「なんで、こんな事になっているの?」
一人のエルフが街道で佇んでいる。白いローブを纏っている小柄な女。白髪の長い髪をツインテールにし、その顔を呆然と困惑で歪ませている。
人間には無い、その尖った耳をピクピクと痙攣させ、この変わりきった現状を受け入れないと言葉を詰まらせる。
その女、フリーレンは森の中に引き籠っていた。
魔法史に登場する大魔法使い『フランメ』が死んでから、その遺言通り名声や野心に囚われず孤独に暮らしてきた。
故にこの状況、人類と魔族が共存し暮らしているのを理解できない。
一昔前までは人類は魔族と戦争をしていた筈だ。事実フリーレンは何度か魔族と戦闘を行った事があった。その時に呪いを受け、その研究に追われた事すらも。だからこそこの現状を受け入れられない。
きょろきょろと周りを今もなお確認し、眼をしきりに擦り、夢であれと願うが現実は変わらなかった。
「取り合えず、魔族は悪だ。殺すしかない」
一頻り周囲を見回して、徐々に気持ちを落ち着き始める。そんな時、目の前で魔族が私の方を見ていた。じっとその虚ろな目で見てくる、まるで監視しているかのように。
フリーレンは杖をその道端で立ち止まっている魔族の方へと向け、魔法を放とうとする。
「お前、何をしている!?」
その一部始終をたまたま見ていた衛兵がそれを見て、取り押さえた。
「行き成り街中で魔法を使うとは何事か!?」
「いや、魔族だし人類の敵でしょ」
「何を言っているんだ?敵だと何だの訳の分からんことを抜かすな!
おい、こいつを一旦牢へ連れていけ。この野蛮な娘は事の重大さを理解していないらしい」
「え、えぇ…」
ずるずると両腕を掴まれ引き摺られていく。あまりにも無抵抗だったからかいつしか俵担ぎに運び方が変化するといった事はあったが、それでも街は変わらない。
少し驚いた住民たちは、時が経つにつれて元の日常へと還っていく。
そんな中、被害者たる魔族は、何も感じさせない無表情であった。
人魔共存国家、衛兵が防衛する牢にて。
冷たい檻と石ブロックで囲まれた場所にフリーレンは居た。
檻の外では衛兵が今ちょうど椅子を持ってきて座り、言葉を掛けようとしているところだった。この愚かな行為をした女に頭が痛いと手を額に当てながら声を掛ける。
「なんであんな事をしたんだ」
「魔族だよ、敵だ」
「なんだ、それは?魔族ってのはあいつらの事だろ、それが何で敵なんだ」
「あいつらはずっと生まれた時から私達人類とは混じらない。街にだって紛れ込んでたんでしょ?」
衛兵はそれに少し引っ掛かりを覚えたのか自信満々に自らの行動を評価するエルフに尋ねてみた。
「…お嬢さん魔王の言伝を知っているか」
「なにそれ」
「知らんのか、説明してやるよ。
数百年前だったか人類と魔族は戦争をしていた。その時にそれはそれは多くの者たちが死んだ、そしてそれは魔族側も同じだった。
だからこの現状を打破しようとした魔王はこの戦争を辞める、お前達とは手を取り合おうと宣言したんだ」
「でも、魔族は人を襲うでしょ」
「…それも魔王は言及していた。もし仮に襲うような馬鹿が居れば自らの手で葬るとな」
「そんな事在り得るの。だって魔族は人の声真似をするだけの、猛獣だ」
その言葉を聞いて衛兵は椅子に体重を預け、その言葉を心底信じられないといった様子で否定する。
「なんでそんな考えになったか分からんが、今人類は魔族と暮らせている。その日々であいつ等が獣だなんて思った事は無いぞ」
「そう、なんだ」
フリーレンは驚愕する。少し前までは人間と寄り添う姿勢など微塵も見せなかった。
そして人類と魔族を共存させるなどという夢物語を実現させるなんて想像もしていなかった。フランメだって分からなかった筈だ。
暫しの沈黙のあと、フリーレンは蚊の鳴くような音を口から出した。
「…私は置いて行かれてるのかな」
フリーレンは、牢に備わったベッドに寝転がり今後について考え始める。
虚空を見たきり黙ってしまった彼女の様子に衛兵は溜息を付き、ぽつりぽつりと言葉を零す。
「まぁ、なんだ。お前は今回の行いで本当は2,3年ここで過ごす事になっただろう。だが未遂で済んだ、それを加味して明日には出してやる」
