とある幻想の四重響奏 -Quartet of a Imagine- 作:独楽と布団中の図書館
以前感想のほうで11話は大体ニ~三話分になると書いたのですが、ちょっと文字数が多くなりそうなので二話に分けることに。
その謝罪も篭めて投稿を前倒ししました。ころころと言う事成す事が変わってしまい申し訳ありません。
今回前々から感想でリクエストいただいていた内の『魔拳』を私なりに解釈して書かせていただきました。魔拳っぽい技というかなんというか、もしかしたらご期待に沿えぬようなものになってしまっているかもしれませんが、その時は生ぬるい目で見ていただければ幸いです。
■■■■年■■月■■日付。
映像記録08(画像データに異常アリ。音声のみの再生となります)。観察対象:検体No.01、検体No.06、検体No.07、検体No.11。設備:観察箱04『木原教会孤児院』。
『それで、何で俺らこんなことしてんだよ』
『知るか』
『二人が喧嘩の最中に花壇荒らしちゃったからでしょ。ほら、早く直さないと院長さんに怒られちゃうわよ』
『あのハゲジジイ……、俺らのことは放っておけっていつもいってんのに』
『木原幻生だったか。……あの男、あまり好きじゃない』
『テメェはまた好き嫌いの話かよ。あーあー大変ですねぇ嫌いなものが多いと』
『なんだと?』
『はいはい二人とも喧嘩しないで』
『第一お前が下らない話をするからこうなったんだろうが』
『下らねぇって何だよ、こちとら本気だっつの。ハゲジジイにいつか痛い目見させてやるから協力しろって言っただけじゃねーか』
『だから俺は止めろって言ってるんだ。争い事は嫌いなんだよ』
『あれも嫌い、これも嫌い――』
『無視しないでよ、ねぇってば!』
『うるさい』
『だっ!?』
『痛ってぇ!?』
『あー! ちょっと何してるのよー! せっかく植えた花が潰れちゃったじゃない!』
『……ごめん。反省はしないよ』
『ていうか二人ともノビちゃったじゃないのよ! どうするのよ、これじゃあ――
――データ破損により以降の観察記録は閲覧不可。
■□■□■□
真っ先に意識したのは黒一色。黒い球体を内側から覗いたような世界だ。足場も天上も壁も境界もない世界を、上条柚姫はただ浮遊する。
(……また、ここ?)
夢と現の境界みたいな空間で、しかし今度ははっきりとした意識を上条柚姫は持っていた。ここが『何処』かなんて分からない。昨日来た時、光が漏れて星のように見えた穴は無くなっていた。なんとなく、ここは出口の無い閉じた世界なのだと理解した。それなのに際限が無いように感じるのは、きっと『何も見えていないから』。
そして、前と違うところがもう一つ。
足元が滲むように光っている。血のような、赤色。それが布に染み込んでいくみたいに上に上がってくる。その奥底が不規則に脈打っている。
(…………?)
