変革
「ぐ、ぐぅ…」
ガタンという大きな振動に、フリーレンは頭をぶつけた。
「い、いてて。いつの間にか寝落ちしていたみたいだ…」
その衝撃で睡魔に襲われていた頭が強制的に覚醒させられる。
変な声を出した事だけは覚えていて、眠気でぼんやりした顔に、恥ずかしさがこみ上げる。
辺りを見ても布に四方を包まれていて、状況の分からなかったフリーレンは揺れる床に苦戦しながら外の状況を確認する。
アイゼンが馬を御して走っているところだったらしい。
「う、うわぁ…この道ガタガタすぎて腰が可笑しくなっちゃうよ」
「貧弱だな」
「アイゼンが頑丈過ぎるだけだよ」
手入れのされていない獣道を乱暴に走る馬。
景色を楽しむ余裕のない速度。
その極限状態に思わず顔を顰めてしまうが、何とか気を持ち直し、雑談でこの酔いを誤魔化そうと画策する。
「どうする、すぐに聖都に向かう?」
「間にいくつか都市がある、そこに寄り道するのもありだな」
「えーどうしよう、でも急ぎの用事でも…無いよね?」
「あぁ、寄り道をする余裕はある旅だ」
「そっか、どうし───」
事実に気が付いたのか、言葉が段々とか細くなり最後には沈黙が残った。
少し怒気の混じった雰囲気で、フリーレンは睨みつける。
「じゃあこんな乱暴に運転する必要ないよね」
「…」
「早く速度緩めて」
その言葉でアイゼンは馬に指示をして、激しい揺れは収まった。
ゆったりとした速度となり、一息つく余裕が出来る程度には気持ちが回復した。そんなところで、今後の予定について話し始める。
「これからどうする」
「物資を補給しよう、飯がもうそろそろ尽きる」
「どこがいいとかある?」
「特にないな。何処も昔とは姿が変わっているから、差が分からん」
「あー、じゃあ地図を見て決めよう」
詰まれた荷物から、地図を探し当て床に広げる。
フリーレンはそれをしばらく眺めた後、眉を顰めた。手に取った地図には不思議な点があった。
「あれ、これなんでバツがしてあるの?」
「ん?あぁそれは間違っているからな、その下にある地図を見ろ名前が訂正されたものもあるだろう」
言われた通り、この地図を見つけたカバンの底の方に目を凝らすと地図がもう1枚あった。
じっくりと眺めると記憶にある地図とは変わったものが多くあった。その中でも近辺にある街の名前、それにフリーレンは目が止まった。
「…え、旧グラナト領って事は今の名前は違うって事?」
「今はルーエと名前を変えているらしい」
「何でわざわざ名前なんて変えるんだろう?」
「人類は節目に名前を変えるものだ、お前は知らないのか」
「うん」
「何かいい事でも合ったのだろう、若しくは悪い事かもな」
「そうなんだ、時代が変わったのかな」
話している間も馬車は曲がりくねった道を進み続ける。暫くすると遠くに頂きが白い山々が見えてきた。雪が被さった山はそのグラデーションにより、時間の移り変わりを見せてくれる。その山々を見る際には木々の幹と枝葉で作られた額縁が自然と出来上がり、1種の作品のようだった。
その隙間に人工物を見つけた。未だに距離があるからか何かは分からなかったが、取り敢えずアイゼンにも教えてあげる事とした。
「あれは?」
「…? あぁ、あれがルーエだ」
街につき、散策を開始した。
木の屋根が、雨に晒されていたからか苔むしている。棟木には小鳥たちが屯ってぴよぴよとおしゃべりに励んでいる。露店も点在して運営していて、そこに時折人々が寄り、会話の音が増えていく。
しかし、そののほほんとした街にもハプニングは絶えないようで。
「衛兵が多いね」
「あぁ、なんだか物々しい雰囲気も感じるな」
「でも……、平和そうだね」
住民の顔には怯えなんてない。
だからこそ、そこまでの一大事では無いのだということは理解出来た。
