そんな親子みたいな漫才を繰り広げる2人を見ていたソリテールは何かを思い出したのか、ぽんと手を叩いた。
「あ、そういえばマハトの事を忘れていたね」
フリーレンは確かに、と思う。この街に来た目的を見失っていた。
魔王が何故ここを指し示したのか未だに分かっていない。あれが意味の無い言葉だとは思えない、会った事はあるけどそれも記録の中で知った事実だ。でも疑う心はもう無かった、だって彼は嘘をつくように思え無かったのだから。
「どうしよう、どこに行ったか分からない」
「それなら私が分かるわ」
ソリテールはマハトが行きそうな場所に心当たりがあるらしい。
きっと昔からの知り合いで、ある程度思考回路を紐解けるんだろう。
「じゃあ案内を頼む」
一同がよしと気合を入れたところでソリテールはひとつ提案した。
「一旦、この街を満喫しない?」
「え、マハトの事は良いの?」
「彼の事だ、きっと何処かに座って待っていてくれているよ」
「…後で怒ったりしない?」
「うん、だって分かっている筈だから。魔王様の勅命だよ?逆らうなんて言うまでも無いね」
「いや遊ぶことに関してなんだけど…」
その後に言った事はソリテールには聞こえていなかったみたいだ。
彼女は機嫌良さげに『じゃあ日が沈む前にここに集合しよう』と言い、街へと繰り出していった。それを尻目に、残った三人は目を合わせた。
「私達はどうする?会いに行った方がいいと思うけど…」
「まぁそうではあるな」
ハイターは腕を組み、考え込んでいたが何か案を思いついたのか閉じていた目を開いた。
「後の事はその時の自分がどうにかします。それにきっとなんとかなりますよ」
「楽観的すぎない…?」
「だが俺たちは根詰めすぎだった、偶には休息も必要だろう」
「…それもそっか」
息抜きの時間という名目で、一時の安然を選んだ。確かに気を張っている毎日だった為、解消する時を作る事も致し方ない。
停まっている足を動かし、フリーレンたちも街へと足を踏み入れた。
適当な出店で軽食を取ろうと物色していると、美味しそうなものを見つけた。
じゅうと音を立てて何かが油の海を泳いでいる。香ばしい香りが鼻を通り抜け、口の中をよだれが占領してくる。
「あれはお菓子かな?」
「何かを揚げたものだな」
「すみません、これ二つください」
「あいよ!」
目に入った店で、いつの間にか居なくなっていたハイターとソリテールを除いた二人分を購入する。
すっと揚げたてのものを皿に盛り付け、銅貨と引き換えにそれを受け取った。皿越しにその熱さを感じる。二つの内、一つをアイゼンに渡しながら、フリーレンは手に持った串で食べる事にした。
「良く分からないけど美味しいね」
「これはジャガイモだな」
「そうなんだ、初めてこんな風に食べたよ」
揚げたじゃがいもを口に運びながらその美味に舌を躍らせる。
はふはふと熱さに苦戦しながら味わうのは、格別だった。少し気温が低いのか、口を開閉する度に吐き出した息が白く染った。
「これも美味しいですよ」
「ハイター、今までどこに行ってたの?」
「すみません。少し気になった店があったので」
器に盛られたかき氷を手に持ちながら、いつの間にか戻ってきたハイターが一つ差し出してきた。
それをフリーレンは食べていた串を皿の上に置き、空けた手で受け取り口に含む。
「…なにこれ」
アツアツのモノを食べた後に冷たいものを食べると不思議な感覚になるんだな、と要らない知識を得た。冷たいかき氷と未だに熱を帯びている揚げじゃがを交互に食べて、その感覚に浸る。
その最中に近くの店でフルーツの盛り合わせを買って来たらしいアイゼンが、眼を細めてそれを味わっていた。
「小洒落たものを買ってきたね」
「確かに。無骨な兜がなんだかシュールですね」
「…この葡萄も酸っぱくて旨いな」
「昔と一緒でそれが好物なんだね」
「これが一番だ」
そんなツッコミが入るが意に返さず、もぐもぐと髭を揺らす咀嚼を行う。
相変らず食べ物を食べていると周りが気にならないぐらい食が好きなんだ、とフリーレンは昔と変わらないアイゼンに頬を緩ませた。
「それにしても、今日はいつもより天気が良いね」
フリーレンは見上げた空にそんな事を思った。ぼんやりと街で起こる音の数々を遠く感じながら、すっとかき氷を持っていた手を掲げて、空へと