ふと、私の身体も周囲に合わせて脈動していることに気付いた。どく、どくどく、どく。周囲の景色と同じように。テンポが速まったり遅くなったり。色々なタイミングを試しているみたいだった。
それはまるで、調律を合わせているようで――、
(『何か』いる……)
確かに『何か』がいた。どこにいるかは分からない。分からないが、周囲の脈動は『それ』が今にも目を覚まそうとしているからだと理解した。
(――ううん。『何か』でも『それ』でもない)
私は知っていた。理由なんて分からない。理屈なんてまだ理解できていない。でも、『この子』はずっと私の中にいたのだ。いつからなんてどうでもいい。ただ、私の中で生まれる時を待っていた。
とても馴染み深く、そして私の中にいたその存在を、今私は知ることが出来たのだ。不思議と嫌悪感は無い。むしろ――、
(今まで、私を守っていてくれたんだね)
私は『この子』に感謝すらしていた。
何故、あの化物――天使を破壊することができたのか。何故、天使の言葉が私の口から飛び出したのか。それは『この子』が私の中にいたからだ。
この子はあの天使と根本が同じだ。研究によって、人によって創り出された指向性の塊。そしてここには、この子がいる『■界』。その中に創り出した身を守るための障壁。胎盤じみた揺り篭。
きっかけは昨日の一件。天使との遭遇だ。
意識の海に飲まれ、私は無意識にこの子の力を使って意識を殻で覆った。でもそれは穴だらけで、隙間から意識と記憶が流れ込んできてしまった。そして私以外の人間に触れ、この子は私(自分)以外の存在を知ったことで、私(自分)とこの子(自分)の違いを知ってしまった。
この子は自我を持とうとしている。私の感情に触れて、私を知って、人がどういうものか知ろうとしている。本当なら目覚めるためにはもう少し時間が必要なのだ。
それが今、インデックスが放った閃光に驚いて目を覚まそうとしている。
――…………オハ、ヨウ。
周囲の殻が破れていく。目が開いていく。祝福しよう。祈り上げよう。
目を覚ましたばかりの、生まれたばかりのこの子の名前は、
――『拡散力場を司る悪魔(AIMマクスウェル)』。
■Devils Party■
ハルバード『Mallet of Amaryllis〈鉄彼岸花〉』が竜王の殺息に軋みをあげる。逆さにしたハルバードの斧頭で上に受け流しているのだが、竜王の殺息は熱量が尋常ではない。そして『聖ジョージの聖域』というだけあって相性は最悪。黒い霧で壁を作っても効果はなく、柄を持つ両腕に思うように力が入らない。光柱を受け流すことしかできない上に、持った両手が焼けそうだ。しかも背後で気絶しているユズキを庇っているせいで回避することもできず、衝撃によって部屋の中は滅茶苦茶だ。天井には大穴が開き、家具は散らばって背後の壁もひび割れている。……でも私は悪くないはずだ。文句なら禁書目録をこんな風にした元凶と、戦うのに不向きな狭い部屋を作った設計者に言ってもらいたい。
状況はジリ貧。――否、さらに悪化した。
「対象捕捉。『竜王の殺息』を継続。さらに対魔装術式『Devilcraft Incinerate〈魔典焼却〉』を追加発動します」
足元に幾何学模様が広がる。瞬間、鉄彼岸花が発火した。
『元々は杖だった』ハルバードに深く繋がれた私の能力の大元。私の内部、心臓に埋め込まれた炭片に火が付いた。
――ぐ、ぎぁ、ィィァアアアアアアアアアアアアア!?
嘗て16世紀頃の欧州に生きていたらしい女性――『リリィ=ラプラス』が悲鳴を上げる。脳内で声が乱反射する。……悲鳴を上げたいのは私のほうだ。
いくら強化された肉体が火に焼けなくても、体内で燃えているのだ。熱いものは熱い。というより元から炭なのだから少しくらいは我慢してほしい。
――嫌っ! ィあいやイヤ嫌ァッ!! もう焼かれるのは嫌ァアアアアアアアッ!!
ヒステリックな悲鳴は止まらない。だがまあ、それも仕方ないと思うことにした。
彼女――『リリィ=ラプラス』は16世紀当時に生きていた『魔女』だ。『魔女狩り』によって磔刑に掛けられ火やぶりにされた。
そんな彼女の遺骨を結晶化して杭にした物が私の心臓には刺さっている。それは物理的にも概念的にも私と同化していた。杭に宿るラプラスの無念は私の人格と同調して自我を取り戻し、そして私の中で息を吹き返した。生前に彼女が使っていた杖は醜く形を変え、それを私が持つことで彼女の憎しみが黒い霧となった。人を溶解するほどの熱を持った妄念の具現――それが私の使う『Corpse Curse〈死人呪詛の闇霧〉』だ。
私は、アルストロメリア=グレイスは『聖人』だ。中途半端に人以上の力を手にしてしまった、神に選ばれたにも関わらず神の力の一端に耐えられなかった『出来損ない』。
それも当然の結果だった。だって私には真逆の才能しかなかったのだから。そしてラプラスの憤怒怨念は私の『出来損ないの聖人』に打ち消されないほどの強固な感情だった。
だから心臓に突き刺さったラプラスの杭によって私は『魔人』となったのだ。そこに至るまでの経緯は覚えていない。どころか学園都市でコモエに拾われる前までの記憶が曖昧だ。たしかどこか山奥の教会で暮らしていたのは思い出せるが、それ以上を思い出そうとすると頭痛がする。これは何なのだろう。
「――――っ」
なんて現実逃避しても手に持った鉄彼岸花が燃えて心臓に火種があって、竜王の殺息を目の前でギリギリ食い止めている現状に変わりは無く。
――ァァァ熱い熱い熱い熱いィッ! 誰か止めてぇええええ!!