「へい、そこの別嬪さん今なら席空いてますよ!」
「よってらっしゃい、最近いい素材が手に入ったのでいつもより品質がよい小物はいかが!!」
大きな声に釣られてそちらに向かうと、一際賑わう通りを見つけた。
少し敷居が高いレストランや家が買えるであろう値段がする衣服を売る服屋、小物などを取りそろえた雑貨屋などの店が並ぶ通りだ。
「ふむ。おいフリーレン、ここからど…」
フリーレンに話し掛けようとしたアイゼンは違和感に気がつく。気配がない、そう思い後ろを振り向くと、着いてきているはずのエルフの姿は綺麗さっぱり消え去っていた。
「…探すか」
一方その頃、迷子のエルフは。
「こ、これ美味しい…」
噛みしめるたびに味わいが増し、味付けに噛み応えを持ちつつも、力なく嚙んだとしても飲み込める程度の絶妙な均衡を保っている。
そんな風に、屋台で売られていた食べ物にうつつを抜かしていた。
「ここの食べ物を制覇しなきゃね。勿体ないよ」
そう決心した矢先、人の多さに気付いた。
少し周りを見渡せば、忙し気に足を動かす下人が忙しなく動いている。家族連れも今日は多い。この思考はよくないのだったな、如何せん自分以外の人間の見分けがつかない身としてはこの思考に囚われがちだ。
「あっちでなんか起きてるらしいわよ!見に行こ!」
「あ、待ってよ!!」
慌ただしく走っていく子供たちの姿を見て、こてんと首を傾げ疑問を浮かべた、
「何か催しなどが行われているのかな」
その小さな呟きは、隣にいた屋台の人には聞こえていたようで、ガハハとでも言いたげな豪快な動作で作った串焼きをフリーレンに渡しながら、答えを教えてくれる。
「あぁお嬢ちゃん知らないのかい?」
「うん、何も知らないよ」
「今この街には有名な人が来てるんだ」
「どんな人?噂とか無いの」
「そうだねぇ…まずおっきな角がある魔族だろう。それに特徴的な服を着ている。あとは桃色の髪が特徴的らしい」
「なるほど、なんだか聞き覚えがある特徴だね」
その噂の人物に段々と頭の中の姿が近づいて行く途中で、急ぎ足で駆け寄ってくるお守り役がきた。アイゼンは目しか見えないながらも、呆れた様子で問い詰める。
「おい、フリーレン。お前どこに行っていた」
「あ、アイゼン」
その言葉で素直に自分の行っていたことを話そうとするが、手には食べかけの串が数本あった。これを見られてはマズいとすぐさま背中に隠そうとするが、時すでに遅し。
アイゼンにはサボりがバレてしまった。
「相変わらず、不真面目なヤツめ」
「…面目ない」
「まぁいい。それよりこの騒ぎの中心に向かおう、魔族なのだろう?」
「うん、そうらしいね。でも私は魔法が使えないし…」
「俺をどーんと信じろ。お前がやられる前に俺がやる」
「頼りにしてるよ、アイゼン。魔法を街中で使うと怒られるからね」
下手に溜めがある魔法を使うよりも、アイゼンが戦った方が部がいい為フリーレンはその作戦に同意を示した。
そうしてフリーレン達も民衆が消えていった方へと、人の流れの向かう方へと足を進めていく。
そうすると子供の声が聞こえ始めた。
「あうらさまー」
「あれやって、あれ!」
「分かったわよ…やればいいんでしょ、もう」
「
「わー、凄い身体の自由が効かないや」
「おもしろーいっ」
「ええそうでしょう?これが魔法よ、坊や達」
「魔法ってすごいねー」
「ねー」
「本当にわかってる?なんだか心配だわ」
やいのやいのと声を上げながら人々が、日常を過ごしている。
その正常ならざる光景に疑問を持つのが在り方としては正しいのやもしれない。
魔族が平然と魔法を使っているのに誰も止めようとしない。あの魔族ならば安心だという自信に満ち溢れているのだろうか?魔族は善人で危害を加えることの無い畜生だとでも宣いたいのだろうか。
