とある幻想の四重響奏 -Quartet of a Imagine- 作:独楽と布団中の図書館
この辺りでとりあえず更新間隔どこまで詰められるか試してみようと思います。まずは五日間隔でお試し期間(←オイ
優しい悪魔と非道な天使。
立ち向かうは迷える聖人。
■Kindly Devil, Cruel Angel■
パンクルックの彼女と遭遇してからのインデックスちゃんの行動は早かった。がしりと私の右腕を掴み、そのせいで体勢を崩して転びそうになる私に構わず、そのまま引っ張っていこうとする。いきなり何するの。
「逃げるよっ!!」
「え、うわ、ちょっと……!?」
保護する、という言葉を聞いたのだが、とうのインデックスは彼女からどうしても離れたいらしい。一瞬、女性がインデックスの味方かと思ったのだが、そうでもないようだ。あの女性がインデックスの言う『追っ手』なのだろう、おそらく。
当然、追っ手ならば私たちをそのまま逃がすはずもなく。
「うわぁっ……!?」
何かがものすごい速度で私たちの目の前を横切っていった。
どこから飛んできたのかと振り返れば、それは交差点の中心に立つ女性からで。どこへと飛んでいったのかと見れば、
「なっ……」
インデックスが進もうとしていた先、ほんの数メートル先の路面。
そこに深く刻まれた七つの傷跡によって、そこから爆発的に広がった亀裂が路面をズタズタに切り裂いていた。車道どころか歩道も、端から端までが見るも無残に切り刻まれていた。陥没と起伏が入り乱れた惨状に、私たちは進むことができなくなってしまった。
何が飛んでいったのなんか分からなかった。目で追うことのできない速度で、凶器が私たちのすぐ傍を通り過ぎて行ったのだと気付いて、私は恐怖に身震いした。一歩間違えれば、凶器の軌道が10cm違えば、地面の代わりに私たちがボロ切れのように切り裂かれていただろう。
「私が逃がすと思いますか?」
背後の声に振り返ろうとして、再び襲ってきた暴風に目を瞑ってしまう。直撃かと身構えたが、届いたのは壁を叩きつけられたような風圧だけだ。踏ん張れば何とか耐えられる。
「――――っ!?」
だが、聞こえてきた声無き悲鳴に。
「インデックスちゃん!?」
目を開ければ、インデックスちゃんの姿が視界から消えてしまっていた。そこで理解した。先の爆風はインデックスちゃんを狙った攻撃の余波だったのだ。
余波で人一人が吹き飛ばされそうになる攻撃だ。直撃した彼女はどうなってしまったのだろう――?
想像してしまった情景に、そんなことあるわけがないと首を振った。最悪の事態を考えてはならない。バラバラになったインデックスちゃんが転がっているなど、ただの憶測だ。だから、まずは姿を消してしまった彼女を探さないと。
衝撃が突き進んで行った方向は、私の背後。頭陀襤褸にされた道路だ。そこに、インデックスちゃんがいるはずだ。意を決して振り返ると、予想を裏切った光景がそこにあった。
岩壁のように盛り上がったコンクリートに背を預けるようにインデックスちゃんは倒れていた。でも、
「無傷……?」
いや、無傷ではない。左頬に一本、薄い切り傷ができている。だけどそれだけだ。
転がったときについたであろう土埃に汚れているものの、遠目からはただ気絶しているだけのように見える。おそらく骨も折れていない。顔色もいい。衝撃で体内にダメージがあるかもしれないが、命に関わるような傷は受けていないはずだ。
まだ、間に合う。
「――――っ」
だから私は、インデックスちゃんに向かって歩き始めた女性の行く手を遮るように、二人の間に割って入った。
「そこを退きなさい」
「――――っ、……退かない。私が退けば、貴女はインデックスちゃんを」
連れて行くんでしょう、と私は震えながらに最悪の未来を言葉にした。
しかし、その言葉に答えたのは目の前の女性ではなく、
「私は撤退を進言します」
背後で倒れていたはずのインデックスちゃんだった。とても無機質な、アナウンスみたいな声だった。女性のことも忘れて、恐る恐る振り返れば無表情が私を見ている。
綺麗な翡翠色の瞳は透き通っていて、透き通り過ぎていて何も映していなかった。
「インデックスちゃん……?」
「はい。私はイギリス清教内第零聖堂区『Necessarius〈必要悪の教会〉』所属の魔道図書館『INDEX LIBRORVM PROHIBITORVM』ですが、『インデックス〈禁書目録〉』と略称で呼んでもらって結構です」
