とある幻想の四重響奏 -Quartet of a Imagine-   作:独楽と布団中の図書館

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投稿が遅れてしまい誠に申し訳ありません。
そして前回言った通りに、今回決着にまでたどり着けませんでした。魔剣も未だに出せていませんorz

しばらく投稿間隔は不定期にしようと思います。出来たところから投稿していく、という形になります。幾重にもお詫び申し上げます。完結までのプロット(だけ)は出来ていますので、時間は掛かると思いますがお付き合いいただければ幸いです。

■2015/02/21
脱字を発見したので修正しておきました。


12. Devils Party part.2

 

 鼻をついた強烈な腐臭に目を覚ました。真っ先に視界に入ったのは馴染み深い形の残る、しかし見たことの無い腐った石で出来た部屋。壁には皹が入り年季に崩れたような部屋は廃墟みたいだ。私の自室にあった家具の位置や形をそっくりそのままに石のレンガが成り代わっている。腐った苔と石のコントラストは根を張った菌糸みたいだ。私が横たわっていたのは、私が遣っていたベッドと同じ大きさの石の皿だった。部屋を見渡す。妙な文字が書かれた札がところどころに貼られていた。

 

「――ここ、どこ?」

 

 私が腰を下ろしていた床も壁も腐っていた。地面に下ろした手に、制服に、スカートに、床に投げ出した足に強烈な腐敗臭を放つ胞子みたいなものがぬちゃりと付いていて――――*#$%¥@~~!!?

 

「い、いやぁあああああああああああああああ!?」

 

 地面から逃げるように立ち上がる。慌てて手を払う。と、取れない。き、気持ち悪いっ――!

 

「お嬢さん。ハンカチは持ってないのかね?」

「あ……」

 

 頭上から届いた男の人の声にはっとする。そういえばハンカチを持っていたのを忘れていた。スカートのポケットから取り出して手と脚を拭う。……洗って落ちるかしら、と涙を飲んで拭っていく。お気に入りのアサガオ柄の布が汚れてしまったのだ。見つけるのに苦労したハンカチなのに……。

 でも手足が綺麗になったのはいいことだろう、と無理やり自分を納得させる。

 

「ありがとうございます、えっと――――」

 

 声の聞こえたのは、私の部屋の衣装入れと同じ位置にある石の箱の上。礼を言いながら見上げて、私は固まった。

 そこにいたのはこれでもかと両目を見開き、口が裂けたみたいに笑いながらこちらを見下ろす、

 

(猫……?)

 

 猫だ。石箱の上に猫がいる。そいつは人の真似をするみたいに上下の顎を動かした。

 

「いやいや。礼を言われることではないよ。女性に礼儀を尽くすのは紳士の嗜みだ」

 

 ちょっと渋い男性の声を発しながら佇んでいる。彼(?)の背後で長い尻尾がゆらゆらと揺れていた。……何これ?

 猫の正体を掴むことが出来ず、大して敵意を感じないから観察してみる。瞳は琥珀色。黒い毛はふさふさで毛並みはいい。首輪はしていない。体格もすらっとしているが痩せ過ぎているわけでもない。頬まで裂けた口と喋ることを除けばどこにでもいるただの黒猫だ。

 

「そんなにじろじろ見るものではない。触りたいのかね?」

「あ、いや。そういうわけじゃ――」

 

 

『目が覚めたのか!? だったら大人しくそこにいろ!』

 

 と、突然石壁(扉?)の向こうからステイルの声が届いた。音のした方向を見れば、祭りでもしているような騒音が石の壁を隔てて聞こえてくる。今まで聞こえなかったのがおかしいくらいに騒々しい。

 

「一体何なのよ――、……あれ?」

 

 ふと猫の姿が消えているのに気付いた。石箱と天井の間にはもう何も無い。……大人しくしていろと言われたが、現状を理解するために部屋から出ることにした。いきなり吹き飛ばされて意識を失って、今何が起きているのか全く理解できてなかったのだ。