「…良いの?いきなり街中で魔法を使おうとするような奴だよ」
「今のお前はそんな事をする気は無いだろう。心で整理はついていなくても理性はもうその蛮行を食い止める。だから今日だけは反省して、今後の立ち振る舞いでも考えておけ」
そう言い切ると、衛兵は手を振り、去っていった。
その背中も見ずに、フリーレンは牢の壁を見つめ自分の未来を考える。
「…どうしようかな」
答えはまだ出ない。
◆◆◆
「取り合えず情報を集めよう。この空白の期間を埋めなきゃ何も始まらない」
翌日の朝、やって来た衛兵により鍵が開けられ、空を眺める事が出来るようになった。
まさか、あれが半日程度で許されるとはとフリーレンはこの国の甘さを感じたが今回は良い方向に働いたので見なかったことにした。
「まずは図書館に行ってみようかな」
よし、と取り合えずの目標が出来たことに心の中でガッツポーズをした後、さっそく問題が降ってきた。
始めてきた街で、図書館の場所が分からないのだ。
その事実にたらりと一筋の汗を垂らした後、しぶしぶといった表情で歩き出す。
「…一旦は道を聞くことから始めようかな」
そこらへんに居る優しそうなお爺さんに道を尋ねて、次には飲食店の気前の良いおばちゃんにも訊いてようやくといった形で目的地を見つけた。
神殿みたいな様相の建物は、周りから見ても一際目立っていた。
脇には水路が敷かれており、水の弾ける音が聞こえてくる。
その心地の良い冷涼感を目を瞑り一頻り楽しんだ後、止まっていた足を動かす。
「この街では本が娯楽の大半を占めているのかな?」
早速図書館に入ると、一目散に魔族関係の話に言及がある場所に向かう。
その場所に近づくにつれて多く居た人々は居なくなり、閑散としたエリアにそれはあった。
関連図書はその端の本棚の一角のそれまた隅へと追いやられていた。
少し前の時代までは入ってすぐの場所にあった筈だが、和平が結ばれてからはそれを大っぴらに見せれなくなったのかもしれない。
「うわ、埃も被ってる。掃除すらされてないのか」
そのあまりの汚さに声を上げてしまうぐらいには掃除なんてされてなかった。
この現状に若干勢いを削がれつつも目的の本を探す。
「和平、共存これらについて言及してる本は…、あった」
そのコーナーの中央の方に目的の本はあった。タイトルは『馬鹿でもわかる魔族との歴史』でそれを表情すら歪めず黙々と運び、机が置かれている場所へと持っていく。
そこに腰を下ろし、読み始めた。
「魔族は従来、人類の敵であり純粋悪だ。感情への共感性も希薄で、倫理観が無い非社会性動物だと称せるだろう。しかしこれは数百年前までの通説であった。魔族を毛嫌いした昔の人類が口から出まかせで魔族を悪へと仕立て上げた。
その現状を知らない現人類は魔族を攻撃し始め、魔族はそれを自らの命を守るために迎え撃つしかなかった。これを魔王は和平の言葉と共に人類へと伝え、これに自らの非を認めた人類はその手を取り、こうして今の時代がやって来たのだ」
フリーレンは軽くその本を読み、現状への理解を深めた。
しかし、暫く本と格闘したところで突然、不機嫌そうに溜息を吐き、こめかみを指で抑える。
「こんなの魔族が欺くために言っているだけの鳴き声じゃないか。
昔の人類はどれだけ愚かなんだ…魔族と対話するなんて無駄な行為をして、人食いの化け物と同じ空間に住を置く事の不味さを知らないの?」
平和というものに執着する事も、仮初のそれに満足してしまう事も私はあまり好きじゃない。なんでなんだろう、私は今浮いている。ぷかぷかと湖の上を無気力で漂っていた時みたいに浮いている。
「こんな、こんな事を信じるのか?」
本には、魔王が言った言葉が引用されていた。有り余る賛美と、慈悲深きその心への感謝の言葉とともに。
『我らは長年人類と争い続けていた。
しかしそれはお互いにとってより良い選択ではなく、種族が滅ぶカウントダウンを闇雲に弄る行為では無かった。我は魔族を愛している、原初の魔族にして孤高の王である。
