とある幻想の四重響奏 -Quartet of a Imagine- 作:独楽と布団中の図書館
もうちっと余裕が出来たら本格的に誤字修正とかも行っていこうと思う。うん。
誰も譲れず、誰も渡せない。
だからこその平行線。
■Storm's inequality■
街灯の灯りだけが照らす交差点で、夜空よりも黒く暗い軌跡を残しながらハルバードが神裂へと振り下ろされる。
「こんなもの――――!」
神裂がその手に持つ日本刀によって、神裂以上の膂力で振り回されるハルバードを受け流す。
戦況は常に一方的だった。
方や荒く粗雑な暴威を、方や鋭く精錬な流れが躱していく。砲撃と遜色ない威力の一撃をメリアが絶え間なく放ち続け、流麗で精密な剣技によって神裂はハルバードの直撃を免れる。
その繰り返しを幾度と無く繰り返していた。
振り下ろした斧は、軌道上に割り込んだ刃を滑る。……ペースを上げる。
逆袈裟に返した鉤爪は、下方へ突き出された鍔に受け止められる。……さらに踏み込む。
鍔を押し返すようにハルバードを振り上げ、神裂を吹き飛ばし、くるりと回りながら追いかけて、遠心力を使って斧を振り回す。横薙ぎの斧を身を引いて躱され、引き戻す鉤爪を柄頭で弾かれ、突き出した槍頭を鍔で受け流される。
それでもメリアは手を止めない。――否。さらに速度と威力を増しながら腕を加速させていく。
「THTHBBIL〈作って立てたよ三つの石山〉――♪ CRCRBAWA〈赤子の夜泣きに気をつけて〉――♪」
誰にも聞こえないように口の中だけで、されど謳うように言葉を紡ぎ、呼吸のテンポを上げながハルバードを廻し続ける。神裂に傷を与えられないことなど百も承知。その上で、手数をさらに増やしていく。
連撃を途絶えさせてはいけない。彼女に攻撃させる隙を与えてはいけない。考える時間を与えてはいけない。そして、――意図を悟られるな。こちらの口元を、閃で黒く塗りつぶせ。
「RCRCICPNU〈歓迎するよ、迎えに来たよ〉――♪ TUTUYRTT〈幕屋の周りを皆で回るよ〉――♪」
横薙ぎに放ったハルバードは、今までと同様に日本刀の刃で受け流され、しかし今度はハルバードが上に弾かれた。
「…………っ!?」
「ぐっ――――!?」
合間を縫って神裂が踏み込みかけた。石突に鎖で繋がれてる鉄髑髏を咄嗟に投げつけることで、メリアは寸でのところで神裂を打ち払う。踏み込み返したメリアが、踏鞴を踏んだ神裂を力ずくで押し返す。
……まだ遅い。そして限界近くではあるが、まだ余裕は残っている。だから、
「っ……!? まだ加速するなんて――!」
狂ったように回転率を上げていく。メリアに引っ張られるように、神裂もまた加速する。両者の動きはここに至って音を追い抜き始めていた。
聖人と魔人。
人の身でありながら人外の理を宿す両者のぶつかり合いは、すでにただの人間が介在できない域に到達していた。
黒閃は音速を超え、そんな只中で未だ消えぬ清き風流。一個大隊を消し飛ばす威力の一撃。躱すは機械以上に精密に手繰られる銘刀『七天七刀』。
(流石聖人。よく付いて来る……)
空(くう)を蹂躙しながら、ハルバードが轟音を追い越して縦横無尽に神裂へと襲い掛かる。他者が見れば身の毛もよだつ光景の中心にいながら、メリアは無表情に淡々と得物を振り回している。
現状だけみればメリアが優位に見える両者のぶつかり合いは、しかし『邪性では神性に勝てない』という絶対的な不等号の下で成り立っていた。