 石の扉(ご丁寧に開き方もノブも同じだった)を開けてみた。形も開き方も、扉下のローラーでさえ同じで見た目より遥かに簡単に開けることが出来た。

 

「なっ……!」

 

 扉を背に炎剣を振り回していたステイルが慌てて振り返る。彼は何か言おうとしたのだが、斧みたいな刃のついた杖を振り回しながら飛び掛ってきた卵の怪人に遮られた。

 

『HiHiHiHiHi――!』

「ちっ……!」

 

 舌打ちを零しながらステイルが再び炎剣を叩きつける。焼かれながら弾き飛ばされて地面に落ちた。頭の割れた卵の怪人はもう――、いや、まだ動いている。

 馬鹿の一つ覚えみたいにステイルに飛び掛っては炎に煽られていた。単調な行動しかしていないのだがいくら焼いても倒れないのが厄介そうだ。

 

「七閃――!」

『HAHA――GYAH!? ――HAHAHAHA!』

 

 そして部屋の奥――というより壁を二枚ほどぶち抜いた先、神裂火織と帽子を被った長身の男が戦っている。手首足首に繋がれた鎖を使って男が攻撃し、それを回避した神裂火織が七つの閃光――今の私にはそれが糸だと見て取れた――でぼろぼろの囚人服を着た男を切り刻む。そして再生、再び神裂を狙って攻撃してバラバラにされる、の繰り返しだ。天井も壁もなくなった、テラスみたいな随分と開放的になっている場所で一方的な蹂躙は続く。

 ……何故今の状況に追いやられたのかは謎だが二人とも随分と苦戦しているように見える。というよりメリアをあしらえるくらいの力を持っているはずの神裂火織が大した力を持たない敵に苦戦しているのが驚きだ。いや、それほどまでに敵が厄介なのだろう。いくら殺しても死なないのだから。それに加えてメリアの結界を切り裂いた技――『唯閃』はインデックスが近くにいて使うことができない、ってところだろうか。

 とりあえずステイルの右側、背中を合わせるように並び立つ。

 

「アナタたちが私をあの部屋に寝かせてくれたのね?」

 

 走り寄ってきたネズミを足を振って追い払う。それだけでネズミは逃げていった。随分と臆病なようだ。卵の相手が忙しいようでステイルは答えてくれそうになかったから、とりあえず話すだけ話してみた。

 

「一応ありがとうとは言っておくけど。お陰でステキな体験が出来たわ。……というよりこんな状況で気絶した私を一人にするなんてどういう神経してるのよ」

「魔避けの結界が張ってあっただろう……! 余計なことを言ってないで部屋に戻っていろ!」

「嫌よ」

 

 鬱陶しそうに怒鳴るステイルに私は首を振る。別に考え無しで戦場に出てきたわけではない。ただ、次にどうするべきか決めるために現状を確認しにきたのだ。

 私が何をしたのか。インデックスがどうなってしまったのか。それだけは自分の目で確認しないと。梃子でも戻るつもりはない。そう言ってやれば、

 

「本当に跳ねっ返りだね――!」

 

 仕方ないとでも言いたそうな苦笑が返ってきた。どうなっても知らないぞ、とのことだ。

 

「否定しない。でも、今なら少しくらいは力になれると思うのよね」

 

 それに同じような笑顔を返した。目が冷めるまでの僅かな時間、夢を見ていた。明晰夢のようなものを体験し、そして自らの内に何かが目覚めた。能力も変貌した――というよりも元の物に戻ったというのが正しいのかもしれない。

 『拡散力場を司る悪魔(AIMマクスウェル)』。今まで見えなかったものが見えるようになっていた。必死に戦うステイルの周囲を漂う燃えるような赤。帽子屋と打ち合う神裂が纏う鮮烈な銀色。暴れまわるアリスの登場人物たちが纏うドス黒い粘膜じみた光。恐らくは魔術師たちや魔術そのものが放つ波長のようなものだ。

 そして離れたところ。外で戦ってる三つの気配。慣れ親しんだ気配二つに、アリスの登場人物たちと同じ黒色の気配。当麻とメリアが何者かと戦っているらしい。

 何故能力者である私に魔術の波長が見えるのかは分からない。『AIMマクスウェル』というだけあって、本来ならばAIM拡散力場を見るだけの能力のはずだ。

 いや、ちょっと待て、

 

(AI”M”――?)