耳を通してないのに耳障りな叫びが頭の中に響いた。煩い。きゃーきゃー騒いでいる割に誰かに助けを求めるくらいの余裕はまだ残っているらしい。
どうしよう、と考える。不思議と恐怖は無い。なんとなくだが、このまま私が死ぬことは無いだろう、と。たとえばステイルが慌てて戻くるとか。空に流れている竜王の殺息が目印になって未だに戻ってこないトウマが戻って来る、とか。運がよければこっちみたいに神裂火織と和解してるかな、なんて思った。
それはただの勘ではあったものの、
「この期に及んで一体何が――――」
「――な、なんであの子が魔術なんて使ってるんですか!」
「『これ』が原因で今まで使えなかったんだろ」
思い切り扉を開けて入ってきた途端に息を詰まらせたステイルに、大穴の開いた天井から慌てて飛び込んできた二人に。ああやっぱりか、と外れることのない勘にうんざりしながら私は少し安心していた。
□■□■□■
天井に開いた大穴を潜って滅茶苦茶に散らかった室内に足を下ろす。気絶した柚姫を庇って、神裂曰く『竜王の殺息』を受け止めているメリアを見て、俺は右手で光柱を掴んでメリアの前に割り込む。
途端、右腕に激痛が走って視界が警告の赤一色に染まった。
――Alert. Capactiy_Over the Main frame<DRACO_EX_MACHINA>.
(『幻想殺シ』ニ異常ヲ感知。筐体『機械仕掛ケノ竜王(カミジョウトウマ)』ノ処理限界ヲ突破シマシタ)
「……っ」
竜王の殺息を受け止めきれずに俺は踏鞴を踏む。幻想殺しで消しきれない光の奔流を俺は無意識に『掴んで捻じ曲げた』。大穴を抜けて光柱が夜空へと昇っていく。結局メリアと同じように空へと受け流すことしかできずに、
どくり、と。
俺の心臓が竜王の殺息に反応した。酷い既視感が駆け巡り、俺の意思とは関係なくOSが勝手に対策を講じ始める。
――Take measures of emergency. Now disposition ...Phase Up. Started... <Automatic-Index-Winged -Angelland-Slaine-System> assimilate Basic_Skill<IMAGINE_BREAKER>.
(対策ヲ検索――――段階ヲ進行シマス。『エイワス』ニ『幻想殺シ』ヲ吸収、同調開始)
俺の中で何かが割れた。
それが一体何なのかは分からない。ただ――そう、例えば『母の温もり』じみた光だ。子供の頃、楽しかった暖かい日向みたいな何かが――崩れ落ちた。
「――――ッ!」
偽装が剥がされる。継ぎ接ぎだらけの『上条当麻(カミジョウトウマ)』が。コインの表と裏が溶けて混ざり合うみたいに。
抵抗も出来ず、あまりにも自然に。そうなることが初めから決まっていたかのように。エイワス(我)と俺(我が宿主)の意識が別々のまま重なっていく。
――Complete assimilation. Exercise... Ambush-Anti-Ability-System<IMAGINE_EATER>. Right Armed... <GAUNTLET>.
