とある幻想の四重響奏 -Quartet of a Imagine-   作:独楽と布団中の図書館

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非ッ常にお待たせしましたァ――!⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡
中々終らないな~……、とか思ってたらいつの間にか大分遅れてしまいましたっ……orz
これからも投稿間隔は長くなるかもしれませんが、まだ、まだ終れんよ……!(徹夜テンション


Phase03 -PROJECT<D■■ A■MS ■■■L■>
01. the highway Runaway


 ■■■■年■■月■■日付。

 記録データ0■。観察対象:検体No.04、検体No.06。設備:観察箱0■『――――――』。

 

 ノイズ交じりの画面に映るのは、円柱状の水槽の中身を見続ける青いエプロンドレスを着た金髪の少女の後姿。

 

「へぇ、これがNo.6ちゃんね……」

 

 呟いた少女の前の薄暗い胎盤じみた水槽の中。

 

 カシャカシャと細かく変形する三角柱だけが浮いていた。

 

 

 

■the highway Runaway■

 

 

 

 Side:S.

 

 7月25日。AM0:41。

 

 月の隠れた曇り空の下。学園都市十一学区の物資搬入用の倉庫群。その真四角な倉庫街を一望できる十八学区のビルの屋上。

 地上から約40mのこの位置が当麻に指示されたポイントだ。ここまで背負ってきた横長のアタッシュケースを屋上の縁の段差に立てかけ、腰を下ろして足を投げ出した。足元を見れば遥か下に乗りつけた愛車(pierrotSC-13BH)が粒のように見えた。……随分と高いとこまで来たものだ。

 学区を跨いだ先、大よそ13km先の四角く刳り貫かれ、7分割された立ち並ぶ三角屋根を見下ろす。

 

 

「さぁて、奴(やっこ)さん等はどこかね?」

 

 

 気取ったことを言いながら支給された左目用の暗視(サーマル)ゴーグルを装着した。左の視界が夜の景色を昼間みたいな明るさで映し出す。眼帯みたいに装備することと片目用というのを除けば、よく海外の映画とかで見かける赤レンズのアレと似たようなものだ。結構ゴツイのである。

 見た目は普通だが学園都市製で性能は折り紙つき。拡大倍率を最大まで引き上げれば30km先の芝生の草一本一本を鮮明に見ることも可能。熱感知機能は学園都市内の構造物ならば何でも透過して熱源を見つけられるし(学園都市の建物の材質は特殊で端から索敵目的で作ってある、なんて噂もあるらしい)、感知した熱やシルエットから形材質を算出し、映した対象の大まかな人相や服下の体格まで鮮明に割り出してしまうという、世の野郎どもにとっては垂涎物な一品だ。ちなみに俺も後で有意義に使わせてもらおうと思う。

 

「お、居た居た」

 

 倉庫街の中心近く。倉庫群の中でも飛びぬけて巨大なビルじみた箱の中。大人数の熱源が固まっている。階層数は5。人数は、……見える限り大体100かそこら。細かい数なんぞ知らんが、とりあえず結構な団体さんだ。

 全身を対能力者用の装備で固めた『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』どもが今回の標的であり、アイテムとの合同任務だ。

 学園都市を敵に回すなんて何考えてんだかね、なんて考えていると右耳につけたイヤホン型の無線機に通信が入った。聞こえてきたのは少々不機嫌な、いつも以上にカリカリした当麻の声だった。

 

『――深嗣』

「お? どうした当麻。俺の声が恋しくなったか?」

『――――』

 

 ちょっとからかっただけで『殺すぞ』と言わんばかりの怒気が無線越しに届く。常々真面目にやれだの言われているが、これが俺の性分なのだ。ついでに言えば授業をサボって補修くらった奴にだけは言われたくない。

 

『お前配置にはついたんだろうな。それとも臆病風にでも吹かれたか』

「ざけんな。誰が逃げるかヨ。とっくにポイントに到着してるっての」

『だったらさっさと連絡入れろ』

 

 ルーズに過ぎる、とだけぼやいた当麻は普段以上に神経質だ。

 

『躊躇うなよ』

「わぁってるっての」

 

 任務が届いてから――いや、俺がサーカスに参加してから今の今まで、何度もこの会話を繰り返していた。当麻が言いたいのは『命の奪い合いに躊躇いを持ち込むな』ということだろう。躊躇いや引け目は照準や引き金を鈍らせる。そしてそれは恐らく、当麻が今まで繰り返し続けている自問自答なんだろう。

 暗部と平穏。人殺しとただの学生。当麻は今でも、どっち着かずだ。

 暗部に潜り込んで、暗部に所属して当麻がしてきたことを初めて知った。何で俺たちに隠していたんだ、なんて憤りなどない。当麻が人殺しだと知って悲しむこともない。当麻に殺されてきた有象無象などに興味は無いし、当麻の手がいくら血で汚れようと悪友は悪友だ。言い方を帰れば幼馴染で、別段その関係が変わるわけでもない。

 俺たち四人は端からグレーゾーン。いや、もしかしたら生まれからして暗部(ブラックライン)下だ。だからそんなことは気にならない。

 

「ま、お前とこうやって暗躍するのも面白ぇよな。舎弟ども(あいつら)に良い自慢話が出来る」

『暗部での活動内容は他言無用だ。遊びじゃないんだぞ』

「へーへー、分かってますよリーダー」

 

 ちったぁ余裕持ったほうがいいぜ、とけらけら笑いながら言ってやれば当麻は、本当に分かってんだろうな、と溜息交じりの愚痴を零す。それから、もういい、とだけ吐き捨ててメリアの無線機と回線を繋げる。……からかってはいたが嘘は言っていないつもりだったが、当麻はこんな時でも相変わらず生真面目だ。いや、こんな時だからだろうか。

 

『メリア。聞こえるか』

『っ!』

 

 当麻の呼びかけに返ってきたのは、ひゅ、と息を呑む小さな声だけ。機械慣れしていないメリアのことだ。思いっきり驚いて無表情ながらに肩を跳ね上げた姿が容易に想像できる。イヤホン型の無線機を当麻に付けられたときも散々抵抗したものだった。口数が少なく表情が乏しいながらに酷く嫌そうな顔をしていたのだ。

 当麻は溜息を吐いて、俺は思い出したメリアの姿が面白くてけらけらと笑ってしまった。

 

『一々過敏に反応されると困る。それと無線機の電源は常にオンにしてあるから弄るなよ。頼むからそれくらいの機器には慣れてくれ』

『…………わかってる』

『配置には着いたな。目的も覚えているよな』

『……うん』

 

 平坦なくせに不満たらたらなメリアの声に俺は再び笑う。器用すぎるし面白すぎる。当麻も当麻でそんなメリアを必死に宥めようとしているからさらに楽しい。頑張れ中間管理職。

 

『もう一度お前達の役目を説明するからな。深嗣は離れたビルの上から狙撃乃至援護射撃。俺とアイテムが正面から突っ込んで暴れるから、視認され難いメリアが内部に侵入して資料回収と拉致された保護対象一名の確保。保護対象の救助が最優先だ。資料の回収は最悪やらなくてもいいが代わりに機材ごと破壊しろ』

