対比
「取り敢えず、その住民が集まっているらしい場所に行こう」
「そうだな。魔王が関係しているとなると1度見ておくべきだ」
「うん」
そこまでの道を微かに居る人に聞きつつ、進んで行くと徐々に嫌な空気が漂ってくる。
目的の場所に近づくにつれて、妙な雰囲気を感じ取れる。
何か、独特な匂いがする。青臭さ?いや薬草を煮た時に出る森林に近いけど清涼感を持つ香り、そうフリーレンは考える。
そしてその匂いに既視感を覚える。
「…知ってる、けど」
「何をだ」
歯切れの悪い口調に、アイゼンは問い返す。
フリーレンは生返事をするだけで、返答は無かった。
何かを思い出しているのだろうか、年を重ねるほどに過去を思いだすには時間が掛かる。
膨大な思考の海から見つけなければならないのだ、当然ではあった。
地面には多くの人間の足跡が残っていて、人の波に踏み荒らされた白い花の残骸があった。
綺麗に太陽を向いていた花は、今は地に顔を伏せ何かがその傍を通る様に怯える事しか出来ない。
それを眺めていると気が付いたアイゼンは何度か花とフリーレンに視線を往復させる。
『白』
フリーレンの髪の色と同じ。
でも土埃が着き、その色に染まる。赤褐色だけど紅色にも見える。
チカチカと思い出す。
魔族を。炎の中で嗤う魔族を。自らの故郷を奪った者を。
でも、それは。心の中で永遠に生きるそれは、時の流れによって研磨されて、元の刺々しいものでは無くなっていた。
では、何か?
心にヘドロのように溜まっている、これは何か?
蝶が飛んできた。ひらひらと黄色い模様を持ったそれは、折れてもう生きているかも分からない花に止まる。懸命に蜜を吸おうとしている、まだ生きているよ、と言わんばかりに。
それを見てフリーレンは。ふと、思い出した。
黄色、黄色い髪を。
「あ、あ…そうなの?」
フリーレンの瞳が揺れている。
杖を掴んでいる手が、真っ青に冷えていくような、そんな
身近な人物が、実は殺人鬼だった、そのような驚愕の事実を図らずとも知ってしまったかのように。
「やっぱり、あの人は…」
「後で、それについて話せ。今はあっちを見るべきだ」
アイゼンはフリーレンの顔を覗き込み、正気では無い事に気が付いた。
彼は少し困った顔をした後に、問題を先送りにする事にした。どうすればよいか分からない故の逃げともいえる。
その軌跡の先には、教会があった。
周りの建物は有彩色で合ったのに対して、その建物だけは白、純白の色であった。
胃の中の味が口元に沁み出てくるような錯覚に陥る。手にも、脚にも力が入らず、周りで鳴る音ですら、耳には届きそうにない。
聞こえるのは、自らの息遣いだけだった。段々と現実と妄想の境界線が曖昧になっていく。
「おい、入るぞ」
アイゼンの言葉で意識が身体に戻ってきた。
ぱんぱんと頬を叩き、惚けた頭に正常な思考をさせる。
よし、と覚悟を決めて、中に入る。
「なにこれ……」
教会では、性別年齢を問わない多くの住民が手を組み、一つの石像へ祈りを捧げていた。
昔見た事がある教会の情景と全く同じ構図だった。その先にある物さえ見なければ。
人類では考えられないような大きさの像だけど、見た目は人だった。見た目は美麗であり、街に出歩けば黄色い声が絶えず聞こえた事だろう。
しかし角が生えている。この崇められているものが魔族である事が見た目から一目瞭然だった。
…少し頭が痛い。臭いも濃くなった、それが悪さをしているのかもしれない。
空は良く晴れてるのに、自らの心は曇天で、少し風すら吹き始めていた。
「…どうして、こんな事を」
「俺は聞いた事がある」
「…何を?」
「魔族と人が歩み寄る第1歩として、魔族の中で最も秀でている魔王を主とした宗教を作ったと。戦争を終わらせた神として、その存在を確立させたと」
フリーレンは無表情に近しいながらも、少し歪んでいた表情を更に深めた。
絶望という色が存分に塗りたくられた顔は、もう元の表情を思い出せないほど染み付いている。
じゃああれが魔王の姿…?と疑問を浮かべるが、確かに相当に強そうな外観を持っていた。納得感は拭えない、あれが極大解釈された女神だったらどれ程気が楽だった事か。
「そ、そんな馬鹿な話が」