悪魔がエクソシストに祓われるように。『呪い』では『神の力の一端』には絶対に勝てない。
現にメリアの放つ黒い霧は神裂の刀に触れることさえできず、神裂が纏う力の一端によって掻き消されている。
そしてメリアが常に攻め手にいるのは、神裂に攻撃を許してはいけないからだ。
相性の悪い神裂を力ずくで抑えている以上、確かにメリアのほうが膂力では上だろう。しかし日本刀という折れやすい得物で、t単位の重量を持つハルバードを受け流し続けているということは、持ち得る技量では神裂のほうが遥かに上だ。
繰り返される応酬の中、0.1mmでも角度を間違えれば刀身はあっけなく折れるだろう。腕の力加減を間違えれば、鍔を砕かれ峰を折られる。そして得物を失った神裂を、ハルバードが容易く引き千切る。
しかし現状の『小競り合い』が続いているということは、つまりは、
(私みたいな『出来損ないの■■』がまともに戦っても勝てないってこと……)
自身の体力の限界を間近に感じ、メリアは無表情を微かに歪めた。いくら加速しようと神裂は当たり前のようについてくる。集中力が途切れない。体力の底が見えないのだ。
(でも、こっちもまだ終わらないよ)
神裂が攻勢に転じれば一瞬で勝敗は決する。当然、神裂の勝利として。
だからこそメリアは絶え間なくハルバードを振り続ける。柄と共に振り回される鎖も、その先で鎌首をもたげる鉄髑髏さえも一連の流れに組み込んでいく。
「くっ……!」
鉄髑髏が大口を開けて神裂へと襲い掛かる。居合いの構えから押し出すように、殴るように柄頭を叩きつけて鉄髑髏を弾き、左腕を絡めとろうと迫る鎖を七本の鋼糸で弾き返す。
さらに苛烈さを増していくメリアの連撃に対処しながら、神裂は未だに打開策を見つけることが出来ないでいた。
神裂を上回るメリアの膂力もそうだが、現状最も問題なのが、
(またこちらの認識を……!)
メリアの姿が霞のように輪郭を失う。メリアの背後から抜かれたハルバードは、起点を同じくした六つの軌道に分かれて神裂へと襲い掛かる。
頭上から頭を砕く打ち下ろし。胴を絶ちにくる袈裟斬りと横薙ぎ。神裂の右足を狩る薙ぎ払い。右腕を狙った振り上げと、足元から頭を断ちに持ち上がる斧頭。
その中から地面と水平に放たれた軌道に七天七刀の刀身を滑り込ませる。身をかがめて七天七刀を背に回し、刀身を折らぬように力を受け流しながら、空へと向かうように軌道を変えた。残りのハルバードは神裂に触れる直前で消滅した。
返された鉤爪の振り下ろしは四本の軌道に分かれる。その中から神裂の左肩を砕きに来た一閃を、七天七刀を背中から振り抜き、後退しながら鍔をぶつけて神裂の右前方へと受け流す。結果として鍔が砕けた。無視をした三閃は、先ほどと同様霞と消えた。
打ち合いの中でメリアの姿が霞となり、ハルバードの軌道が少なくて三本、多いときで八本に枝分かれするのだ。それも頻繁に。ハルバードやメリアの腕が増えたわけではない。
数本に増えたハルバードの中で実体を持っているのは一つだけだ。その癖、全てのハルバードが僅かながらに実体の気配を持っているのが厄介だ。本来の実体が持っている存在感が薄れ、似たような気配を全てのハルバードが持っている。
その中から僅かな差異を見極め、実体を持つ軌道を判断しなければならないために攻撃に転ずることもできず、鼬ごっこのような現状から脱することもできずに神裂は歯噛みした。
(これ、ではっ……! いつまで、……経っても!)
