「……」
「どうした、我の名に既視でも抱いたか?」
魔族は、自らの渾身の名乗りに対する返答がないことに物寂しさを感じたのか、人差し指で頬を掻きながら話を逸らした。
その問に対して、未だ夢心地であるが為に3人は咄嗟の否定も肯定も出来なかった。
何故、この場に魔王が居るのか。そしてまだという修飾語を着けたのかを理解出来ていなかった。
「そうか、そうか。我の名は後世にも伝わっておるのだな」
「え、今なんて…?」
「後世にも伝わっている、と言ったのだ」
「後世、?つまりここって過去なの」
「あぁ。成程、そこを分かっておらぬのか」
魔族はその戸惑いの色に愉快そうに一笑いした。
「お前たちは時間を逆行したのだ、そこのあれによってな」
そんな効果が付与されていたのか。誰も解読をできないせいで今の今までそんな厄介なものだとは思ってもみなかった。
その言葉にまた大きな驚きを見せた3人に魔族は素性を明らかにするべきだと思い、
「取り敢えずだ。名はなんと言うのだ?」
と、身分を尋ねた。
「そう、だね」
その鋭い眼光に水をかけられたように、霧がかった思考が晴れたフリーレンはまずは自分からと目配せする。
「私はフリーレン」
「アイゼンだ」
「ハイターです」
3人の顔を順繰りに見て、魔族は歯を剥いた。
「フハハッ、良い名前であるな。我が付ける名前には負けるが」
すっと周りで様子を見守る生命たちを眺める。
自らの意志を介して付けた名。名前こそそのものの生を象徴する、そう考えている彼にとって重要な根幹に関わるものだ。
自らがつけたものにより、生命が後悔するというのは許せない。そう思っているのだから。
「ここは、何処なんでしょうか?」
あてもなく迷う子供のように、ぶらぶらと所在なさげに佇んでいたハイターが問いかける。
周りの様子を見ても、記憶に見当しない。
「ほう、お前たちはここが何処か分からんと」
確かに、と魔族は納得した。
この一団の中でも目立つ、珍妙なもので身体を包んでいる。
広大な大地にあても無く、放り出された状態だというのが記憶から抜け落ちていた。
「まだ名のない大陸だ。時間としては知性を宿す生命が生まれて数百年程度だな」
周りを見回しても人の手が介在するものは無かった。
いつもならば最低でも道ぐらいは、馬車が通れる程度に均されている。
「それって神話の時代って事?」
「神話とな?あぁ確かに神は居るな、我も会ったことがある」
「それは、女神様でしょうか」
「あ奴に様付けとは稀有な者も存するのだな」
魔族は、岩の如き大きさの手から生える指を使い、目頭を押さえた。
神に対して好印象どころか、嫌悪感を滲ませている態度だった。
「是だ。あ奴に性別があるとするならば女であろう」
血のような色の瞳を怪訝そうに細めて魔族はポツリと呟いた。
「しかし、妙だな」
「えっと、何について言ってるの?」
「お前たちには強い憎しみを感じん」
何の抑揚もなく至って穏やかだった。けれど、その瞳には何かの感情が揺れ動いている。
咄嗟の変化に3人はなんの準備が出来なかった。
「……」
「あぁ、確かに分からんのも無理ないな」
その無言を疑問と捉えた魔族は口を開きかける。が、目の前の者達の種族を思いだして、言い難そうに教えた。
「我は今、人類と敵対しているのだ」
「それは─── 」
「だからこそ、不思議に思う。我は人類という種を嫌っていたのか、それともその行いに激怒したのかを」
まるで自らの意志では無かったと受け取れる言葉に、フリーレンは引っ掛かりを覚えたが、それを口に出すよりも前にハイターが問いかけた。
「魔王様は人類に何か思うことがあったのですか?」
「是だ。我はあ奴らの行った蛮行を未だに理解出来ていない。目の前にある楽しげに過ごす配下を、凶器を持ってして害する事を、な?」
宣告通りだ、と思う。
魔王は確か、そう言っていた。先に手を出したのは人類であり、魔族は平穏を侵された被害者であると謳っていた。
