魔王様が作る世界は、私にとっては新鮮な出来事だらけだった。
人類っていう形をした、食べ物と同じ空間に過ごす。人類なら家畜との関係なのかな?
それを私たちはしている。
良く分からなかった。でも、なんだか楽しかった。孤独に生きるよりも、誰かと過ごす方が良いって事なのかな?
教えて、魔王様。
昔の私は何も無かった。空っぽだった。
魔族としては強い部類だとは思う、でも自分が無い。
私の魔法は
でも、やっぱり思ってしまう。自分だけの強さじゃ無いそれに対して、考えてしまう。
それを裏付けたのは、周りを見たからだ。同期の魔族達は皆んな派手な能力を持ってる。それに私よりも次元が違うようなものを。それに私は無い物ねだりだけど自分もそうだったらなって迷いを感じた。
それのせいか、鍛錬にも身が入らない、ふらふらと宙ぶらりんな状態で長い間過ごしてきちゃった。
怠慢は罪って言い得て妙だよね、だってあいつらは魔法なんて鍛えなくても強いんだもん。する必要無いよ。
私がそれに追いつくには、魔法の差を埋めるには鍛えるしか無いのにズルだ。
そんなふうにウジウジして下を見る事しか次第にしなくなった私に魔王様が話しかけて来た。話を聞けば、暗い様子を見かねたらしい。
そこまでかな?うーんそうかもね。
「お前は悩んでいるのか?それは他の魔族にあるものを自分には無いと思い込んでいるのか?」
私がそれにうん、と返事をすると
「そうか、しかしそれは間違いだ。お前はお前である。我が我であるように、一個体としてお前は成立している。
仮にだ、お前の持つ魔法に後めたさなどを覚えているのならそれは辞めよ。それはお前だけのもので、他人にとやかく言われて曲げられるものでは無い」
そこで色々話をして名前を授けてもらった。
その日から私の名前はリーニエ。
自分と他人の境界線が分からない私にぴったりの名前を魔王様に付けられた。
「そしてだ。自らの努力に後ろめたさを感じるな。魔族とは、魔法と切っても切れない関係にある。
自らの魔法を研鑽する事に意義を見出し、それの進化に可能性があるのならばどのような苦渋をも飲む、それこそお前達の良さだ」
確かに、周りの魔族は皆魔法を磨く事に意味を見出していた。そして私だって無意識のうちに行っていた。
「確かに我が配下であるものの中には、才覚があるものも居る。しかし試行錯誤は必然だ。お前たちはどのように自らに備わった機能を使うのかを悩み続ける、その必要がある」
「…なんで?」
「それはお前たちが後に知る事になる」
その言葉を言い、魔王様は歩き出す。私はそれに無言で付いていき、意味を考える。
でも、大魔族と比べたら赤ん坊程度の年数しか生きていない私では今考えても答えは出なかった。
「我は一つ、仮説を立てている。
お前たち魔族が持つ魔法は、己が求めるものの具象化なのでは無いのかと。
それが1番求めたものが魔法になるのでは無いか、そう推測しているのだ。お前たちがまだ魔物であった頃から知っているからな、余計にそう思うのだ」
うんうんと魔王様は何度か頷き、何かを思い描いている。
私には、分からない遠い景色を見てる気がして、何処かがムカムカとした気がした。
「我々にとっての魔法とは進化の可能性だ。魔族とは、生物が思い描いたいくつもの異次元の存在だ」
ざっ、と地面に転がっていた砕石を蹴り飛ばしつつ止まった。
そして、ちらりとこちらを見て、魔王様は微笑んだ。
「故に忘れよ、その悩みを。そして見よ、我の背中を。この威風堂々とした様を目に焼き付け、我について来い。お前たちを幸福にするのは我で、他の存在では無い」
そっか、うん。
分かったよ魔王様。私は貴方について行く、その先がどんなに地獄でも私は逃げないよ。
だからちゃんと前に行ってね。後ろは私に任せてね。前だけを見る貴方に言って響くか分からないけど、時折後ろを見て欲しいな。
── 放っておかれるのは寂しいよ。
◆◆◆
エング街道の道中にある小屋にて。
その中には寝坊助なエルフに手こずるアイゼンの姿があった。
「おい、もう朝だぞ」
「ん…、後3ヶ月待って、よ」
簡素な布で包まった何かはもぞもぞと動き出し、その正体を現した。
ぴょこりと目をしょぼしょぼとさせたフリーレンが出てくる。
「お前が朝早くから行こうと言ったんだろう?」
「い、言ったっけ…?」
「ああ」
がー、と頭を掻き
それどころか昨日の夜の記憶が抜けている。
一体、どうしたのだろうか?
