とある幻想の四重響奏 -Quartet of a Imagine- 作:独楽と布団中の図書館
リア充なんて爆発しろー!!(涙
01. INDEX of the Caricature
彼女に出会ったのは、ずっと昔。物心がついた頃だった。
その人は名前を木山春生と言った。すごいやる気がなさそうな仕草と、やつれているのか目元についた隈が特徴的だったからよく憶えている。
大分昔、私たちが暮らしていた施設で出会ったのだ。
上条当麻と切削深嗣。それと、まだ苗字を持たなかった私は、彼女の願い出を拒むことなく一緒に暮らすようになった。
12月25日。俗に言うクリスマス。
生きた年月が大体7年ぐらいになった私は、夜、みんなが寝ている部屋をこっそりと抜け出して、施設の人たちの目を掻い潜ってパジャマのまま、明るくて賑やかな街へと飛び出した。
理由はたぶん、楽しそうだったから。それと、羨ましかったから。
木山先生も、当麻も深嗣もハロウィンとかクリスマスとか、そういう祝い事の話に疎かった。だから施設の人たちがクリスマスパーティとかいうものに盛り上がるなか、私達は何事もなく、いつも通りに過ごしていつも通りの時間に布団にもぐったのだ。
それが悔しくて、みんなに黙って部屋を飛び出した。ちょっとした反抗だった。
みんな私がいなくなってから後悔すればいいんだ、と。粉雪の舞う街を無我夢中で駆け抜ける。
街の中を走り続け、陽が登り始めたころにはベンチの上にいた。
そうなって、ようやく自らがしたことの重大さに気がついた。
無我夢中で駆け回ったから、自分がどこにいるかなんてわからない。誰にも気付かれないように出てきたから、家族はまだ寝ているかもしれない。
雪はまだ止まない。
雪が積もり溶けて、服の上から凍りはじめた膝を抱える。
ズボンの裾はぼろぼろで、上着なんかないから寒さが体の芯にまでナイフのような冷たさを突き刺してくる。痛いぐらいに寒い。動く体力もなく、身体は氷にでもなったようにさえ感じる。
ぎゅ、と膝を抱えた手を握り締めて、必死に寒さに耐えるしかできなかった。
辛い。
身を焼く寒さも。動かなくなっていく身体も。意識を奪い始めた眠気も。――ひとりでいる寂しさも。
意識が遠のいていくその刹那、誰かの叫びで無理やりに縫い付けられた。名を呼んでいるのだと、わかった。
「柚姫――!」
顔を上げようとしてそれもできずに終わる。
「――――ぇ?」
顔を上げようとしたところで、何かに包まれたからだ。
腕の中にいた。痛いほど苦しくて、とても優しい。それが、木山先生の体温だと気付くのに時間が掛かったような気がする。
何かが瞼に流れ落ちた。見上げれば、涙に濡れた頬が見える。
「せん、せ……?」
ゆっくりと。恐る恐る背中に腕を回す。
見れば身体を掴む先生の手も真っ赤になっていた。心なしか寒さに震えている。それでも、温かく感じるのは何故だろう?
彼女の体温に包まれながら、私は自分のしでかしたことを初めて悔いた。
先生にこんな顔をしてほしかったわけじゃなかった。先生に泣いてほしくはなかった。ただ先生と出会えたことをみんなでお祝いしたいだけだった。
だから、先生が帰ろう、って優しく言ってくれた時に、私は先生と一緒に泣きながら頷いた。
その後は、まあ酷いもので。
帰宅後、当然先生に説教をくらい、一緒に探してくれていたらしい当麻に説教(愚痴)を永遠と聞かされ、暇になったらしい深嗣がなんかもうぐちゃぐちゃにしてくれたおかげで、次の日は誰も動くことができないくらいに消耗して、ぶっ倒れて終わった。
木山先生はこのままじゃいけないと思ったのか、誕生日のない私達に、12月25日をみんなの誕生日にしたらどうかと提案した。当然、だれも否定するわけもなく(と言うより私が騒ぎを持ち込んだせいで)、可決。
それ以来クリスマスは必ず三人で誕生日パーティをすることになった。
多分、私達に「親」というものを教えてくれたのが、木山先生だったんだと思う。
温かくて、優しくて。ときには厳しい。そんな、「あってあたりまえ」のことを教えてくれた。
それが、彼女が別の施設に異動する、ほんの数日前の出来事。
■INDEX of the Caricature■
七月二十日。快晴。
冷房の効いたリビングで、一人朝食を食べながらニュースを眺めていた。トーストとベーコンエッグ、それとホットミルクにデザートのヨーグルト。簡単に作った朝食セットをつまみながら、テレビから窓に視線を移すと、見ているだけで熱く感じるほどの日光が窓から差し込んでいるのが見えた。今日も今日とて外は蒸し暑いようだ。