(同調完了。対異能特殊迎撃機構『幻想喰イ』ヲ起動シマス。右制動翼並ビニ右腕部強化装甲『鱗手』ヲ展開)
そして俺に巣食う『竜王(ドラゴン)』の一部が――我の『SYSTEM(神域を侵す力の集合)』の末端が、今その姿を現実に晒した。
「な……」
「……え」
「な、なんですか、それ―――」
背後で三人が息を飲む気配が伝わってくる。それも当然なのかもしれない。俺だって驚いているのだから。
歪な右腕が鈍く輝き、翼の片割れが羽化するように広がる。竜王の殺息を受け止める右手は今や姿を激変させていた。指の先から肘までが金属に覆われていたのだ。鱗手(ガントレット)の名の通り、竜の腕じみた『知識にも載っていない謎の金属(シャドウメタル)』の手甲が出来上がっていた。そして右の肩甲骨のあたりを根元に腕がもう一本生えたような感触がある。神経の通った、しかし今まで体験したことのない俺の肢体。竜王の殺息との接触で発生した風によって音を立てながら靡いている。右制動翼――シャツの右肩甲骨の部分を破って広がったその翼も、きっと右腕と同じ金属で構成されているはずだ。――ああその通りだ我が宿主。全盛期とは程遠いが随分と懐かしい感覚よな。
初めて出会った時のエイワスの姿を思い浮かべて、ああそうかと鏡を見なくても理解できた。三人の目に映る俺の姿が鋼鉄の半竜人だということを。客観的な俺の姿を簡単に思い浮かべることが出来たのだ。
「――――」
竜王の殺息は勢いと熱量をそのままに、今は俺の右手に全て吸収されていた。どうやら幻想喰いの処理能力は幻想殺し以上のものらしい。先ほどよりも随分と余裕が生まれた。
だから俺はその光柱を、
握り潰した。
「な――――」
俺の背後で誰かが、もしかしたら三人とも言葉を失った。
竜王の殺息がガラスみたいに砕け散り、のみならず大元の術式を『魔典焼却』ごと破壊したから。禁書目録の体がくらりと揺らぐ。
そして俺の右腕が、その内部で何かを構築し始めた。……それが何なのかは分からないが、随分と時間が掛かるようで『Now Building』の文字がちらついていた。
だが、今はそんなもの関係ない。
「警告。最終章『首輪』に甚大な破損が発生。再生――可能。これより再生を開始します」
再生させるつもりなど当然無い。俺は禁書目録へ駆ける。2LDKの部屋と言ってもリビングの四方は精々が5m程度だ。ソファの上、寝室側の壁にいる禁書目録と部屋の中心にいる俺の距離は長いわけではない。
だが、
「再生を継続。並びに複合魔術『Book of Summons〈魔典召喚〉』を発動します」
踏み出した俺の右足――足首が地面から生えた粘土細工のような左手に掴まれていた。腕の根元にはどこに繋がってるかも分からない黒々とした穴。
慌てて足を戻せば、手に続いて筋骨隆々の腕が床から出てくる。手が離れない。どころか、ごきり、と生々しい音が響いた。その手に俺の右足首を握り潰されていたのだ。
「…………っ!」
そのまま右側に倒れてしまった。俺の体の右側に発生したシャドウメタルの鎧は重たくはない。むしろ生身と同じ重さしか感じないが、それにしたって重量バランスは右側に傾いている。右足を潰されれば簡単に倒れてしまうのだ。
この程度の力で潰されてしまうとは随分と脆い。最も我も自らの頑強さを売りにしていた訳ではないが。……だったら何を売りにしてたんだよ――いや、まさか。俺の異常なまでの回復力は……当然、我自身の治癒能力よ。
「何をしているんだ君は……!」
「下がりなさい……!」
神裂が助けに入った。日本刀を振り下ろし、黒い左腕を上腕の辺りで両断したのだ。手が離れる。俺の足を離れて床に転がった。その手は陸に打ち上げられた魚みたいに跳ね回り、ステイルに焼かれて蒸発した。
手が離されて右足の修復が始まる。粉々に砕かれた骨や関節が繋ぎなおされ、筋繊維が生え治って行く。このままならば十数秒と経たず――、
