とある幻想の四重響奏 -Quartet of a Imagine-   作:独楽と布団中の図書館

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出来る限り投稿後の修正はなしの方向で頑張りたい。切実に。

2014/12/16追記:誤字脱字修正しました。……何故見逃してしまったのだorz


11. AIM_Angel

 真っ先に意識したのは黒一色。黒い球体を内側から覗いたような世界で、星のように開いたいくつもの穴から■■が漏れ出してくる。

 そんな夢と現の境界みたいな宇宙に包まれて。 

 揺り篭じみた海のなかで上条柚姫の意識は揺蕩う。否、意識ほどはっきりとしたものでもなければ、無意識ほど自覚できないものでもない。この曖昧な世界同様、不明瞭な感覚のなかで彼女はふと思考する。

 

 ここは、どこだろう。

 

 こんな場所は知らない。理解できない。

 恐怖にも似た疑問に流されていると、流れた星から声が届いた。

 

 

――……もう、やめようぜ。こんなの野球じゃない。

 

 

 いつかどこかの部室で、能力者相手に負けた部員たちが嘆いていた。

 

 

――学園都市って残酷よねー。

 

 

 目上の人間よりも優れている自分に酔いながら少女は嗤う。彼女に追い越された少女もまた、それを聞いていた。

 

 

――無能力者にできる事なんて、何もないんだ。

 

 

 騒ぎを野次馬の中から眺めていた少年が、風紀委員に保護された子供たちを眺めながら、自身の無力に歯噛みした。

 

 

――無能力者って、欠陥品なのかな……。

 

 

 いくら努力しようとも結果が実らない。そんな厳しい現実に少女が一人、自分の存在意義を失いかけていた。

 

 

 

「――――ぁ、」

 

 

 

 彼らの痛みに涙した。

 

 

(聞こえる)

 

 

 痛くて、苦しくて、

 

 

(雪崩れてくる)

 

 

 寒くて、虚しくて、崩れていく。

 

 

(奥底から溢れてくる)

 

 

 縋りついたものにさえ裏切られて。

 

 

(掬い上げた手のひらに溢れるそれは、)

 

 

 でも、

 

 

(それはきっと、)

 

 

 それでも――――、

 

 

 

 

 

 

「――dp意wrq、lrw生azxb助rt」

 

 

 

 

 

 救いはあるのだから。(きっと、その旋律は――、)

 

 

 

 

 

■AIM_Angel■

 

 

 

 振り下ろされた振動刃が白い皮膚に触れた瞬間、接触部が金属のように硬化。鈍色掛かった鋼鉄のように凝固した部分に、触れた刃がついに砕け散る。刃こぼれを無視して振り続けた結果だ。

 舌打ちを零しながら幼子の額を蹴り飛ばして離脱。落下中にコートからナイフ型の爆弾を、扇子を開くように持って六本取り出して猛獣の眼前に放る。放ってから約三秒で起爆。

 爆風に煽られながら距離を取って地面に着地する。爆炎を振り払って向かってくる触腕を、その中ほどを右腕で弾き飛ばす。

 見上げれば、無傷の赤子がこちらを血走った眼で見下ろしている。先ほど角を爆破したものと同規模の爆発に、しかし今回は傷一つ付けることができなかった。

 

 

「…………っ」

 

 

 わかりきっていたその光景に再び舌打ちを零した。

 交戦を再開してからすでに半刻ほど。赤子の興味はすでに俺たちに無く、原子炉に向かって侵攻している。その上、こちらの攻撃の大半は防がれるか、そもそもが大したダメージにならない。すでにアレにとって俺たちは脅威でも障害でもないようだった。

 それ以上に、体を苛む違和感のほうが今は問題だった。そしてその原因もなんとなくは理解している。

 

「……こいつのせい、だよな」

 

 アレに触れてから、何かがおかしい。

 身体の中で何かが暴れ狂い、容器を破壊してでも外に出ようとしている。それが何なのかはわからない。わからないまま、目の前の存在を凝視する。

 純白で機械染みた無機質さで行動している癖して、内包する妄念に突き動かされるその怪物。醜い胎児のような姿に、背中から吹き出る翼のような光。そして歪な円環を頭上に浮かばせたその姿は、まるで、