随分と静かになったリビングで一人溜息を零した。当麻は今日中には退院できると言っていたから迎えに行くのもいいかもしれない。
深嗣はまだ帰ってきていない。さっき合鍵を使って隣の部屋を見たが無人だった。……どこに行っているのだろう。電話をしても音信不通だったから、また何か危ないことをしてるんじゃないかと心配になる。当麻曰く、引き際をわかっている奴だから、もしものことは無いとは思うが、一応「早く帰ってくるように」とメッセージを入れておいた。
昨日私は気付いたら病院にいて、体に異常が無いみたいだったから検査だけして即日退院となった。今朝見た夢も昨日のこともよく思い出せなかった。
(でも……)
何かが胸に燻っているのだ。
心が温かくなるような、それでいて寂しくて悲しいような。もう覚えてもいないとても大切な人。会いたかったけどもう会えない人。そんな大切な存在に出会ったような、別れてしまったような。
でも結局、私は何も思い出すことができないでいた。
「はぁ……」
歯痒さに溜息を零した。嬉しさと悲しさで心の中はぐちゃぐちゃだ。そしてそれを飲み干す術を私は持ってない。
だから私は、時間が経てば落ち着くだろう、と気持ちを切り替えることにした。
朝食を食べ終えて、布団でも干そう思い立って自室から布団を畳んで持ってくる。
そのままベランダに出れば、すでに干してあった。白い布だ。
「…………?」
あまりにも自然に干してあるものだから、ベランダに出るまで気付かなかった。昨日誰かが干したままにしちゃったのかなー、と考えたが、そもそも昨日誰もそんなことをする暇はなかったはずだ。
じゃあ何で、と布団に近づいて、銀色の髪のようなものと腕のようなものが布の下から垂れ下がっていることに気付き、
「え……」
ぼとりと布団が手からすべり落ちた。
「し、シスター、さん……?」
な、何でシスターさん。てか、ベランダにぶら下がってる理由がわからない。ばててベンチに寄りかかってるわけでもあるまいに。
よく見れば白い肌は陶器のようで、細かな銀の髪が日光を透過している。まるで英国人形みたいだ。
年は同い年ぐらいだろうか。そんな年で修道服なんか着込んでいるものだから、おめかしされたような感じを受ける。ただ修道福が白いのが気になる。シスターは確か黒い服装だったきがするのけど……。
今の状況をどっかに放り投げていても、目の前に干し物シスターがいることに変わりは無く。こ、これ、どういう状況……?
混乱していると、とうのシスターさんがぴくりと小さく動いた。唇がゆっくりと開く。
「――――ぉ」
が、外国語か? と半歩引く。
「おなかへった」
思考が止まった。
今、彼女は何て言ったのだろう。私の耳がおかしくなっていないのならば、
「おなかへった」
そうだ、そう言ってたはずだ。
そして今のもシスターさんの口から発せられた声だ。
「野垂れ死にそう。すっごくおなかが減ってるので、いっぱいご飯を食べさせてくれると嬉しいな」
「ちょ、危な―――!?」
やっぱり日本語だったか、なんて考える暇もなく。
言いながら下にずり落ちていく彼女を慌ててベランダに引っ張り上げる。勢いが良すぎたのか、はたまた彼女が軽すぎたのか。引っ張った勢いで思い切り尻餅ついてしまった。
「おなか、へったんだよ……」
「なんなのよ、一体……」
私の腕の中でお腹を鳴らしながら呟くシスターさんに、途方に暮れながら私も呟いた。
………………。
…………。
……。
それから数分。干されていたシスターさんを部屋に引っ張り込んで、彼女は現在テーブル前のダイニングチェアに腰掛けている。
彼女のお腹からぐうぐう音が鳴るのを聞いていられなくて、今私はダイニングキッチンで彼女のためにトーストを焼きながらオムレツを作っていた。
刻んで暖めたにんじんと玉ねぎと一緒に、卵をフライパンの上でかき混ぜながら。匂いにつられて机から起き上がったシスターさんに、とりあえず話を聞いてみることにした。
「もう大丈夫?」
「うん大丈夫なんだよ。……えっと、そっか、まずは自己紹介だね」
少し弱々しかったが、ちゃんと意思の疎通が出来るくらいにはシスターさんは快復していた。どうやら空腹よりも食欲が勝ったらしい。それでも自己紹介を優先するあたりに私はシスターさんの意地を感じる。口元から涎垂れてるわよ。
指摘すると慌てて口元を拭う。その仕草が小動物のように見えて、微笑ましくて気付けば口元を緩めていた。
「私は上条柚姫。あなたの名前は?」
「私の名前はね、インデックスっていうんだよ?」
インデックス――、目次?