だが今この時代この場においてはこれが正常だ。魔族との戯れ、それは食事をしただけと変わらず当たり前の
この一コマ、夕食の副菜が一品増えた程度の些細な事として消費される。
そんな子供との戯れをしている魔族は、何かに気が付いたかのように辺りを見回し、捜したものが見つかった途端表情を歪めた。
「げ、フリーレンじゃない…」
そのボソボソとした呟きに気が付かないまま、フリーレンは目の前の魔族の名前を記憶から探る。
「お前は…」
「久しぶりね、フリーレン。元気そうでなによりね」
噂通りの変な服に、ピンク色の髪。そして大きな角。昔と全く変わらない姿のアウラがそこにはいた。
「どの口が…、お前こんなところで何をしている」
「見て分からない?子守りよ子守り」
そういって自らに身にしがみ付く子供たちを視線で指す。
表情は笑顔だが、眼は笑っていなかった。よほど長い間、囲まれていたらしい。疲れが姿勢からも雰囲気からも感じ取れた。
「これも何かの縁ね」
「良縁では無いけどね、今ここでやっても良いんだよ」
「そんな野蛮人だったかしら…?変わったのね」
「変わってないよ、私は最初から魔族が嫌いさ」
「そうなの?まぁいいわ。こんなところで長々と話すのも疲れるだけだし」
アウラは視線で付いてこいとサインを出し、しがみ付いている子供たちを親御さんに返しながら歩いていく。
「…」
それに対して何もアクションを起こさないフリーレンとアイゼンに痺れを切らし、大きく足音を流しながら戻ってきた。
口はピクピクと痙攣しながら、でも言葉だけは普段通りにしようとしているのか震えた声色で、今度はしっかりと誘う。
「あちら側に行かない?ここじゃあ人目が気になるでしょう」
少し歩くと人があまり居ない何処か小ぢんまりとした場所を見つけた。そこは人との賑わう中心街から外れた立地にあり、時折吹く風がどこか寂しさを彷彿とさせる。其処へと行く松で飾られた道を日の光で照らしている。灯すら届かない場所には、何かが潜んでいそうだ。
ざわめきが聞こえだし、一定のリズムを刻む。
「この辺りは高いのよ」
「建物が…?」
「そんな訳ないでしょ。料理よ、料理」
「この人通りの少ない場所にそんな高級店が?」
「だから名店なの。人が多いと、このアウラ様でも疲れるのよ」
案内された場所は他の建物と同じ、一見すると何の変哲もない民家であった。
中に入ると、一軒家の一階がレストランで、テーブルは十卓程だった。
「お邪魔するわね、いつもの席に座って居るから」
はーい、そう店の奥の方から快闊な声が聞こえる。
外が見える窓際の席に慣れた様子で座り、ひょいひょいと手招きする。
「早く座りなさい、お腹も空いた事だし腹ごしらえしようじゃない?」
「分かったよ」
魔族と何故か成行きで食事を共にする事になったという現実を未だに受け入れられていない2人は、生気の抜けたような表情で力なく席に座った。
それを気にも掛けないで、アウラは平然とメニューを見ながら声を上げる。
「店員さーん、注文いいかしら?」
少し店の中を見回すと、紅色の少し
飾り棚のような部分には、縁起の良さを滲ませる置物が置かれている。
「静かな場所だね」
「えぇ。私のお気に入りよ、特別に貴方たちに教えてあげる」
光栄に思いなさいと口にして、オーダーを取りに来た店員に、メニューを指差して三人分の注文をした。しかも気を使ってか、違うものを三つ。
フリーレンとアイゼンはその心遣いに、背中を冷えた手で撫でられたようなぞわぞわとした幻を感じた。
「貴方たち好き嫌いあるかしら」
「無いよ、多分」
「俺も無い」
「高級なものを口にできる機会はそうそう無いでしょ?良かったわね、私が優しくて」
「要らぬ気づかいだよ。それに食事にお金を掛けたくもない」
「実にお前らしいわね」