 

――『天使』。

 

 別の次元に存在し、ある種の指向性の塊。

 無意識の権化であり、能力の塊であるアレに同質の力はほとんど意味を成さない。単純な能力は表面を破壊するだけで結果的に取り込まれるだけだ。

 能力の吸収。それがアレの力。複数の能力者の意識を糧とし、膨れ上がった意識に際限など無い。ただ喰らい尽くすだけだ。増幅し増長し、成長を繰り返す。『幻想御手』のネットワークを破壊しない限り、あれは止まらない。

 

 『幻想殺し』が奪われないのは幸いと言えるものの、幻想殺しは一万人の意識を吹き飛ばす力など持っていない。一撃で吹き飛ばさない限りすぐに再生してしまう。

 話を聞くにネットワークを破壊することができるワクチンも消失している。

 勝利条件を悉く潰された状態で、敗北までほんの数メートル。

 

「絶望的だな、こりゃ」

 

 施設の壁際まで追いやられ、背後で廃車寸前のバイクに跨ったまま銃を構える深嗣が苦々しく呟いた。本人の外傷はほとんどないものの、能力の過剰な使用による疲労の色が濃い。

 冷静に観察している俺も似たようなもので、とうに体力の限界を越えている。

 

「―――――――!!」

 

 咆哮が轟く。暴風となって襲い掛かる声無き叫びに膝を地面に下ろしながらも、それでも思考を止めることはしない。

 あの『天使』はなぜ原子炉を狙うのか。これだけが発現した『知識』を検索し尽くしても出てこなかった。だからこそ、猛獣を視界に納めながら残った意識を総動員して、未だノイズ塗れのデータバンクに照合をかけ続ける。

 

――眼前の天使、その名称。…………『幻想猛獣(AIM_Burst)』ト仮称スル。

  能力は。…………能力ノ捕食。規模並ビ速度甚ダ極大。現状対処スル術無シ。

  アレの目的は。…………不明。恐ラクハ―――、

 

 再び触腕が奔った。

 右手で触手を消し飛ばせば、さらに別の触手がいくつも伸びてくる。数は六。まとめて払ってやろうと右手を翳したところに、光の雨が同時に降り注いだ。単発の威力よりも数と速度を選んだようだ。これでは防ぎ様がない。しかし、避ければ施設に直撃する。触腕はなぎ払った。だが眼前には小さな光弾の群れ。

 行動に移ったのは深嗣だった。コルトを乱射する。精製した高硬度の鉄鋼弾が致命傷となる数十発に直撃し、

 

「ちィ――ッ」

 

 しかし打ち消すことができず砲撃の角度を曲げるだけに留まった。

 なおも光弾と鋼弾の応酬は続く。だがそれもあまり長くは続かないだろう。徐々にだが確実に、直撃したときの反射角が小さくなっていく。時間が無い。打開策もない。ならば取れる選択肢は捨て身以外有り得ない。

 光が飛び交う中、触腕を右手で消しながら懐に飛び込んだ。その際に被弾した右大腿部と左肩は意識から外して、右手を振り上げる。

 

「―――――っらァッ!!」

 

 乾坤一擲。

 両側から突出してきた円錐の角が脇腹や肋を抉っていくことも構わずに、天使の顎目掛けて下から拳を振り抜いた。後先考えずに全力で放った右手が肉塊の顔面を上体ごと吹き飛ばした。直後、下から持ち上げられた触腕に弾き飛ばされるが、猛獣の表皮や内部組織がガラスのように四方八方に砕け散り、抉れたように空洞が開けているのが見えた。

 最もその程度の損傷では全壊には至らない。表皮の細胞が増殖していくように、開いた穴を塞いでいく。あと一分もせずに全修復するだろう。しかし、ここでようやく糸口を見つけることになる。

 

「深嗣――――ッ!!!」

「おうよォッ!!!」

 

 頭部が収まるはずの位置にある空洞の中心。そこにある三角柱だ。それはパズルのように機械音を鳴らしながら細かく変形を続けている。

 あれが一体何なのかはわからないが、あれがこの天使の根幹に関わるものだということだけは理解できた。俺が右手で触れれることができればそれで勝ったも同然なのだろうが、生憎と空中に弾かれてしまった俺にはどうすることもできない。故に今は深嗣に賭けるしかない。