日本人だから聞きなれない名前なのは当たり前だし、世界には色んな綴りの名前があるのだから私が口を挟むことではないのだろう。なのだが、その言葉の中に見え隠れする記号じみた響きに少し気圧されてしまった。
……っと、焼けてきた。そろそろオムレツの形にしないと。
「見ての通りシスターです。イギリス清教ってわかるかな? そこに所属してるんだけど」
「うーん……、私はカトリックってわけじゃないからわからないわ。――――よし、出来た」
オムレツをお皿に乗せる。それだけじゃ物足りないから冷蔵庫にあった野菜パックから少し取り出して一緒に乗せて、焼きあがったトースト二枚にジャムをつけて、ミルクをコップに注いで、すごく簡単な朝食セットの出来上がり(手作りなのはオムレツだけじゃんとか言わないでちょうだい)。
本来なら消化のいいものを作るべきなのだろうが、お粥を作ろうにも朝にご飯を炊くことが普段から少なく、簡単にトーストで済ますことのほうが多い。今日もご他聞に漏れず炊いていなかった。それに加えて正直に言えばお肉が欲しかったけど、インデックスちゃん(で本当にいいのかな?)が待ちきれないと言わんばかりに目を輝かせていたから、これ以上時間をかけるのも忍びなく、手早くお盆に乗せて彼女の前に持っていった。
「いただきます!」
インデックスちゃんが勢いよく飛びつくように、満面の笑みで朝食に手をつけ始める。一口ごとに美味しい美味しいと言いながら朝食を頬張っていく。それを眺めながら彼女の向かい側の椅子に腰を下ろした。
こういう反応をしてくれると作った甲斐があるというものだ。義兄どもは彼女みたいな、作ったこっちが嬉しくなるような反応をしてくれないからつまらないと常々思っていた。だからこういう手合いが現れたのは、理由はどうあれ喜ばしいことだった。
「ご馳走様!」
「早っ……!?」
私が感激しながら、うんうん、と頷いている内に、お皿の上に乗っていた朝食が跡形も無く消えていた。た、確かに量は少なめだったけど、ほんの数秒で平らげちゃったの!?
とうのインデックスちゃんは目の前で、「私、修道女です」みたいな顔で笑っている。ぐ、可愛いなこいつ。
「ま、まあいいか。インデックスちゃんはどうしてベランダに引っかかってたのか分かる?」
「あ、そっか。言ってなかったね」
インデックスちゃんは、いけない忘れてた、って顔をする。
ベランダに人が引っかかってたなんて、よくよく考えれば結構な異常事態だ。物騒な理由じゃありませんように、と心の中で祈るが、彼女の答えは私の想像の斜め上を行っていた。というより質問を聞いていなかった。
「私としたことが魔法名を言い忘れちゃったんだよ。私の魔法名はDedicatus545。意味は『献身的な子羊は強者の知識を守る』だよ」
「……………………は?」
「だから、魔法名だよ魔法名!」
いや、そんな知ってて当然みたいに言われても。
というより、『魔法』? 御伽噺とか童話とかで魔女が箒に跨って空を飛ぶっていう、あれのこと――?
「…………」
ああそうか、と遠くを見ながら思い至ったことを口にした。
「あなた、お電波ちゃん(不思議ちゃん)なのね」
「ひ、ひどい言われようなんだよ! 魔法はあるもん!」
道理でベランダに引っかかっていたわけだ。きっとアパートの屋上をふらふら歩き回っている内に、足を滑らせてベランダに引っかかったんだろう。そういうことにしておこう。この娘ってばまったく危ないことをする。
心外だとばかりに反論するも小動物じみた鳴き声がお腹から漏れて、インデックスちゃんは、うぅ、と呻く。可愛いやつめ。
「ちょっと待ってて。今おかわり作るから」
「え、いいの!?」
「いいよ。『おなかへった』、でしょ? あんな勢いで食べちゃったんだもん、まだ足りないのよね?」
乗りかかった船だ。
インデックスちゃんも見てて危なっかしくて放って置けない。彼女がベランダに引っかかってた理由も、きっと彼女の言う『魔法』が関係しているのだろう。絶対に厄介事だ。
「ごっはん! ごっはん!」
でも、まあいいかな、って。おかわりを満面の笑みで待つ彼女を、どうすれば放って置けるというのだろう。
なんかこう、捨てられた子犬を撫でているような感触があるのだ。本当は関わらないほうがいいけど、仕方ないなー、て思ってしまうような感じだ。
そんな彼女は今か今かと待ちかねている。これは失敗できそうにないな、うん。
キッチンに立って腕まくりをする。
「――よし、」
じゃあ、頑張っちゃいますか。
そして、おおよそ一時間後。
「おかわり!」
「ま、まだ食べるの……!?」
「こんなんじゃ全然足りないんだよ!」
冷蔵庫はすでに空っぽ。
それにも関わらず相変わらずの笑顔で、空になったお皿を突き出してくるインデックスちゃんに、私は数十分前の自分を恨むことしかできなかった。そして物凄い勢いで減っていく備蓄を見ていながら、彼女のおねだりに負けて、手を動かしてしまった自分はもうダメだとも悟った。
今回は投稿がずれましたが、次回投稿は予定通り12月29日になります。