「だが、それについて言語化出来ていなかった。気持ちの整理が未然だと言えば幼稚だろうが、事実そうなのだ。否定することも出来ん」
身体をぐっと天に持ち上げで、魔族はしたり顔で言ってのけた。
「お前たちと居れば、その回答を見つけられるやもしれん」
そこでだ、と魔王は話を持ちかける。
「お前たちもこの団に連なるか?」
「それはこの集会に入れってことですか?」
「そうだ。今お前たちは帰還の手段すらないだろう、ならば我が保護してやろう」
ぐうの音も出ないほどの正論に、何も言い返す事の出来なかった。
「…お願いしても良い?」
おそるおそるといった態度に魔族は豪快に地を揺らすほどの笑い声を上げた。
周りの生命にはここまで謙遜も、謙虚な態度もする事は無かったからだ。
長として魔族を認めて崇める部分もあるが、距離の近さも含んでいた。
「では、街に往くとするか」
ここからは歩いていくにしては距離がある。故に足が必要だ、そう思った魔族はこの人数を乗せられる者を探した。
しかし、周りに集う生命の中には姿が見つからなかった。
「ふむ。吾奴はどこに行った?誰か知っている者はおらぬか」
その問いかけに皆、隣の者と顔を見合わせて話?のような鳴き声を上げるが知っている者は居なかったらしい。
どうしたものか、と魔族が考えたところで空を飛ぶ生命が降りたって魔族の肩に停まった。
「どうした、何かあったのか?」
魔族はその小さきものに、優し気な表情で問いかけると、あっちだよと翼で道を示していた。探していた奴はあちらに居るらしい。
「すまぬ、少し付いて来てくれるか」
肩に乗る生命をそっと指先で一撫でして、魔族は3人へと振り向いた。
申し訳なさげに、だけど威圧感を持つ提案をするのでフリーレンらは、うんと肯定をするしかなかった。
少し歩いた先で、土に湿気が含まれた大地に入る。
近くに川でも流れているのだろうか?水の中で過ごしている生命がここにも姿があった。
「…はぁ、お前はまた泥遊びをしていたのか?」
その泥の中に目的の生命は居た。大きな甲羅を持った生命で、魔王よりも少し大きい図体である為、目立っていた。
「隠れているつもりか?お前の身体では無駄な足掻きだろう」
薄汚れた甲羅の中へ、気まずそうに手足を隠そうと画策するが、時すでに遅しだ。
怯えたような表情を浮かべ、口を開閉する生命に魔族は溜息した。
「その程度で怒る訳も無かろう。それよりも身体を綺麗にするとしよう」
すっと手を前に出して、魔法を唱える。
「身体を綺麗にする魔法」
身体が白い光に包まれて、あっという間に汚れは無くなっていた。
「ふむ、良い出来栄えだな。お前達乗ると良い」
そのまま進むように促すと、3人は足をゆっくりと動かしながら歩き始めた。
フリーレンは甲羅に足を掛けたところで、ちらりと魔王の方を向いた。
「どうした?」
「いや…、なんでもないよ」
彼女はこの行動を疑問視している。魔族を恨み続けてきた筈なのに、何故か魔族の王と対話している。以前の自分ならば是が非でもその首を魔法で貫くだろう。
もしかしたら──。
無論、魔族への恨みは覚えている。しかしこの者ならばと可能性を模索してしまうほど絆されてしまった。
のっそりと生命が地面近くへと下げていた身体を上げてる。
そこから魔族に目配せをして、歩いて良いかと許可を取り、了承を得て歩み出した。
魔王はその歩みに歩幅を合わせながら付いていく。その周りを多くの生命が囲んでいて、まるで生命たちの王様みたいだった。
あの魔族の周囲に居る者達は、楽しそうに走り回りながら追いかけっこをしたり、魔族の大きな体を使ってかくれんぼをしたりしている。
遊具のような扱いをされているのにも関わらず、魔族は嬉しそうだった。
「お前たちは相変わらず元気なものだな」
その様子を一瞥して、ハイターは地面からの遠く離れた場所から下を覗き込んだ。
時折、ぶらぶらと足を揺らしてこの甲羅の上の旅を満喫していた。今も縁に手を掛けて身を乗り出している。その様子にアイゼンは不安がるが、当人は楽しげだった。