 

「これで、終わりだァッ!」

 

 深嗣が叫び、三角柱へと向けられたコルトが火を噴いた。弾丸型クレイモア三発が三角柱に直撃。直後、弾丸が爆散した。フラッシュに視界が明転する。

 一瞬視界を焼かれたものの、すぐに戻ってくるその景色に、

 

「糞ッ垂れがァ……っ!」

 

 吐き棄てる深嗣の視線の先、頭部以外の部位を完全修復した肉の塊が現存していた。空洞から覗く三角柱には罅こそ入っているものの、砕くまでには至っていない。

 その穴もすぐに埋まる。爆発の衝撃に煽られながらも着地して、

 

「――っ!?」

 

 着地の衝撃にさえ耐え切れず、地面に膝を着く。限界を超えた肉体行使の反動だ。こうなれば最後、これ以上動けば生身の人間ならそれだけで致命傷になる。

 

 どさり、と。

 砂袋を落としたような重い音に振り返れば、深嗣がうつ伏せに倒れていた。そもそもが弾丸の応酬を繰り広げていた時点で限界以上の能力行使をしているのだ。意識は残っているようだが、それ自体がすでに奇跡的と言ってもいい状態だった。

 

 敗北条件は揃った。

 御坂美琴と打ち止めは未だに能力を使える状態ではなく。木山春生も満身創痍で、今はもう能力者というわけでもない。初春飾利と佐天涙子はそもそも戦力ですらない。警備員も壊滅している。あとは、

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、お兄ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 彼女の姿が視界に入った瞬間に思考が停止した。車内で気絶しているはずだった彼女が。

 目の前。ほんの数十センチ先で。

 いつもと同じような笑顔で、俺を見下ろしていたから。

 

「―――――ッ!!?」

 

 身体に奔る激痛も、それが致命傷であることさえ忘れ立ち上がろうとして、しかし柚姫の手に肩を抑えられただけで失敗に終わる。

 唇を噛む。ほんとうに、情けない。

 

「動いちゃ駄目。今は休んでて」

 

 ね? と子供に言い聞かせるように柚姫は笑った。

 その背後で触腕が鎌首をもたげるのにも、彼女は気付いていない――、

 

「いいから逃げろこの馬鹿……!」

「大丈夫。問題ないって」

 

 家屋すらもたやすく破壊するそれが、ギロチンの如く振り下ろされて、

 

 

「――っらぁああああああ!!」

 

 

 横合いから怒号とともに奔った閃光に弾き飛ばされた。

 

――『超電磁砲』。

 

 音速の五倍で射出されたコインは空気と摩擦しながら、インパクトの瞬間に爆発的な熱量と指向性の衝撃を炸裂させる。それは戦車の装甲すら容易く打ち抜く――どころか一発でビルを倒壊させるほどの威力を持っている。学園都市第三位の名に相応しい威力だ。

 弾が飛んできた方向を見れば、御坂美琴が打ち止めを抱きかかえながら立っている。足りない電力を二人で足して放ったらしい。

 

「ほら、大丈夫だったでしょう?」

 

 だから少し休んでいて、と彼女は俺を嗜める。そうして柚姫は笑いながら幻想猛獣と向かい合って、静かに、祈るように手を合わせて口を開いた。

 

「――――♪」

 

 唄、だろうか。

 柚姫の喉から発せられるのは、なにか、得体の知れない旋律。

 それに反応したのは木山春生だ。彼女は唖然と、信じられないものを見る目で柚姫を見ていた。茫然とつぶやく。

 

「これは、ワクチンソフト……? いや、表皮から直接ネットワークを崩している――アンチソフトとでも言うべきか……。なぜ彼女が……、そもそも声帯が発せられる音じゃ……」

 

 猛獣の様子がおかしい。必死に息をするようにもがき苦しんでいる。まるで陸に打ち上げられた魚のように口を開閉させていた。

 

 これは、柚姫の能力か――?