「『Looking-Glass〈鏡の国〉』より『Jabberwock〈騒々しい怪物〉』を召喚します」
禁書目録の機械音声じみた声に反応して粘土細工の腕が出てきた穴が広がった。今度は右腕が這い出てくる。右腕が折れ曲がって床に手をつけ、それを支えに身体を引きずり出した。現れたのは子供が作った人形みたいな、不細工な筋肉の塊。
ジャバウォック……童話『鏡の国のアリス』に出てくる竜の怪物だ。
背に巨大な翼を生やした――中途半端に人の形を残した身長2.5mほどの巨人。大きすぎて天井の穴から頭が外に出ている。一般的に見れば広い部類に入るリビングは、そいつがいるだけで随分と狭く感じてしまう。
こちらを見下ろす顔には目も鼻も口も耳も。何もない。球体関節じみた顔が大穴から俺たちを見下ろしていた。
ジャバウォックの異様な姿に。禁書目録がそんなものを召喚したという事実に誰もが動けなくなってしまっていた。
「対象捕捉。総数は五。原典『Cultes des Goules〈屍食教典儀〉』第二百五十七頁『Contrainte Noire〈黒い束縛〉』、並びに『Wonderland〈不思議の国〉』を重複発動。『World off Mirror Wonderland〈異界・腐った不思議鏡の国〉』に対象を飲み込みます」
周囲が変質する。形をそのままに姿が変わる。地形をそのままに材質が変わっていく。半径数km範囲が俺たち(倒れた柚姫を含めて)五人と術式を発動した禁書目録を巻き込んで異界となる。幻想喰いの効果も適用されず、問答無用で巻き込まれたのだ。
「な、んだ。一体――」
「これは……」
「………くさい」
一瞬にして嗅覚がイカれるくらいの腐臭が俺たちの部屋を――俺たちの部屋だった場所を包み込む。床が、壁が、天井が、家具が。苔むした鏡混じりの石畳になり、同時に全てが腐っていく。石や鏡は黒く、苔は白く。天井の大穴から見える夜空の月は悪魔みたいな笑顔でこちらを見下ろしていた。それもすぐに腐って頭蓋が崩れ、ばらばらと砕けて地上へと落ちていった。
「現在最も脅威である対象の排除に移ります」
禁書目録が俺を見る。
異界の効果は目の前のジャバウォックに対しても例外ではなく。黒く変色し、ぼとぼととコールタールみたいに溶け始めた。そしてのっぺらぼうの顔中に幾つも裂け目が入る。顔を俺に向け、数十個の切れ込みがヘドロを垂らしながら三日月状に――笑った。
「まず―――!」
右足が治っていることに気付いて慌てて立ち上がろうとして、黒いヘドロみたいな手に頭を掴まれた。頭痛がするくらいの腐臭と気色の悪い感触がある。咄嗟にガントレットで黒い手首を掴む。掴んだ部分から先が水のように弾け、しかしすぐに再生して俺の胸倉を掴み直した。そのまま持ち上げられて足が床から離れる。どうやらただ幻想喰いをぶつけるだけでは破壊しきれないらしい。
……随分と密度があるようだがこれを本当に禁書目録の小娘が呼び出したのか? それ以外に何がある。
いや、人間が持つ魔力程度で本当にアレは召喚できるものなのかと思っただけだ。本当に禁書目録の小娘が呼び出したのなら――それだけの魔力量があるならば『首輪』程度で禁書目録の魔力を全て奪うことなどできない、か。
「彼を離しなさい――!」
「何故大人しく捕まっているんだ!」
神裂が日本刀を放ち、ステイルが炎剣を飛ばす。俺を掴んだままの右腕に直撃し、それでも僅かばかり焦げて削れただけだ。それもすぐに再生する。俺のために彼らが抵抗してくれてはいるのだが、とうの俺は抵抗するつもりはなかった。
「柚姫と禁書目録は任せる」
神裂とマグヌスにそれだけ言って、メリアに、タイミングは任せる、と一瞥くれて俺はそのままジャバウォックに投げ飛ばされた。背中から壁に激突し、突き破って俺の部屋だった場所の窓を割って外に放り出される。
