一番?それは違うの。
私達が本当に逃れられないもの、それは欲望なのよ。
魔族は死が迫れば無様に逃げるけど、それは生に執着するからじゃない。
現状に満足できてないから、欲深い私たちは何かを求めているの。
ねぇ、素敵じゃない?
そんな事にも気が付けない魔王様?
でも心配だわ、私以外に同じことをしないかって。だって私達だけがこの世界で言葉を使える魔族なの。絶対に、駄目よ。
嘘よ。
本当はしても良いの、どうせ他の誰も本当の貴方に気が付けないからね。
それだけを知ってもらえれば今だけは満足、今はね。
■■■
「ここよ」
そう案内してくれたソリテールは森の中にポツンと立つ一軒家を指差した。
丸太によって組み上げられた構造で、この森に調和した素朴な見た目だった。
「これは誰が作ったの」
「無人だったから私が貰ったのよ」
「成る程、魔族には無理だと思ったんだ」
「魔族でも家は作るわよ、だって動物では無いんだもの」
「一丁前に知性があると言い張るんだね」
「えぇ、何度でも言うね。私達は知性無き獣では無いの」
フリーレンはいつも飄々としていた筈のソリテールが頑なに意見を変えないことに疑問を覚えた。
「…昔は魔族を、自分を化け物だと言われて何も言い返さなかったのに何かあったから変わったの?」
「えぇ。子供みたいな魔族に影響されたのよ、私ももう少し夢を見て良いんだって」
「それは、誰に?」
「君たちが良く知る魔族よ」
そう言うとソリテールはすっと黙った。これ以上はこの件について触れる気なんて無いと言わんばかりの態度だった。
「取り敢えず入りませんか?外で今日が終わってしまいます」
「それもそうだね」
雨が降った後だからだろうか?湿気を含んだ重みがある木の扉を、フリーレンは目一杯に力を込めて押した。
「── これは」
部屋を見れば、複数人の人間が居た。
部屋の隅でガタガタと震えている男、壁に落書きしている女。
むしゃむしゃと何かを食べている子供。皆様子が可笑しかった。
明らかに正気では無い、何らかの魔物が化けていると言われた方が納得出来るぐらいの光景だった。
それに三人は引き攣ったような顔をして、説明を求めてソリテールの方を向いた。
「幻惑魔法で錯乱してるのよ、だから治るまで匿ってたの。あの魔物は難敵だった、だからここまで後遺症が残ってしまったの」
ソリテールはこの状況で何も思うことは無いのか平然と返答する。狂気染みた現状を魔族である彼女は疑問視しない。
「…あれは、私の友人も居ますね」
「良かったわね、あの魔物の近くに居たから私が連れてきたのよ」
そんな様子のソリテールに、アイゼンは信じられないものを見る目で問う。
「何故魔族であるお前がこんな真似をする?」
「えぇ、だから言ったでしょう?改心したってね」
「……それなら何故こいつらを匿うなんて言ったんだ?行方不明になったのは相当前だ。魔物を倒したのも相当前だろう?」
ソリテールはその答え何て予想していたとばかりに即座に返答する。
「私は魔族、言葉で弁明をしても信じて貰えなかったのよ」
確かに聖都では魔族はあまり好ましく思われていない。その種族への先入観の上では、優しさなんて何の意味も無い。
しかしソリテールの声に意志が含まれていないことに、誰も気が付かなかった。ただ少し納得気味に頷くだけ。
「しかし私の魔法なら正気に戻せるでしょう。生きているという事実だけで一安心出来ました」
「ハイターはそんな魔法が使えるの?」
「はい、まだ未熟ですがこの程度ならば」
凄いわね、とハイターを煽てるソリテールの様子にフリーレンは戸惑いを隠せない。
「気味が悪いな…」
「そう?ありがとうね」
「なんで感謝するんだ、明らかな侮蔑だろう」
「だって私に思考を割いてくれているのよ?それって素敵よね」
「分からない…、お前が何をしたいのか」