 

 本人曰く、『レベル3の『AIM探知』。相手のAIM拡散力場を読み取るだけの地味な能力』だそうだが、それを応用でもしているのだろうか。それともこの土壇場で能力のレベルが上がったのか。今の俺には理解することはできないが、

 

「…………ったく、」

 

 無茶をしているのはどっちだか。

 これじゃあ、ここで指をくわえて見ているわけにもいかないじゃないか。

 

「流石に、兄貴としては放っておけないよな……」

 

 苦笑しながら、傷も痛みも無視して立ち上がった。

 

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 

 上条柚姫の姿が、鏡に反射するように赤い眼球に映る。

 

「――――――、」

 

 地響きのような唸り声が、ようやく落ち着いたらしい赤子の喉から漏れ出した。その体はすでに二割ほど崩れていて、中の筋肉繊維や空洞が剥き出しになっている。

 自身の目の前で唄を紡ぎ始めた少女を、幻想猛獣は第一目標に設定したらしい。

 それを排除するために組み始めるフローチャート。まず確実な方法として触手で叩き潰すことを選択したが、それは超電磁砲に弾かれて失敗している。次の攻撃方法を選択、実行に移る。左右の手を正面に伸ばした。両手の平からそれぞれ全長10mほどの分厚い鉄板が飛び出してきた。その原型となった能力は切削深嗣の鋼鉄精製だ。すでに取り込んでいたらしい。

 その能力を再び使用して、直径2mほどの鉄球を鉄板の間に作り出す。

 

「あれって……」

 

 離れた位置でそれを眺めていた御坂美琴が呟いた。御坂美琴にとっては見慣れた形状だったのだ。彼女に抱きかかえられていた打ち止めが首をかしげる。

 

「お姉さまにはあの角が何かわかるの? ってミサカはミサカは嫌な予感が外れてて欲しいって願ってみたり」

「レールガンよ。それも超巨大な。……ほんっと迂闊、真似されるなんて」

「うー、やっぱりだったよー、ってミサカはミサカは泣きそうになったー……」

「はいはい逃がさないわよ。さっさと充電しなおさないと」

「お姉さまのケチ~……」

 

 うぅ、と情けない声を上げながら腕から逃げようとする打ち止めを、ぎゅ、と抱きしめる。今はたとえ少なかろうと火力が必要なのだ。どうせ逃げたところで原子炉が攻撃されればどうしようもないから。

 

「…………?」

 

 ふと、襤褸雑巾みたいな姿のアイツと目が合った。

 そして彼の視線に篭められていた意図を感じ取って、

 

「なっ…………!?」

 

 御坂美琴がたじろぐ。顔が赤くなる。

 どうやら無茶をしようとしている彼の視線には、御坂美琴への信頼が見え隠れしていたから。

 

「わかったわよ! やってやろうじゃないっ!」

 

 照れを押し隠すようにヤケクソになりながらも、御坂美琴は打ち止めと共に充電を再開した。

 

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 

 仮称・幻想猛獣が造り上げた巨大な電磁砲。

 それが開砲されてしまえば、射出とともに発生した衝撃は右手で触れようと消すことは出来ない上に、射線上にいる俺たちを粉微塵に消し飛ばして施設を直撃するだろう。故にそれだけはなんとしても阻止しなければならない。

 

「深嗣、行けるか」

「次がラス1だが……、まあ何とかなるんじゃねぇの? ――さっさと後ろ乗れ」

 

 

 未だ疲労が色濃く残る表情の深嗣がバイクを俺の目の前に止めた。見た目廃車寸前だ。赤い車体は泥まみれな上に傷だらけで、ガタガタと妙な音がエンジンから漏れている。俺たち同様動くだけで精一杯なその車体の後部座席に足を下ろす。

 俺が乗ったのを確認して、深嗣は残り二つとなったスラスターとアクセルを全開にした。おおよそ三秒で150km/hに到達した車体を思い切り右に傾けて、

 

「ぶっ飛べ――――ッ!!」

 

 ドリフトするように車体を旋回させて、シートを蹴った俺を遠心力で上空に打ち上げた。

 ピンボールみたいに跳ね上げられ、猛獣の眼前まで一瞬にして到達する。目の前にある砲弾が、今まさに開砲されようとしていた。

 深嗣の能力である『鋼鉄精製』は『何も無い空間から金属を作り出す』というものだ。物理法則を無視して作り出したその金属ならば、――存在の根底に特殊能力が存在している不自然なものであるならば――、

