呼ばれてますよ、魔王様   作:英雄祈願侍

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思慕

 

 

 

眼を開け、欠伸をする。その上を向いた目に光の刃が容赦なく襲ってくる。

 

「ま、眩しい…」

 

チカチカする視界が安定すると天井が目に入る。どうやら無事眠れたみたいだ。

そこから少し視線をずらすとまだ日が昇りかけなのか、淡い光がカーテンの隙間から見え隠れする。ぴよぴよと朝から元気な小鳥の(さえず)りが聞こえ始めた頃、(ようや)く意識が覚醒した。

 

「今日は素直に起きれた」

 

フリーレンががさごそと布団に身体を擦り付けながら起きると、まだ日が昇って間もない時間だった。

隣を見れば布団のお化けがすぅすぅという呼吸音と共に膨らみ、萎みを繰り返している。

いつも通りの寝相の悪さにくすりと口が緩むのを理解しながら部屋を出る。

ギイギイと軋む廊下を歩き、突き当たりにある洗面所に向かう。

しかし、水はもう無く昨日の夜に汲んだ分は使い切ったと気づいた。

 

「あぁ、そうだった。水を汲みに行かなきゃいけないね」

 

小屋を出て、空のバケツをぶらぶらと揺らしながら周りの景色を見回す。

太陽の熱により乾いた土から仄かに香りが立ちのぼる。

鼻を抜ける匂いに天気の良さを改めて認識させられながら、彷徨っていると川を見つけた。

水の流れと共に運ばれる冷たさを孕んだ風に身体を少し震わせながら、水を汲む。

 

「お、重い…」

 

両手で取っ手を掴み、力いっぱいに持ち運ぶ。

バケツに貯められた水がちゃぽちゃぽと振動によって踊り出し、フリーレンは心做しか歩みが軽くなった。

 

「なんだか不思議な日だね、何時もと違う気がする」

 

少し前まで憂鬱であった朝、懊悩していた日々も遠い昔のようだ。

今日こそは進展するかもしれない。良い方向に、私が望む方へと。

フリーレンは思う、自らの故郷を奪ったあのもの達の所業を許してはならないと。

 

瞳に見えた景色、心情の風景を二度と忘れることは無いと。

 

あれは所詮、傲慢な獣である。他者を見下し、只強さだけを求め、それを誇らしげに周りに誇示する獣である。魔法に誇りなどの感情を持ちこそすれど、他者を慮れない。

 

「他の人たちが何を考えているのか、私にはわからない。幾度となく考えても回答は出ないよ」

 

ご飯を食べている時も、魔法の研究に励むときも、日中の鍛錬をしている時も考えた。

多くの時間をかけて尚、結論らしいものは出ず、諦めている。

この世界は魔族によって多大な被害を受けているのに、のうのうと暮らせるもの達が。

人類と魔族の関係性を断つという目標を諦める、以前の自分では考えもしなかったであろう行為。

それを許容しかけるほど自分に変えられることのない何かを認識して、それを心に刻み付けた。

納得できる結果ではない、だがこのまま思考の海に浸っていても出るものでもないと見切りをつけた。

 

「たった数百年程度で、なんでなんだろうね」

 

だが、フリーレンの思考を曇らせるであろうこの疑問に対して苛立ちを覚えることも、無力感を感じる事も無かった。

 

「新しい仲間でもいれば、新しい視点を得られるのかな」

 

そう人に弱みを見せるほどの成長を天は祝福するかのように日差しを一層強くした。

 

 

朝の出来事から暫く時を置いた後、フリーレンとアイゼンは馬車に揺られて、目的地へと向かっていた。

白い髪は風邪で靡いている。その最中「見えてきたぞ」という声で身体を起こして足取りを軽やかに、声の(ふもと)へ出向く。

 

「あの湖の街が目的地だ」

 

湖の上に存在する都市。

広大な森を持つ山々に囲まれて、ここだけ非日常感が漂っている。湖水に(ひし)めく睡蓮も波によって緩み、もうひとつ来る波によって締められる。そこに霧がかかり、水面はもう何者も反射しないようだった。

その場所へ向かうための橋には、多くの人の影が見える。

しかし、どのような人物かはここからは見えなかった。

 

 

キュール地方、魔法都市オイサースト

ここは北側諸国最大の魔法都市。

少し前までは魔法使いのギルドが存在しており、この街に魔法研究を盛んにさせていた。

日は浅いが、大陸魔法協会が1級魔法使いの資格者を選抜するための試験を、行い始めたところだ。

街の賑わいは、魔法使いたちによって担われている。

 