 

 M――Magic(魔術)。

 

 Artificial Intelligence Magicdoll_MAXWELL――。

 

 

(そんなわけ、ない)

 

 頭を振って浮かんだ言葉を思考の外に弾き飛ばす。

 AIMとは『An Involuntary Movement(無自覚に働く力)』であり、超能力者だけが発するものだ。魔術とは関係ない。そのはずだ。

 ならば何故私には見えるのか。何故幻想殺しのような能力を持たない私が、インデックスの首の術式を破壊できたのか。それだけは私には分からないし、今はこれ以上考える必要は無い。それ以上にやらなければならないことがあるのだ。

 帽子の男と戦う神裂火織の奥、随分と距離の開けた位置に見える光。青と黒の混ざり合った光に浮かぶインデックスと視線を合わせる。

 

『――――』

「インデックス……」

 

 頭にウサギを乗せたインデックスが浮遊している。その意思の見えない瞳は相変わらず魔法陣以外何も映していない。否、その瞳の奥――何か、魔法陣やインデックスとは別の影が揺らいでいた。

 

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」

「こっちは手一杯だ。手短に頼むよ……!」

「わかった」

 

 目を覚ましてから今まで見てきた怪物動物に私は心当たりがあった。というより、題名を知らない人が居ないんじゃないかってくらい有名な童話だ。

 ステイルに襲い掛かっている卵は『ハンプティダンプティ』。一方的に殺されながらもしぶとく神裂火織の行く手を阻んでいる男は『帽子屋』。私が見た猫は『チェシャ猫』。インデックスの頭の上にいるのが『三月ウサギ』。どれもこれも『不思議の国のアリス』のキャラクターだ。目を覚ましたときに見たチェシャ猫だけは理性を残していたが、他は全員腐って凶暴化しているようだ。

 さしずめインデックスは白ウサギといったところかしら。話と噛み合わない部分もあるが、今は『お茶会』。だったら不思議の国に案内された私たちが向かう先は『公爵夫人』の元だろうか。いや、そんなことを言いたいんじゃない。私が言いたいのは、

 

「『不思議の国のアリス』って魔導書だったの?」

「まさか、そんなこと――っ! あるはずないだろう……!」

 

 卵怪人を弾き飛ばしたステイルと話をしながら、今度はトカゲを引き連れて戻ってきたネズミを蹴っ飛ばして追い払う。トカゲは動かなくなり、ネズミは再び逃げ出した。いや、トカゲも再生してネズミと一緒にどこかへ行ってしまった。本当にしぶとい。

 

「じゃあこの状況は何?」

「分からない。彼女が童話を読んでいてもおかしくはないし、その上で架空生物を召喚可能な術式を使っているとしか――伏せろっ!」

「……!」

 

 ステイルの声に咄嗟にうずくまる。私の頭上を卵の怪人が通り過ぎていき、それを追うように炎剣が奔った。ステイルをやり過ごして今度は私に飛び掛ってきたらしい。

 

「油断するな! いくら僕たちでも守りきれる確証なんて無いんだぞ!」

「――っ、ありがと」

 

 少しだけ気を抜いていたようだ。それにハンプティダンプティがステイルだけを狙っているわけではないと知った以上、私も本腰を入れなければならない。

 最後にもう一度だけインデックスを――インデックスの奥に潜んでいる何者かを凝視する。ウェーブが掛かった長いブロンドの、青と白のエプロンドレスを着た――、

 

「インデックスの中に『誰か』がいるみたいなのよね」

 

 その言葉に、私を守りながら卵の相手をしてくれていたステイルが息を呑む。いや、それだけではない。私の言葉はインデックスにも届いてしまっていたようで。

 