「『りょーかい』」

 

 念を押す当麻の言葉に、俺とメリアはテキトーに答える。

 今日何度目になるかわからない溜息を俺たちに零した当麻は猟犬部隊の拠点の正面、俺から見て一列手前の倉庫の物陰に隠れている。メリアは拠点を挟んで反対側の倉庫内だ。まず当麻のいる位置をスコープで見ると一箇所に固まった熱源が四つ(固まっている、というより密着してないかこれ)と、その熱源から線でつながれたタグが表示された。当麻を示す『CIRCUS:01』に加えて、『ITEM:01』、『ITEM:02』、『ITEM:03』というタグも表示された。アイテムのタグは順に麦野、絹旗、フレンダのものである。

 熱源の詳細解析が完了し、どんな状況なのかを見てみると、

 

「当麻、お前何してんだ? ハーレム? 何かのプレイ?」

『違う。あと俺に言うな』

 

 倉庫に背中を預けて壁端から少し顔を出して視察している当麻は、まあやっていることを理解できる。問題はアイテムの三人だ。

 当麻の視察が信用できないのかどうなのかは知らないが、上から麦野、フレンダ、絹旗の順に当麻に張り付いて壁端から顔を出している。

 当麻と行動することになった彼女たちは何を思ったのか、全員黒スーツに黒の中折れ帽というイケイケな格好だ(フレンダはそこにさらにハチ切れそうに中身の詰まった子供趣味なバッグを引っ提げている)。曲がりにも堅気には見えない当麻の真似をしているつもりなのだろう。ちなみに当麻自身はスーツの上にブラウンのトレンチコートを着ている。任務中彼は常にそういう格好をしているそうだ。

 そんな格好の奴らが当麻一人に引っ付いて張り込みのような何かをしているのだから、とてつもなく妙な光景である。

 隙間を挟んだ反対側に行けばいいだろう、とか、態々当麻にくっつく理由がないだろう、とか突っ込んだら負けなのだろう、きっと。俺としては当麻が困り果てているのは見てて楽しいから、当麻に手を貸してやる理由もない。

 

 そんなことを考えていると、とうの麦野たちが無線通話に参加してきた。

 

『こっちも準備おっけー。ていうか無線聞こえてる? オーバー?』

『何故無線に割り込む。隣にいるだろうが』

『んー、雰囲気? 結局こういうの楽しそうに見えるってわけよ、サー(旦那)』

『そうですよサー。映画みたいで超楽しそうですサー』

『だからって何故遊ぶ。あとサー(sir)を語尾みたいに使うな。というかいい加減離れろお前ら』

『『『ヤだ』』』

 

 無線通話に割り込んでくるアイテムメンバーの女子三人組に、当麻は呆れたように頭を軽く抱えていた。今回の任務で麦野、絹旗、フレンダの三人は今回の任務では当麻と行動を共にしている。その理由は強襲兼陽動を任されたから。近距離戦闘を得意とし、持ち前の器用さでオールマイティに行動できる当麻。『原子崩し(メルトダウナー)』による中距離から遠距離の砲撃が可能な麦野(近距離戦闘も可能ではあるが今回は当麻がいるため砲台になってもらうらしい)。『窒素装甲(オフェンスアーマー)』を所持し耐久力特化の絹旗。爆発物を使った支援や妨害を行えるフレンダ。連携さえ取れれば上々な布陣だ。連携さえ取れれば。

 

「…………」

 

 とりあえず熱感知の感度を上げ、彼女たちの体温や輪郭を鮮明に。透過範囲を上げる、が。

 

「……だよなー」

 

 別に服が透けるなんて都合のいいことにはならなかった。スコープのOSにタグ登録されている人物の服は透過できない、なんて素敵な機能がついているのだ。というかサーカスを結成したときに連絡してきた、名前も分からんあの女が付けやがったのだ。どうやらメンバーにセクハラするのは許されないらしい。

 後で制限の解除でもしておこうか、なんてどうしようもないことを考えていると、再び無線機が誰かと回線を繋げる。誰か、なんて考えるまでもなく浜面と滝壺だ。これで参加者全員の無線が繋がったことになる。

 

『おーい、聞こえるかー?』

『ああ』

『俺と滝壺も配置に着いたぜ』

『周囲の封鎖も、ルートの確認も終わった。つか、このトラックのところでいいんだよな?』

『……ああ。お前たちはその場で待機していろ。必要になったらまた連絡する』

『おう。つか、すげーなこれ。うっわゲテモノ……』

『私達はだいじょうぶ。……サー』

『滝壺?』

『何故お前までこいつらの遊びに乗ってくるんだ』

 

 もう疲れたさっさと仕事終わらせて帰りたいと言わんばかりの当麻の声に俺はまた笑ってしまった。さっきから笑ってばかりだ。こんな呆れるような状況で少しでも余裕を持ってくれればありがたいのだが……。

 

『――学芸会じゃないんだぞ』

『私らからすれば似たようなもんよ。ていうかさっきからカリカリしすぎよ「幻想殺し」』

『だよねー。結局ただの「掃除」なんだから、そんな気負うことないってわけよ』

『まあ、フレンダはいつでも超テキトーですから。大事なところでポカやからすフレンダほど気を抜かれも困りますが、少しくらい肩の力抜いたほうがいいですよ』

『あ、何をぉー!?』

『だな。何をそんなにイラついてるかわからねぇけど、……もしかして「あの日」?』

『浜面サイテーです』

『デリカシーないよね』

『んなわけ無いだろ。なんでそうなる』

『大丈夫、私たちはそんな上条も応援してるよ』

 

 

「へぇ……」

『……仲いいんだね』

 

 当麻とアイテム連中の会話を聞きながら俺とメリアは感心していた。彼女達は随分と当麻のことを分かっていらっしゃる。俺も俺なりに当麻の凝り固まった緊張を解してやろうとからかってやっていたのだが、まあ結果オーライだから別にいいだろう。……当麻とあいつらの間に何があったのか後で聞いてみても面白いかもしれない。

 周りの奴らに気に掛けられていたと知って、当麻は顔を僅かに歪めながら右の人差し指で頬を掻いていた。……照れている。分かりやすいくらい照れている。そして肩を竦めた。

 

『……もういい。分かったよ』

 

 目標以外に見せるものじゃないんだけどな、と諦めて当麻の声が切り替わる。内部から殻を割るように、当麻の正直な感情が剥き出していく。

 

 

『――派手に行こう。一人も生かして帰すなよ』

 

 

 皆殺しだ、と。

 一瞬にして絶対零度まで冷え切った、機械じみた無感動な当麻の声に空気が凍えるように引き締まる。先ほどまでの和やかな雰囲気が霧散し、暗部の薄暗い闇が顔を出す。

 倉庫の影から出て、堂々と猟犬部隊の拠点へと歩き始めた当麻にアイテムの三人も続いていく。メリアは未だ息を潜めたまま。浜面は生唾を飲み込みと滝壺は普段通り。

 そして俺も、

 

 

「学園都市敵に回すなんて何考えてんだかね……」

 

 