「変わらない街だね…ここも」

「来たことがあるのか?」

「……まぁね。千年ぐらい前、私には師匠が居た。その人の親代わりの存在なんだゼーリエはね」

「ほう、では相当親しい間柄か?」

「あー、なんとも言えないかな。私はフランメの弟子であって、ゼーリエのじゃないから」

「師弟関係に近いのに、そんなものなのか」

「あの人は私と合わないよ」

 

そう言い、フリーレンは周りを見回す。

街は文化的にも豊かで、美術や音楽などの藝術が溢れている。

 

「娯楽に飢えなそうな街だね。時間が在ったら長居したかったよ」

 

白く光を乱反射する特徴的な建物、そこにゼーリエは居るらしい。まるでお城みたいなその外観に口がぽかーんと開くのに気が付かないフリーレン。

権威と影響力を持ち、他の魔法使いからの尊敬と畏怖を集める偉大な人物だと訊いていたのもその呆けを助長させる理由だろう。

 

「随分と変わったみたいだね。あの人が死んだときは、放っていたから冷酷な性格だと思っていたけど意外と…」

 

長い階段を経て、その建物に入る。

要件を言うと、思ったよりもスムーズに事は運んだ。

 

「フリーレンなんだけど」

「あぁ、もうそろそろ来る予定だとゼーリエ様から聞いておりました。あちらへ」

 

そう言われた時にはフリーレンとアイゼンの表情は驚愕に染まり、それはそれは面白い顔だった。予知していたらしいゼーリエの底知れなさに気が付かないほど、早くも彼女が居る場所へ辿り着いた。

ゼーリエは、その身に有り余る大きさの椅子に胡坐で座り、肘を付きこちらを見ていた。

 

「ゼーリエ、久しぶりだね」

「あぁ。フランメの遺言を届けたぶりか?」

「そうかも」

「随分と老け込んだな」

 

冷やかしも挨拶の一つと心得ているのか、フリーレンの様子に鎌を掛ける。が、全く響いていないのか適当に流した。

相当な数の本が積み上げられ、森の様に本の木が聳え立っている。背後にある壁は、黄色がかった光を放っていた。

それによりフリーレンはフランメが褒めてくれた過去を思いだし、少し口元が緩んだ。

 

「そして、お前は…」

「アイゼンだ」

「成程、お前がそうなのか。噂でよく流れてくる、強いドワーフがいるとな」

「俺はまだ弱いぞ」

「謙遜しなくても良い、私でも楽しめそうな程度の力量はあるだろう」

 

まだまだ話しそうだったゼーリエの言葉に割り込み、本題を滑り込ませる。

 

「もういいかな?聞きたい事があって来たんだよ。ここにはね」

「ほう、話してみろ」

「…魔族に味方してない?」

 

少し瞼が動き、その言葉に微かな動揺を見せる。だがそれは瞬きの間に消え、白い歯を見せる微笑みへと変わった。

 

「フリーレン、何故そう思う?」

「一昨日行った街で、この匂いと同じものを嗅いだんだ」

「ほう、これとか?」

 

視線で指を指すゼーリエに首肯する。

右手の方から薄っすらとした煙を放ちながら、匂いを出すお香のようなものを見ながらフリーレンは話を続ける。

 

「私は、貴女が人類の敵だと思っている。あの魔王に靡いたんじゃないかって」

「あぁ、そんな心配をしていたのか?」

 

「私は魔族側では無い」

 

「それは、女神に誓える?」

「無論だ、私はアルケーを許してはいない」

 

暫く、静寂。

無音のこの空間には布が擦れる音しかしなかった。思わずアイゼンの方へ視線を向けるが、首を横に振り、フリーレンに全てを託している。

思わず目を覆いたくなるような現状に、溜息を付きたくなるところでゼーリエは話し始めた。

 

「……私とアルケーが昔共に暮らしていた時代があったと言っていたな?」

「うん、それは聞いた事がある」

「その時にだ、仲違いをしてお互いの同意で縁を切った」

「…そう」

「あの日に、私は自らの失態を悟った。故に私は魔族の味方では無い」

 

再度、質問への返答をして意志を表明したゼーリエにうんと頭を何度か傾け、良い方向に向かって良かったとこの場への評価を上げた。

 

「その言葉が聞けたのは光明だったね。じゃあお願いしても良い?」

「私にお前たちの手伝いをしろ、という事か?」

「…よく分かったね」

「多方予想が着く。フランメの弟子であるお前がこの魔族に(まみ)れた現状を認められるはずも無い」

「敵、だからね」

「お前にとってはそうだろう。そして、後ろで黙しているアイゼンも同じ志であろう」

 

軽く目で笑い、ゼーリエは膝に付けていた肘を離し、手を組んだ。

 

「良いだろう、手伝いをしてやる」

「…何か、裏があるでしょ?」

「心外だな、何も無い」

 