「新たな脅威を発見しました。『Dear My Friends〈私の仲間たち〉』より『Griffin〈猛禽頭の獅子〉』を招集します」

「――――!?」

 

 突如、神裂の姿が消えた。横合いから吹きつけた突風に神裂が持っていかれたのだ。一瞬の出来事だった。残ったのは宙を舞う黒く汚れた羽が数枚だけ。

 

「な、何……?」

 

 そして、

 

「げ……」

 

 インデックスを守るように残された帽子屋と、目が合った。濁った碧眼が私とステイルを見る。そして、そのままこっちに向かって走ってきた。

 

「まずい……!」

 

 ステイルはハンプティダンプティの相手をしている。その合間に帽子屋にも炎剣を飛ばすことは可能だろうが、曲がりなりにも神裂が殺しきれなかった相手だ。卵怪人よりも厄介なのは火を見るよりも明らかだ。インデックスが攻撃してこないだけまだマシだろうが、それにしたってインデックスの中の『誰か』は私に見られていると気付いてしまった。

 遊撃を担当している卵怪人と違って、帽子屋は私だけを狙ってくるはずだ。

 

『HYAHHAAAAAAAAH!』

 

 私の考えを肯定するかのように、帽子屋が私に向かって飛び掛ってくる。

 そして、

 

――…………デキ、ルヨ。

 

 内から届いた声に。飛び上がった帽子屋へと、無意識に帽子屋へと手を伸ばす。離れたところで戦っている当麻が放つ、見たこともないような強烈なAIM拡散力場を手繰り寄せた。

 

「『拡散力場の粒子障壁 (シャットアウト・AIMパーティクル)』――!」

『GYAAAAAAAAH!?』

 

 鈍色に輝く粒子の壁が帽子屋を弾き飛ばした。

 

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

 

『廻ル廻ル悪夢ノ楽園『楽シイネ『狂ッタ歯車『楽シイヨ『救世主ヲ人々ハ望マヌ『外レチャッタ『物語ハ崩レ落チル『モウ戻レナイ『帰レナイ帰レナイ帰レナイ帰レナイ――――!』

 

 ジャバウォックは暴れまわる。大木ほどの太さを持った巨腕を羽虫を払うように振り回す。上空から挟み撃ちするように飛び掛った俺とメリアは吹き飛ばされ、ジャバウォックを挟んで互いに反対方向に地面を転がる。

 転がりながらも態勢を整える。六回目の回転の最中地面を蹴って飛び上がり、縦に一回転しながら地に足を付ける。

 

『離サヌ『逃ガサナイヨ『獲物ハ喰ラウ『行ッチャダメ『待ッテ待ッテ』

 

 ジャバウォックが俺に右手を伸ばした。文字通り物理的に伸びた(・・・・・・・・・・・)腕が、波打ちながらビルだった建物の幅ほどの距離を詰めてくる。掴まれてしまえば先ほどと同様振りほどけなくなるのは目に見えている。

 執拗に追跡してくる腕を小刻みにバックステップを踏むことで回避していく。どうやら本当に俺しか狙っていないようだった。メリアなど眼中にない。だからこそ俺が陽動をしてメリアがその隙に攻撃、ジャバウォックが体勢を崩した隙に二人で攻撃する、という流れを先ほどから繰り返していた。

 

「メリア、頼む」

「――わかった」

 

 ジャバウォックの背後、メリアがハルバードを担いで飛び上がり、

 

「…………あれ?」

「メリア?」

 

 いきなりメリアの姿が消えた。横合いから吹き付けた突風によって一瞬で俺の視界から消えたのだ。ジャバウォックの手から逃れながら突風が流れた先を見れば、そこにいたのは、

 

「グリフィン――」

 

 鷲の上半身と獅子の下半身を持つキメラが夜空を背景に、飛び去っていく最中だった。黒く汚れた翼を広げ、猛禽の前足でメリアと神裂を掴んで滑空している。なにやら二人で抵抗しているようだがグリフィンは頑なに二人を離そうとはしない。どうやら戦力を分断するのが目的らしい。そして俺たちはまんまと手のひらで転がされている。