『魔道図書館』。
彼女は自分のことをそう表現した。……それはつまり、自分の在り方を『人ではない』と言っているということで。背中に凍りの針を刺されたように、私は背筋が冷たくなるのを感じた。
「自己紹介が終了しましたので、現状を説明します」
機械の説明書みたいな声で、インデックスちゃんは私に説明する。
「彼女は『聖人』と呼ばれています。聖人とは『神の力の一端』を身に宿した、神に近い属性を持つ存在です。生身の人間が戦って勝てる相手ではありません」
確かに先ほどインデックスちゃんを吹き飛ばした一撃は、人がやった事とは思えないくらい強力だった。戦うことを主としない私の能力ではどうやったって勝てないだろう。
でも、
「何の力も持たない貴女では聖人である彼女には太刀打ちできません。直ちに退避してください」
「嫌っ! そんなことできるわけない!」
駄々を捏ねるみたいに、私はインデックスちゃんの言葉を突っぱねた。
何故ここまで頑なにインデックスちゃんを守ろうとしているのか、なんてことは私自身よく分からない。
出会ってからまだ一日も経っていない少女など捨て置けばいい。きっと、佐天さんと初春さんに出会う前の私なら、そうやってインデックスちゃんを切り捨てていただろう。面倒事の規模を鑑みれば当然だと。
今だって、まだまだ不器用で、身勝手な感情ではあるけど。
『……だから、迷惑かけちゃってごめんね』
そう言った彼女の顔は、とても寂しそうだったから。
そんな悲しそうな顔をされて「はいそうですか」なんて言えるほど、私はまだ物分りが良くない子供だから。
玩具を取り上げられそうになった子供みたいに、私は私の主張をすることにした。
「インデックスちゃんは――、」
……違う。そんな他人行儀な呼び方では駄目だ。
だって今、私は彼女の『トモダチ』になるって決めたのだから。
私の心の片隅、普段中々見つけられない位置にあるスイッチが切り替わった。
そうだ、友達になったのならば、今はそれ相応の呼び方を――、
「『インデックス』は私の友達よ。だから私は退かないわ」
魔道図書館なんてものは関係ない。たとえ彼女の言う『聖人』が相手だろうと、私はここを退くつもりはない。
これ以上彼女に傷なんて付けさせはしない。彼女に手を上げるなど許しはしない。……ああ、そうだ。思い出した。
そういえば先日、私の可愛い後輩たち――『涙子』と『飾利』に手を上げようとした、とてもふざけた連中がいた。その時、私は何も出来なかった上に、御坂さんが私たちを助けてくれはしたけれど。……私は今でも頭に来ている。
そういえば先日、涙子と飾利を、二人を助けようとしてくれた『美琴』を、偶然その場にいただけの当麻さえも巻き込んでショッピングモールを爆破しようとした、その程度のことしかできない腑抜けの腰抜けがいた。どうやらそいつはレベルアッパーのせいで意識を失ったらしい。……いい気味だ。
そういえば先日、私の後輩である涙子と飾利に、私の友人である美琴と彼女の姉妹である打ち止めに、私の家族である当麻や深嗣に、私の大好きな『木山先生』に沢山傷を付けた化け物がいた。……ふざけるな、なんだそれは。怪物風情が私の友達に、私の家族に、一体何をしている。
その時、私にはそれが可能だと確信していたから。……だから私は、怪物を支える根のような物を外側から破壊した。
要するに私は、私が大切だと思っている人たちが傷付くのが我慢できないのだ。
その根底にあるのは、とても単純明快な感情で。
つまり、
――よくも、私の身内(モノ)に手を上げたな。
許さない。認めない。私のモノに手を出していいのは私だけだ。
そんな醜い独占欲こそが、当麻と深嗣しか知らない私の本性(ホントウ)だった。
ようやく素直に戻れたと心は歓喜し、感情は冷え切っていく。
「ねぇアナタ? 似合わないことはするものじゃないわ。綺麗な顔が台無しよ?」
思考は冷え切ったまま、表情にだけ表れた感情は目の前の女性を嘲笑う。
(距離からいって、まだまだ掛かりそうね……。それにしても汚いわね……)
こちらに物凄い勢いで接近してくる薄汚れた気配の、到着までの大体の時間を計算する。
私の能力であるレベル3の『AIM探知(AIM_MAXWELL)』は、本来ならばAIM拡散力場のみを視覚情報として僅かながらに感知するだけのものだ。だが昨日の一件をきっかけに感知範囲が格段に広くなった。視覚外の半径数km内に存在する感知対象を、任意で知覚できるようになっていたのだ。そしてAIM拡散力場以外のものさえも知覚できるようになっていた。