デジャブと言い切れないが、いつかどこかで見たような光景。
まるで、今までの時間が夢みたいなそんな心地だった。
『お前は本当に凄まじいものだ、我の配下よりも優れているな──』
「え、今のは…?」
最初は幻聴かと思った。でも耳の中にその声は
頭の中には不思議と喜びがあった。ただ、胸の芯がぽかぽかとするような、そんな感じが。
最近はこのような声が聞こえることが増えた。昔は夢で聞けたら運が良いな程度の頻度だったのに、今や珍しくはなくなった。
そんな時、ふと人の視線を感じた。見上げていた顔を降ろし、見れば視線の正体はアイゼンとハイターだった。
取り合えず謝るか、とフリーレンは思い言葉を口にする。
「ぼーっとしてた、ごめん」
「心配だっただけで、謝る必要は無いですよ」
「そうだな」
「相変わらず分かりやすい人ですよね」
「そうだな、悩みを抱えているのが顔に出ている」
うん、と小さく相槌を打って中断していた食事を再開した。
さっきのは一体…?そう思うフリーレン、今はまだ答えは出ない。
◆◆◆
食事の後。
街で目ぼしいものが何かないかという話になり、三人で散歩をする事にした。
道の端から小走りに駆けて、中央へと戻る。発展した街だからか人の密度は多かった。
人々の歓声も、温かさがある雰囲気も頬を緩ませるには充分な条件だ。
だからだろう、三人は少し口角を上げることが出来た。
そんな周りの光景を眺めている最中の事だった。
「あ」
フリーレンが何かに気が付いたのか足を止めた。
目線の先を追えば、魔導書が店先に置かれている店があった。
周りが灰色に染まり、そこだけが色づいていく。魔法好きのエルフにはそんな風に感じただろう。
「これは長くなるぞ」
「え、なにかあるんですか?」
「フリーレンは大の魔法好きだ。魔導書に目が無い」
「…成程。長期戦を覚悟しろってことですね」
「あぁ」
遠い目をした男二人に気が付かないのか、ささっとフリーレンはそこに入店した。
そこからどれくらいの時間が経ったのだろうか?分かる事は太陽が相当なほど傾いたという事実だけだった。
ほくほく顔で、手にいっぱいの魔導書を抱えたフリーレンが出てきた。
「結構いい買い物が出来たね」
「私たちはここで待ちぼうけを食らったのですが?」
「え、あのいや……、ごめんね」
しどろもどろになりながらも、謝罪を言葉が優先すべきだとエルフも理解しているらしい。
「楽しかったですか」
ハイターの問いに、フリーレンは迷うことなく答えた。
「うん。とっても」
そんな彼女を愛おしそうに見つめつつ、ハイターはその理不尽な待ち時間を許す事にした。
今迄はどこか遠い目をしていたフリーレンが生き生きと楽しんでいるのだ、それくらいの娯楽はあっても女神様は責めないだろう、と思いそのエルフの頭を撫でる。
「撫でないでよ」
「ああ、すみません。つい丁度いいところにあったもので」
「…それって私が小さいって言いたいの?」
「いえいえ、そんな筈ないではありませんか」
「どうだか」
「散策に戻ろっか」待たせたはずなのにどの口が、とはもういう必要はなかった。返すものは溜息だけで充分、フリーレンは二人分のそれに、うっと口籠った後、逃げるように足を進めた。
ただ、重い荷物が出来たせいか道を歩く速度が落ちたエルフ。それに嫌気が差したのか、ハイターとアイゼンは強引にその本を奪い取り、折半した。
「ありがとう」
本来、こういった気遣いに感謝を示さないエルフ。理由は分からないが、そう言った。
「そう言えば、何故あの店に?私としては何の変哲もない品揃えだと思うのですが」
「魔法収集が趣味なんだよ」
フリーレンにとってはつい最近の出来事であるフランメとの日々。
あの人は魔法がとことん大好きで、それに影響されて私も魔法が好きになった。
いや違う、あの人が亡くなった後にフリーレンは自分には魔法しか残っていないと思い込んだのだ。
今は亡き
「それは何故ですか?」
「昔は無気力にだらだらと生きていたんだ。その中で私が眼を惹かれたのが魔法だった、それだけ」
でも、そんな重い話をするつもりは無い。
こんな楽しい日を邪魔する気の無いフリーレンは偽りの理由で着飾った。
ただそんな不器用な気遣いを相手が汲み取るかは別の話。
それにハイターは待ったを掛けた。
その偶然だというようなニュアンス、隠された理由があるのでは?と引っ掛かりを覚えたのだ。