戦闘開始から約百六十合。十数分程度の打ち合いによって七天七刀の刃は欠け始め、鍔を失った。このまま打ち合いが続けば、その刀身はあっけなく折れるだろう。
現状、七閃でメリアの振るハルバードを弾くなど不可能。唯閃を使う隙はない。否、メリアが意図して隙を潰しているのだ。反撃を許さないまま、力と速度で叩き潰すのが彼女の狙い――、
(……いや、違う)
先ほどから何か嫌な感じがするのだ。まるで、何かが水面下で動いているような……、
「ねぇ、退く気はない?」
ふと、呟くようにメリアが口を開いた。
感情の篭らない、ふざけた物言いに神裂は七閃を持って返答した。もっとも、それはハルバードが作り出した暴風に弾かれたが。
「何を今更……! 貴女に話す必要など無いと言ったはずです――!」
彼女(・・)にはもう時間が残されていない。だからこそ神裂は退くわけにはいかない。ましてや事情も知らぬ部外者に渡すなどと。そんな危険極まる状況に彼女を置くつもりなどない。
そして贅沢を言うならば、こんな思いをするのは私たちだけで十分だ、と。
「退くのは貴女のほうです……!」
「それは嫌」
これ以上部外者が立ち入るなという神裂の拒絶を、メリアは否定する。
メリアとて考えなしに神裂と対峙しているわけではない。この一件に、先ほど出会った『カミジョウトウマ』が巻き込まれている可能性が高いと踏んで、恐らくは巻き込んだ張本人である神裂と敵対したのだ。どういう理由かは知らないが、ただの学生に武器を振り上げている以上、巻き込んだ側は神裂(そっち)だろうと判断した。神裂に言った通り本当にただの勘だった。
神裂がシスター服の少女に対しての何かしらの感情を持っていることは、何となくわかっている。それでもメリアはコモエに対する恩を優先していた。衣食住をコモエから恵んでもらった手前、彼女の生徒に被害が出る事態は避けたかったのだ。カミジョウトウマ自身が科学側と宣言したのなら尚更に。
そして、そうすることが当たり前なのだと、無意識に感じていた。カミジョウトウマと出会った時。本人はどうだか知らないが、何故だか妙な懐かしさを感じていた。そして霧の届かない程度に離れた位置で禁書目録を庇っている少女にも、同じ事が言えた。
これが何なのかは分からない。分からないが嫌な気分ではないし、魔術側の揉め事は魔術師が解決するべきだとも思っている。
だから、メリアはここを譲るつもりはない。
「君、分からず屋だね」
「貴女が言いますか……!」
互いに退けぬ理由があるからこそ、対峙した二人の平行線は続く。
神裂は梃子でも動かないのだと理解したメリアは、一つ頷いた。
「そうだね。……じゃあダメ押し」
何を考えたのか、神裂に受け流されたハルバードを地面に叩きつけ、黒い霧を目晦ましにしてメリアは距離を取った。
それを見て、神裂は嫌な予感は当たっていたのだと確信する。
執拗に立ち続けていた攻め手から降りたということは、つまり、もう神裂の足止めをする必要がなくなったということ。
「WLTTWCHFOT〈ようこそようこそ魔性の夜へ〉――♪ STSTHNEX〈迷いの森に出口は無し〉――♪」
黒い軌跡によって隠されていた、口の中で呟かれた狂気の祝福が形を成し始める。もう隠す必要はない。トチ狂った童謡じみたキーワードによって術式が発動する。
『Welcome to the『Bewilder Forest〈暗霧の森〉』――――♪』
周囲を漂っていた霧が神の力の一端に消されながらも、しかしそれを上回る質量と速度で結界を形作り神裂を飲み込んだ。
「これは……」
黒一色の世界だった。
霧の向こう、相変わらずなメリアの声が神裂に届く。ようこそ、ようこそと歓迎するように、神裂を飲み込んだ濃霧が脈動する。
神裂まで霧が届いていないといっても、神裂の周囲半径50cmあるかないか。視界状況は最悪だ。足元の地面が黒く溶けて、どろどろと泡立っている。
常人にとっては最悪の術式だろう。霧に飲み込まれれば、焼死体になるか溶解するかのどちらかだ。聖人でもなければ、放射能じみた霧を防ぐことさえできない。
『BLDGYRFL〈あなたの前には煤けた館〉――♪ SEOSFET〈ほら気をつけて、あなたの足元〉――♪』
ふと、神裂は自らの姿がぶれ始めていることに気がついた。手も足も、恐らくは顔も。霧散するように輪郭を失い始めている。