 

『邪魔モノハ消エタヨ?『遊ボウ『遊ボウ『ヒャハ、ハヒ、ヒヒャヒャヒャヒャハ――!』

 

 メリアが戦線離脱したことでジャバウォックへの妨害もなくなり、俺は追い回される。グリフィンはすでに俺の視界から消え去っていた。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

 足元、廃墟群じみた瓦礫の街が流れていく。気付けば私は空を飛んでいた。当麻たちが米粒程度の大きさになるような高さを、だ。というより左肩をつかまれてどこかへ連れて行かれようとしていた。肩を掴んでいるのは鳥の足を大きくしたような右の爪指だ。見上げればヘドロに汚れているのにどこかふさふさした鳥の胸が目の前にある。その先には大きな鷲の頭。人の身長ぐらいの長さがある翼が羽ばたいている。……何これ、グリフィン?

 隣を向けば私と同じように捕まっている人がもう一人。

 

「君、何捕まってるの」

「貴女だってそうでしょう」

 

 神裂火織は疲れたように肩を竦めた。少し青い顔をしながら溜息を吐いた彼女は成すがままだ。

 

「抵抗しないの?」

「しましたよ、ええ。しましたとも」

「…………?」

 

 げんなりとした神裂は要領を得ない。とりあえずハルバードで右の翼を切ってみることにした。勢いをつけてハルバードを振り上げる。

 

「あ――――」

 

 と、神裂が絶望的な表情をした。だが振り上げた手は止まらない。グリフィンの右翼が付け根近くで両断される。途端、視界がぐるりと反転した。

 

「ま、また『これ』ですか……!」

 

 ぐるぐる。ぐるぐる。

 回転しながら地面へと落下するグリフィンに振り回されながら神裂が悲鳴を上げる。悲鳴を上げないにしてもそれは私も同じだった。目まぐるしく上下左右を入れ替える平衡感覚。重力の方向が上なんだか下なんだか分からなくなる。視界を搔き混ぜながら地面が近づいてきていることに気付いた。

 このまま激突だろうかと身構えるが、墜落は免れた。といっても別に事態が好転したわけではない。グリフィンの右翼が生え直る。地上擦れ擦れでグリフィンが急速に垂直上昇したのだ。

 

「うっぷ……」

 

 喉の奥からこみ上げてくるものを必死に抑える。そして理解した。神裂もこれを体験したのだ。これは駄目だ。何が駄目だかもうよく分からないが、とりあえず駄目だ。

 

――まさにジェットコースターって感じねー。ご愁傷様。

 

 ラプラスが他人事みたいに何か言ってるのだが私に答える余裕はない。というより『じぇっとこーすたー』って何だ。コップ置きの布が飛んだりでもするのか。

 そんな現実逃避していると私たちの現在地、高度がどんどん上がっていることに気付いた。捕まえられたと気付いた時よりも、さらに地上が遠ざかっていく。地上よりも星の無い夜空のほうが近いような気さえしてくる。

 

「――――」

 

 となりを見れば神裂は気を失っていた。私が言えたことではないが、体が頑丈な聖人が一体何をしているのだろう。初めて知った。聖人も人形みたいに回されれば酔ってしまうらしい。生まれつき丈夫で、そんな体験をすることが殆ど無いだけに効き目は抜群だ。

 

「……止まった」

 

 この異界全土が見渡せるくらいの高さでグリフィンの上昇が止まる。そこで気付いたことがいくつかあった。地上からは見上げていたのは、私たちが夜空としか見ていなかった紺色は実は天蓋だったらしい。児童書の塗り絵みたいな質感の、ボールを内側からみたような紺色の蓋が地上にかぶさっていたのだ。端から端まではここからでは暗くてよく見えないが、きっと天蓋と同じようなものが壁になっているのだろう。

 

――現実逃避? まずは隣の聖人さんを起こしたらどう?

