とある幻想の四重響奏 -Quartet of a Imagine-   作:独楽と布団中の図書館

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ヒーローではない上条当麻がヒロインになった。そんな話。


※注意事項。
 この話では煙草を吸う青少年が出てきますが、青少年の煙草を助長するものではありません。
 煙草は二十歳になってから、です。

■2015/02/06追記
早速書き忘れてたところがあったので修正しておきました。予約中に何故気付かなかったのか……orz


09. Conversation -Side.D-

 道化役なら、いくらでも演じてやる。

 

 

 

 

■Conversation -Side.D-■

 

 

 

 

――PM.8:33。

 

 

 

 

 

 銭湯に向かう途中、離れた位置にあったビジネスビルから感じた視線。殺気は無い癖、今にも斬りかかろうとしているような視線に、メリアにだけ告げて俺は一人でそのビルに足を運んだのだ。徒歩で向かったために、そこそこ時間が掛かってしまった。

 余計に強く感じるようになった視線を辿って、ビルの屋上を見上げる。

 

 

 

「――――」

 

 

 

 雲行きの怪しい星空を背後に、屋上の縁に立つ女性と視線が交差する。遠目でも目立つ黒髪と日本刀が目に入る。先ほど会ったばかりの、柚姫たちの言う『聖人』――神裂火織だ。

 

 

 

――我が宿主よ、本当にこのまま行くのか?

 

 

(なんだよ、怖気づいたのか)

 

 

 怪訝そうなエイワスの声に簡単に答えて、俺は正面玄関からビルの中に入る。エレベーターで屋上に向かう。それといい加減、我が宿主我が宿主言うのはまどろっこしくないか?

 

 

――真逆(まさか)。如何(いか)な聖人といえど、我が宿主を殺し切れるとは思わん。

  聖人相手に無手で戦うのかと聞いているのだ。勝負にならんぞ。……それと我が宿主を他にどう形容すればいい?

 

(名前呼びは……、気色悪いな)

 

――だろう?

 

 

 軽口を叩き合いながら最上階までの到着を待つ。

 エイワスの言い分は尤もだ。ただ人並み外れた身体能力と自然治癒能力を持つだけの、並の人外である俺では神裂と戦ったところで勝てるものではない。どころか武器一つ持たず来ているのだ。エイワスの言う通り、勝負になるかすら怪しい。

 だが、俺は戦いに来たつもりなどない。

 

 

――ほう? ならば話し合いに来たとでも?

  先のステイル=マグヌスとは随分と対応が違うようだが。

 

(……かもな。俺だって、今まで魔術側の肩を持つ気なんてなかったさ)

 

 

 魔術師なんてものと今日初めて出会って、魔術師と呼ばれる人間がどういう連中なのかを知った。実際に出会って、多少ではあったものの言葉を重ねて。互いに得物をぶつけ合って。……正直、俺自身迷っていた。学園都市にとって、魔術師たちが本当に敵なのかどうか。未だ掴みきれていなかったのだ。

 

 懐からソフトの紙袋を取り出す。中から一本取り出して、口に咥えて100円ライターで火をつける。肺に広がったメンソールの清涼感に気分が落ち着いていく。……そうでもしないと、多分話し合いもできないから。勝てる勝てない度外視して、ステイルの時と同じように暴れてしまいそうだったから。

 

 

――短絡的なのか血の気が多いのか。どっちだろうな?

 

(……放っておけよ)

 

 

 エレベータが最上階に到着する。最後に階段を使って屋上に上がった。屋上の中心で待ち構える神裂火織と向かい合う。

 

「…………」

「――――」

 

 お互い言葉も無く、視線による探り合いが数秒ほど。先に口を開いたのは神裂だ。

 

「単刀直入に言います。禁書目録を渡しなさい」

「断る」

「――――っ」

 

 予想した通りの神裂の申し出を俺は拒む。答えた途端、唇を噛んで神裂は俯く。怒りからか、悲しみからか。どちらかは判断しようがない。身長の割りに華奢な肩が震えていた。表情は前髪に隠れて、口元しか見えない。

 

 その口元が、何かしらの感情に濡れた声を絞り出した。

 

「どうして、ですか……?」

「お前たちが今している『現状維持』だけじゃ満足できない奴がいてな」

 

 

 ステイル=マグヌスと神裂火織の二人は、きっと禁書目録を『何か』から助けるために動いている。その結果がただの現状維持であっても。そんな二人を撃滅するだけでは今回の一件は解決しない。それが今の俺たちの共通見解だ。そして二人を追いやってしまえば、解決策どころか原因さえ知らない俺たちだけが残される。俺たちの知らない『何か』によって、事態は最悪の結末へと向かうのだろう。