そして理解した。これは、呪いなんかじゃない(・・・・・・・・・)。
『FLFLYRGM〈落ちた落ちた、あなたの歯茎〉――♪ DWDWYRHR〈ひらひらひらひら、あなたの髪の毛〉――♪』
ハルバードが纏い、今神裂の周囲を覆っている黒い霧は、まず間違いなく呪いの類だ。神の力の一端に弾かれている以上、それは明らかだ。
しかしメリアや神裂の姿が霧のようにぶれているのは、ハルバードの軌跡が分裂したのは呪い(そう)ではない。
それは歪なものを世界から追い出すための、世界が持ちうる排他機能。存在の根底にあるものと、その存在の在り方が正反対である場合にのみ起こりうる『矛盾の否定(パラドクス・デリート)』。
悪魔に心を売った聖職者は自らの罪に焼き滅ぼされ、人に恋をした人外は泡となって消え失せる。世界は、人が魔に堕ちるのも、魔が人に愛を覚えるもの許さない。
メリアが発動した術式は、世界から弾かれそうになる自ら(メリア)の性質を、飲み込んだ対象(神裂)にも押し付けるというものだった。
『UDGDNRS〈地下に入るの? 危ないよ〉――♪ BCBCFLAX〈後ろよ後ろ、斧が落ちるよ〉――♪』
神裂の背後の気配が沸いた。振り返れば、霧の向こうに大きな影。人型でも動物の形でもない、ただ言葉通り『影にしか見えない』存在だ。周囲で、きちきち、と生理的嫌悪を催すような羽音を。ぐちゃぐちゃ、と肉と血と油が混ざったような気色の悪い音を立てながら『何か』が蠢いている。正体の見えない、恨み辛みの具現だと自ら語っているような醜悪な気配を神裂は肌で感じていた。
こんなもの、現世の生物ではない。
『DBDBCNCM〈もう戻れない、帰れない〉――♪』
気配が増える。神裂を取り囲むように爆発的に増殖していく。十、百、千――数えるのも馬鹿らしくなるような数の、『憎悪の塊』。
『BHNDOYMMY〈残るは僅かな記録のみ〉――♪』
無数の影が、神裂に殺到した。
■□■□■□
「…………っと、」
神裂を閉じ込めた黒い霧の壁の前で、黒く変色した地面にメリアは膝を付いた。その際にハルバードは手から離れ、斧頭が地面に深々と突き刺さる。
先の激戦のせいで、表情には一割も出ないものの疲労困憊だ。正直な話、結界を発動させるまでもなく体力は底を付き始めていたのだ。術の発動に残り全ての体力を持っていかれてしまった。
「終わった……?」
「あれは腐食の結界? ――ううん、あんな術式みたことないかも」
離れた位置にいた柚姫が安堵に言葉を零し、インデックスは霧の結界を見つめている。二人に届かないようにメリアが意図して霧を手繰っていたため、柚姫とインデックスの周囲だけは霧に焼かれていなかった。
立ち上がることさえできないメリアには喋る気力もないが、インデックスの『腐食の結界かどうか』という問いに答えるならば、半分は正解である。
メリア自らが術式なしで行使できる霧。それを使って対象を閉じ込めるのが結界の第一の効果だ。捕捉規模はおおよそ村一つ分。対象となった村は文字通り焼け腐る。それを半径10m程度にまで圧縮している以上、いくら聖人でも易々と抜けられるものではないはずだ。
そして第二の効果。これが『暗霧の森』最大の特徴である、術者の特性を閉じ込めた対象にも付与する、というものだ。出来損ないながらも■■だったメリアが、呪いという正反対の魔術を行使することによって発生する矛盾(パラドクス)を相手にも与える。相手が神裂火織ならば(・・・・・・・・・・)、その効果は絶大だろう。
いつどこで世界から外れてしまうかわからない。メリア自身が常に苛まれてきた苦痛と危険。それを与えた上で第三の効果である召喚術。それによって呼び出された『影』に、対象の消滅の後押しをさせる。
もちろん欠点や代償はある。三つの術式を重ねている構造上、必要な詩の量は、並の術式と比べれば遥かに多くなっている。その上、矛盾した能力の行使と『影』の行使は、メリアの存在に大きな負荷をかける。消滅の危険性を加速度的に増大させるのだ。
そこまでして、自ら危険を冒してまで放った文字通り『必殺』の結界は、
『唯閃――――!』
あっさりと、それこそ紙のように。神裂の放った『神の御使いさえ切り裂く一閃』によって両断された。
「確かに強力な術でしたが、こんな結界(もの)では私には勝てません。……『聖人』を舐めないでください」
「…………っ」