 吼えるように呟いて。

 必要最低限のラインだけ繋げて無線通話を切って、アタッシュケースから俺の新たな得物を取り出して。

 

 

 

――GRRRRRRR……。

 

 

 

 いつも通り、俺の内側から届いた赤い鬣を持った何者かの唸りを無視して、銃口を13km先の目標へと向けた。

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 

 約五時間前。

 第三学区の高級ホテル地下に隠された非合法クラブ。俺たちが緊急召集されたのはその一室だ。どこもかしこも妖しい紫色。照明もインテリアも、宙吊りになったミラボールも。全てが目に痛い紫だ。

 どう贔屓目に見ても学生向けとは言いがたい場所に、当たり前のように俺達は入れてしまった。当麻が申請したらしい、支給された見た目免許証なパスカードを店員に見せたら一発だった。しかもVIPルームに無料で案内されてしまう始末。それを見ていた『それっぽい客』は大層驚いていた。そんな悪目立ちしていいのかよ、と聞いたら、それ見て突っ掛かってくる奴は始末すればいい、とのことだ。アイテムも(居心地悪そうな浜面を除いて)平然としていたから慣れたものなのだろう。

 ちなみにアイテム連中のパスカードは学生証だった。浜面が俺達の持つ (暗部特権によって逮捕されない)特例免許証を羨ましそうに見ていた。……それに気付いた俺と当麻で軽く話して、後で浜面のも手配してみる、と言ったら泣くほど喜んでいた。

 

『じゃあまず現在の状況と上から来た任務内容を説明するわ』

 

 ぱっと見カラオケルームに見えなくも無い一室で、合コンよろしくサーカスとアイテムの面子で机を囲む。壁に掛けられた、『SOUND ONLY』と表示されたディスプレイからは焦りを隠しきれない女の声が流れていた。

 

『木原数多率いる「猟犬部隊(ハウンドドッグ)」が学園都市に反旗を翻したらしいの。彼らの目的は不明。アイテム並びにサーカスには共同して彼らを殲滅してもらうことになるわ』

 

 『猟犬部隊』とはその名の通り、嗅覚センサーを使った追跡を行い、持ち得る学園都市有数の火力で目標を焼き殺すために存在していたらしい。しかも学園都市統括理事長直属の部隊だ。それが反旗を翻したとなれば統括理事会が彼らを野放しにする理由など無い。

 

『彼らは駆動鎧(パワードスーツ)開発施設を襲撃し、極秘開発していた駆動鎧を奪取。施設の人員にも大きな被害が出た。施設そのものに統括理事長の息が掛かっていたみたいなんだけど、最悪なことに奪取された駆動鎧の詳細データが散逸してるみたい。どんな駆動鎧が盗まれたのかは不明よ。……だけどまあ、あんたらなら問題ないでしょ』

 

 たかが駆動鎧だ、と通話越しの女は言う。

 まあ超能力者が一人に大能力者が三人。それに加えて(通話の女は知らないらしいが)聖人もどきが一人と『レベル0の能力』とかいうイカれた物を持っている奴が一人。一国敵に回しても問題なさそうな面子である。

 

『奴ら、きっと何かしようとしてるように思うわ。……場合によっては学園都市を覆してしまうような「何か」を』

 

 普段と比べれば考えられないほど声に深刻さを滲ませ、何としても阻止しなさい、と彼女は言う。

 言葉の重大さに(学園都市に疎いメリアを除いて)全員が息を呑む。学園都市の秘部に、暗部の俺達が知らない場所に関わっていた統括理事長直属の掃除屋が学園都市を敵に回した。それだけでも前代未聞なのだろう。

 

『生憎、今はこれしか情報がないけど……』

 

 今まで文字以外表示されいなかった画面が、薄暗い倉庫街を映し出した映像に切り替わる。その中心の巨大なビルじみた倉庫に拡大し、立体的な断面図が内装を映し出す。

 

『ここは学園都市十一学区の物資搬入用の倉庫群よ。その中心の管理棟に奴らは潜伏してるらしいわ』

 

 そこを叩け、と彼女は言う。

 

『猟犬部隊が何をしようとしているのか探りなさい。……いいえ、探らなくてもいいから殲滅しなさい。……いいわね?』

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 サーマルグラフに追加されたターゲットマーカーが二階の窓際に潜む狙撃手の頭を照準する。俺が握る超長距離ライフル『HsLLF-AM06hf』の照準だ。銃器本体の照準器とスコープがリンクしているのだ。

 自動小銃(アサルトライフル)の銃身を狙撃銃ほどに引き伸ばしたような大型銃の後床を肩に当てテキトーに構える。取り回しが効かない銃ではあるが、まあこんな感じでも当たるだろう。……何と言っても学園都市製である。このスコープとライフルのセットは恐らく誰が使おうが名スナイパーになれるであろう機械銃だ。が、俺は全くもって好きじゃない。全部機械任せで射手の腕を度外視しているからだ。こんな仕事でもなければ使う機会はもう無いだろう。

 

「まずは、一人……」

 

 引き金を引いた。銃身上部の排莢口(エジェクションポート)から空薬莢が跳ね上がる。消炎器(フラッシュサプレッサー)から漏れる発火炎(マズルフラッシュ)は極僅か。内蔵消音器(サイレンサー)のお陰で発砲音は皆無。銃把(グリップ)や銃床(ストック)から伝わる反動など殆ど無く。

 鋭い弾頭が空気を貫きながら、寸分違わず約13km離れた標的へと吸い込まれていく。

 

 そして。

 

 呆気なく。そう、あまりにも呆気なく。

 モルタル壁や防弾ヘルメットごと頭を弾丸に打ち抜かれ、脳髄と血飛沫を撒き散らしながら対象は絶命した。

 

「――――っ」

 

 軽く唇を噛んだ。

 俺は今、人を殺した。そんな感触が俺の両手を塗らす。

 肉体感覚的なものではない。手にあるのはトリガーを引いた感触と発砲の僅かな衝撃だけだ。だがスコープの中で、俺が放った弾丸が命を散らすのを確かに見てしまったのだ。

 

「俺が、殺した……」

 

 俺が殺したのだ。そいつの背景はどうであれ、今を生きていた人間を。

 その事実が俺の深くに突き刺さる。突き刺さって出血するほどに痛い筈なのに、

 

「案外、何も感じないもんだな――」

 

 何も感じない。殺人に憤るわけでも、悲しむわけでも、悦ぶわけでもない。

 まるで食べるために茎から実を毟り取るように。俺にとって今の殺人は日常の一仕草と等価らしい。それこそが当然なのだと言われているように感じた。誰にだよ、なんて聞かれても困るがね。

 

(っと……)

 

 そんなどうでもいい感傷に浸ってる場合ではない。

 さらに引き金を引く。二度、三度、四度。無音の弾丸が発射される度に壁越しに狙撃手や上から弾をばら撒いていた奴らの頭蓋に穴が開く。

 そんな作業をさらに何度か繰り返した。相手側は途中でこちらの狙撃手の存在に気付いたものの、ミサイルや原子崩しに吹き飛ばされたり蹂躙されたりしている内に、結局俺の位置を知ることもなく30人ほどがその命を散らした。