そんな我が同族が無駄な戦争で命を落とす事を許せる訳もなく、人類もまた同じであろう。故に和平だ、お前たち人類の先祖が犯した咎を赦し、共に歩み寄り栄光ある未来を掴もうでは無いか?』
本を乱暴に閉じ、言葉を吐き捨てた。
「もし、これで魔王が気でも変わって魔族に攻撃を命令したら人類は本当に滅んでしまう。
その選択を後悔したってもう過去は戻ってこないのに、なんで分からないんだろう」
フリーレンは分からない。長寿種であるが故に分からない。
人類は生きて100年前後でしかないのだと。その限られた時間さえ平穏であれば満足出来るのだと。仮初だろうと自分が生きている時間だけでも戦争が消えれば騒ぎ立てないのだと。
未来を見ていない事を知らない。それは長く生きるが故に、時間の進みが遅いから、少しの平和で満たされないがために。
外に出たフリーレンは、何をすべきか考える。
もう、終わってしまった事を気にしても良いことは無い。
ならば今、何が出来るかを考えるべきだ。
「もしかしたら私と同じ考えの人類が居るかもしれない、それを探すのが先決かな?」
そこにはほんの僅かな期待と、有り余る諦観が含まれていた。
この煮詰まった現状を打破するには仲間が必要だ。証明しなくてはならない、魔族は所詮化け物で、今までの時代は運が良かっただけなのだと。甘い囁きに乗ることの愚かさを教えてあげないと。そうフリーレンは決心する。
「一旦は訊いて回ろう。それとなくなら、また衛兵に連れていかれるなんてヘマはしないと思うし」
よしと袖を捲りあげ、気合いを入れる。長い戦いになりそうだった。
「あの、すいません。ちょっと訊きたいことがあって」
⬛︎⬛︎⬛︎
一方その頃、魔王城にて。
「魔王さま」
「なんだ」
「この件はどうしましょうか」
「ふむ、これはグラオザームに任せるとするか。吾奴ならこれは上手くこなせよう」
「御意に」
我は今、王の間にて日々の執務に追われている。
今日は特に量が多く、今もなお絶え間ない来客が訪れている。
あの和平の日から、この最北端の地であるここにも人類の姿が見えるようになってきた。
七崩賢の皆は我の言葉を聞き、今は大人しく従っている。
反抗的で無いのは良い事ではあるが、この静けさは不気味なものだな。
まぁ、反旗を
「時にシュラハト」
「なんでしょうか」
「お前は、良いのか?」
「良い、とは?」
「そのだな。他の大魔族達は表舞台で自由に動いているだろう?お前もそうならなくては良いのか?」
「私の役割は魔王様からの言葉を通達する事、そしてこの未来視を使いあらゆる障壁を打ち破る事で御座います。それが私にとっての幸福で、身に余る褒美でありましょう?」
よ、良くできた家臣だな。流石の我でもここまでの忠誠心を向けられるとむず痒いぞ?
我なんかしたっけな?いや、振り返っても分からん。
精々弱いお前たちを長きに渡り護っていたぐらいだ。
時に食事を狩り与え、時に就寝の場を作り、それを何千年も繰り返していたぐらいだ。
うむ。何も可笑しなことは無いな?考えれば、考えるほど謎が深まるばかりだ。
「しかしだ。平和になったものだな」
「ええ、嫌になるぐらいには」
「何か言ったか?」
「いえ。それより魔王様、次の使者が参ったようです」
「え、あぁまだ来るのか」
「はい。あとそうですね」
指を何度か折り曲げ、その数を数えていくシュラハト。我はその回数の多さに若干の不穏な空気を感じながらそれを見守る。
「500人ほど」
「…本当にか?」
「はい、本当です」
「…そうか、そうなのか」
もう和平から何百年と経ったというのに未だに障壁は減らない。何せ姿形は似ていても、趣向は異なるのだ。ある程度は仲良く出来ようとも限界というものは自ずと来てしまう。
確かに魔族の長としてこれを放棄するのは、些か情けない。
しかし、そんな多くの対談をするのも疲れてしまうな。何か良い策は無いものか?
── いや、あるな。
執務でありつつも、その退屈を凌げる方法が。
「そうだ、我も地に出向こう。天高く
「御意に」
あぁ、こ奴は未来が視えるのだったな。全ての言葉が予測されるというのも不思議なものだ。
しかし会話の
「さて、行くか。対談は全て後回しだ、何せ急務が入ってしまったからな、フハハハッ!!」