「それぽっちですか?ほかに魔法を選んだ理由があるのでは」
「え、いやこれが本心…だよ。魔法意外に興味が湧くことがあったらそっちに意識は逸れていた筈だからね」
「でも魔法使いになる事を選び取った」
「それは…」
「数多くの選択肢から選んだ、何か理由があるんですよね?」
「うん」
フリーレンは心の中で、気遣いを無下にされかけたとしょぼくれつつも意見を受け入れた。
そして少し目を伏せて、それについて考えた後、顔を上げてハイターに視線を合わせる。
「ありがとうねハイター、貴重な意見を貰えたよ」
「はは、自分よりも多くの時間を生きる貴女に意見を褒められるなんて」
「嫌味じゃない、純粋に感心してるんだよ」
でも、そんな自分の本心を暴かれそうになるのは嫌では無かった。
森の中で孤独に過ごしている事より、人と会話をする事で過去の思い出に浸る方が何倍も気持ちが良かった。
それに私の高度な気遣いを見破る慧眼は素直に凄い、と自らの会話の技量を見誤るエルフは思っていた。
「そうなんですか…?」
「そうだよ、誇って。私は人の何十倍も多く生きているエルフだからね」
「そうする事にします」
雑談をしながら道を進んでいると、視界が開けた。
道が他の道と交わる中心部。その広場にある噴水の場所で人が集まっている。
「何をしているんだろう?」
「行ってみますか」
「そうしよう」
人集りに興味が惹かれた一行は、そちらへ歩みを進める。
人の波を掻き分けて中心部を覗くと、艶やかな青が見えた。水色髪の青年が、屈強そうな戦士と模擬戦を行っている。
その太刀筋が描く軌道を見る度に感嘆の声が上がる、それぐらいには綺麗な剣舞だった。
「あ」と虫の鳴くような音が喉の奥から
「おや、あれは」
ハイターが何かを言っているが、フリーレンの耳には入らなかった。
そんな風に見惚れているといつの間にか決着がついたようだった。
水色髪の青年が、倒れ伏した戦士の前で剣を掲げていた。
「見てくれた皆ありがとう、僕の美しさを是非とも世に広めて欲しいな」
キザなセリフを言っているが、文句の言いようは無かった。
その人は周りの人たちが思い思いの感想を言い合って散っていくのを、手を振りながら見送っている。その一連の流れの最中に、あれと見知った顔が居るのを見つけた。
「ん?ってハイターじゃないか、久しぶりだね」
「はい、お久しぶりです」
「うん相変わらず堅苦しいなぁ、それでその人達は?」
「今、共に旅をしている方々です」
フリーレンとアイゼンの顔つきを見てうんうんと、何かに納得するように頷いた。
彼が仲間にするに相応しい熟練の戦士と魔法使いだと一目で見抜けたからだ。
「そっか。僕はヒンメル、仲良くして欲しいな」
爽やかな笑顔を浮かべて自己紹介をしたヒンメルは、ハイターの方を向きながら昔の記憶を引っ張り出す。
「それにしてもあの村で分かれた以来かい?」
「えぇ」
ハイターは懐かしい顔を見た為か、少し涙腺が緩んだ。
まだ幼い年頃なのだ、親元を離れて生活をする事の大変さは語らずとも分かる。だからこそ知人に会えた時の嬉しさは格別なのだ。
「今まで何をしていたんですか?突然村から出ていくなんて言った時は可笑しくなったのかと思いましたよ」
「各地を旅して見識を広げてたんだ」
感慨深いと口にしながら、あの時の行き当たりばったりだった幼少期を思いだす。
ある日突然旅に出る事を思いついて、親の止める言葉なんて聞くことは無く、知り合いに挨拶をして村を飛び出した。それがヒンメルの旅の始まりだった。
「この街では何を?」
「なんだか面白い迷宮があるって話を聞いてね、それで来たんだよ」
「まだ冒険好きは治ってないんですか?あの頃から貴方は破天荒でしたが」
「はは、僕の冒険はこれからだよ」
少し照れくさそうに頬を掻きながら、でも冒険を辞める事は出来ないと言う。
なんたって男の子は難攻不落の迷宮に、人の手つかずの地に、未知なるお宝に心躍らせてしまうのだから。彼の言い分も致し方ないものだろう。
「そういえば、ヒンメル」
「なんだい、ハイター」
「貴方はあの時に言った言葉にお変わりありませんか」
「あの時…?あぁあれか、うん無いよ。そこそこの間旅をしてきたけど変わらなかった」
そんな風に身内にしか分からないような話を始めた2人に困惑する人物が居た。