恐らく強度が上がったのだろう。今の私の能力指数は大能力近くになっているはずだ。
曰く『超能力以外のもの』が何なのかは分からないが、もしかしたらインデックスの言っていた『魔術』と関係のあるものなのだろう。そしてこちらに向かってくる気配も、根本的には目の前の女性と同じものであると理解していた。
(成功率はざっと二割以下ってところかしら。……態々計算しなくても絶望的なことくらいわかるわ)
賭けにすらなっていない。気配が根本的に似通っているなら、最悪敵を増やす結果となるだけなのだが、果たして向かってくる手合いがこちらの期待通りの人物かどうか……。
現状、戦ったって勝つことなど不可能なわけだし、一度でも刀を振られたら私の負け。……非常に業腹ながら、今の私には手立てが無い。
(許せないなぁ……。どうしてやろうかしら……)
……うん、それじゃあ、決めた。
時間稼ぎも兼ねて、僅かばかりの暇を使ってお喋りでもしましょうか――――。
■□■□■□
彼女、神裂火織は表情には出さないものの、目の前の少女の変わり様に内心動揺していた。
「ねぇってば、聞いてるの? 睨んでるだけじゃ話が進まないわ」
先ほどまで、腰まである赤み掛かった黒髪を振り乱してまで、恐怖に震えながらも禁書目録を守ろうとしていた少女は、今はその童顔に悪戯っぽい笑みを浮かべている。
新しい玩具を見つけた子供みたいな笑顔で、しかしその表情の中に含まれるのは嘲笑なのだと、神裂は理解することができていた。
「何を言っているのです」
「嘘は良くないって言ってるのよ。だってアナタ、本当は嫌で嫌で仕方がないって顔してるじゃない。嘘をついてるとインデックスに嫌われちゃうわよ?」
警戒の色を滲ませた神裂の言葉に、返ってくるのはやはり嘲笑。
何もかも知っていると言わんばかり少女の言葉に、内心たじろぎながらも冷静を装って、少女の真意を探ろうと神裂は口を開く。
「……貴女は、何を知っているんですか」
「何も知らないからこうして話を聞いているの。私に分かるのは、アナタがインデックスを傷つけることに躊躇いを覚えている、ということだけ」
馬鹿にしているのですか、と感情を剥き出しにしそうなった神裂は、食いしばるように表情を引き締めて、少女を突き放すように冷たく言い放った。
「貴女には関係の無いことです。『禁書目録』はこちらで回収したのち、然るべき処置をさせていただきます」
「ああ、そういうこと……」
神裂の言葉から何かを汲み取ったのか、少女の顔から笑みが消えた。少し考え込むように目を瞑った後、彼女は、まいったわ、これじゃあ考えを改めなきゃいけない、と僅かに自嘲した。
「本当はアナタの罪悪感でも小突いてやろうと思ったのだけど、……アナタに怒りをぶつけても仕方がないのね」
やれやれと溜息を零した彼女の微笑みには、先ほどの嘲りは含まれていない。二度目の笑みの中にあるのは『憐み』だけだった。
「……私はインデックスの置かれている状況を知らない。でも、これだけは言えるわ」
猫みたいな笑顔を貼り付けたまま、少女は神裂の真芯を突く言葉を口にする。
「おそらくだけど、アナタは現状に満足できないくせに『最良に見えるだけの選択』に甘えている」
「な――――」
「だってそうでしょう? アナタはインデックスに対して何か思い入れがあって、それでも今の状況を生み出している原因をどうすることも出来ず、ただ目の前にある『インデックスと敵対することで痛みを和らげる』という苦肉の策に縋ることしかできない」
今度こそ絶句してしまった神裂の表情を見て、正解みたいね、と少女は笑みを深くした。
「だったら悲劇のヒロインはきっとインデックスなのでしょう。……でも、それを気取っているのはアナタよ」
そして神裂が何も返せなくなったのをいいことに、少女は神裂を馬鹿にするように、やれやれと肩を竦めた。
「泣き寝入りね。情けないわ。本当に、……『無駄』ね」
「な、にを――――」
神裂は自らの奥底で、ぞくり、と何かしらの感情が胎動し始めたことに気付いた。
今まで抑え込んできた、見てみぬ振りをしてきた、本当の――、
「アナタは諦めたんでしょう? 逃げたのよね? 見たくもない現実から目を逸らし続けてきたのでしょう?