メリアは悔しさに僅かだけ表情を歪めた。
結界を一刀の元に両断し、再び姿を現した神裂は無傷。結界の効果で与えた『存在のズレ』もなく、恐らく影も触れることは出来なかったのだろう。画策はここに打ち砕かれた。メリアにはもう策も体力も残っていない。全力を振り絞ったところで、神裂には届かなかった。文字通り『格』が違う。どうしようもないほどに、メリアは神裂に敗北したのだ。
当然だ。魔術師どころか、人の理を外れた魑魅魍魎でさえ彼女に傷一つ付けることができない故に。唯の人間を万度殺せる呪い(まじない)であろうと神裂に傷一つ付けることが出来ないからこそ、神裂は『聖人(最も神に近い人間)』と呼ばれているのだ。
「手間取りましたが、これで終わりです」
聖邪の勝敗はここに決した。
七天七刀を鞘に納めて、神裂はメリアの目前で得物を振り上げて、
「人の妹を巻き込んでおいて、随分と楽しそうだなお前ら」
『――っ!?』
突如横合いから飛来した六つの刃に、二人は(神裂は咄嗟に身を翻し、メリアは最後の力でもって)弾けるように互いに後方へと跳躍していた。
直後、彼女らの合間、先ほどまで二人が立っていた位置に突き刺さったナイフが爆発。たたましい爆音と視界を覆う閃光。それが消えぬうちに第二撃。神裂に三本のナイフが飛来する。
「次から次へと……! 何なんですか一体……!」
再度爆発が起こる。爆炎を素手で吹き飛ばし、神裂は再三の乱入者を睨みつける。
「『何なんだ』はこっちの台詞だ。人を巻き込んだ側が何をほざく」
ナイフ型の爆弾を投げつけてきた包帯を頭に巻いた男子学生――上条当麻はメリアの側に立って、右手首を振りながら徒手空拳で神裂と相対する。ステイルとの戦闘で砕けた指は完全に修復され、調子もいつも通りに戻っていた。
さらに混迷を極めた状況のなか、どこからとも無く男の声が響いた。
『退け神裂!』
「ですが……」
『今は不安要素が多すぎる! いいから退け!』
「――――了解」
魔術を使って音信してきたらしいステイルの声に、苦虫を噛み砕いたような表情をして神裂が離脱する。一蹴りでビル郡の高さをゆうに越え、その姿はビルの影に消えていった。
………………。
…………。
……。
圧倒的な強さを見せ付けた神裂が離脱したことで、気が抜けたらしいメリアが『一応自分を助けてくれた』当麻を見つめる。極々僅かに険のある表情だった。
「ねぇ、君。さっき私を巻き込まなかった?」
傍から見れば無表情となんら変わりない表情な上、感情の篭らないくせに不満だけはありありと感じられる声だった。
そんな器用な不満を漏らすメリアに、当麻こそ苛立ちを隠さずに答える。
「当たり前だ。柚姫を魔術側(そっち)の事情に巻き込みやがって」
「私、君の妹さん? ――を守ったんだけど」
「知るか」
ケチだね、という言葉を残して今度こそメリアは倒れた。焦げた地面に横になって子供みたいに縮こまる。どうやら、もう動く気はないらしい。
「……二人はだれ?」
「私の義兄と、私たちを助けてくれた人よ。アルストロメリアさん、だったかしら。……にしても遅かったわね、お兄ちゃん?」
シスター服の少女の問いに彼女なりに丁寧に答えた柚姫は、次は当麻に、にかっ、と子供みたいに笑いかける。それを見て当麻は珍しいと呟いた。
「なんだお前、今は『そっち』なのか」
「当たり前でしょう? じゃなきゃやってられないわ」
左手で右の肘を支えながら右手で髪を払って、柚姫は当然だと言わんばかりに溜息を零した。
最近、彼女は外では優等生のような皮を被っているのだ。お姉さんぶるような感じだ。理由は確か、今年の入学式頃に言っていた。曰く「可愛い後輩が二人ほど出来たから、彼女たちには見せたくない」らしい。それを剥がしてしまうくらいに切羽詰った状況だったのだろう。もうどうしようもないほど、魔術側の事態に巻き込まれてしまっていた。
「……とりあえず無事でよかった。怪我はないな」
「ええ。……あと、それを言うならもっと早く助けにきてよ。アルストロメリアさんがいなきゃ、どうなってたかわからない」
ぶー、と拗ねた柚姫に当麻は苦笑を零した。とりあえずは元気そうだ。
それで、だ。
「お前、なんだ?」
「ちょっと失礼かも」
む、と口を尖らせたシスター服の少女は、しかしすぐに表情を微笑みに変えた。
「私の名前は『INDEX LIBRORVM PROHIBITORVM〈禁書目録〉』。魔法名は『dedicatus545〈献身的な子羊は強者の知識を守る〉』だよ」