 

「……こんなもんか」

 

 狙撃手を粗方片付け、管理棟正面で暴れまわる当麻たちをスコープに収める。すると、一瞬画面が爆発と原子崩しによって明転した。

 

(おーおー、派手にやっちゃってまぁ)

 

 原子崩しと小型ミサイルが猟犬部隊に雨のように降り注ぎ、銃弾が飛んでは弾かれ、振り回される振動刃が赤い軌跡を残していく。

 ド派手に鮮やかに色取り取りに。まるで祭りみたいだ。取引されるのが命で結果として色々破壊されるが、偶にはこんなどんちゃん騒ぎも良い。惜しむならば俺もその場で暴れていないことくらいか。俺は観測者よりも当事者でいたいのだ。

 

「ま、眺めてるだけでも、それはそれで面白いがね――」

 

 こんな時勢でなければ、眺めながら合間合間にちょっかい掛けるのも乙なものなのだが。

 特に相手を選ばずに目標を捕捉する。結果として当麻の目の前で何か喚き立てている男に照準した、が。

 

「あ……?」

 

 目標の姿がブレた。スコープが映し出したが揺れたわけではない。

 ただその人物の姿だけが、砂嵐(ノイズ)に覆われたように一瞬だけズレたように見えた。それ以外の景色にはおかしな点は何一つ無い。……スコープの映像構築に不具合でもあったのだろうか。

 とりあえず撃ってみる。すると弾丸はこれまで通り側頭部を貫通した。

 

「なんだったんだ……?」

 

 映像がぶれた原因が分からない。標準の暗視スコープならともかく、学園都市製のスコープだ。使用数分でエラー吐き出すような不良品をこっちに回すとは考えられない。

 スコープの調子を確かめるために簡単に戦場を端から端まで見渡し、倍率を拡大縮小していると異質なものが画面に映っていることに気付いた。丁度管理棟が入りきるか入らないかの拡大率で。画面端――、管理棟の三角屋根の頂上に、

 

(猫……?)

 

 猫だ。猫が戦場を見下ろしている。

 なんでこんなところに、と内心嫌なものを感じながら猫目掛けて画面を拡大していく。だが、後もう少しで猫の詳細な映像が映るというところで、猫が、

 

――顔をこちらに向けた。

 

「…………!」

 

 驚いて瞬きをしてしまう。すると、先ほどまでそこにあったはずの猫の姿が消えている。ただ灰色の屋根があるだけだ。

 あれは、なんだったのだろうか。現状を鑑みれば十中八九野良猫なのだろうが、そうだと安直に割り切れない。瞬きをする一瞬前、画面に映っていた猫の顔。それがまるで、

 

(笑ってなかったか……?)

 

 画面の不調か、はたまた光の加減か。

 

 振り返った猫の口元が、両頬を引き裂いたような三日月形をしていたような……。

 

 目が疲れてたのか、なんてところまで考えを飛ばしていると画面の下半分に異変が。管理棟の地下中心から何か巨大な――、

 

「お、おい当麻、管理棟の地下から馬鹿デカイ熱源が――」

『あ……?』

『ゃ……!?』

 

 堪らず当麻に無線を入れると同時に、メリアの小さな悲鳴が聞こえた。

 

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 Side:D.

 

 

 後に深嗣から聞いた、深嗣が経験した不思議になりきらない体験の、ほんの数分前。狙撃に集中するために深嗣が無線を切った直後。

 俺は麦野たちを引き連れ、隠れることもなく堂々と正面入り口を目指して歩を進める。まだ多少距離があるとはいえ、そんなことをすれば、

 

「あ、結局見つかるよね」

「前に出すぎですフレンダ。二人に巻き込まれますよ」

「うっ……。それは嫌……」

 

 正面の警備に見つかった。正面担当らしい三人が不審そうに視線を向けてくる。ただ、俺達(主にアイテム三人)の格好を見て何かの遊びだと思ったのか、危機感よりも呆れが勝ったらしい。まだ理知的な部類らしい隊員が声を飛ばしてきた。

 

「おいガキ共!ここは立ち入り禁止だ、遊ぶなら他所へ行け!」

 

 その声を無視して向かう足を止めずにいると、声を掛けてきた男がヤケクソ気味に唾を吐く。

 

「チッ! こんなとこに来るテメェらが悪いんだからな!」

「ははっ、人が良いねぇお前。――とりあえず女は殺すなよ。後で遊ばせて貰おうぜ?」

「好きにすれば? ああ、あと俺も混ぜろよ。……こちら正面担当。今、妙なガキ共が――」

 

 自動小銃の銃口三つがこちらに向く。そしてその内の一人はジャケットについた無線機に向けて何か喋っていた。他の隊員に俺達のことを伝えているのだろう。奇襲ならいざ知らず、今回の俺達の役割は正面からの強襲陽動なのだ。今に限っては願ったりだ。

 先ほどから正体の掴めない苛立ちが喉の奥からせり上がってきている。胸が詰まるような違和感だ。突拍子も無い喩えだが、豪奢な額縁に彩られ丁寧に壁に飾られた絵画の裏側に、水面下で黴が広がってきているような。第六感か、虫の知らせか。

 圧し掛かってくるような不快さを振り払うために腰に挿した白鞘から直刀を抜き放ち、地を蹴って突貫する。それに応える銃口が一斉に発火した。

 

「援護しろ」

「ハッ! 誰に言ってやがる!」

 

 弾の雨の中、背後から奔って来た悪寒に咄嗟に身を屈める。地に左手を着くと同時に俺の頭上スレスレを薄緑の光線が通過し、俺の進路直線上にいた正面警備の(先ほど『女』だ『遊ぶ』だ言ってた)男のどてっ腹を貫通し、男の背後の鉄扉を破壊した。……威力も精度も申し分ない。その分、何かと使用者に問題があるのは理解しているつもりだったが、

 

「俺ごと撃つ奴があるかよ」

「別にテメェごと撃つなって言われて無いんでなァ!」

 

 悪びれもしない麦野を一睨みし、行動再開。

 光線が通り過ぎた後、再び足を動かす。弾をばら撒きながらも原子崩しに怯み、慌てて麦野を狙い始めた残りの二人に接敵。姿勢を低くしたまま懐に潜り込み、まずは先ほど声を掛けてきた男。アッパーカットの要領で首を切り落とした。無線で連絡していた男のほうに首無しの体を蹴飛ばして、怯んだところを縦に両断する。……ここ最近、化物相手ばかりしていたせいか人体が随分と柔く感じられる。幻想猛獣の触腕の単管じみた硬質さでも、ジャバウォックの半固体じみた水っぽさでもない。骨肉を断ち切る感覚。手に残ったそれが随分と生々し(■■■)い。

 

 

――まあ、この程度の雑兵、我が身になるとは言っても微々たるもの……。

  塵も積もれば何とやら、と言ったところか。

 

 

(人喰いが何をほざく)

 

 

――それは我が宿主も同じだろうよ。

 

 