「しかし、これを見ればそれも幻では無いということだ。目で見たものこそ真実で、聞いた事はまだ偽りの可能性が残されている」
「魔法にでもかけられて無ければ、人類は魔族に好印象を抱いている…」
「魔法の気配は?」
「ない、全く」
「そういう事だな。住民は自らの意思でここにいる、外に居た何人かがまだ染っていない者たちと言うことだ」
「そっか、そっか…」
ふとした声は、胸が押しつぶされるような切なさを秘めていた。
2人は、事の深刻さを思い知らされて呆然としつつも、ふらふらと協会の外に出ていった。
その出来事の随分後、夜に近づいた時刻。
その人物は、ぼんやりとした頭でふらふらと頭を揺れ動かしている。
暗い、蝋燭の灯りしか明るさを持つ者が無くて、でも部屋には二つの人影がある。
アイゼンは腕を組み、目を伏せている。フリーレンが自らの意志で話す事を待っているようだった。
もうどのくらい、こうして無言を続けるのだろうか?そうアイゼンが疑問を浮べそうなところで、フリーレンはぽつりと話し始めた。
「私は、ゼーリエっていう知り合いがいる」
「あぁ有名なエルフだな」
「…そのエルフが、もし魔族の味方かもしれない…って言ったらどうする」
「…大問題だな」
「私は、あの人から魔王の名前を何度も聞いた事がある。それにあの独特な匂いもあの人の部屋から嗅いだことがある」
「昔の私もあの匂いに臭さを感じて聞いたことがあった。この匂いは何の?って」
「そしたらね、
「それは、本当か?」
「うん、私の記憶違いなはずが無い。確かにあの人はそう言ったんだよ。それに森林を彷彿とさせるような爽やかさを持ちつつも、異様なまでの清涼感を兼ね備える匂いを私はあれ以外に知らない、1000年以上生きてきてるのに、だよ」
はっきりと、昼間は揺れ動き続けていた瞳は今は焦点が合い、正気だと理解する。
「…では、その大魔法使いゼーリエですらも魔族側、ということか?」
「いや、分からない。今思えば確かにあの人は魔王の名前を頻りに言っていた。でも、それには純粋な好意じゃない何かが混ざっていた気がする。もしかしたら好意も無い、ただの恨み辛みが募っているだけかもしれない」
「その希望的観測が実を結ぶ可能性は?」
「良くて3割、ってところ。私自身が記憶を良い方向に捻じ曲げているかもしれない」
「なるほどな…」
その言葉と共に、これは世界を巻き込んだ問題なのだと理解する。
フリーレンは善意から、人類の今後の為にも魔族とは関わりを断つべきだと思っていた。
しかし、こうも密接だと切り離した場合のリスクが怖い。もう
「取り敢えずだ、ゼーリエの所に行こう。仮にあの人が味方になってくれればそれほど楽なことは無いからね」
「あぁ、そうだな…」
ズキズキと痛む頭を押さえながらのそのそとベッドに向かうフリーレン。
それを見てアイゼンも組んでいた腕を解き、隣にあるベッドの中へと入った。
天井には蜘蛛の巣があって、でもそれが安心出来る要素だった。
「取り敢えず、今日は寝ようか」
「おやすみ、フリーレン」
「うん、アイゼンも良い夢を」
⬛︎⬛︎⬛︎
「はぁはぁ…」
疲労を感じる身体では無いのに、息が切れてしまった。
久方ぶりに、多くの生命と対話をしたからだろうな。
勢いのある者達である。我の姿を見るなり、集りよって…
しかし、褒め称えられるのは悪くないな。我の功績を尊大に思うのは勝手である。
そこまで手間をかけてはいない故、少しばかり罪悪感を覚えるがな。
老婆や青年も囲んだ輪の中に居たが、特に子供だ。あれは良い。あの姿を見ると幼き頃の配下を思いだす。我が手間暇かけて育て、今や見違えるほどの賢さと美貌を備えている。
人類と生活を共にし始めてからは、求愛も増えたと聞いたな。
良い事だ。我は後何年生きられるか、分からんからな。
死ぬ気は毛頭無いが、少し魔力が乱れ始めている。数千年前まで出来ていた事が、徐々に出来なくなってきている。故に、それを死期と仮定し今を過ごしている。
フハハ、我らしくもない思考だ。しかし感傷に浸りたい気分になったのだ、致し方ない。
我の
あの日、魔王城から逃げ出したのは、書類仕事、来客への挨拶に嫌気が差したというのが主な理由だ。