「え?何の話をして…」
フリーレンは首を傾げながら、同郷の幼なじみに会えて喜びを噛み締めるハイターの邪魔をする。申し訳なさを思いながらも、話に入れない方が、何故か嫌だった。
「それはうん、言えないかな。男の仲でした約束だからね」
「はい、秘密です」
「なら俺には教えてくれても良いんじゃないか?」
「あ、確かにアイゼンは許されるか」
「え」
「じゃあフリーレン抜きで話をしようかな」
「…仲間外れは良くないよ」
ぶすっと口を尖らせて、私は不服ですみたいな顔をするフリーレンにヒンメルとハイターは楽しそうに笑い声を上げた。
「分かってるさ、悪かったね。だから拗ねないでおくれ」
紳士的に跪いて、そっぽを向くフリーレンの方ににこりと微笑んだ。
それにフリーレンは心が温かくなるような錯覚を覚えつつも、自分が話を逸らし続けるのも良くないなと、ハイターの方へ帰るよう手で催促した。
「はは、ありがとうね」
「相変らず素直じゃないんですから」
「可愛らしいエルフじゃないか、良い仲間を持ったね」
「ええ」
「それにしても本当に覚えているのかい、ハイター。嘘ついてないだろうね?」
「じゃあ覚えているかの確認ついでにせーので言いますか?」
「お、それは名案だ。じゃあ3,2,1でいくよ」
その言葉を最後に、カウントダウンを始めた。その最後に、2人はせーのと記憶を吐き出す。
「「次会った時は、一緒にパーティーを組もう。その頃にはお互いにとっても強くなってるからさ」」
完全一致で覚えていた事実に2人は相手を感心したような目で見た。
「お、ちゃんと覚えてるみたいだね」
「勿論。忘れるわけもありません、あんな真っ直ぐな目で言われた事は記憶にヘドロみたいにくっついてますから」
「い、いやな例えだな」
「すみません、貴方と話していると昔を思い出しまして」
「確かに、今なんでそんな敬虔な信徒になっているんだい?あの頃は捻くれ野郎だったのに」
「色々、
「…言う気は無いと。まぁ君らしいね」
さて、とハイターと思い出話をしたヒンメルはその隣にいた白髪のエルフへと視線を向けた。
「え、なに?」
「いや、運命ってのはあるんだなぁって感慨深い気持ちになっただけさ」
「?」
なんの事だか分からないという様子のフリーレンにヒンメルはそりゃそうだと苦笑いした。
自分の言葉足らずが悪さをしたらしい、と察しが着いたのだろう。
「ねぇ、君の名前はなんて言うんだい?」
「…フリーレン」
「そっか、ひとつお願いしたいことがあるんだ」
「面倒くさいことじゃなければ、いいよ」
無意識に上目使いをしながら、可憐な顔でそう言ったフリーレンにヒンメルは頬が赤くなりつつも、それを悟られないように咳払いをして、お願いをした。
「君の1番好きな魔法を見せて欲しい」
「そんな事でいいの?」
「うん、それが良いんだ」
変なやつとフリーレンは思ったが手間の掛からない事だった為、叶えることにした。
「花畑を出す魔法」
その詠唱の後、ヒンメルの鼻を懐かしい匂いが通り抜けた。
心に温かさを授けてくれる、そんな匂い。無味無臭な草原だったこの場所は、今じゃ綺麗な花畑に様変わりした。
──あぁ、やっぱりそうだったんだね…
白髪のエルフなんて多くは無いと想ってはいたけどここで出会えるとは。
宙に舞う花弁が自分の中に溶け込むような気がした。
「確かに、魔法っていいものだね。僕も使えたら良かったな」
「…ありがとう」
「君のそれは綺麗だ、平和な今に相応しいよ」
魔法で造られた花を手に取って、ヒンメルその花弁をフリーレンに重ねた。
少し光が差し込むことで、うっすらと影が見えるだけだったが、ヒンメルは満足そうに微笑んだ。
「…あの時と何も変わらないね」
「え、何のこと?」
「子供の頃に君は僕にその魔法を見せた、それが邂逅だよ」
ヒンメルは思う。生まれて初めて魔法に良い意味で感情を動かされたその時を。
不安感で押し潰されそうだったあの時に出会った一人のエルフの姿が、目の前に居るのを嬉しいと。だけれどもこの想いは胸にそっと閉じ込めておこうと小さな誓いをした。
「本当に綺麗だ」
その言葉は何を指しているのか、分からない。
勇者パーティー、この世界線でも結成。
きっと彼らはどんな世界でも運命によって集まるんだという願いを込めて。