 エイワスとそんな会話をしてる内にも破壊した扉の影や、二階三階の窓からも弾丸が飛んでくる。狙撃や援護のし辛い管理棟に飛び込むという手は考えていない。俺達はあくまでも陽動。管理棟の外で暴れ回り、多くの人員を呼び込まなければならないのだ。

 故に、

 

「炙り出せ。麦野、フレンダ」

「あ、はいはーい! まっかせて~!」

「チッ、しくじるなよフレンダァ!」

 

 背後で絹旗に守られているフレンダから支援が届いた。小型ミサイルの雨という形で。

 

「ひゃっはー! 消毒だ~!」

 

 支給されたミサイル80発を両手で順次投入してくる。ロケット花火みたいな見た目のそれが管理棟に着弾し、玩具じみた見た目からは考えられない威力の爆発が壁を崩していく。そこにさらに原子崩しが追い撃ちを掛け、壁など跡形も残らなかったし床も大部分が崩れ落ちた。

 管理棟の崩落に巻き込まれるとでも思ったのか、内部にいた猟犬部隊の大部分がぞろぞろと外に出てくる。

 そこから始まったのはまさに乱戦だ。後方の絹旗とフレンダはまだマシだが、前線どころか敵陣に突っ込んでいる俺と麦野の位置には四方八方から銃弾が飛び交っている。しかも味方の射線さえ気にしている余裕も無いようで、視界の端で被弾している奴をすでに三度ほど見かけていた。

 

「チョロチョロすんじゃねぇ! 小蝿かテメェはッ!?」

「見境無しが。目標は俺じゃないぞ」

「あれ? あの二人なんか連携取れてない?」

「それ超違います。暴れ回ってる麦野を上条が上手く利用してるだけですよ」

 

 俺を巻き込まんと猟犬部隊もろとも俺目掛けて飛んでくる原子崩し。しかも拡散支援半導体(シリコンバーン)まで使いだす始末だ。――拡散支援半導体とは原子崩し専用の小道具であり、それを原子崩しの射線上に配置することで直撃した光線を拡散させる効果を持つ。光の雨じみたそれに巻き込まれないように弾丸も避けながら敵の数を減らしていると、無線越しに今まで身を潜めていたメリアの声が届いた。

 

 

『そろそろ良い?』

「……ああ、頼んだ」

『……わかった』

 

 

 無線から動いた音は届かないものの、聖人並の脚力ですでに潜入したはずだ。これだけ視線がこっちに向いてくれれば、もう後ろはザルだ。メリアでなくても潜入は簡単だろう。

 侵入を悟られないために、俺はさらに回転率を上げて斬り続ける。それを内部から見ていたエイワスが怪訝そうにぽつりと零した。

 

 

――……我が宿主よ、『幻想喰イ(イマジン・イーター)』は使わないのか?

  使えばこんな手間など取ることもないだろうに。

 

(……ああ)

 

 

 エイワスの問いに、念のためだ、とだけ答える。

 『幻想喰イ』も、それによる筐体の変化も。学園都市内どころか暗部にも類似した能力は見受けられない。異常さが頭一つほど飛び抜けているのだ。だから出来ればアイテム連中には見せたくない。……彼女たちを信用してないわけではないが、『幻想喰イ』の『能力としての立ち位置』を測りかねている内は無闇に他言しないほうが利口だろう。

 『幻想喰イ』は本当に必要になったときに使えばいい。その上、今回の相手は人間だ。使うまでも無いはずだ。

 

――その思考停止が『ふらぐ』とやらにならなければいいが……。

 

 エイワスが俺には理解できない言葉を使う。俺の知らない言葉を一体どこで覚えてくるんだ、と聞けば、メリアとやらが言っていたではないか、とエイワスは答える。

 

「…………?」

 

 ふと、気がついた。

 戦場のど真ん中に突っ立ってる奴が居る。他の隊員と同じように全身を装備で固めたソイツは、何がおかしいのか肩を震わせていた。

 

「く、はは、ハハハ……ッ!」

 

 そいつは何を考えているのか、両手を広げ、夜空を仰ぎながら狂ったように笑いだした。飛び交う銃弾に何故か当たらない。そしてそいつを『見て』しまったせいか、先ほどまで俺向けて飛んで来た銃弾がなくなっていた。……本来なら真っ先に殺しているような奴だが、しかし俺は手を動かせなかった。

 

「あのガキの言った通りじゃねぇか……! こりゃ傑作だ! ハハハハハハハッ!」

 

 さも面白いとばかりに笑い続ける名も顔も知らない男から目が離せない。そして、彼の姿が一瞬――、

 

「俺は抜けるぜ! 手前らはふざけた箱ん中で一生操り人形として生きてればい――」

 

 気が触れたようなことをほざいていた男は、横合いから飛んで来た弾丸に側頭部を貫かれて糸の切れた人形のように地面に崩れた。あっけなく死んだその男には何の感慨も沸かない。沸かないが、俺の目に映る彼の姿が、

 

 

 

(『ブレて』なかったか……?)

 

 

 

 ぶれているように見えたのだ。この世界から乖離しようとしているように見えた。聖人から魔人に身を堕としたメリアのように。

 矛盾の削除。エイワスが目を覚ましたのと同時に俺の記憶に追加された『知識』という名のデータベースにも記載されていた。曰く、生まれと真逆の生き方をしようとした者は世界に消される。言葉上では、そんなルールがあったのでは人は悉く生きられない、なんて思うかもしれないが、それが発動するのは極限定的な人物のみだ。当然、能力者でも魔術師でもない人間は最初から属性なんて持っていないし、魔術師や能力者だって悪人が人を助けたところで消え去るわけでもない。

 メリアはそれだけ例外なのだ。呪いを身に宿し生きている聖人など彼女くらいなものだ。

 だが、何の能力も持たないただの猟犬部隊の男にメリアと同じ現象が起きた。その姿がまるで、信仰に背いた罪人が神によって裁かれるような、そんな風に俺の目には見えてしまったのだ。

 

(神、だって……?)

 

 天使と呼ばれる存在だって指向性を持った力の塊なんだ。神なんてものはこの世に存在しない。俺はそんな超越者の存在を信じない。いたところで天使と同質の何かだろうし、そいつらは人一人を見て裁いて祝福するような存在ではないはずだ。

 そんな下らないことを思考しているうちに、先ほどまで聞こえていたけたたましい銃声や破壊音が途絶えた。……どうやら猟犬部隊は粗方片付いたらしい。

 

 あとは戻ってきたメリアに資料が残っていたかどうかだけ確認して、任務は終わり――。

 

 だが、そんな楽観は何かに気付いたエイワスの言葉を皮切りに打ち砕かれることとなった。

 

 

 

――む? ……我が宿主よ、何か来るぞ。

 

 

 

 何かに気付いたエイワスが、なんだろう、といった感じの興味本位な声を上げる。

 

 

 

『お、おい当麻、管理棟の地下から馬鹿デカイ熱源が――』

 

 

 

 次には、堪らず無線を繋げたような、珍しく焦った深嗣の声が無線機から流れ、

 

 

 

「あ……?」

『ゃ……!?』

 

 

 

