「どうしよう…」
道端で一人のエルフが頭を抱えて蹲っている。
顔は蒼白で、白い髪と相まってより変化が際立つ。
宙に舞う微粒子に反射してちらちらと輝く。
「何も進展しなかった。いや聞き方が悪いのは知ってるんだ、でも直接言うと二の舞になりそうだし…どうしろって言うんだ」
世界の非情さを嘆くしか出来ないちっぽけなエルフの姿を見て、街の人々は少し引き気味にその近くから離れていく。じめじめとした空気が段々と真っ黒く染まり、実際に黒い
どす黒い井戸の奥底を覗くのを怖がるように、その中を覗こうとするものは現れない。
皆んな我が身が恋しいのである。
そんな最中救世主が現れた。
「おい」
「困ったなぁ…」
「久しぶりだな」
「はぁ…」
「ん?無視か」
尚、何度声を掛けてもいじけるエルフには聞こえていないみたいだが。
それに埒が明かないと察したのか、救世主は強硬手段へと打って出る。
ドンと足を踏み鳴らし、周囲一帯に振動を起こす。
「きゃあ」と悲鳴が聞こえた気がしたが、まぁやむ負えない犠牲だろう。
「なんなんだ、一体…」
声を掛けられている事に気が付いたフリーレンは膝に埋めていた頭を上へと上げる。
そこには見慣れた、懐かしい顔ぶれが居た。
目深く被った角つきの兜とくすんだ金色の髭がトレードマークだった。
その人はあの時と全く変わらない趣で、あの時よりも冷え切った目をフリーレンに向けていた。
「あれ、アイゼン?」
「あぁ、やっと気が付いたか」
「うん、ゴメンね?ちょっと嫌な事があってさ」
「先ほどの様子だと、要因は些細な事ではない気がするが…、まぁ良い」
生真面目であるが故に無駄話を好まないアイゼンは早速本題に入ろうとして躊躇する。それを話して拒絶されたらどうしようかといった迷いが生じた。
手を開き握る。何度かそれを繰り返した後、心決まったのか言葉を出す。
「…俺に少し時間をくれないか、多分お前にも関係があると思う」
「そっか、良いよ行こうか」
「用は聞かないのか」
「私も息詰まっていたところなんだ、良い気分転換だよ。思い出話を
「あぁそうだな、あっちに飯がうまい店がある」
「おー、良いね。お腹も空いていたんだ」
その言葉と同時にぐぅとお腹の虫が声を上げた。
「随分と空気が読める腹だな」
「…早く案内してよ」
その言葉に無言の首肯をした後、アイゼンはスタスタと歩き出した。
フリーレンは地面に座って汚れたお尻を何度か叩いて土埃を落とし、その背中を追いかける。
物語の序章が今始まる。
◆◆◆
アイゼンが案内したお店は、人が居ない
周りに乱雑に建てられた一軒家と同じような出で立ちをして、緑色の屋根が特徴的な建物だった。木で作られた骨組みは、日で焼けたのか少し黒ずんでいる部分がある。
雑草すら生えている花壇は手入れのしていなさを物語る。
窓は開いているのか、閉まっているのか分からないぐらいには明かりがない。
「本当にやっているの?暗いけど」
「入れば分かる」
ぎぃと音を立て扉を開けるとパッと光が着いた。
店内ではピアノの音色が聴こえており、人の気配を感じさせる。
僅かなコーヒーの匂いと、その後に漂うなんとも言えない安らぎがフリーレンを襲った。
「なんだか、落ち着く場所だね」
「そうだろう?隠れ家のような場所にあるからな、人が滅多に来ない」
「それって経営的には大丈夫なの?」
「まぁ、趣味でやっているのだろう。それにだ、ここの店主は寡黙でな。秘密の話をするにはピッタリだ」
「ふーん」
「おい、居るか?」
ずんずんと店の奥の方に進んでいくアイゼンを背景に、フリーレンは店内を探索する。