年相応の笑顔を浮かべた幼子にフリーレンは微笑みつつ、感謝を述べる。
「有難う、お陰でこの広大な土地を迷わずに済んだ」
「やめよ、むず痒い」
魔族は照れくさそうに頭を掻いた後、3人が乗った生命よりも先に街へと向かってしまった。
その態度にフリーレンは可笑しくなって笑い声を上げた。
世界は平和だった。
◆◆◆
遠くには人工物と思わしき建造物が見えてくる。
動く小さな影と、動かない大きな影。星空の様に広がる街並みはこの時代にしては発展していた。
いつしか魔族は近くにと戻ってきており、この時代の説明をしてくれていた。
元々は平地だった場所に、生活の基盤である水を敷いた。
そしてそれに重ねるように、雨風を凌ぐための住まいを設けた。そこからはとんとん拍子に事が進んでいき、この街は出来た。
「正直に言おう。我は期待してなかった」
辛辣な物言いに生命たちは哀し気な表情を浮かべるかと思いきや、ぶんぶんと嬉しそうに鳴き声を上げている。その正直さに感謝していると言っているみたいだった。ありのままの言葉を言ってくれたという事実と、例えそれが演技で発破を掛けるための策であるとしても構わない。
僕たちについて考える、その時間を作ってくれたことが大事なのだと。
雑談をしていると時間はあっという間に過ぎていき、目的地へ到着したみたいだった。
背筋をすぅーっと通り抜ける心地の良い風が吹き、それに身を委ねる。
穏やかな気候だ。たった今聞いたばかりの話が、耳に蘇った。
「凄いね」
「この石造りこそ、我らが街だ」
元居た世界と比べれば貧相な佇まいだが、それでも石と木で作り上げられており住居としての役割は果たせていそうだった。
「あれを見よ」
与えられたものを飲み込むだけの環境で、不自由も無い。
そう考えた生命は、自らの長所を駆使して開拓していた。成長を望む姿勢、これこそ生きる者の神秘だ。
「…何を目指しているの、こんなに開拓して目的はなに?」
遠慮がちな声音で繋げる内容は世界への疑問だった。全く以て媚びない態度に清々しさを覚えた魔王は機嫌良さげに応える。
「我は昔から考えていたのだ。己の役割とは何なのかを、その答えがこれだ」
「えっと、つまり?」
「昔より、我は自らを王と位置付けた。今も尚動き続けている生命を守護する事こそ役目だと決定した。それには多くの難関がある、今の生活は不便な事だらけなのだ」
「成程ね」
「あぁ。それ故の進化、それ故の努力だ」
そんな風に生きていく感覚が薄い。長くに渡り生きているせいで精力的に動いた事は少ない。でもその生き方はどこか眩しくて、悪い気はしなかった。
結論が出た事で機嫌を直したらしいフリーレンは、小さくてつぶらな瞳で周囲の視線を窺った。
「なんだお前たちは」
「ぜ、ゼーリエ?」
「なんでお前たちが私の名を知っている?どこかで会った事があるのか」
少女の体格をした金髪の髪を持つ者。
風で靡いたそれが、キラキラと夜空に浮かぶ星のように輝いていた。
人間よりも伸びた耳は彼女がエルフであることを示している。
「こ奴らは我が拾った者達だ。お前と同じである人類だな」
「アルケー、お前は人類が嫌いではなかったのか?」
「フッ、今日は気が変わった。気まぐれの采配だ」
「ほう、お前が珍しい事もあるな」
魔族の方に身体は向けたまま視線だけを3人の方に向けた。
「私はお前たちの事を知らん。自己紹介しろ」
既視感しかない力強い、でも気軽さを感じる声にフリーレンは安堵した。
なんでこの場所に、魔王と一緒にに暮らしているのかなんて疑問はそれにより浮かぶ事は無かった。
この人だけは昔から変わらないんだと思いながら、その言葉に従い自己紹介をする。
「フリーレンだよ」
「アイゼンだ」
「ハイターです」
本日2度目の口上に不思議な気分になりながらも、3人は挨拶をした。
「しかし、アルケー。お前、今日は機嫌がいいな」
「突然どうしたのだ?我はいつも通りだ」
気が付いていないのかと、ジト目でその間抜けな魔族を見つめつつ話した。
「いつも眉根をよせた顔を項垂れて、大地の上を歩き回ってばかり。