 メリアの小さな悲鳴と衝撃音が届き、メリアが付けていた無線機からの通信が途絶える。

 直後、地震でも起こったんじゃないかってくらいの揺れが俺達の足元を揺らした。そして、今まで散々破壊の限りを尽くされた管理棟がついに悲鳴を上げながら瓦解していく。

 次第に積み上がっていく瓦礫がいきなり爆発し、中から灰色の影が投げ飛ばされてきた。

 

「メリア――?」

「ちょ――!?」

「何ぃ~~!?」

 

 メリアと思しき巨大な得物を持ったモノトーンの人影はそのまま絹旗とフレンダのすぐ近くの倉庫に叩きつけられ、衝撃で崩壊した建材の下敷きとなって姿が見えなくなった。

 そして、彼女に続くように管理棟だった瓦礫の山を押し退けて姿を現したのは、

 

(なんだ、あれ……)

 

 ぱっと見、全高は3mほど。全幅はその1.5倍くらい。

 既存の駆動鎧にはない、流線形の鋭く流れた頭部。カメラレンズのような緑の単眼。中世鎧じみたシャープな、小柄な人がギリギリ一人入れそうな大きさの胴体。その下には後方に膨れ上がった蜘蛛みたいな腹部。そして何より特徴的なのが折り曲がっていようと高さが2mほどもある蜘蛛じみた四足。全ての足裏に装備された球体型の駆動車輪(ランドローラー)。肘から先が馬鹿でかい銃器の左腕と、同じように肘から先にチェーンソーじみた回転刃を装備した右腕。

 まるで蜘蛛女(アラクネー)だ。今まで見て来たどの駆動鎧(パワードスーツ)とも違う、完全に戦闘用の四脚駆動鎧――、

 

(……マズイ)

 

 妙な苛立ちの正体はこれだったのか、とか、なんなんだあれ、とか考える間もなく左腕の銃口が麦野を照準する。

 

「っ、ヤル気かよ……!」

 

 駆動鎧の異様さに珍しく気圧されているらしい麦野が咄嗟に曖昧な壁を前面に展開する。だが、それじゃあ駄目だ。いくら原子崩しによって作られた、曖昧なまま固定された電子を持ってしても駄目だ。何故なら、未だ人の範疇を超えない超能力者以上の力を持つ聖人を、聖人と同規模の力を持つ魔人(メリア)と戦って、あの駆動鎧は傷一つ付いていない。普通に考えれば有り得ない。だが、現実に起こってしまった以上、それ相応のからくりが潜んでいるのは目に見えている……!

 

 

 

――Urgent Exercise... Ambush-Anti-Ability-System<IMAGINE_EATER>. Select Posture Control... Air-to-Air <WINGED_LIZARD>.

 (対異能特殊迎撃機構『幻想喰イ』ヲ緊急起動。並ビニ空対空制御『翼竜』ヲ適用シマス)

 

 

 

 幻想喰イの緊急起動によって俺とエイワスの意識が強制的に重なり、空対空制御『翼竜』によって一対の翼が俺の背で広がった。

 直刀を投げ捨て羽ばたいて、一瞬で距離を詰めて麦野の腰に左腕を回して抱きかかえる。

 

「っ!?」

 

 いきなりの衝撃に顔を顰める麦野。彼女を庇うように駆動鎧に背を向け、広げた翼を盾にしながらその場を離れる。麦野の手を離れ、粒子と波形になって霧散しはじめた壁が蜂の巣となって衝撃を撒き散らしながら消え去った。

 一時的に凌ぐことは出来たものの、それでも足は止められない。未だ対物弾頭の高射砲じみた銃口がこちらを向いて弾を吐き出しつづけているのだ。止まったら狙い撃ちだ。だから俺は思い切り羽ばたいて空へ舞い上がる。

 見下ろした地面では、後方の絹旗とフレンダに向けて駆動鎧の蜘蛛みたいな腹部から小型ミサイルが断続的に撃ち出されていた。頭を抱えて蹲るフレンダと、窒素装甲を使って彼女を必死に守る絹旗に集弾し、爆発が二人を飲み込む。

 

「ちょ、ちょっとちょっとちょっとぉ――!?」

「『窒素装甲』でも超ギリギリってとこですね……!」

 

 仕返しとばかりに打ち出されるミサイルの雨に二人は動けなくなっているようだった。必死に踏ん張る絹旗のお陰でまだ致命的な傷は受けていないようだが、あまり余裕はなさそうだ。

 乱射される弾丸を躱しながら空へと逃げた俺達はと言えば、

 

「バッ、この離せッ……! つーか何だよそりゃァ――!?」

 

 いまいち状況を読み込めていない麦野は、こっちの焦りもお構いなしで腕から逃げようと手足を振るっているが。断続的に腹部に叩き込まれる肘が痛い。直情的で突っ走ると周りが見えなくなるのは麦野の短所であり長所でもあるのだが、できれば今は勘弁してもらいたい。それどころではないからだ。

 一歩間違えば遊んでいるように見られてしまうかもしれない俺達の周囲を鉄の嵐が通りすぎていく。

 

「暴れんなっ。さっさと迎撃しろっ……!」

「ぐ……!」

 

 顔を真っ赤にしてまで抵抗していた麦野の右腕を掴んで俺の首に回し、彼女を抱く左腕に力を入れて押さえつける。執拗に俺達を狙い続ける駆動鎧を見て盛大に舌打ちし、叫んだ。

 

 

 

 

「てめっ、後で覚えてろよ『幻想殺し(イマジンブレイカー)』ァ――――ッ!」

 

 

 

 叫んだ勢いのまま原子崩しを駆動鎧に向けて落とす。だが、

 

 

 

「はぁ――ッ!?」

 

 

 

 麦野が理解できないとばかりに妙な声を上げる。俺も上げそうになった。

 固定砲台の如く立ち尽くし、俺達を狙って連射を続ける四脚駆動鎧は原子崩しを迎撃し相殺したために無傷。そう、迎撃したのだ。四脚駆動鎧の左腕に装備された、一対のカタパルトに挟まれたような銃口が帯電し、次の瞬間には摩擦で弾丸が発熱するくらいの速度で発射された電磁砲が原子崩しと衝突していた。どうやら、一つの銃器で連射と電磁砲の切り替えができるらしい。

 むきになった麦野がニ・三度繰り返しても結果は相変わらず。超能力者である麦野の本気の一撃を、同じく超能力者である御坂ばりの電磁砲が迎え撃つのだ。駆動鎧の性能を逸脱している。

 知識(データベース)を使った詳細分析を駆使し、駆動鎧を映す視界情報から見て取れた材質や構造を元に検索を掛けても、(胴体中心部の構造を覗けないことを除けば)結果はただの鉄の塊。電磁砲にそれらしい能力を使っているという事と形状以外はそこらにある駆動鎧と同じものだ。――はて、鉄の塊を喰うのは初めてだが、我の糧となるものか……――知るか馬鹿!

 

「クソがっ……!」

 

 これ以上は無駄だと判断したらしい麦野が手を止めれば、再び嵐みたいな弾幕が押し寄せる。

 

 

 

――Select Sub Structure... Base-Neutralize-System <SKILL REPRODUCTION>_SetUp. Skill Choice<DISASTER_PAINE_LV2>.