 

 

「お前らに全て任せるっていう選択肢なんて、俺たちは持ち合わせちゃいない」

「…………」

 

 

 神裂は俯いて黙ったまま聞いていた。何を考えているかなんて俺には分からない。分からないが、俺たちの予想が正しければ、きっと『禁書目録』を第一に考えているはずだ。

 柚姫やメリアの言う神裂の人間性や、マグヌスの言っていた『知り合い』という表現。恐らく彼らは、根は『優しい人間』なのだろう。そんな二人が冷徹な追跡者を演じてまで禁書目録を『何か』から助けようとしている。

 二人や禁書目録にとって、その『何か』とはそれだけ大きな問題なのだ。そして、その問題は神裂とマグヌスだけでは解決しない。二人の力だけで解決するような事態ならば、俺たちは巻き込まれてなどいないだろう。

 

「それじゃあ何の解決にもならないってことくらい、お前たちだって理解しているんじゃないのか」

 

 だから俺は話し合うために来たのだ。……対話なんて方法はそもそも俺の領分ではないが、戦って好転する状況でもない。

 だが神裂やマグヌスにはこちらと話すつもりなんてないだろう。二人を力ずくで押さえつけるなんて不可能だ。だから話し合いをするなら、二人の凝り固まった責任感と罪悪感の塊をどうにかするしかない。

 

 

 そのためには、少々危険だが二人の感情を刺激してやることが必要だ――――。

 

 

 

 

 

 

「だから助けてやるって言ってるんだよ。お前たちが出来なかった、その程度の『些細な問題』は俺たちが完遂してやる」

「――――この、」

 

 俯いたままの神裂を出来る限り馬鹿にするように、諧謔を弄するように俺は両の口端を吊り上げる。そして、俺の言葉を聞いた神裂の反応は、

 

 

 

 

 

 

「――――ド素人が、戯言をほざくなァッ!!」

 

 

 

 

 

 

 随分と過激なものだった。腹部に鞘を叩きつけられて俺は屋上の端まで吹き飛ばされる。縁の段差に背中を強打した俺の腹部の上、俺の左肩を鞘で押さえつけて神裂が圧し掛かった。大して重くも無いのに、俺はそれだけで動けなくなってしまった。

 

「あの子と大した関わりもないくせに、何も知らないくせにッ……!」

 

 搾り出したような声。俺の顔を神裂の長い黒髪が撫ぜる。顔は髪と影に隠れていて見えなかった。

 動けない俺を殺すことくらい簡単にできるはずなのに、神裂はそれ以上動こうとしない。ただ俺を押さえつけているだけだ。

 だから俺は、いくら傷口に塩を塗る行為だろうと。喉に詰まった血痰を吐き出して、話し合いを続行することにした。

 

「俺は今さっき出会ったばかりの奴を助けようなんて思えるほど、出来た人間じゃない」

 

 助けるなんてことは俺の仕事じゃない。俺は『破壊』することしかできないから。俺みたいな暗部の死神では、殺してきた人たちの血に濡れた両手では、誰かを助けることなどできない。人でなしの俺に出来るのは、暗部の底にいる俺が出来るのは、ただ、背中を押してやることだけだ。

 光の下に立って引き上げることはできなくても、日常へと追い返すことくらいなら俺にだってできるから。

 

 たとえ、それで彼らの背中が血に濡れてしまおうとも。

 

 

 

「だから、これは唯の、……気まぐれだ」

「ふざけるなッ!!」

 

 神裂が叫ぶ。ほとんど悲鳴みたいな声だった。

 

「あの子の苦痛を知らないくせに! あの子の痛みを理解できないくせに! 『その程度の些事』? 『気まぐれで助ける』? そんなことで彼女が救われるなら私たちも、――彼女もこんな思いをする必要なんてなかった!!」

 

 

 

 髪を振り乱して叫びながら。

 

 

 

 

「もっと一緒にいたかった! 一緒に笑っていたかった!!」

 

 

 

 

 言葉と共に、何度も。

 

 

 

 

「でも、それさえ出来ないから、私は……!」

 

 

 

 神裂は俺の左肩に鞘が振り下ろし続ける。痛みはあるが、骨が砕けたり肩が潰れるわけでもない。それはただの、本当にただの女の力だった。

 

 

 

「彼女を死なせたくないから。守りたかったから……!」

 

 

 

 子供が駄々を捏ねるみたいに。何度も、何度も。

 

 

 

「インデックスに生きていて欲しかったから……!!」

 

 

 

 神裂は鞘を思い切り振り上げて、

 