こっそりとアイゼンがフリーレンに囁いた言葉を、ソリテールは地獄耳により拾った。
そして自分がこんな風になったのはいつだったかを考える。私が、こんな私を許せるようになった出来事を。
「昔は死の間際の言葉を聞きたかったけど、それはもう難しくなった。なら代替案を私は考えざる負えなかったの」
あぁ、確かあれは。魔族という種族が望むものと全く重ならなくて、諦めて、全てを受け流すような生命になってしまった時の話だったと、過去を思いだした。
「それは他人が苛立つ事をして、それに対する反応を見る事。これが最短だって思ったのよ」
「お前はやっぱり性悪だよ、改心なんて出来てない」
「ふふっ、だって嘘だもの」
ほら御覧の通りでしょうと威張るフリーレンを見て、揶揄う様にソリテールは言葉を続けた。
「この世に嘘が蔓延ってるのに、私が嘘を付いてはいけない理由なんてないでしょ?」
「それはどういう事…?」
「あ、知らないんだ。そっか、じゃあヒントを上げるね」
眼を伏せながら彼女は教える。
「この世界の歴史は間違っている、原初の時に既に」
その後深く息を吸い、伏せられた瞳を上げて周りを眺める。
「……」
周りが何が何だか分からないと混乱していると様子を確認して、ソリテールは今後の展開を軽く総ざらいした。
シュラハトから未来を言われてはいたが、自らの頭で考えたいと、後回しにしていたのだ。結局、未来視通りにこの後の出来事が計画に与える影響は僅少と判断し、何食わぬ顔で話す。
「そういえばあなた達は女神の石碑を知ってる?」
「はい、聖典で出てきますからね」
「女神は天地創造をして、その莫大な力を十の石碑に込めて遺したって説が有名だね」
「そうなのか?俺は知らないな」
「アイゼン、これは常識ですよ」
「…すまん」
まぁまぁとソリテールは険悪な雰囲気を諌める。司教である人間の常識と、宗教に関わる人生ではなかったドワーフの常識は相違点があるのは当然だ。こういう時にフリーレンはどうしたらいいか分からなかった。魔族である彼女の方が手馴れた対応をしているという事実に嘆くことも出来ずただただ困った。
「そのうちの一つがこの近くにあるんだよ、行ってみる?」
「…ソリテール」
「何かな、フリーレン」
「なんでそんな事をするの、女神様なんて魔族の天敵だよ」
「だからこそよ」
「?」
「ふふっ、見てみれば分かるわ」
少し傾いた陽射しが、そこに降り注いでいた。
光りを受けて、そこら一帯が少し白く見えた。
その、抜けた空間に足を一歩入れると。辺りには姿が見えないのに動物の鳴き声が聞こえ始めた。
「ねぇ、これって有史以来未解読だった筈」
「えぇ、人類はそう認識しているわね」
「どういう事…?」
「魔王様がこの場所の石碑を解読したんだよ」
薄い笑顔を浮かべている魔族の顔を、フリーレンはまじまじと見つめ返した。そして尋ねる。
「……本当に?」
「これは嘘じゃないわ」
心境に変化があるとは分かったが、どう違うかを理解出来ない。
フリーレンは取り合えず、と興味を移し、目の前のソレに目線を向けた。
森にポツンと、目的だった石碑はあった。
多少崩れているが、全貌は把握出来る。
が、しかしこの場に居る人類には書かれている文章の意味は読み解けなかった。
「魔力は感じますね」
「確かに。仄かにだがな」
「…」
動物の鳴き声が段々と強く意識に残る。
しかし、この場に居る誰もそれに気が付けない。明らかな異常事態なのに認識をすることが出来ない。
「ねぇ3人とも、それを触ってみて?」
耳に手を当てて、何かを聴いていたソリテールはもう充分だと、瞳の中に挑戦的な光を浮べて言った。
その言葉を聞くや否や水を得た魚のように飛びついたフリーレンを見て、ソリテールは苦笑しながらくるりと周り、どうぞと道を開けた。
エルフはどうやら初めて、今までは本の中だった最古の遺物を見れて心躍ったらしい。