案外あっさりと応じて、ことも無さげに何故驚いているのかを問うてくるゼーリエにフリーレンは頭痛がした。

逆行による影で表情までは読み取れなかったが、きっとその笑顔は愉快そうに歪めていたのかもしれない。

 

「具体的には何をしてくれるの?まさか着いてきてくれる訳ないよね?」

「あぁ、私には此処があるからな。私に出来ることと言えば、お前に次の道を示す事とこの世界の状況について答えるという事だけだ」

「それでも充分だよ」

「謙虚なものだ…まぁいい。まず次だが南に下れ、聖都シュトラール付近にお前の同士が居る」

「見た目はどんなの?」

「眼鏡をかけた司教だ」

「…因みにそれって何の宗教?まさか魔族を崇めてたりしないよね?」

「そんな訳無いだろう、女神だ。お前が知っているままにな」

「良かった、一安心だね」

 

その言葉に引っ掛かりを覚えたのか、訝し気な表情で真意を問いてくる。

確かに女神を主とした宗教が一般的な世の中において、その真偽を問うのは可笑しい、それが普通である。

 

「どうしてそのような事を訊いた?」

「魔族を神として崇めるものも見た事があってね」

「そうか…そこまで進めていたのかあの計画を

 

「…何か言った?さっきからどうしたの、ゼーリエってそんなに考え込むタイ──」

「今日はもう良いだろう?この話は次回にしよう」

 

ひょいと奪い取られた会話に、フリーレンは訝しげなままだった。

「もういい下がれ」ゼーリエは短く答えるだけで、これ以上は何も話す気が無いらしい。

ぴくぴくと所在無さげに動く唇も、終わりなの?と言いたげだった。

 

「…分かったよ、出直すね」

 

 

 

建物から出て、2人で橋の上を歩いている。

ふぅと深い息を吐き出して、安心感を醸し出しながら会話を始めた。

 

「咄嗟に知らないふりをしたけど、大丈夫そうだった?」

「あぁ、気が付いてはいない筈だ」

「良かった、明らかに何か隠しているみたいだったし、盗めて良かったよ」

 

ちらりとアイゼンの方に向けば、白い布で包まれた何かを私にも見せてくれる。金で縁取られた本だった。数多くの本の中でも一際異彩を放っていたそれがフリーレンとアイゼンには、希望の光に見えて、考え込んでいたゼーリエの隙を縫って盗んだのだ。

 

「早まった鼓動が痛い」

「意外と抜けているのだな、お前の師匠は」

「だから師匠じゃないって。いつもはあんな感じじゃない、今日が特別呆けてただけ。やっぱり魔王に想いがあるみたいだね」

「では、あの味方と言っていた人間も敵か?」

「いや、でも嘘じゃないと思う。よく分からないけど、その人が仲間ってのは信じて良い気がする」

「勘…か。しかし藁にも縋りたい状況だ、行くしかないな」

「うん、そうだね」

 

「それにしても、また驚かされた」

「何がだ」

 

「この世界は人を驚かす事が趣味みたいだね、だって聖都に行くことになるなんて」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

私が私であると認識した時、そこには誰も居なかった。

 

森の土地、海から遠い山間部にいつの間にか立っていた。

周囲には高い山々が谷を覗き込み、樹々によって色の違いを見せてくる。遠くの峰々は空と同じく青みがかり、同じような存在に見えてくる。

山は遠くが見えるのに、海は遠くが見えない。見渡せる境界線は僅かに揺らいでいる。

世界の広さは、そのほとんどが見えない。それと同じように人の心も大半は見えてこない。魔族ならばそれ以上に最悪の結果だろう。

 

神話の時代、女神が世界を創造し、ありとあらゆる生命を造り上げ、世界は色に包まれた。

最初は右も左も分からず、自らの意識は確立していても、何をすればいいかは見当もつかなかった。

 

そんな時に、私は出会った。

魔王、アルケーに。彼奴は私を見るなり驚いたような顔をして、笑ったのだ。心底嬉しそうに、な。私は見惚れていた。周りにいる魔物どもに目を向ける事も無く、美しい芸術品のような顔が私だけをみて微笑むのに見入っていた。

あれこそが私の人生の始まりと言っても過言では無いだろう。

 

「お前は、なんだ」

「私は私だ」

 

それぐらいしかあの頃の私は返せなかった。

言葉さえも最低限の物しか無く、アルケーの言葉は意味の分からない音の羅列だったな。

 