 

 

「私たちは彼女を傷つけてでも守ろうって決めたのに―――――!」

 

 

 

 俺の左肩目掛けて落とした鞘は大きく外れ、屋上の床に弾かれて神裂の手から零れ落ちる。

 

 

 

「それを……」

 

 

 

 それでも神裂は手を止めようとはしない。胸倉を掴み、神裂が俺の上体を持ち上げる。

 

 

 

「それさえも『無駄な努力だった』と嘲笑うのですか貴方はッ!!」

 

 

 

「笑わないさ。……でもお前たちのことなんて俺には理解できない」

 

 

 俺は『神裂火織』でも『ステイル=マグヌス』でもないから。

 

 

 

「お前たちが背負ってるものなんて、俺は背負えない」

「…………」

 

 

 黙って、ただ歯を食いしばる気配だけが俺に伝わった。俺の胸元に顔を埋めながら、俯く神裂は震えていた。

 

 

 顔は見えない。涙も落ちていない。でも俺には神裂火織が泣いているように見えた。しかも驚いたことに、どうやら俺は彼女の涙の無い慟哭に何かしらの感銘を受けたらしいのだ。

 

 

 

 『カミジョウトウマ』としての根本が揺らいでいる。暗部で生きて、暗部によって構成された俺の生き方が。死神という名の殻を割って、中から何かしらの感情が孵化しようとしてる。それがどういった感情なのか分からない。分からないが、俺はそれに再び蓋をした。見てみぬふりをした。

 

 きっとそれは俺の在り方ではない。化物として生まれた俺がそんな真っ当なものを選んではならないのだ。俺は、俺の周りの連中が言う『ヒーロー』でも『お人好し』でもない。

 

 

 

 

――気付いていないふりをしているのか。……いや、本当に気付いていないのか。なんにしても素直ではないな。

 

(…………?)

 

 

 

 

 エイワスが何か言っていたが、俺には理解できなかった。理解できないのだから、考えたって仕方が無い。俺は神裂を押し退けて立ち上がる。

 意外にも神裂はあっさりと俺を開放した。痛む左肩を右手で押さえ屋上の縁に立って、座り込んだままの神裂と向かい合う。

 

 

 

「だから、確かめてやるよ――」

 

 

 分水嶺だ。神裂とマグヌスが本当に、学園都市(俺)の敵なのかどうかの。

 泣きそうな顔で俺を見上げる神裂の前で、道化を演じるように。

 

 

 

「お前が本当に、」

 

 

 

 ふざけているように口の端を吊り上げて笑顔のような表情を作って、俺は、

 

 

 

 

 

「善人(ヒーロー)かどうかをな」

 

 

 

 

 屋上から身を投げた。

 

 

 

 

 

 

「なっ――――!?」

 

 

 

 下から持ち上がったビルの壁に遮られ、神裂の姿が見えなくなった。

 足元を窓ガラスが上に流れ、夜空が遠ざかっていく。地面までの距離はおおよそ78m。落下速度は距離に比例して伸びていき現在はおおよそ80km/h。

 

 

――いくら死なないと言っても傷付かないわけではないのだぞ?

  そんな惨状で戻ったら、我が宿主の言う『優しい教諭』が何というかな。

 

 

 このまま背中から落ちれば骨は砕け、慣性と重力に従って身体は潰れ、それはもう酷い有様になる。

 痛みなんてどうでもいい。それは問題ではない。だがエイワスの言う通り、全身血まみれで月詠教諭の前に戻ればきっと彼女は泣いてしまうのだろう。傷付いてしまうのだろう。それだけは避けたかったのだが、予測が外れれば俺はこのまま地面にぶつかってトマトのように潰れてしまう。

 

 

 

 

 

 距離はあと僅か。

 

 

 

 

 

 

 後一秒と経たず地面に激突する距離だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 外れたか、と俺は落胆し、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まったく、馬鹿ですか貴方は」

 

 

 壁を蹴って、俺以上の速度で落ちてきた神裂によって俺は抱きかかえられていた。いわゆるお姫様抱っこと呼ばれる形で、だ。そして俺を抱えたまま神裂は魔術を使って空中を滑るように、地面と水平に移動していた。しかも随分と余裕があったようで腰のベルトには、拾い直したらしい日本刀が鞘に収められていた。

 

 呆れた、と呟く神裂に俺も現状の不満を溜息と共に零した。

 

「十点減点。もうちょっと助け方を考えろ」

 

 横抱きにされて空中散歩とか、どこの御伽噺のお姫様だ。そう言ってやると神裂の呆れ顔が引き攣った。

 