  (拠点制圧機構『異想再幻』ヲ起動。異能力選択……『鋼鉄精製』)

 

 

 

 深嗣の能力を借り、分厚く大きいだけの六角盾を前面に展開して右手に固定する。本来の持ち主である深嗣ほどの精密さは望めないが、巨大な鉄塊を作るだけなら出力が物を言う。滞空するために広げた不在金属の翼までは盾の効果範囲に含めないが、俺と麦野の頭から足までなら丁度隠せる大きさで、厚さも20cmともはやただの鉄塊と言って差し違えない盾ではあったが、

 

(あまり余裕はないな……)

 

 打楽器じみた甲高い音を奏でながら、弾幕の波に盾を削られながら上空へと押し流されていく。麦野ではないが俺も舌打ちを零し、待機中の浜面と滝壺に通信を飛ばした。

 

「浜面! おい浜面!」

『うぉっ……!?』

 

 驚いたのか、がた、と何かが転がるような音が聞こえたが、今はそれどころじゃない。こっちの爆音や原子崩しと電磁砲がぶつかり合う音が聞こえたのか、向こうも焦ったように口を回した。

 

『どうした!? 何かあったのか!?』

「いいからこっち来い! 逃げるぞ!」

『ぁあッ!? ちょっと待て! おいまさか、俺に「こんなの」運転しろってか!?』

 

 こんなの、とは本任務の報酬であり、大金を給料から天引きしてまで深嗣が前々から申請を出していたものだ。任務後に渡される、という話だから保険として逃走経路に俺が配置したのだ。本来なら俺が運転して帰るつもりだったが、こうなった以上、新車だ傷だ、なんてことを言ってる余裕はない。

 

「そのために用意したんだろうがッ!」

『ふ、ふざけんなッ! 確かに運転には自信があるけどよ――』

「いいからさっさとしやがれ!」

 

 俺自身、珍しく叫ぶように命令を飛ばせば、

 

『――いい趣味してんぜクソッタレ!』

 

 7速セミなんて初めて見たぜチクショー! なんてヤケクソな声が届いた。意を決してくれて何よりだ。次に深嗣にも通信を飛ばす。

 

「深嗣、聞こえるな」

『おう』

「見ての通り緊急事態だ。ルートE04で逃走する」

『了解。じゃ、そっちは任せるぜ』

 

 学園都市の外周近くまで移動する、逃走ルートの中では最も距離のある経路を指示して深嗣との通信を切る。もっとも13kmも離れた位置にいるのだ。深嗣のほうに敵が回っているとは考え難いし、そんなことよりも今は我が身だ。

 

「降りるぞ」

「あ、ああ……」

 

 凹凸だらけになった鉄塊を駆動鎧に投げつけ、再び盾を作り出しながら鉄の雨の中を急降下爆撃機の如く落下し、未だ絨毯爆撃に晒されている絹旗とフレンダの元に着地する。

 

「わ、わわっ!?」

「ちょ、どうしてこっちに来るんですか! そんなことしたら――!」

 

 俺達を狙っていた銃口と、二人に降り注いでいたミサイルが纏めて集弾することになる。だから俺は落下中にも形成していた盾――というよりも壁と表現したほうが正しいような、大きく分厚いだけの鉄板を地面に突き立てる。一辺4m、厚さ50cmの鉄壁だ。着弾の振動を伝えてくる壁が、しばらく持ち堪えられるかだけ確認して麦野を開放した。先ほど駆動鎧に原子崩しを防がれたのが堪えたのか、それともただ単に疲れただけなのか。随分とおとなしくなった麦野は、並みの理性を取り戻しているように見えた。ようやく頭が冷えたらしい。

 

「そこに埋まっているメリアを頼む。もう落ち着いたな?」

「おう……。ちょっと聞きたいんだが、アレ、私らじゃ勝てねぇのか?」

「分からない。だから今は逃げる」

 

 瓦礫に埋まったメリアを掘り起こすように指示し、一足で鉄板の天辺を飛び越え、馬鹿の一つ覚えみたいに乱射を続ける駆動鎧の前に単身で飛び降りた。壁から照準を俺に移し変えたらしく、俺一人に嵐みたいな弾幕が襲い掛かる。翼で受け止めたミサイルが爆発し、大口径の弾頭が俺の手足を貫いていく。翼を盾にしながら、致命傷にならない攻撃は無視して突貫を続ける。無線からは慌てたような絹旗の声が流れた。至近距離の爆発で鼓膜が逝かれたのか、それとも爆音が大きすぎるのか、肉声は聞こえなかった。

 

『上条ッ! 逃げるんじゃないんですかっ!?』

『そうだよ! 麦野がいて勝てないんじゃ結局どうしようもないよっ! 早く逃げようよ~~っ!』

『フ・レ・ン・ダァ~~~~?』

『あ! 嘘ですごめんなさいすいませんもう言わないから頭掴まないでぇ~~!』

「すぐに浜面が『足』を持って来る! それまで持ち堪えるからお前らはメリアを拾って離れてろ!」

 

 極力敵の目が俺を向くように四脚の間を潜り抜けたり、背後を取りながら駆動鎧を撹乱する。その最中にもナイフボムを叩きつけたり、鋼鉄精製で作り出した長槍で攻撃を仕掛けたが効果はなかった。爆発にも斬撃にも傷一つ負わないのだ。良くて装甲が黒く汚れる程度。……今の装備では有効打は期待できない。幸い相手の動きは単調で狙いも雑。時間稼ぎだけなら俺一人でも可能だろう。――むしろ我らだけのほうが良いのではないのか? 今でも全身穴だらけだが問題ないのだろう? 我らが生き残るだけならば他人を切り捨てたほうが楽だとは思うのだが。――生憎、有事には全員生還させなきゃならないんだよ。こんなでも現場リーダーなんでな。

 

「――――っ!」

 

 左腕のチェーンソーが振り下ろされる。それを両翼を交差して受け止めれば、俺の足が地面に沈んだ――否、受け止めきれずに右膝を付く。……メリアを吹き飛ばしただけはある。どうやら出力だけなら聖人以上らしい。

 

(聖人に力勝負で勝てる駆動鎧、なんても物があるとは思わなかったな……!)

 

 目の前でチェーンソーを押し返す翼が火花を散らしている。翼にいくら力をいれようと、立ち上がろうと足に力をいれようとも押し返せない。このままでは、

 

(押し潰されるか――!)

 

 圧倒的な重量差にさらに脚が地面にめり込む。そこへ銃弾とミサイルまで叩き込まれて、身動きが取れない。そろそろ俺も限界だ。ここで力が抜ければ押し潰されて挽肉になる。……打つ手がないわけではないが、今使っても意味はない。

 至近距離で俺を押さえつける純銀の半人半蜘蛛の駆動鎧。その鎧の隙間から、

 

 

 

 

『………………い。……サ…は…………………に……で…え……』

「……あ?」

 

 

 

 

 何か、聞き覚えがあるような声が聞こえた気がした。ノイズに塗れていたが確かに聞こえたのだ。なんなんだ、と考える間もなく、周囲の爆音で聞こえるはずのない甲高い排気音(エキゾーストノイズ)が近づいてくる気配を感じ取る。そんな、一歩間違えれば妄想だと幻聴だとか言われそうな第六感を肯定するように無線に今最も必要としていた声が届いた。

 

『待たせた! 早く乗れ!』

『みんな。こっち』

 

 どうやらギリギリのタイミングで二人が到着したらしい。これでようやく逃走を開始できる。

 

 

 

――Boot Cancel...Skill<DISASTER_PAINE_LV2>. Skill Choice<TELEPORT_LV4>.