落下中、翼で守れずに蛇頭襤褸になった左半身は、すでに再生を開始している。挽肉にされた右足ほど時間も掛からない。マンション裏の、元は大通りだった地面に着地する時点で修復は終了していた。
おおよそ40mほどの高さから落下し、腐った石畳の地面に難無く着地する。……普段から人間離れしたことをしてはいたが、今俺は本当に化物になってしまったのだと実感した。それほどまでに人間離れしていたのだ。何を今更。自らの始まりを覚えているだろう。我が宿主は元から人などでは――黙れ。俺だって『理解と納得だけは』しているさ。
意識が重なっても相変わらず喧しいエイワスに舌打ちして、先ほどまでいた部屋を見上げる。
「来いよ、相手してやる」
俺の望み通り、石の壁を紙みたいに破り捨ててジャバウォックが俺目掛けて落下してくる。バックステップで回避すれば、怪物が着地した衝撃で汚泥を撒き散らしながら地面にクレーターが出来たのが見えた。深々と出来た窪みと砂埃の中にジャバウォックの姿が沈む。どうやら見た目以上の重量があるらしい。馬鹿みたいに大きい翼を持っている癖、飛べるようには見えなかった。
「…………」
窪みの中に篭られるよりは平地のほうが戦い易い。待っていれば、クレーターの中から地響きを立てながら怪物が歩いて出てきた。
そして俺を見て(眼球のような器官が見えないことから本当に見えているのかは怪しいが)、人間の口と同じ位置にある切れ込みが開いた。
何を言うのかと思えば、
『惑乱ノ森ニテ罪人ハ裁カレ彼ノ持ツ剣竜ノ首斬リ落トシ錯乱セシ悪魔万物ヲ飲ミ込ム大渦月ノ夜ニ産ミ落トサレルハ神狩リノ天使舞イ降リテ天穿ツ黒キ王ハ天上ヘト舞イ上ガル天蓋ノ夜空ニ星ハ流レ其ノ身失墜シ瓦礫ノ中デ稀人孤独ニ焼ケ落チル』
男でも女でもないような人間離れした声で。訳の分からないことを口の中で遊ばせていた。
……まともな会話などできそうになかった。……同感だ。ならばもうただ立っているわけにも行くまい?
「ああ」
あんな狭い空間で戦いたくはなかったのだ。周りの奴らを巻き込んでしまうから。遮蔽物の無いこの場所ならばもう手加減する必要は無い。
この筐体での戦い方はすでに理解している。拳を握る。右足を半歩下げる。左手は牽制と防衛のために前に出し、ガントレットを後ろに回して矢のように番えさせた。最後に右翼を広げる。
『狂乱スル元素司ル赤黒謡ウ乙女浮上スル水底夜空ハ近ク救済ノ祈リ崩落スル星地上ヘト向カウ鳥篭ヲ隔タル先ニ声ハ届カヌ』
二度目の声は頭頂にある斜めの唇。今度は少女の声で相変わらずブツブツと呟いている。
喋っているだけで動く気配を見せない怪物を前に、羽ばたいた。
一瞬で音速を超え、ソニックブームを巻き起こしながら懐に踏み込む。ガントレットで標的の左胸部を強打した。爆発したような轟音と共に衝撃がジャバウォックの胸部を貫く。着弾点を中心に胴体が円形に刳り貫かれて左翼が根元から消し飛んだ。肩が消滅して左腕が地面に落ちた。
下手をすれば聖人とも張り合えるような一撃を受け、
『――――』
「これでも駄目か……」
そこまでしても絶命には至らないらしい。ジャバウォックの言葉は止まらない。
『人ナラザル人其ノ地ニテ十字ニ架ケラレ苛ム磔刑ハ友ノ命奪イ怒リ狂ウ翼紅蓮ニ染マリテ空ヲ引キ裂ク慟哭砕カレ光差サヌ城泰然ト佇ム』
次は顎にある下向きの唇。老人のような、しゃがれた声だ。
再生が始まる。再生速度は今の俺と似たようなものだ。数秒すれば完全修復してしまう。だから俺は再び羽ばたいた。一瞬で距離を開き、左半身が修復する前に再び音速を超えて激突した。今度は右胸部を殴りつけた。 先ほどと同じように胴体が消滅して肩と下半身が泣き分かれになる。水音を立てて下半身が倒れ、肩から上が地面に落ちた。
それでも意味の分からない言葉は止まらない。