大の魔法好きなフリーレンに負けず劣らずなぐらい、魔法についての道具、本が並べられていた。これでは飲食店というより魔道具屋である。
「気が合いそうな店主だね、私でも知らない魔法についての本がある」
順繰りに棚に並べられた数々の奇妙な品を見て回ると一つの絵で足が止まった。
塩がコップから零れ落ちる様子が描かれただけのシンプルな絵であった。周りの品はヘンテコな飾りがされている、言うなればごちゃごちゃした絵柄ばかりであった為、余計に浮いている。その絵の右端には『ティーフゼー』という、作者のものと思わしきサインが入っている。
そのように時折足を止めて、興味深そうに飾られている物品を物色していると、ドンという鈍い音と共に微かな砂埃が店内にまで漂ってきた。
音の方向に目線をやれば、アイゼンが1人の女を肩で担ぎ、こちらに連れてきていた。
そのまま地面に足を付けさせ、何度か振るう。
そうするとねぼすけな店主は漸く意識が覚醒したのか唸り声のような音を上げて、挨拶をした。
「おい、起きろ」
「…?あー、おはよう」
腰までつくほどの長い群青色の髪に、寝ている時と変わらない糸目。
そこ髪色そっくりな衣服に身を包み、年頃の娘が着るにしては肌の露出が多く過激だった。
その服装に、アイゼンは触れる事なく要件を話す。
「注文をしたい」
「うけたまりー、でなにをお望みで?」
鼻提灯を出しながらも、口だけは働き者の店員みたいに注文を取り出す。
寝ているのか、起きているのか分からない。ガクガクと頭を前後にふり、首肯?のような動作を立て続けにする。
「じゃあこのステーキを山盛り」
「俺もそれでいい」
「わかったよー」
気の抜けるような相槌を打った後、ふらふらと厨房の方へ向かっていく。
それにフリーレンが不安を感じたと同時に少し棚に足のつま先を擦った。
「落ち着きのない店主だね」
「そういうものだ。だが味は美味い、それに量もだ」
「へー、楽しみだね」
「で、話ってのはなに?」
先程までは別のことに興味惹かれていた筈なのに、今はもうそれに飽きたのか足をぶらぶらとさせながらふわぁと欠伸をする。
フリーレンは、その原因である無駄話の時間を辞めようとしたところで注文した品物が運ばれてきた。
「一旦はこのテーブルに広がった飯を片付ける事から始めよう」
「それもそっか、偶には良い事言うねアイゼン」
「いつもだ」
「「いただきます」」
ペロリと机の上に広がった料理の山を2人の小柄な人類は食べあげる。
その身体のどこに入るのだろうか?これが現代魔法の七不思議の1つである、多分。
一頻り、空腹というスパイスで増幅された食事に舌を踊らせた後、アイゼンはお手拭きだ顔を拭い、今回の本題を話す。
「…お前にはこの世界はどう見える」
「どう、とは?」
その言葉にアイゼンはちらりと周囲の状況を探りながら、小声で話を続ける。
「魔族が有り触れた現状にだ。俺はドワーフだ、だから昔の彼奴らを知っている。それに俺の故郷も彼奴らに滅ぼされた」
「私もそうだよ」
「そんな似た者同士だからこそお前には安心して言える。どう、思う」
「可笑しいと思うよ」
「…」
フリーレンは思う。張りぼてみたいな現状に、疑惑を。のうのうと生きる魔族に、疑念を。
「いくら何でも可笑しい。魔族がそんな宣言と同時に殺人をパタリと辞めるなんて出来過ぎてる」
「あぁそうだな、確かに都合がよすぎる」
「あいつ等は確かに強者には従う、それが本能に刻み込まれてるから。でもそれよりも生きるという事に執着している筈だ。それを魔王の声明が上回ると思えない」
「俺も疑問に思っていた。お前と別れた後、森の奥底で修行をしていた。そんな日々に変化を持たせたくて街に出てみたらこの有り様だ」