――――『全てインデックスのためだ』と言い訳までして」
「…………っ」
少女の言葉に神裂は言い返すことができなかった。彼女は神裂たちとインデックスの関係を知らない。だが現状に理解は及んでなくとも、たとえ憶測ではあっても少女の言葉は真実の中核を捉えていたから。
だから神裂は身を震わせた。怒りと悲しみが内心で乱反射して、ごちゃごちゃとした感情の矛先をどこに向ければいいのか、神裂には分からなくなってしまっていた。
「だからこそ無駄なの。アナタがしていることも、それどころかアナタとインデックスの間にあった全ての事柄を『無駄だった事』にしようとしている」
「黙りなさい――――!」
全てが無駄だったと言われて、感情の堰に皹が入った。
目の前の少女が諸悪の根源であるように錯覚し、少女を否定したくて感情のままに鞘を振り下ろした。そこで神裂は自らの失敗に気付く。
(しまった……!)
神裂火織は本来、争い事を忌避する傾向にある。
自らに強大な力が宿っている故に、力の無いものに手を上げるなど言語道断だとも思っている。無理やり少女から禁書目録を引き離すことだってできたはずなのに、神裂が一切少女に手を上げなかったのもそれが理由だ。
少女と体躯のさして変わらないインデックスを吹き飛ばしたのは、『歩く教会』という絶対的な防御を有している霊装があったからだ。でなければ、自らの■■だった子に武器を振り上げるはずはない。
だからこそ何の術も持たない少女に、抜刀していないとはいえ武器を振り上げてしまったのは神裂も予想外だった。
武器も何も持たないただの少女に理性が飛ぶくらい追い詰められてしまっていたのだと気付いて、慌てて手を止めようとしても、もう遅い。
鞘は少女の額へと吸い込まれるように落ちて行き、
「聖人が女子供に手を上げるのもどうかと思うけど」
しかし突然割り込んできた第三者の右手によって受け止められていた。
灰色の少女だった。白いワンピースに黒のレッグウォーマー。紺のサッシュが受け止めた時に発生した風に靡いている。セミロングの白髪の下から覗く、濁ったような灰色の瞳が神裂の姿を反射している。幼さを残す顔に浮かぶ表情は乏しかった。
「ギリギリ間に合ったわね」
灰色の少女の後ろで、柚姫は安堵の溜息を零した。本当に間に合うか間に合わないかの瀬戸際だったのだ。
「……私たちを守ってくれたアナタのことを、私たちは信じてもいいのかしら?」
「うん。とりあえず、だけど」
柚姫の問いを、振り返らずに肯定した灰色の少女――アルストロメリアは味方だとだけ淡白に答えた。
「逃げてもいいよ。でも、できればここにいてほしい」
「……そう。アナタだけじゃ彼女を止められない、ってことかしら?」
「――多分。君は?」
「初対面の相手に頼るくらいだもの。私も無理よ」
柚姫は少々の落胆の色を声に混ぜながら、また時間稼ぎね……、とメリアにだけ聞こえるように呟く。柚姫が小声で、勝算は、と問えばメリアは、一応、とだけ答えた。
「まさか、増援が来ることが分かっていた……?」
信じられない、と呟いた神裂に、柚姫は少し疲れたような表情で頷いた。
「そうね、半分くらいは正解よ。私には誰が来るなんてわからなかったし」
柚姫は戦う力を持たない。それ故に相手の心を追い詰めるという手を実行したのだ。一歩間違えれば攻撃はさらに過激になっていたはずだ。その上で向かってくる誰とも知れない気配が味方である、なんて非常識を大前提にしているのだ。
そんな博打にもなっていない賭けを、無謀と呼ばすに何と言えばいいのだ。
ようやく表面上の感情だけは落ち着いた神裂は、吐き捨てるように柚姫を睨む。
「……イカれてますね、貴女は」
「当たり前でしょう? でなきゃこんな博打は打たないわ。それに、実際アナタの境遇になんて興味無いのだし」
言外にインデックスの境遇は放っておけないと言った少女は、アナタの真芯を突いたのだし不公平よね、と自嘲気味に呟いた。
「……現状に甘えてるのは私も同じよ」
でも私は我侭なの、と彼女は子供じみた確固たる意思で、真摯な瞳で神裂を睨みつける。
「インデックスはもう私の友達(モノ)よ。今のアナタなんかには渡さないわ」
あとはお願い、と柚姫はインデックスの元まで後退する。それでも柚姫はインデックスを庇うように、インデックスの前に立ち塞がっていた。
柚姫が離れたのを確認して、メリアは右腕を真横に伸ばした。