至極当然のように語られた彼女の言葉に当麻は頭を抱えた。面倒事には慣れているが、なぜ魔術の存在を知った翌日に魔術側の、しかも厄介者が舞い込んでくるのだ、と。
とうの本人は聖女じみた微笑を浮かべていて、巻き込まれた側としては正直殺意を覚える。
「ゆずきは信じなかったけど、魔法はちゃんとあるんだよ?」
「知ってる。何で『禁書目録』がこんなところにいるんだ」
私シスターですと言わんばかりに微笑んでいるインデックスを恨めしく思いながら当麻は呟いた。
『禁書目録』とはその名の通り魔導書・邪教書などありとあらゆる禁書を記録している人の皮を被った魔導図書館だ。理屈までは『知識』に記載されていないが、禁書目録が保有している書籍の総数は十万三千。世界中のありとあらゆる書籍が頭の中に詰まっている。
まさかこんな少女だとは思わなかったが、と思案していると、柚姫とインデックスが似たような仕草で首をかしげた。
「お兄ちゃんは魔術とか言うの知ってるの?」
「君は魔術師なの?」
「昨日知ったんだよ。それと、その質問流行ってるのか?」
その質問は二つとも、つい先ほど聞いたばかりだ。うんざりしながらメリアに話した通りに説明すれば、二人もどこか納得できない表情をする。だから何なんだ一体。
というより今日出会ったにしては随分と仲が良い。息も合っている。吊り橋効果もあるのだろうが、柚姫が本心から禁書目録と向き合おうとしている面も大きいのだろう。義妹が仲良くなっている以上、禁書目録をここで『処理する』という考えを当麻は放棄した。
いくら厄介な奴でも、柚姫の友人となった少女を傷つけるつもりは無い。
これじゃあただのシスコンだな、と当麻が独り言ちていると、
「ねぇ、話長くなる?」
地面に寝転がっていたメリアが起き上がった。事もなさげに立ち上がる。……ように見えたが、メリアはくらりとバランスを崩した。倒れそうなメリアを受け止め、場所を変えたほうがいいか、と思い至る。
しかし、
「俺たちの部屋にも魔術師が来ていた。戻るにしても、別の寝床を確保したほうがいい」
「だったらコモエの部屋にくれば? トウマは知ってるよね?」
「こもえ……?」
「誰……?」と首を傾げる柚姫とインデックスに、当麻は苦い表情で「高校の担任」と答える。当麻からすれば、あの日常の象徴である優しい教諭を巻き込みたくない、というのが本音だった。
だが、月詠教諭の部屋以外に宛が無いのも確かだ。
「はやく逃げたほうがいいんじゃないの?」
「――わかったよ」
メリアの言葉に、舌打ちしながら渋々と当麻は頷く。
遠くから喧騒が聞こえてきたからだ。
この交差点に面した家屋の壁面には罅が刻まれ、ガラスもところどころ割れている。信号機は倒れ、電柱は崩れ落ちている。路面など平らな部分が残っていないどころか、一部が沼のように黒い液体に変化していた。液状化を免れた部分も焼けたように腐食していて、異臭が自然風で消えない程にこの一角を包み始めていた。並みの人間なら絨毯爆撃が行われた後と言われたとしても頷いてしまえるような惨状だ。
人避けも解除され、すでに騒動を聞きつけ学生たちがここへ向かいつつある。風紀委員が出張ってくるのも時間の問題だろう。見つかれば面倒なことになる。
「歩けるか」
「無理。おぶって」
「…………」
メリアの物言いに理由の分からない既視感を覚えつつ、仕方ないから彼女を背負った。柚姫とインデックスを小萌宅に案内するために、当麻は監視カメラの死角となる場所を選びながら路地裏に逃げ込んだ。
メリアも大概だけど神裂さん強すぎる(汗
苦戦しているように見えて、でも本気じゃないみたいな。……どこの世紀末覇者だっていうね……orz
以下言い訳コーナー↓
最初は剣術と棒術(?)を真正面からぶつけ合わせている感じで描写してたのですが、神裂>メリアを強調したかったので最終的にこんな感じに落ち着きました。その名残で神裂がそれっぽい動きをしている部分が僅かに残ってます。剣術的な描写が下手な上に、制約を付けすぎて爽快感なんてものは一切ありません。描写不足な部分もあるでしょう。……すみませんorz
ステイル戦同様、やはり互いが脱落しないような結果になりました。そして■■が仕事をしていない。
いやぁもう、早く好き勝手に戦闘書きたい(禁断症状