 

「消えろ……!」

 

 地面から発射された――最後の最後に、深嗣が限界以上に能力を酷使して作り出した鉄球を足場にして、超電磁砲の砲弾目掛けて跳躍。右手を突き出した。拳が触れた瞬間、あっさりと砲弾は消滅した。

 霧と消える砲弾を突き抜け、幻想猛獣の眼前で右手を振りかぶった。

 

「終わりだ、化け物」

 

 振りぬいた拳が猛獣の顔面を吹き飛ばしたのを確認しながら、重力に引かれてそのまま落下する。

 再び開いた空洞の奥、そこに、

 

「こんなところで苦しんでないで、さっさと帰りなさい」

 

 音速の五倍程度で射出されたコインが三角錐を穿つ。銀貨が罅に直撃し、三角錐は容赦なく瓦解した。

 

 

 

 

 

 猛獣に止めを刺したのを見て、体と共に落下していく意識が、

 

――ふむ、まあ糧としては申し分ないか。

  これでやっと、―――――、

 

 暗闇に堕ちていく中、そんな、どこかで聞いたような懐かしい声を聞いた。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 醜い赤子が崩れていく様を、どこか清々しい表情で木山春生は眺めていた。

 

「……ああ、今回は失敗だな」

 

 やれやれ、と肩をすくめる彼女の声色は言葉とは裏腹に穏やかなものだった。

 その背後、疲れたと愚痴を零した御坂美琴が、打ち止めを抱えながら地面に腰を下ろした。打ち止めも大分体力を使ったようで、今は子供らしく静かに寝息を立てている。

 

「アンタ、これからどうするつもり?」

「ネットワークを失った今、警備員から逃れ得る術は私には残っていない」

 

 今この場に残っている誰も彼もが満身創痍。これ以上動くことも一苦労だというのに、その上で暴れる体力が残っている者など一人もいない。

 だから今は、この後に待ち受ける結果を誰もが受け止めるしかないのだ。

 

「だが、私はまだあの子達を諦めた訳じゃない。それにまだ守りたいモノは残っているから。――――もう一度最初からやり直すさ」

 

 これから向かう先が刑務所だろうと、それこそ世界の果てだろうと。

 自らの頭脳がある限り、理論を組み立てることはどこでもできる。もっとも、これからも手段を選ぶつもりもない。そう口にすると、御坂美琴は疲れたように溜息を零しながら後ろに倒れた。それで余計に泥だらけになってしまうが、それを気にする気力は彼女には残っていないようだった。

 倒れて、空を見上げながら御坂は、先ほどから気になっていた問いを木山春生に投げかける。

 

「しっかし、脳波ネットワークを構築するなんてね。そんなこと、よく思いついたわね」

 

 『学習装置』を使って整頓された脳構造を形作る脳波ネットワーク。

 その元となるもの全てが、

 

「何を言う。これらは全て君から得たものだ」

「……あっそ」

 

 私の言葉で全てを理解したらしい御坂は、最後に、と半眼で睨め上げてきた。

 

「アンタってさ、あいつらの知り合いなわけ?」

「ああ。昔、彼らと一緒に暮らしていた」

「え…………?」

 

 御坂美琴が信じられない、とでも言いたげな表情をするが真実は真実なので仕方がない。

 上条当麻、上条柚姫、切削深嗣。

 何年かぶりに見る彼らの姿は、記憶にあるものよりも随分と変わっていた。随分と歳相応になっていたのだ。

 今の彼らの成長を実感できるほど昔に、木山春生は彼らと出会ったのだ。

 

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 おおよそ六、七年前のことだ。

 彼らと初めて出会ったのは――何故だか詳しく思い出すことのできない――とある施設だった。

 当時十歳かそこらの彼らと関わったのは、十二月中旬から一月上旬までの、ほんの三週間ほどだった。その当時は信頼していた『とある博士』からは統括理事会からの命令だと伝えられた。その三人の子供にできる限り親らしいことをしてやること。そしてそれによって返ってくる反応や変化を細大漏らさず全て報告する。それが当時の私に与えられた仕事だった。

 