「おいで――」
地面と水平になるように伸ばされた右手の先、何もない空間を握る。そして、そこから黒い得物を引き抜いた。
「これは……」
神裂が瞠目する。メリアが虚空から取り出したのは巨大なハルバードだったのだ。
2mほどの柄に、石突きから鎖で吊るされた悪魔の頭蓋。穂先には槍頭。その根元には全長1.8m、全幅1m程の分厚い鉄板のような斧頭が取り付けられ、対には鎌のような三日月型の鉤爪。重量は計り知れない。メリアが軽々と扱うそれが、不自然なほどの轟音を立てて空を切り裂いているあたり、もしかしたら1t近くはあるかもしれない。
しかし、神裂を真に驚かせたのはそれではない。
メリアによって軽々と担ぎ上げられたハルバードから、黒い霧のようなものが滲み出ているのだ。それがメリアの姿を宵闇の中にぼかしていく。
「ただのハルバードではありませんね」
「うん」
答えながら、メリアは神裂へと槍頭を向けた。
人が持てるとは到底思えないような重量の武器を、しかしメリアは片手で悠々と遊ばせる。常人の筋力ではありえないその現象に、対峙した神裂には心当たりがあるらしい。
「あなたは『聖人』ですか?」
神裂火織は『聖人』と呼ばれる世界に十数人しかいない、誕生の瞬間から神から祝福を授かった突然変異だ。
偶像の倫理。神の力の一端。神の加護などをその身に宿し、人間でありながら神と似た属性を持つことができる存在。一騎当千という言葉を真に体現できてしまうほどに、彼女の能力は常軌を逸していた。
生身の人間が相手をできるような存在ではない。それこそ彼女と同じ聖人でなければ、真正面から戦って立っていられるはずがない。
その上で、衝動的に放ってしまったとは言え彼女の本気の打撃を防いだのなら――それどころか素手で受け止めたのなら、相手は神裂と同格の存在だということになる。
そして質問の答えは、神裂の予想通り(・・・・・・・)否定だった。
「違うよ」
「では何なのです。私と同格でありながら、しかし貴女からは神性を一切感じない。……どころか、」
ハルバードを出した途端に、少女を包み込むように吹き出た黒い霧。それに触れた地面や壁、どころか空気でさえも、じくじくと膿むように焼け爛れていく。その霧から輝かしさや清らかさといったものは感じられない。むしろ、真逆の――――、
「私は『魔人』だよ」
神性に対抗するなら邪性。神の子に相対するなら悪魔の子。
神の加護に反旗を翻すならば、それは死者の呪いに他ならない。
聖人とは言ってしまえば神に選ばれ、与えられた天物だ。どうあがいても先天的なものでしかない才能、天賦の才であるが故に、後から手に入れることなどできない。
つまるところ、『不完全なできそこない』が『完成している聖人』と同等になるには後天的に対を極めるしかないのだ。
「……では何故彼女たちを庇うのです。貴女方に面識は無いはずだ」
「ただの勘」
先ほどから無表情に、呟くように言葉を放つ灰色の少女の本心を、結局神裂は理解することができないでいた。――否、理解する必要もない。
心の奥底で渦巻く感情を押さえ込み、神裂は鞘から刃を引き抜いた。
「……理由はどうであれ、貴女たちのような者に『彼女』は渡せません」
「どうして?」
「答える必要もないでしょう。
神裂火織――――『Salvere000〈救われぬ者に救いの手を〉』!」
メリアの純粋な疑問は、神裂の放った七本の鋼糸によって断ち切られた。
コンクリートの地面を切り刻んだ七閃を、
「アルストロメリア・グレイス。……『Venomous061〈魔女が振り上げる復讐の鉄槌〉』」
爆撃じみた振り下ろしが迎え撃つ。
振り下ろしによって炸裂するのは怨嗟憤怒悲壮枯渇貪欲。あらゆる負の情念によって、爆心地どころか空気さえもが『Corpse Curse〈死人の呪詛〉』によって焼け爛れた。
夜の帳が落ち始めた交差点で、神裂以上の膂力で全ての糸を弾き返した嵐が神裂を飲み込まんと吹き荒れた。
一件普通に、というより何となく薄っぺらかった妹キャラが、実はなんとヤンデレキャラでした(え? ありきたり? まだ薄い? ……ハハッ、そんなまさか(棒
メリアの魔法名や数字については、まあ結構しょうもない理由なのですが、今は説明を控えさせてもらいます。……勘のいいヒトなら、メリアの能力の元も分かってしまうような気もしますが(汗