「うわ、私も同じだ。細々と暮らしていた弊害がこんなところに出るなんて、恨むよフランメ」
「この渦中の中心、つまり魔王に会いに行こう。そうすれば何か分かるかもしれない」
「一理あるな、北に行くか」
その言葉に一瞬、店内の物音が消えた気がした。
尚、それに2人は気が付かず、代金を払い目的の地へと旅立って行ったが。
■□■
魔王城から少し離れた村とはいかずとも小さな街にて。
その端麗な顔を喜びで歪めながら、人間の2倍と少しはあるであろう背丈を町の中へと溶け込ませていく。
「フハハハッ、未知、未知である!この世は未だに知らぬ事で溢れ、我はそれを今、目の前に据えているッ」
「楽しそうで御座いますね」
「そうだろう?事実、我は今最高に愉しいぞ」
我は今、根城である最北端の魔王城を離れて少し南下した街へと赴いている。
本当は一人旅としたかったが、まぁ何だ?仮にも王なのだから召使いぐらい付けろとシュラハトに叱られてな、2人旅である。
しかしだ、あの過剰な使者に時間を割くよりはマシだ。何度目だと思っている?同じ要件のものが何度も来るでない。
外聞とやらがあるのは分からんでもないがな、しかし我が対応するかは話が別だ。
「あぁ自由とは良いものだな?」
「お言葉の通りかと」
その質問に対して、予想通りの回答が来た我は無表情を通り越して呆れで目を釣り上げる。
「ふむ、張り合いのないやつめ。全て肯定すれば良いという問題ではないぞ?」
「そうでは無いと思います」
「言われたらすぐやるのは及第点だ。お前には心というものが分からないのか?」
「人類では無いので」
「…それをいうなら我も魔族であったな。我が人間に近いせいで一部の感情が欠落しているという事実を忘れてしまう」
「流石、魔王様」
結局は褒め称えられるのか…むず痒いな。
昔にも困っていた配下を助けた事があった。その時も拍手喝采の大団円であった。
我は気まぐれでやっているというのにまるで聖人かのように崇められる。それは求めるもので無い。我が求心するのは対応とまではいかないでも気楽な関係性である。明確な上下関係はありつつも、気を抜くところでは抜く。その緩急こそ至上であろう。
と、言うか待て。こやつめ適当に褒めて我の気を逸らしておったな?それに我が気がついた事を悟ったのか拙い口笛を吹き始めおった。
「おのれ!!…いや大人気ない怒りであるか。自分の足元にも及ばない年若き魔族に感情的になるなど、我も無駄な歳を食ったか?」
「いえ、魔王様は何一つ悪くないです。全ては私が」
「言葉は謙遜そのもので、見本になる回答だな?棒読みでなければ、だが」
「そんな、棒読みなんてひどいです。抑揚が無いだけ、と言ってください」
「先程迄は音の差があった者が突然そうなったのだ、わざとであろう。舐めおって、これでも魔王であるぞ」
「ははぁ…」
大袈裟に平伏するフリをする年若き魔族の態度に、今日一の深い溜息が漏れつつも親しくなれたと理解した我は、もう少し距離を積めようと画策する。
「…これから暫くはお前と2人旅なのだ、名前を知らぬというのも些か不便であろう。そこでだ、お前の名前はなんという」
「リーニエで御座います」
「ほう、そうか。良い名前では無いか?」
「はい、魔王様に付けて頂きましたので」
「え、あー。そうだな、我が付けたのだから当然であったなフハ…ハッ」
じっとりとした気まずい空気が流れる。リーニエの目も元より無かった光がより失われたような気がした。
こ、この空気どうしたものか。我が悪いのは百も承知だが、配下で若輩者でもあるこやつにこの目をされると七崩賢を前に不覚をとった時の何百倍も心が痛いぞ…