『暗鬱ナル霧ノ中相対スルハ聖ナル三剣焼カレ裂カレ朽チル聖女ガ掴ムハ忘却ノ彼方届カヌ祈リ大海ニ沈ミ願イ夢灯火ニ揺蕩ウ』
今度は左耳のあたり。静かな女の声。
これで終わりだ、と未だ口を止めない顔面に拳を振り下ろし、しかし胴体との接合を終えた左手に受け止められた。押し返せない。手を引き離すこともできないためにその場に縫い付けられてしまった。
胴体が繋がる。生え直った右腕を支えにジャバウォックが立ち上がる。怪物の背後に黒の両翼が広がって、その巨体が完全に元の状態に戻ってしまったのだと悟った。
「不死者(ゾンビ)かよ……」
ああ、その通りよ。『黒い束縛』はゾンビ創造について書されている頁だ。おそらくは目の前の騒々しい怪物も例外なく『似非不死』になっているのだろうよ。我らに遠く及ばないものの厄介なものだ。
「チッ――――」
最初の接触以上に悪くなってしまった現状に、くそ、と歯噛すれば、いきなり、ジャバウォックが前傾になって顔を近づけてきた。
「――――っ!?」
息が掛かるほどに迫った唇だらけの奇面の、人間で言うところの右目の部分にある横向きの唇が腐臭を撒き散らしながらにやりと開いた。発せられたのは調子のいい若い男の声だ。
『魔女ノ家ニテ奪ワレシ親愛ノ情零レ落チル友愛犯シ嬲リ殺シ開クハ地獄ノ釜カラ溢レル混沌満チル戦火鳴リ止マヌ凶哮滅ビル城下血肉地ニ還ラン』
『オハヨウ『コンニチハ『コンバンワ『キミハダレ?『アナタワダレ?』
軽い印象の男の声をきっかけに今まで閉ざされていた口が次々と開き始めた。おぞましい気配に背筋が凍る。慌てて振り払おうともがくが、ジャバウォックの左腕は俺以上の力で腕を押さえつけている。相変わらず握力・腕力が桁違いだ。
「なに捕まってるの」
ハルバードを担いでメリアが部屋から落ちてくる。重力に引かれるままにジャバウォックの左腕の肘に斧を振り下ろした。
ジャバウォックの体が左に沈む。怪物の左脚が地面に埋没した。だが、
「これでも、駄目?」
怪物の左腕は未だ健在。理由はどうあれ、どうやら胴体よりも両腕のほうが頑丈らしい。
「問題ない」
無表情のまま怪訝そうにしているメリアに、大丈夫だ、と答える。
一撃で切断するには至らないものの、丸太のような腕の半ばまで抉ることには成功していた。それによって力が抜けた左腕を振り払って――俺は回転しながら飛び上がって左脚を突き出し、メリアはジャバウォックの腕に刺さったハルバードを支柱にして回し蹴りを放って――ジャバウォックの胸部を二人で蹴飛ばした。
『――――』
二人掛りで全力で蹴りを放ったにも関わらずジャバウォックはびくともしない。だがそのお陰で、結果として距離を稼ぐことができた。
距離が開けて出来た余裕に俺は安堵に溜息を零す。あの怪物は鈍重で、たとえ動いたとしても問題の無い程度には離れることができたからだ。
「――助かった。いいところで出てきてくれる」
「任せろって言われたから。……でもどうするの? 私、ヴォーパルの剣なんて持ってないよ」
「知るか」
これで仕切り直しだ、と軽口を叩きながら二人でジャバウォックと向き直る。
すると、
『クッ『キヒッ『カハハッ『ヒヒッ『キィッ―――ハハハハハハハッ!』
人型の顔を覆っていた幾つもの唇が口々に笑い始めた。嗤う。哂う。わらう。甲高い声、低い声。老若男女全ての唇がケラケラと蠢いて、
『『『『『『『アハハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――ッ!!』』』』』』』
「がぁ……っ!?」
「――――っ!!」
狂った笑い声がハウリングする。ジャバウォックを中心に、射程範囲内にあった鏡が例外なく粉々に砕け散り、地面や壁でさえ根を張るように罅割れていく。俺たちもそうだ。身体の芯が振動し、共振して崩れ始めた。
「ぐ……」
「~~~~っ!」