何を考えていると尋ねても、聞こえていないかのように黙りこくっていたな」
「その話は終いに── 」
「そうなんだ」
フリーレンは、話を止めようとした魔族の言葉を遮って相槌を打つ。その時の2人はいつも浮かべる感情の薄い表情では無く、悪巧みをする子供のような無邪気さを孕んだ顔をしていた。
「あぁ。普段は自然との調和を楽しそうに行っていたが、目を通す事すらせずその習慣すらも風化させてしまっていた」
ちらりと魔族の方を向けば、落ち込んだ様子のまま現実を受け止めきれないのか、いつもよりも数段落ちた声量で弁明をした。
「…この我がそんな事をするわけも無かろう。いつでも冷静沈着であるのこそ王の器よ」
「はぁ。分かっただろう?これは呆けているのがデフォルトだ」
「うん、良く分かったよ」
フリーレンたちは魔族の意外な一面に新鮮味を感じた。
魔族とは感情は薄く、獣のような価値観だと偏見を持っていたからだ。魔族に救われたハイターすらもここまで人間味を持っているとは、と驚きを隠せなかった。
── そんな時だ。
空が光り輝いた。太陽では無い何かが、地上に降り立とうとしている。
超常現象に魔族はあぁまたかと前にも起きた事があるかのような態度のまま、言った。
「なんだ女神よ、何をしに顕現した?」
空の方向を見つめ、
不愉快なのが気付かれても別に構わないという表情だった。
様々な彩を含んだ光の柱が降り注ぎ、地上を今日一番照らしつけてそれは現れた。
「妾が直々に出向いた、相応の歓迎をしてほしい」
「フハハッ、お前は相も変わらずの傲慢よな」
世界が白く染まった後現れたのは、純白の羽を持ち、それと同じかそれ以上の髪を携えた女性。頭にはこの世の者とは思えない煌びやかな宝石が装飾されたティアラが、そして耳はエルフの様に尖っている。
女神。この世にある天地を創造したと謳われる神が顕現した。
あ、と一言話すだけ、だがそれの威圧感は常人ならば膝を折り、
彼女はそれを当たり前の如く使い、自らの前に立つ生命の選別をする。
「妾の初めて産み落とした子が、こうも反抗するとはな」
「否、お前こそ裏切りおったのだ。現に我へと細々とした嫌がらせをしおって」
「はて、なんのことやら。そこまでの非道に堕ちたつもりは無い」
純白の睫毛に包まれた
周りに居る生命を無感情な顔で見まわしながら、魔族の方を向き微笑んだ。
その生命全てを見惚れさせる笑顔に、魔族はなんの反応をせず一刀両断する。
食えん奴だ、と女神は思う。相も変わらず、生意気な子だ、とも。
しかし、何もしない。決して神に取る態度ではないが、咎める様子はなかった。
それが長年の積み重ねによる諦めなのか、思惑の一環なのかは女神にしか分からない。
「それでだ。お前はいつするつもりだ」
「何のことだ」
「戦争の話だ」
「我に人類を攻め立てよと?巫山戯るのは態度だけにせよ」
「何故だ、お前は人類に恨みが、憎しみがあるのだろう?それを成す事こそ生命としての本能に身を委ねるという事と同義だ」
「確かに我はその在り方を好んでいる。が、それは迷いが生まれない時のみだ」
今の我には迷いしかないと呟く魔族に、女神はつまらなそうだった。
「退屈や暇は時間を殺すように、妾を蝕む」
「今はこ奴らの世話で手一杯よ、これ以上我に頼んでくれるな」
憤慨を糧にする事は否定しない。が、舌なめずりをして待機するのは腑抜けている。
その矛盾こそが魔族を留めている思考だった。
「そうか。では最後に妾の眷属の姿でも拝むとするか、そこにいるのだろうか出てこい」
そんな突き放すような態度を女神は気にしていないのか、もう一つの目的を果たそうとする。
その目的の人物は女神がやってきてから、魔族の大きな身体を駆使して身を隠していた。
しかし女神にとっては無駄な抵抗であり、自らの力を込めた子の魔力は目立ちたがり屋だった。
「どれ、顔を見せよ」
「お前に見せるべき顔は無い。産まれた時には声すら掛けなかった奴が今更現れて保護者ヅラをするな」