「どうやら触るだけで何か発動するものではないらしいな」
「えぇ。一人のエルフが意気揚々と触りましたからね、不服ですが安全が確保されました」
「…なんかすまん」
「いえ、見抜けなかった私も悪いですから」
2人は付いてくる人を間違えたかと、自分の選択に後悔し始める。
しかし、この時代で魔族の在り方に疑問を持つ者など、探しても見つけられないという事実を理解して、深い溜息を付いた。
「…取り合えず従ってみますか?」
「あぁ」
「それにあの人は興味津々みたいなので、それ以外に道は無いようですしね」
2人は、エルフに続く。
「──っ」
息を飲んで触ってみても何も起きなかった。
2人は首を傾げて、何もないでは無いかとソリテールの方を向こうとする。
── 光
その瞬間、光りの柱が一同を包んだ。
眩しさに思わず、目を瞑る。
するとうるさかった動物の声が鮮明に、そして忙しなく聞こえてきた。
「んん?」
「ここは一体…」
3人が困惑しつつ、辺りを見回せば多くの種類の動物が溢れた楽園があった。
何もなかった周囲には花が咲き誇り、そこに様々な生命が暮らしていた。空には楽し気に飛び回る生命が、近くに見える池には飛び跳ねる生命が。
そこら中に、生命が芽吹いていた。
温かい温度の風が一同の身体を通り抜け、少しの穏やかさを纏った。
「遠い場所に飛ばされたのかもしれませんね」
「不味い事になったな、やはり闇雲に触るべきでなかったか」
責めるような視線が1人のエルフを襲う。
申し開きも出来ないのか、すっと地面へと正座をして誠心誠意謝る。
「…反省してます」
しょんぼりしているフリーレンの様子を、それどころではない2人は無視して辺りを見回した。
先程まで辺りを楽しそうに走り回っていた生命たちが鳴き声一つ上げずにこちらを見ていたのだ。じっと、何をするのでも無く、眺めるだけ。
じわりと頬に嫌な汗が伝う。
周りを取り囲む異形の生命たちの中には人の気配はなく、気持ちが途端に不安定になり掛けた。
これはソリテールが仕組んだ罠だったのか、そう思いかけたところで声が聞こえた。
「お前達、どうした」
そんな揺れる心に低い声が響いた。
人を安心させるような安らぎを持ち、心を鷲掴みにされるような酩酊感を与えてくる声だった。
「え」
意を決してその声の方を向けば、周囲の樹々よりも頭一つ大きな身体をした魔族が居た。
引き込まれるような神秘的な瞳は赤く光り、髪は黒く鴉の濡れた羽のようであった。
端正な顔を不思議そうに傾げていたが、3人に気が付いたのか顎に手を当てて、興味深そうに観察し始める。
「ほう、我が配下が騒ぎ立てているなと思って来てみたが、とんだ異分子が居るな」
「お前は…?」
フリーレンが警戒心を露わに問いかければ、その魔族はキョトンとした表情を浮かべた。
そして次の瞬間、フハハッと天に向かい高らかにその魔族は笑った。心底面白そうに、珍しい生物を見つけて心躍らす少年の様に純粋な笑顔だった。
「まずは我が名乗るべきだった。久々に人型を見つけ動揺していたのだ、許せ」
いつの日からかフリーレンは空を見上げる事が習慣になっていた。
あの場所、あの言葉、あのあのあの。何か思いだせないソレに囚われていた。
しかし、それの答えが分かった気がする。この魔族を、どこかで見た気がする。魔王という名前で呼ばれた時も、描かれた絵を見た時も思い出せなかったのに。この場で姿を見ただけで軽々と載せられた重しは腰を上げた。
ある者は喜びを、ある者は驚きを、そして懐かしさを。3人が別々の感情を浮べたところで、
こほんと軽く咳ばらいをして、その魔族は自己紹介をした。
「我が名はアルケー、この世界の魔王に…なる予定の者だ」
歪な笑顔で、少し気恥ずかしさを感じてるのかピクピクと目尻を痙攣させてそう言ったのだった。
生物の機能には何か意味がある。
言葉にも、感情にも、祖先の苦悩がある。