失神しそうだ。鼓膜が完全に潰れた。眼球が割れて視界に亀裂が走る。ミキサーにかけられたみたいに内蔵が搔き混ぜられ、水風船が弾けるみたいに体中から血飛沫が飛んだ。心臓は破裂と再生を繰り返し、生きているか死んでいるかなんてどうでもよくなるくらいの痛みが駆け巡る。
並みの人間ならいくらでも死んでしまえるような威力だ。だが俺は『幻想喰い』の発動によって副次的に強化された人並外れた――一歩間違えれば不死身とも思えるような治癒能力によって、メリアは『魔人』持ち前の頑強さによって。俺もメリアもまだ立っている。
「聞こえるか」
「ちょっと遠いけど、大丈夫。聞こえてるよ」
笑い声が止まる。それを機に問えば。
目端と両耳から血を流しながらも、それ以上傷付いた様子の無いメリアが平然と答える。表情に変化がないから分かり辛いが、まあ言葉通り大丈夫なのだろう。戦闘に支障があるようには見えない。
現状、ジャバウォックを破壊するには一撃で消し去る以外に道はない。
そしてその可能性があるのは、恐らく可能だと踏んでいるモノの構築が完了するまではまだ時間が残っている。もう一方では恐らく殺しきれない。
「対抗策はあるか」
「……微妙」
元から腐ってるから霧も多分効かないね、とどこか他人事みたいにのたまった。
そしてジャバウォックが再び口を開く。全ての口が次々に言葉を発して、
『喜劇ノ開幕『遊ボウ『失楽ノ園『眠イヨ『戯レル道化『堕チル片割レ『胡乱ナ果実『オ腹空イタ『人肉ノ城『ネェ遊ボウヨ『墜落スルハ『玩具ダ『黒衣濡レ『ミツケタ『翼染マリ『遊ボウ『オトモダチ『喰ラウ贄『餌ハ男ト女『夜空ノ元ニテ楽シイ宴遊ボウ歌オウ轢殺ノ嵐玩具ニナッテ爆ゼル骨肉赤色青色オ絵書キ大好キ人喰ウ獣ゴ飯食ベタイ開幕スルハ喜劇ノ悲劇イッパイイッパイ遊ボウヨ!!』
ここに悪夢の宴が幕を開いた。
次回はメリアとラプラスについてとか、柚姫の能力とか、当麻の化物具合とか。どうして幻想殺し(喰い)を持った当麻が異界に飲み込まれたのかとか。あまり期待せずにお待ちください。
実は今回書いた『魔拳』は読めば分かると思いますが『魔拳』という感じではありません。ただのシェルブリッドです(汗 速度+再生力特化のうちの上条さんのスペックならこんな感じになるかと。
『魔拳』らしくないのは何故かと言えばちょっとネタバレになりますが、『魔拳』なんていうものがあるのならその使い手は一章の最初と最後に出てきた当麻のオリ父親である上条示道さんしかいないわけでして(詳細はまだいえませんが)。それっぽいことはその時にやりたいので気長にお待ちいただければ幸いです。
それと以前感想でちょっとだけ話になった『屍食教典儀』も出してみました。元はジャバウォックとかを凶暴化させる魔術も考えていたのですが、まあゾンビ化も似たようなものだろうと出してみたのです。元々再生能力を持たせるつもりでしたので、書いてる分にはそこまで違和感はありませんでした。流石に奉仕種族や神格を呼んでしまうとただでさえ大分広がっているというのに風呂敷が畳めなくなってしまうので、今回はおまけ程度だと思っていただければ幸いですm(_ _)m
↓以下超絶言い訳&謝罪コーナー↓
大分以前に感想でスクライドかな? という突っ込みに私は考えなしに「もうカズマにしか見えない」と答えたのですが、それ以降中途半端に隠したり教えたりと有耶無耶にして来ました。
今回読んでもらえれば分かるように、右手に鉄のガントレットを装着して翼を生やした上条さんの姿が、その時の私にはスクライドのカズマとダブって見えてしまったのです。
しかしヴィジュアル的に同じだと言ってしまえば当麻がどんな姿になるのか簡単に想像できてしまうだろう、それでは驚きがない、という考えに行き着いてしまい、今までちゃんと説明できずに読者様を混乱させてしまいました。本当に申し訳ありませんでした。