先に運ばれてきた紅茶を手に取り、一飲みした後アウラは話を変える。
「貴方たちは、この世界をどう思う」
「嫌な世界になったと思ってるよ」
「魔族の支配する世界に変わったな」
「そう、変わらないのね」
アウラは再び紅茶を飲む。
丁度運ばれてきた料理に喉を鳴らしながら、食事を先にしましょうと話を終わらせた。
パクパクと食べるアウラに続き、アイゼンも食事を始める。フリーレンは魔族の前で食事をする事が怖いらしく、視線を往ったり来たりしている。
しかし観念したのか料理をオズオズと食べ始めた。
そんなフリーレンの姿に苦笑いしつつ、アウラは話し掛ける。
「この前ね。ここが私たち魔族と手を取り合うようになったのは」
「ってことは、昔は魔族を嫌っていたの?ここの領主は」
「えぇ。それはもう大の魔族嫌いよ、そのせいで調停に難航したのも今ではいい思い出ね」
思い出に浸っているのか目を瞑り、身体をゆらゆらと揺れ動かしている。言葉は不満気だが、実に楽しそうな様子であった。
「楽しそうだね」
「えぇ。そう見えるかしら?」
「幸せなの?魔族であるお前が、こんな平穏を楽しいと?」
「野蛮な生き物では無いのよ、魔族っていうのはね」
「そんな訳ないよ、だってお前たちは人類に対して友好的では無い」
「そう?私たちはあなた達に歩み寄ってあげてるじゃない」
「その傲慢さがお前たちの本性だ。それに気持ちを入れ替えるほど人類に価値を感じていると思えない」
「可笑しいかしら。私も生命よ、だから心を入れ替えたの」
「ああ言えばこう言うのか…」
くすりと、断固として、魔族に対する態度を変えないエルフにアウラは笑いを浮かべた。
心底面白いものを見つけられたな、と自分の運の良さを誇らしげにしながら。
「其処まで露骨な態度を取られると
「私の頭にはお前たちの行いが記憶されている。それにお前とも戦った、それが今更手を差し伸べて、仲良くしよう?それは無理だよ」
「ふーん、でも今の私を見て同じ言葉を言えるかしら?だって行動は全て善人で、変わってないのは見た目だけよ」
「…分かってるよ。お前たちが変わっている事なんて。でも昔の行いを許せる程では無い」
「それは貴女の意見ね。人類の大半はもうどうでもいいのよ。長命種達の意見なんて人類は求めてない、お前たちは時代の残党よ」
「…そうなの、かもね」
「分かればいいわ、精々邪魔をしない事ね。この平和な世界を乱すのは貴女たちよ」
辺りは日中の強い日差しからは大分落ち着いた様子となっており、遠くに聞こえていた人の騒めきの様なものは、もう聞こえない。橙色に風景が染められ幻想的であり、それと対比のように影はどこか不気味でありそこに何かが、魔物がいるのかと疑わせる。
今は春ではあるが、こうも時が進むのが早いとこの季節を楽しめるものも楽しめなくなる。
「…それに、お前たちではどうしようもないからね」
「何か言った?」
「いいえ、何も言って無いわよ」
そこから小一時間程話した後、解散とする事にした。
魔族と何で雑談をしているんだと自分に尋ねたくなる度々には平和な時間であった。
「精々、頑張りなさい。貴方たちがこの世界に順応できることを願っているわ」
「じゃあご馳走様。美味しかったよ」
「そう。良かったわね、私に感謝しなさいよ」
「お会計は…」
そう言いながら財布を懐から出して、割り勘でもしようかと相席した2人の人類へと視線を向けると、
「因みに私お金ないから」
「え」
「俺も無いな」
「…って事は?」
2人の揃って、魔族であるアウラに
「「アウラ、後は任せた」」
食べた後で満腹なはずなのにそれを感じさせないほどの速度で走り去ってどこかに行ってしまった。そんな二人の姿を見てアウラは独り、叫ぶ事しか出来ないのだった。
「そ、そんなのってないじゃない!?」