「昨日やけ酒をしていたからな」
「え、そうだっけ」
「ああ、気合いを入れる為に、そして未来への第一歩として。とか言ってな」
うーんと唸り、そうだったかもしれないと、記憶が少しずつ蘇っていく。
「俺は起こしたからな」
「分かっ…たよ」
ぶんと腕を振り上げ、無理やり身体を起こす。
しかし勢いが足りないのか、半分ほどでまた布団へ帰宅した。
諦めがつかないのか何度かそれを繰り返し、結局普通に起きる事にしたのかのそのそと布団の上を這いずり床へと足を付けた。
足を擦るたびに床の歴史が削り取られる。
人があまり使ってないのか、天井近くには蜘蛛の巣があって、窓も若干のひび割れが残っている。それをちらりと
まだ頭が動いていないのか、軽く頭を振りながら意識の覚醒が早まる事を願う。
「うわ、寒いね」
玄関のドアから一歩外に出ると、突き刺すような空気が通り抜ける。
春になった筈なのに、未だ寒さから脱却出来なかった。
フリーレンは、その寒さに観念したのか、鞄からマフラーを出して顔を庇う。
いつもと同じ馬車でも、霜を
馬車の上から空を見上げると、いつもより雲が少なく感じた。
旅立ちを祝福するかのように、虹も架かっている。それは艶のない色で、現実感を見失う空だった。
「ふわぁ…」
欠伸が出る。ガタガタと揺れる馬車が良い睡眠導入剤として働いているみたいだった。
人の姿が無い、縁を草木で装飾された道を進む。その道をぼうっと眺めていると、まるで誘われているみたいに不思議な感覚に陥りそうだった。
その道の先には仄かに光る人の営みがあった。
まるで色とりどりの花畑みたいな景色が目に飛び込む。色の薄くなった光景の中で一際目立つ街だった。
無造作に床を蹴り、地面に降り立つ。
人の姿が少ない、歩いている人でさえ、まだらだ。
まるで
「今日こそは進展させたい、この村を今日中に出るぞ」
「えー、めんどくさいなぁ。あんませかせかしてても、良い事無いよ」
「何故そんなに消極的なんだ」
「だって寒いし、暗いし…」
話ながら街の角を曲がる。
「俺はこの村に糸口があると考えている」
「それはなんで」
その疑問にアイゼンはそっとフリーレンに近づき、ヒソヒソと話す。
「お前も気が付いているだろ?ここは魔族が少ない」
「…確かに」
「だからこそ、理由がある筈だ。何処にでも有り触れた魔族がこの街には居ない、な?」
「それは利口な考えじゃないと思うけど…」
小声に対して、囁きで返した。
強引にも思える。偶然の一言で片付く問題だ、だって男女比が偏っているからそこには何らかの思惑があるという陰謀論的な考えに受け取れなくもないものだから。
でも、否定できる要素も見つからなかったので、フリーレンはあまり期待せずに首肯を示した。
「じゃあ、一旦ここで別れよう。手分けしないと終わらなそうだ」
「分かった。では太陽が真上にいったぐらいで再びここに来い」
「いいよ、それで」
アイゼンは急ぎ足で街の奥の方へと消えていく。それをフリーレンは見送った後散策を始めた。
街に入った時に気になってはいたが、人が少なすぎる。
家の中にでも籠ってるのかと思いきや、灯りは無い。試しに近くにある家の曇った窓ガラスを見ながら、中の様子を探る。やはり誰も居ないようだった。
逆に、ぽつぽつと歩く人が逆に異分子だった。
「なんなんだ、この街は…」
じとりとした嫌な汗が頬を伝う。
ぞわぞわとした悪寒に身体を小刻みに震わせながら、きょろきょろと周囲を見回す。
すると、フリーレンは何かを見つけた。
「ん…?あれは」
□■□
「なんだそれは」
アイゼンが待合場所に向かうと、既にフリーレンが居た。いつもは自分が先に居るのに今日だけは、早く来るのか?と違和感を持ちつつも、ゆっくりと近づいていく。
すると、原因が分かった。大量の本がフリーレンの周りに置かれていた。
それに視線を落として、楽し気に身体を揺れ動かしている。
だからこそアイゼンの口からは、