「ふぬ、おいアルケー。お前教育を間違えているぞ」
「否、正しい良い子に育った。お前とは大違いの愛い者にな」
女神は何かを言おうとしたが、口をもごもごと動かして留まったようだ。
その間も冷たく、温情も無い視線を送っていた。
「…息災か?」
「お前が来たから今元気ではなくなったな」
「アルケー」
「何度も言わせるな、間違っては無いぞ。これの性格には出会った時より関与していない」
あまりにも酷い態度に女神は涙目のように瞳をうるうると揺らした。それに気が付いたのか顔を左右に振り、表情を元に近いものへと戻す。が、もう既に傲岸不遜であった態度は
「酷いものだ。お前も妾が産んだ命であるのに」
「それに関しては何も言えん。が、普段の態度が尊敬に値しない」
眉間に深い皺を寄せて、口元を歪めた。
女神は人を陶酔させる表情を少し哀し気にして、すっと翼を広げた。
「また来る、次こそは酒でも用意しておけ」
「もう来るな、私たちの国にお前は要らん」
鋭い目を崩さずバッサリと切り捨てるゼーリエに、魔族は嬉しそうに笑った。
「そういう事だ。せめて無駄な悪巧みを辞めて出直して来い」
女神が天に還ってから暫くすると、魔族は思いだしたかのように呟いた。
「そう言えば、我は帰還の魔法を知っていたな」
「え」
聖典の時巡りの鳥の章に記されている魔法。
神話の時代の物語に散りばめられた使い方、それは暗号によって隠されている。
だからこそ、人類は解き明かせていないのだ。
「すまぬ、今の今まで忘れていた。」
「…なんで知ってるんですか?」
「昔に女神が使っているのを見たことがあったのだ」
えぇ、とハイターは言葉を失った。
人類が長い歴史を掛けて解読した聖典の暗号文を、呆気なく無為に還してしまうとは。
僧侶たちは知らない方が良い事実だった。
魔族はその様子に気付かぬまま、懐から鍵を出した。
「お前たちに授けよう、帰還した時にこれを使え」
差し出した手の中には小さな鍵があった。
「お前たちの時代に帰るとき全てを忘却するだろうからな」
「それってどういうこと?」
「時巡りでは記憶は残っていた筈」
確かにハイターが長らく読んできた聖典では、その様な記述は無かった。
それどころか、過去と未来を行き来している様子すらあった。
「女神が在り方を変えたのだ。お前達にも気が付いていたぞ、あれは」
「え、分からなかった」
「それぐらいの事は吾奴ならば容易い。お前たちが未来から来たと知っているからこそ猫を被っていたのだろう」
「…そうだったんだ」
3人は女神がそのような性格だったとは思っていなかったため、困惑を隠せなかった。
聖典や物語で唱えられる姿は、誰にでも優しく、恩寵を振り撒き、人々を救済する聖人であると。
「だが逃げ道はあるという事だ。記録までは手が出せんのだよ、あれはな。
彼奴の範疇は自らが想像したもののみ。生まれ落ちた生命が作り出した利器までは手中に収められん」
そうなんだと、取り合えずは納得するしか無かった。
しかし一つ疑問が浮かんだ。
「肝心の本が無いんだけど」
「あるでは無いか、その懐に仕舞っている金縁の本。それこそ我が気紛れに作った魔法具だ」
何処で見つけたのかと記憶を探り、次の瞬間にはあの本だらけの場所が思い当たる。意を決して、呟いた。
「これって確か……?」
「あぁ。ゼーリエのところだ」
「ほほう、未来ではゼーリエが持っていたのか。確かに我ならばどうでもいいと預ける事もあろう」
「そうなのか?」
今迄黙していたゼーリエはその言葉に疑問を掲げる。
「あぁ。お前を我は愛いと思っているからな」
「ふん…」
照れた様子のゼーリエの頭を魔族は優しく撫でた。
そのまま魔族は話を続ける。
「これには我が許可したものでなければ開けん魔法を掛けている。故にこの鍵が必要なのだ」
「そっか、何から何までありがとうね」
良い、時にした様子を見せず魔族は最後の言葉を述べた。
「さらばだ、小さき生命の者よ。お前たちと再び合間見える事を楽しみにしているぞ」
可愛い女神様、素敵ね。