「……落としますよ?」

「だったら何で拾ったんだよ」

 

 尤もなことを言えば、ぐ、と神裂は言葉を詰まらせる。

 

「っ、それはっ……、私の前でこんな死に方をされると寝覚めが悪くなるからっ……!」

「……お人好し。一応合格だけどな」

「黙りなさいっ……! 私だって自分の甘さにいい加減頭に来ています!」

 

 顔を赤くしてまで言葉を荒げた神裂は落ち着くように、疲れたように一呼吸置いた。……精神的に疲れているのは俺も同じだ。

 俺を横抱きにしたまま、神裂は魔術を使ってスノーボードみたく中空を滑っている。そんな状態で俺の身体の左半分に乗った、なんというか女性特有の重みというか柔らかさに俺は居心地の悪さを感じていた。神裂の足元で発動しているらしい魔術に影響があっても困るから持ち上げた右手は、しかし俺の体の上に持ってきてしまえば否応なく、その、神裂の胸部に触れてしまうので、行く当てもなく中途半端な位置を彷徨った。

 当然ながら女に横抱きにされた経験など俺には無い。むしろあってほしくなかった。……公開処刑だこんなもの。一人で来て正解だった。こんな情けない姿を柚姫たちの前に晒したくは無い。

 

「……それで貴方は、何故こんな真似をしたんですか?」

「ただの思いつき」

「本っ当に馬鹿ですね貴方はっ……!」

 

 そんな気の抜けるような会話をしている内に神裂の足が地に着いた。と、いきなり神裂が俺を抱えていた両手を離す。両腕の支えが無くなり、俺は無様に地面を転がった。……痛い。いきなり何しやがる。

 

「いえ別に。もう抱える必要は無くなったので」

 

 しれっと答える神裂を睨みながら起き上がる。そんな俺を見て神裂も、む、と俺を半眼で睨み返した。先ほどと比べれば、随分と敵意の薄れた表情だった。

 これでようやく本題に入れるだろうか。

 

「少しは話す気になったかよ」

「……そうですね。このまま貴方たちを野放しにしても厄介なことになりそうですし……」

 

 一先ず停戦としましょう、と神裂は言う。暗に、俺たちと馴れ合うつもりはない、と。

 

 

「ですから、まずは現状だけ――」

 

 

 そうして神裂は話し始めた。二人が何故禁書目録を追い回すのか。何故禁書目録の記憶が丁度一年前で途絶えているのか。禁書目録の身に、何が起きているのか。インデックス、ステイル=マグヌス、神裂火織が繰り返してきた彼女たちの物語。

 私情を交えないように淡々と説明していく神裂の表情には、確かな悔恨と苦悩が滲み出ていた。

 

 

「――以上が貴方が『些細な問題』だと言った、私たちがインデックスを追う理由です」

「…………」

 

 

 話を聞いて俺は少し頭を抱えた。いくら私情を挟まなくとも、今の話から彼女たちがどういう人間か嫌になるほど理解できた。そして、それを利用されて出来上がった今の状況も。

 

 

「本当に馬鹿だよ。お前もマグヌスも。科学ってものを知らない。だから簡単に騙されるんだ」

「……なんですって?」

 

 

 メリアが携帯電話を上手く使えないほどの機械音痴だったから、もしやと思ったのだ。まさか本当に魔術師全員に同じことが言えるとは思わなかったが。

 『知らない』ということは、その『知らない分野の視点』から物事を見ることができないということだ。科学側を知らない神裂たちは、彼女たちが立っている魔術側の視点からでしか禁書目録が抱える問題を考えることができない。だから騙され、騙されていることに気付かない。

 

「前提から間違ってるんだよ。そもそも人間の脳、記憶領域は――――」

 

 神裂に説明してやろうと口にした台詞は、神裂の背後から突如届いた夜空を照らす閃光と轟音に遮られた。俺の視線の先、乱立するビルの隙間から光の柱が夜空を撃ち抜くように迸っていたのだ。

 

 

「まさか、あれは『Dragon Breath〈竜王の殺息〉』ですか……!?」

 

 

 振り返った神裂が息を呑む。光と音の発生源は、俺たちのマンションの方向にあって、

 

 

 

「光の下へ向かうぞ。連れて行け」

「っは、はい……!」

 

 

 

 俺の左手を引いて神裂が跳躍する。

 一足でビジネスビルを飛び越え、屋上を足場にさらに飛び上がる。上空120m程度の高さから見えた光柱の根元は、理由は分からないが俺たちの部屋だった。

 

 

 

 

 距離は十数km。神裂の足ならば、数分と掛からずに――、

 

 

 

 

 

 

 

 

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