 

「うん」

 

 とりあえず神裂火織を起こすことにした。ハルバードの柄、石突近くの部位で後頭部を叩く。

 

「――――はっ」

 

 両肩を跳ね上げながら目を覚ました神裂に、どうするの、と首をかしげて見せる。グリフィンは天蓋付近でぐるぐると旋回しているだけだ。このままでは埒が明かない。

 

「もう一回斬ってみる? 今度は胴体」

「この高さから落下して無事で済むとは思いませんが。それに多分落下中に再生しますよ」

 

――ですよねー。

 

 もう疲れたとでも言いたそうな神裂火織の言い分に、どこか他人行儀な感想みたいなものを零したラプラス。ならどうしよう、と楽観的に思考していれば、がくん、と体が上下した。旋回していたグリフィンが下を向く。神裂の表情が再び絶望に翳る。

 

「これ、不味くないですか?」

「……同感」

 

 グリフィンが羽を畳んだ。地上へ向けて一直線に落下していく。これは、つまるところ、

 

――あー、急降下爆撃機?

 

「きゃああああああああああ――――!?」

 

 神裂の悲鳴やラプラスの失笑に答える余裕さえなく。

 

「あ――」

 

 数秒と経たずに廃墟群の屋上近くの高さまで落下したグリフィンが手を離す。私と神裂火織は投げ出され、地面と激突した。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

 騒々しい怪物の右腕を避け続けながら、俺は舌打ちを零した。問題点はジャバウォックに攻撃をする隙が与えられないこと。幸いなのはジャバウォックは腕を伸ばしているだけでその場から動こうとしていないこと。腕を伸ばす以上のことをしようとしない。否、出来ないのだろうか。――相手に知能があるようには思えん。故に何も考えず本能のみで動いているのだろう。ジャバウォックが我らに脅威を見出さない限り現状は続くだろうよ。

 

(なら、しばらく考える余裕はありそうだな)

 

 無論、憶測でしかないがな。――それで構わない。

 

 縦横無尽に迫るヘドロじみた右手をやり過ごしながら俺は現状を考察することにした。

 まずは俺たちが飲み込まれた『異界』について。疑問はいくつかあるが、最たるものはこれだろう。

 

 『幻想殺し』乃至『幻想喰い』が適用されている俺が、何故『異界(ここ)』にいるのか。――断定はできんが、恐らく対象を飲み込むことに関しては魔術は使っていないのだろう。我らが飲み込まれた現状がその証拠だ。そして『異界』というだけあって、ここは元々別位相に存在していた『異なる世界』。幻想などではない――だから世界と異界を繋げる『入り口』によって俺たちは『こちら側』に落とされた、ということだろうか。

 

(まさかとは思うが『天界』じゃないだろうな)

 

 否、それは無い。この『万■■者(エイワス)』が言うのだ。それだけは間違いない。

 

 エイワス(俺)はこの異界について何も知らないらしい。異界について知識に検索をかけたが目ぼしい情報は記載されていなかった。初見で『魔女狩りの王』を看破した、恐らくは禁書目録の書庫と同程度の情報量を持つ知識(データバンク)が、である。……それはつまり、俺たちが呼び込まれた異界や、禁書目録の発動した術式は『既存のものではないもの』乃至『誰も認識したことがないもの』ということだ。

 先ほどから騒々しい怪物を目視、視界情報を元に分析し続けているが、それを肯定するかのように表示される文字は『Unknown(詳細不明)』のみ。鏡の国のアリスに登場する化物ということ以外何も分からない。

 そして、それらが意味するところは、

 

――『異界・腐った不思議鏡の国』なんてものを。それを構成するための術式を記した魔導書は禁書目録の脳内には存在しない。

 

 つまり、禁書目録以外の『何者か』が現状に介在しているということだ。それも異界なんてものを持ち出せるような厄介極まりない存在が。そいつは恐らく一人だけ安全な場所で高みの見物をしている。――だが、こんな体たらくでは引き摺り下ろすことは出来そうにないな。少なくとも目前の怪物に手こずっているようでは。

 

(藪を突いてみるか)

 

 現状を打開するには力不足ではあるかもしれないが。例えそれが元凶の思う壺であっても。

 幻想喰いの発露と同時に発動可能になった策二つの内、一つを構築することにした。エイワス(俺)が『幻想猛獣』を喰らい奪ったその能力は、

 

――Main Structure... Keep<IMAGINE EATER>. Select Sub Structure... Base-Neutralize-System <SKILL REPRODUCTION>. Select Posture Control... Air-to-Surface <WYVEM>.