 幼い彼らを見た最初の印象は、それぞれ様々なものだった。

 まず柚姫。彼女は他の二人に比べれば、まだ子供らしかった。内向的で感情の表現が苦手で、かなり人見知りではあったものの、それは関わった時間の量でなんとでもなるものだったからだ。

 次に切削深嗣。彼はかなり物騒だった。初対面でいきなりナイフを突きつけて、こちらを値踏みするように笑ったのだ。正直、かなり危険な子供だと思った。

 そして上条当麻。彼はまるで人形だった。黒い瞳に光はなく、鏡のように人の姿を反射しているだけ。最初、彼は何を考えているのか本当にわからなかった。時々施設の人間に手を引かれてどこかに行ってしまうのも含めて、最初は彼のことを理解できなかった。

 

 彼らは置き去りなのだと教えられた。なるほど、と納得した。三人とも愛情というものをよく知らないように見えた。

 だから私は言われた通りに、不器用ながらに自分なりの愛情を持って彼らと接した。

 

 最初の数日間は、彼らとほとんど言葉を交わさなかった。必要最低限の、それこそご飯が出来ただとか、風呂が沸いただとか。その程度のことしか話さなかった。当麻は私に興味がないようだったし、柚姫は人見知りで常に当麻か深嗣の影に隠れていた。唯一深嗣には『能力で刃物を作るのは危ないから』と何度か注意したため、他の二人よりは言葉を交わした。……まあ、それもほんの二・三回だったが。

 彼らの警戒心はとても強いようだったし、私自身も会話というものがあまり得意ではなかったから、それはそれでよかった。一緒にいるだけでも、それが積み重なれば確かな変化になる。困ったことがあるとすれば、彼らの反応が自然と変わるまでの間、『特に変化無し』と報告しなければならないことだった。

 彼らの変化を見るための実験なのだが、どうしたものか。最初はそう思っていたものの、五日目あたりから彼らとの関係が変化しはじめた。それもいい方向に。

 

 一番最初は柚姫だった。それは私が洗濯物を干している時のことだった。慣れない家事に悪戦苦闘していた私のところに、彼女も慣れないながら手を貸してくれたのだ。何故かと聞いたら彼女は顔を赤くして俯いてしまった。それでも彼女は私から逃げようとはしなかった。

 二人で干し物と格闘していると、それを見ていた深嗣にからかわれた。それも、それまでに見せていた危険極まりない刃物付きの笑顔ではなく、玩具を見つけたような普通の表情でだ。からかわれて恥ずかしかったのか、柚姫はさらに顔を赤くしていた。

 いきなりそんな状況に放り込まれて困っていると、深嗣と一緒にいた当麻が溜息をついた。どうやら見かねたらしい。深嗣の頭を軽く小突いて、面倒くさいといいつつも洗濯を手伝ってくれた。それもかなり手馴れた手つきで。深嗣も当麻に続いて余計なことをしながらも手伝ってくれた。

 その一件を皮切りに三人との距離は一気に近づいたのだ。

 柚姫は普通の子供みたいに懐いてくれた。深嗣は、一緒に暮らしている以上家族みたいなもんだしな、と認めてくれた。当麻は相変わらず何も教えてくれなかったが、私のことを『先生』と呼んでくれた。柚姫と深嗣も当麻の真似をして、私は彼らの先生となった。

 それからの約二週間はまるで本当の家族のような、とても温かく幸せな時間だった。

 

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 

 

「まったく、無茶をする……」

 

 一緒に倒れている三人を見下ろす。三人集まったところでまとめて倒れたのか、三人の内の誰かが同じ場所まで運んだのか。それはわからなかったが、柚姫を挟んで三人仲良く川の字で横になって寝息を立てている姿は、傷だらけとはいえあの時間を髣髴とさせるものだったから。

 

「事あるごとに傷だらけになるのは相変わらず、か……」

 

 彼らの横に腰を下ろして、一人ずつ頭を撫でていく。

 

「久々に顔を見れて、よかったよ……」

 

 これ以上、彼らと会うことも難しくなるだろうから。彼らと過ごした時間を、覚えておくために。

 警備員が来るまでの間、木山春生は彼らの頭を撫で続けていた。

 

 

 

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