それの裏には、我の子供たちを見て回るというのも理由として存在する。
親というのは、子供の成長を見守らなければならないらしい。人類の文献にはそのように載っていた。ならばそれに倣うまでよ。
あの時より自らに誓った言葉を、我は大切に覚え続けているのだから。
「ところでだ、我は何をするべきか?民の意見を一通り聞いたがお悩み相談で、それ以上の事由はないようだが」
「いえ、魔王様とお話を出来ただけどそれ以上など…」
「否、それは思い悩むな。我が好き好んでやった事柄よ。それを軽んじることこそ我への侮蔑だ。民の状況を聞くことこそ王たる我の役目。それを怠るわけもなかろう」
「ま、魔王様ッ!!」
「どんな雑用でもよい。今我は興が乗っている、故に頼みを選り好みしない貴重な機会だぞ?それを無下にするのか」
「ッ!!そ、そんな事は在りません、少しばかり時間をくれませんか?」
「ほう、作戦でも練るつもりか?行ってこい、街の長どもと話でもする事だな」
「失礼します」と勢いよく頭を下げた後に、急ぎ足でどこかに向かって行く男を見て、我はどすりと石畳の上に腰を下ろし、この街の景色を眺める。
我の方をちらちらと見ながらも元居た場所に帰っていく様を、手を振り見送る。
随分と豊かになった。この街も数百年前までは村であった筈だ。
いや、存在すらしていなかったのか?時の感覚が分からない弊害だな、フハハッ
「しかし、本当に平和な事だ」
「それもこれも魔王様のお陰だよ」
「フハハッ、そうだろう。我の功績である」
こうなるのならば、我の憎しみなど要らぬ復讐劇だったのやもしれん。
我の望みは魔族の平穏だ。それにたかが人類の祖先が行った愚行をいつまでも咎めるというのも心が狭い。故に人類、お前たちも配下に加えてやろう。我が庇護下に。
足元の方で、我になるべく聞こえる様声を張り上げて合いの手をしてくれるリーニエの健気さに感銘を受けながら、住民たちを見る。
楽しそうだった。
平和だ。我らと争っていた時に見ないことのなかった怨嗟は、無い。
無駄とは言わん。それは死んだ配下に面目が立たん。だから後悔はない。
しかし前を向く踏ん切りにはなったな。
そう我が決心したところで、先程慌ててどこかに向かっていた人間が帰ってきた。
その後ろには、小洒落た髭を携えた見るからに偉い役職と理解出来る人間も着いてきていた。
「大変、お待たせしました魔王様」
「良い。その間にこの街を目に焼き付けていたところだ、良い街だな」
「そう言って貰えると光栄でございます」
嬉しそうに微笑むその顔から、この人間が街の頂点だと理解する。
自らの事のように喜ぶのだ、この街を手塩をかけて育てているのだろう。
「さて、お願いしたいことがございます」
「勿体ぶらず早く話せ」
こほんとその人間は咳払いをして、頭を下げて一言懇願をする。
「では…魔王様。明日行われる豊穣の祭り、それのトリを飾ってください」
「あ、いやそれは…」
「どうしたの?もしかして自分の言葉に後悔してる?」
「否、我の言葉に二言は無い。あぁ…そうだとも」
やってしまった。よくよく考えればこの街で我に関係する祭りが行われるのだ、当人にやってもらう方が盛り上がりに困らないだろう。それすらも気が付かないほどに惚けていたな。
それにだ。リーニエ貴様、我がこのような催しに出る事を嫌っているのを知っていて放っておいたな⁉今も若干口角を上げているのに我は気が付いているぞ。
「さぁ、こちらへどうぞ。この機会です。他の者も驚かせましょう!」
「そう、だな…もう吹っ切れるしかないようだ。我の美を具現化したような身体を目に焼き付けよ、人類どもッ!!」
怒号のような喝采が街を支配した。
おー、と天高く拳を掲げ、明日をより良いものにしようと意気込んでいる。
それを見て、リーニエは微笑を浮かべる。
きっと魔王様の優しさへの尊敬が、この世界に蔓延するだろう。そうリーニエは考える。
「いつか、魔王様が魔族だけじゃなくて生き物全ての王様になったら良いのにね」
その言葉は覚悟を決めた魔王には届かなかった。
未来は暗いと思うフリーレン
未来は明るいと思う魔王様
どっちが正しい?