 (主動機構ハ『幻想喰イ』ヲ維持。副装ニ拠点制圧機構『異想再幻』ヲ選択。空対地制御『飛竜』ヲ適応)

 

 『異想再幻』。自身が受けた能力を再構築することが可能となる、『幻想猛獣』の最たる能力。似非多才能力(マルチスキル)と呼べるような代物だ。使い方次第で木山先生のように能力の同時使用も可能なのだろうが、複数の演算を肩代わりする処理装置を持たない俺では再現は一回につき一つが限界だろう。

 

――Base-Neutralize-System <SKILL REPRODUCTION>_SetUp. Skill Choice<RAILGUN_LV3>.

  (拠点制圧機構『異想再幻』内発動可能異能力選択……『超電磁砲』)

 

 そして再現する能力の精度も落ちる。御坂に出会ってから何度も受けてきた超電磁砲――、あまり好ましくない言い方だが、受け慣れ見慣れてしまった攻撃である以上、御坂ほど強力なもので無いにしても俺が持ち得る能力の中では恐らくこれが最も高精度だ。

 ジャバウォックの腕を躱し続けながら、ガントレットに覆われた右手に電撃を集め、増幅しながら操作する。足元に散らばった金属ガラス片を集め、円月輪(チャクラム)を形成。腕を伸ばすばかりで先ほどから一切場所を移していないジャバウォック目掛けて投げつける。

 高速で回転しながらチャクラムはジャバウォックの右肩に深く切れ込みを入れた。だが、

 

『待ッテタヨ『偽王ノ誕生『ヨウヤクダネ『祝福セヨ『ジャアボクモ『来タレ我ガ『『『Dragon_Strike〈竜ノ頭〉』』』

 

 俺に迫り続けるジャバウォックの右手が形を変える。ぼこぼこと沸騰しながら、粘土細工のように形を作り上げていく。出来上がったのは歪な竜の顎。

 

『偽王ノ末路ハ悲劇ノミ『イタダキマス『喰ラウハ自ラガ罪渦『オナカスイタ『逃ゲル子兎『キミハゴハン『貴様ガ殺シタ『『罰ヲ受ケヨ』』

 

 蛇のようにうねり、のたうちながら。人など簡単に飲み込めてしまうような大きさの顎を開いて、コールタールじみた体液を零しながら。頭蓋の左半分が潰れた竜が大口を開けて襲い掛かる。右手以上に速度を上げて迫ってくる竜をギリギリまで引き付け、眼前で大顎が閉じようとしたところで跳躍。空対地制御『飛竜』によって強化された脚力を使って竜腕以上の速度で空に舞い上がる。道路脇の、元はマンションだった腐った建造物の、地上高約20mの位置の壁面に着地する。

 

『追イ駆ケッコ『逃サヌ『ボクモハヤイヨ『喰イタイ『待ッテ待ッテ『喰イタイ『ハヤイヨ『喰ワセロ喰イ喰ウ喰イ喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰ァアアア―――ッハハハハハハハッアハハハハハハハアアアアッ!!!!』』』』』

 

 俺を追いかけるように竜が跳ね上がったのを見て、鏡なのか石なのか肉なのかよくわからない腐った壁面を蹴って再び跳んだ。声の衝撃波に煽られながらも右の翼を使って空中で加速しながら対面にあった廃墟の壁に渡る。数瞬前まで俺が足場にしていた壁を砕きながら、さらに上空へと昇っていた竜の首が弧を描いて落ちてくる。

 

『GHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!』

 