自分への声かけだと気が付いたフリーレンは本から視線を上げて、音の正体がアイゼンだと気が付くと、気まずそうに視線を逸らしながら本を閉じた。
「これ?あー、まぁうん」
「もう一度聞く。その本の山はなんだ」
「…最初はちゃんと探してたんだよ、でもその最中に魔導書を売っている店を見つけてね、つい」
はぁ、と溜息を付くアイゼンはその楽し気な表情に起こる気を無くしたのか呆れた目で言葉を続ける。
「満足はしたのか」
「うん、良い魔導書がいっぱい買えた」
「俺がまじめに話を聞く最中、何故そんなに買っているんだ」
「いや…、ついね?魅力的なものがあったから」
ん、と軽く腕を前に出して持っているものを預ける。
図々しくも持っている多くの本をアイゼンに渡す。重いものを長時間持つのは嫌らしいい。
重荷を預けたフリーレンは、満足げに鼻息を漏らしくるりと前を向き歩こうとする。
そうすると次の瞬間、腰辺りに衝撃が走った。
下を見ると、子どもが地面に転がっていた。
どうやらぶつかられたみたいだ。
たったった、と足音が聞こえて、ちらりと視線を上にあげると慌てた様子の女の人がこちらに小走りで来ているのが見えた。
「ほら何してるの、謝りなさいっ!」
「ごめんね?」
「もう、この子ったら…」
「良いんだよ、私も前を見ていなかった」
困ったように頬を書きながら、フリーレンは謝罪を受け取る。
「本当にすみませんでした」
怯えていた顔からほっとしたのか顔を緩ませながら、最後に女の人は一言付け加えた。
手を繋ぎながら歩き出した。今度こそは同じ過ちを繰り返さないぞ、と女の人は手をきつく握りしめた。
遠くの方で「ママ、痛いよ」と子供の声が聞こえた気がした。
「子供とは自由なものだね。羨ましい限りだ」
落ちかけた鞄を肩に掛け直して、その姿を見送る。
視線の先を見れば、先程は反省の色を見せていた子供は、人懐っこい目をくりくりと輝かせ、親らしき人物に屋台で何かを
その一部始終を見終えたフリーレンは歩き出す。それに一歩遅れてアイゼンが続く。
「で、何か進展はあったの?」
「街の北側にこの閑散とした街の理由があるらしい」
「へー、その核心は教えてくれなかったの?」
「アルケー様が関係している、とだけ」
「アルケー」の響きに耳慣れないものを感じたのか、フリーレンは足を止めた。
すりすりと顎に手を当て、暫く
しかし、それが直ぐに無くなったのか、再び歩き出した。
その言葉は徐々に懐かしいさを伴う、自分の中に浸透していく。
昔誰かに聞いた名前な気がする。
何度もその名前を唇の裏側でつぶやき、記憶を捜索する。
「フリーレン?」
「え、あ。ごめん」
些か現実感のない顔で生返事をする。思考の渦に未だに片足を付けているのか自分が呼ばれた自覚が失せていたらしい。そんなに永い空白ではなかった筈なのに、随分と久しぶりに人と話したような気がした。
風が吹き、冷たいそれが鼻先を掠める。
すん、とフリーレンは鼻をすすり、顔をマフラーに埋める。そしてそのままその中で、息を落としてみせる。
ゆっくりとした言い方で話を続けた。
「それって誰?」
「俺ですら知っているのに、お前は知らないのか?」
「え、そんなに有名な人なの」
「…お前、本当に何も知らないのか」
呆れたのか、深く肩を竦ませて、はぁ、とアイゼンは深いため息をついた。
その様子に、何が何だか分からないフリーレンは、瞳孔を怯ませる。
それをまじまじと眺めたアイゼンは本当に分かっていないのだと理解する。心優しきドワーフは、無知なエルフに答えを教えてやることとした。
「それは、魔王の名だ」
ずん、とフリーレンは鈍い衝撃が胸に走った。
すぐには言葉の意味が理解できなかった。
しかし現実を受け入れたのかしどろもどろで言葉を繰り出す。
「え、え本当に?」
「あぁ」
その同意によって錆びれた記憶の歯車が動き出す。
徐々に、何故その名前を知っているのかを思いだしてきた。
「確か、ゼーリエが頻りにその名前の人物を気にしてたんだった」
旅の方向性が決まった。