そんな様子の私を見兼ねたのか、彼奴は言葉を教え始めた。自らの傍にいる魔物たちではなく、ぽっとでの私に多くの時間を割くようになった。思えば同じ形をした生物というものに同族意識が芽生え、何の思考も無く善意の奉仕だったのだろう。しかし私にはそう思えなかった。魔物たちから向けられる嫉妬の視線が心地よく、期待に応えるべく多くの事を訊き、多くの事を学んだ。

 

言葉を選ぶことが楽しかった。突然閃くような感覚を私は信じてきた。

言葉には魂が乗る。魔族はそれがなかった。感動させるもの、信じるものは言葉なのだとあの日々によって知っていた。だがあの特異生命体はそれを出来ていた。そんな異端に私は信頼を置いていた。

誰かの言葉を信じたのは、妄信したのはあの時だけだ。

言葉を聞く度に鳥肌がたった。それは言葉という概念に魅了されていたわけではない。

目の前の誰かの為の努力だ。

 

「私はきっと憧れもしていた」

 

当時の私は、この時の彼を神だと感じていた。神が目の前に降臨したような感動が訪れた。自分は神に選ばれたという喜びを感じる事が出来た。私の才を存分に活かし、興奮によって自らの頭を浸して、目の前の神の言葉に従い続けた。

 

「きっとお前は、なんとも思っていないだろう」

 

名を付けられたあの日、生まれ変わったような気分を味わった。

努力によって造り上げられた彫刻に名を入れる事で仕上げるような工程だ。だからこそそれは重要な儀式であり、私という個を完成させた出来事だ。

 

だが、私は捨てられた。

「お前にはもう我は必要なかろう」と、それだけを言って去ってしまった。

虚しい日々が続いている。強引に奪い取れたらどれ程良かったのだろうか。

 

「お前が、私よりも弱かったら、お前は王という立場にいれなかったぞ」

 

それぐらいには、本気だった。

 

「ゼーリエ、お前は大切な子供だ」

「私もお前が大切だった」

 

悪い気はしなかったが、それで満足する器ではない。

 

「お前の全てが欲しい」

 

少しの躊躇いも無く、その言葉を言える。はっきりと、私らしくも無いものを。

前に出した手を握りしめ、この手の中に納まる彼奴を妄想すると頬が緩む。

目は真っすぐ前を向き、妄想を深める度ずきずきと心が痛む。

 

だが、気に食わないこともある。

 

「何故、私以外の名前を呼ぶ?」

 

そうだ、私の名前はお前が付けた。特別なものだ、それだけを呼べ。まだ魔族ならば、お前の名付けた名前ならば分かりは…するかもしれない。いややはり駄目だ、名を呼ぶな。

お前は私のものだ、それ以外に靡くことは許さん。

 

「私はお前を理解しようと弟子を取った。あの子を私は快く思っている。凄まじい才を魅せ易々と予想を超えてくる子だった」

 

そう、私は理解のあるエルフだ。故にお前の心を、魔族らしからぬ難解な内を紐解こうと先ずはお前の道筋を辿ってみる事にした。その一環が弟子だ。お前の様に親子の関係を作れば近づけると思った。

そんな邪な出会いにも拘らず、私の予想も超える逸材だったのは僥倖であった。アルケー以外で初めて心躍る生命だったな。

 

「しかしだ。私はお前が子供を慈しむ気持ちまでは理解出来なかった、それも血の繋がりも無い血縁上は赤の他人であるもの達に、父親のような教えを説き、母親のように包み込む事の何かを知り得なかった」

 

哀しい事だが、やはり壁があった。

難儀なものだ。魔族の長たるお前が親愛を持ち、人類たる私が親愛を知らない。

逆であったならばどれほど良かった事か。

 

「その悶々とした日々の最中、あの子が亡くなった、それは…良い気分ではない、決して悪い拾い物では無かった」

 

私はその場に居合わせなかった。フリーレンと暮らしていたらしいあの子の最期はどうだったのだろうか。

…目もかけず、別れの言葉も掛けなかった私が思うのも迷惑か。

 

「お前と共に歩めたらどれ程その距離を詰める事が容易だったか。あの子は魔族を嫌っていたがお前ならば親交を深める事も可能だったのかもしれない」

 

私では、無理だった。せめてもの手向けに遺言である魔法が誰にでも使える世界への切符を広める事だけだった。

従来の考えである魔法使いの選民との折衷案だ。この私が少しでも考えを譲ったのだ、稀有な事例だ。

…今後はお前にしかする事はないだろうな。

 

「まぁ、良い。このような逸れた思考に時間を割く意味も無い。

一つ手を打った。魔族が裏で(うごめ)いている今の現状は、私にとっても都合が良くない。

フリーレン、お前を利用する事になるが私もするべき事がある。故にお前に託す、今後も多少なりとも手助けはする為、怒るなよ」

 

 

「お前に人類と魔族の未来は任せた」

 

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