そ、そうだ。この堅苦しい言葉遣いについて言及し、この絶妙な時間を断ち切ろうでは無いか!!あぁ、それが良い。というかそれしか無い。
因みに、その荒れ狂う感情の最中も、魔王の顔は依然として無表情であった。
「その、なんだ。敬語はよせ。普段使わん頭を酷使する話し方だ、話しにくいだろう?」
「いえ、魔王様にタメ口など私は自分が許せません」
「なら命令だ。これから長い旅となるのに畏まられると辟易する」
「それならば、うん。分かった」
「良い、徐々に慣れていくことだろう」
タメ口での返答に、うむと一頷きをした後、先程から気になっていたものについて尋ねる。
「なんだ、あれは?我は知らんぞ」
「あれは、豊穣の祭りで使われる木組みの人形」
「ほう、そんな大きいものを作ってどうするんだ」
「この世界の歴史を語り継ぐために行われる行事の一環で、そのワンシーンを切り取った人形を作る。それでお祭りをして後世に印象づける」
「ほうほう、それに手作業で作っているからか同じテーマでも表情や構図が違ってくるのか。あの伸びた腕や、浮遊感のある装飾は実に見応えがあるな。してどの御伽噺を再現しているのか?」
わくわくと子供のような、好奇心
「勿論、魔王様」
「え、いや。建前は良い、真実を話せ」
「嘘ついてないよ、ほんと。人類の文化に知見があるソリテールが張り切って支持してた」
「あ、あやつ!!やりおったな…、我がこのような晒し者にされる事を嫌っていると知っておるのに」
「あ、それも言ってた。魔王様はこういうの好きだからどんどんやっていこうねって」
「確信犯か…。この視察が終わり次第折檻しよう、うむ今決めた」
「絶対怒ると思うから楽しみだねとも言ってたね」
「理解が深すぎるというのも困りものだな…」
やれやれと肩を竦ませ、呆れを表す。
しかしその表情は、苦痛とは思っておらずどこか嬉しげだ。
「お、あれは何だ?」
「あれは、何だっけ?忘れた」
「まぁ訊けば分かる事だろう。すまんそこの者、尋ねたい事がある」
「ん?何だ、今見ての通り忙しくて…」
せっせとお祭りの準備をしている人類は、その声がけに手を止めて、こちらを振り向く。
最初は我の腰付近にあった目線は、ゆっくりと上昇し、遂には目と目が合った。
その大きさもさることながら、高貴な存在である王がこんな場所にいるという事実に何度か、声にもならない悲鳴を漏らした後、遂に話が通じた。
「ま、ま…魔王様!?」
その大声で注目を浴びたのか段々と人々に騒めきが伝染する。
ただでさえ人類よりも背丈が大きい、巨体な魔族なのだ。今までそこまで大きな騒ぎになっていない方が不思議だった。
「何でこんなところに?」
「今作ってるの魔王様ですよー!」
「うわぁ、おっきいなぁ」
「まおーさまかたぐるましてっ!!」
がやがやと民衆が我の周りへと集まってくる。
その様子に我の心が愛玩を感じながら、背中を降り、同じぐらいの視線になるように合わせる。
「民よ、あまりはしゃぐでない。我は何処へもいかん。一人一人順に話してみよ」
その言葉で民衆は一列へと並び、魔王の言葉通り一人一人順に要件を言っていく。
どんなに下らない事でも叶えようと努力をする。魔族らしからぬ魔族、それがこの魔王だ。
原初であるが故に、進化の過程を経ていない純粋な存在。故に人間らしさを持ち、王としての役割を果たそうとする。尚、魔族の事でしか激情も、思考もしないが。それでも噛み合えば人にもその優しさは、父性は向けられる。
「…やっぱり、この方こそ相応しい」
リーニエの不穏な一言に、魔王は忙しさのあまり、気が付かなかったらしい。
今はまだその幸せな時間に浸っているのが良いのかもしれない。