 頭上で竜が咆哮を上げる。

 足元、砕けた鏡の欠片を微弱な電力によって手繰り寄せる。右足――ブーツの底に粉々になった破片を纏って、今度は地面目掛けて壁を蹴った。重力に引き摺られるみたいに落ちてきた竜は馬鹿みたいに口を開けたままだ。腐った息が掛かるほどに竜が接近したのを確認して、畳んでいた右翼を広げる。空気抵抗によって急減速し、翼を傾けながら回転してやり過ごした。竜はそのまま重力と慣性に引かれて地面に激突する。無防備に伸びた首を左脚で蹴って、ジャバウォックの頭上に跳ね上がる。

 

 ブーツ底の鏡片を磁力によって操作する。御坂が使った『砂鉄の剣』を模倣して鏡の欠片で短剣を形成、チェーンソーのように回転させて足元のジャバウォックへと落下する。

 地面から跳ね返ってきた竜を身を翻して回避し、その首を右手で掴んだ。右腕を支点として重心を動かして落下方向を修正。そのまま落下を続け、射程内に捕らえた。ジャバウォックの頭上で右足を突き出す。

 

「――――っらぁ!」

 

 突き出した右足は身を守るように割り込んできた、尻尾じみた円錐形の右上腕に阻まれた。蹴った衝撃でジャバウォックの足元が陥没し、鏡のチェーンソーが黒い腕に深々と突き刺さる。黒色の肉のような何かが腐臭を撒き散らしながら千切れ飛び散る。

 

「――――っ!?」

 

 ここまま切り刻んでやる、と欠片の回転率を上げ、しかし上腕直径の半分ほど削ったところで虫を払うように腕が振られた。文字通り羽虫のように吹き飛ばされてチェーンソーは形を保てなくなり霧散した。

 バットに打たれたボールみたいに吹き飛ばされながらも、進行方向にあったビルの――比較的鏡面の比率が高い部分に着地する。着地したことによって罅割れた鏡面に右腕を突き刺して支柱にした。その時に飛び散った数十個の破片を磁力によって空中に静止させ、磁力を使って簡易カタパルトを生成する。

 

「これなら……」

 

 御坂の超電磁砲ほど精密なものは再現不可能だ。だから俺は、ただ磁力を反発させて発射させた。発射時に指向性だけ与えてやれば、構造が単純なだけに殺傷力・貫通力は折り紙つきだ。大小様々な鏡の雨が音速一歩手前の速度でジャバウォックに降り注ぐ。

 だが、そこまでしても牽制にさえならなかった。全身に細かな穴が開いているものの、その程度では致命傷には程遠い。

 圧倒的に火力が不足している。相手を生物と思うな我が宿主。致命傷などという手緩い擦り傷程度では、アレは殺しきれん。殺し切るならば――文字通り『消滅』させるしかないだろうよ。

 

「チィ――――ッ!」

 

 再び俺目掛けて飛び上がってきた竜顎に舌打ちしながら、逃げるように対面の廃墟へと飛び移る。壁面を抉り破壊しながら追ってくる竜に、有効打を持たない俺は逃げ続けるしかないかと思われたが――、

 

 

――...Update complete.

 (構築完了)

 

 

 鱗手が蠢く。騒々しい怪物に触れ、喰らい、竜王(エイワス)が吸収した形状変化によってガントレットが膨張する。泡のようにぶくぶくと膨らみ、弾けながらも質量を増大させていく。

 右手から顔を出したのは『竜王の顎(ドラゴンストライク)』。ジャバウォックへと大顎が開く。向けた喉の奥から今にも溢れようとしていた閃光が、俺(エイワス)の言葉を号砲に放たれた。

 

 

 

 

「『Strike Dragon Breath〈真典・竜王ノ壊撃〉』――――!」

 

 

 

 

 地上へ向けて放たれた閃光。禁書目録が使用した竜王の殺息と同質の、しかし密度が桁違いな光の奔流が四方八方へと撒き散りながらジャバウォックを飲み込み、文字通り消滅させた。

 

 

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