  (異能力再選択……『鋼鉄精製』ヲ解除。次策トシテ『空間移動』ヲ適用)

 

 

 

 異想再幻の鋼鉄精製から空間移動に切り替え、発動。演算した地点――未だ健在の鉄壁の上に転移する。眼下の駆動鎧は支えを失ったクレーンみたいに地面にチェーンソーを叩きつけ、前傾したまま立ち上がるのに手間取っていた。

 先ほど聞こえてきた声が気がかりだったものの、今は逃げるべきだろう。壁から降りて浜面の持ってきた、フルサイズのピックアップトラックの荷台に着地する。その赤を基調とした車体に、やっぱり深嗣(アイツ)の趣味かとぼやいた。

 全身細かい切り傷だらけで気絶しているメリアを含めて、すでに荷台にはこの場にいた全員が乗っていた。俺が荷台に腰下ろして羽を畳んだのを見てフレンダが、もういいよ!、と焦ったように声を上げた。

 

「上条も乗ったよ! だから早く出して~~!」

『はいよ……!』

 

 浜面が一気にアクセルを踏み込んだのか、後輪が空転してから一気加速し、スキール音を残しながらトラックが発進する。狭い倉庫間の道を抜けて車幅ギリギリの私道を端材やゴミ袋を弾きながら突き進む。

 駆動鎧が完全に見えなくなったのを確認し、ようやく一息つくことが出来た。……まだ完全に気を抜くわけにもいかないから、とりあえず確認のために滝壺に通信を繋ぐ。

 

『……なに?』

「お前、体晶は」

『一応使ったよ。アレのAIMも掴みづらかったけど覚えてる』

 

 今助手席に座っているであろう滝壺理后は大能力『能力追跡(AIMストーカー)』の持ち主だ。一度記録したAIM拡散力場を捕捉し続け、その相手がどこにいようと追跡し続ける。……その代償として『体晶』――意図的に能力を暴走させる薬を使わなければならない。

 あまり長時間の能力行使は危険だが、完全に逃げ切れたのを確認するまでの間だけだ。悪いが今は我慢してもらうしかない。

 後は逃げるだけだ。呆、と流れていく街灯以外に灯りのない夜の町並みを眺めていると、他のアイテムの面子も疲れたように溜息を零していた。一段落、と言ったところだ。

 

「何だったんでしょうねアレ。……というか、何なんですかね、これ……」

「翼、だよね。結局上条って本当に人間なの? てか怪我しすぎ。これって大丈夫なの?」

「前々から人間離れしてるとは思っていたけど、本当に人間止めてたんだなコイツ……。つか邪魔。いつまで出してんの?」

 

 何故だか畳んでいる翼をぺたぺたと触り始めた。興味深々に触ったり抓ったり叩いたりしている。……今更ながらに幻想喰いを晒してしまったことを後悔する。ああでもしなければ全員死んでいたのだろうが、全員助かった後のことを考えればあまり良い状況ではない。

 まあ、現状全員に知られてしまった以上、安全が確認できるまでは解除するつもりもないが。――触らせておいていいのか?――害がないなら別にいい。

 

『悪い上条。車ボロボロにしちまった』

「いい。どうせ俺のじゃない」

『じゃあ切削のなんだな。修理費くらいは俺が……』

「いらん。このぐらいの傷、レストアってほどのじゃ――」

 

 片側二車線の静かな大通りに出て、雰囲気同様気の抜けた浜面との会話に滝壺が割り込んできた。

 

 

 

『――来た』

 

 

 

 同時に、道路右側のビルを押し倒すようにして四足の駆動鎧が姿を現した。逃げ切れただろうと思っていただけに、追いつかれたという事実に俺は随分と動揺してしまった。滝壺が直前になるまで追跡できなかったこともそうだが、こんな早く追いつかれるとは思っても見なかった。

 

「な――――」

「ちょ――!?」

『くっそ、来やがったのか……!?』

 

 慌てて浜面がアクセルを踏み込むも、駆動鎧は地響きを立て、先ほどのように弾をばら撒きながら物凄い勢いで追いかけてくる。引き離せない。

 どうすれば、と思考しながら周囲を眺めていると、今走っている道と平行するように左のビルの隙間から御誂え向きの道が見えた。そして丁度、次の交差点でそこに合流するというところまで考えが到達し、

 

「浜面。次の交差点左曲がれ」

『左、……ハイウェイか!?』

 

 それを理解した浜面の行動も早かった。

 

『全員どこかに掴まれぇッ……!』

 

 荷台の乗員お構いなしに、急ブレーキに車体が前に傾く。同時にハンドルを切られて、速度を維持したままフロントが左に、リアが右に流れ始める。その挙動によって発生した遠心力に引っ張られ、転がり落ちそうになる絹旗とフレンダ、気絶しているメリアを羽で荷台に押さえつける。

 

「っ――!?」

「え、ちょおっ!?」

「きゃぁあああああああああ!?」

 

 必死に振り落とされないように壁にしがみつく麦野と、悲鳴を上げるフレンダと絹旗を貼り付けたまま、車体は流れながら左の縁石スレスレを通過し、カウンターを当てられて左の道に滑り込んだ。……その鮮やかな手際に俺は内心驚嘆していた。

 

(マジか……)

 

 今日初めて乗る規格外のピックアップトラックで殆ど減速せずにドリフトしやがった。しかもこのフルサイズの車体がギリギリ流せるか流せないかという片側ニ車線の交差点で、だ。ガードレールにも縁石にも接触せずに。普通一発で出来るものじゃない。

 むしろ追いかけてきた四脚駆動鎧のほうがデカイ図体のせいで左折できずに通り過ぎていくくらいだ。

 

『頭下げてろよ……!』

 

 そのまま料金所のバーを破壊しながら高速に侵入し、陸橋内に飛び込んだ。

 浜面がアクセルを思い切り踏み込み、W型16気筒エンジンとそれに連なる四つのターボチャージャーが唸りを上げる。どかんと加速し、一気に200km/hを超え、さらに時速を伸ばしていく。最高時速450キロオーバーの本領発揮といったところか。障害物がない直線ならこのモンスタートラックの独壇場、なのだが、それはあくまでも人が荷台に乗ってなければの話だ。

 

「ちょっと浜面! 超加速し過ぎです! 荷台に人乗ってるんですよ!?」

『あ……。悪ぃ、つい……』

 

 ヤケクソ気味な絹旗に怒鳴られ、ゆっくりと減速して120km/hあたりに落ち着いた。

 

「流石に、もう追ってこないよね……?」

「いや――」

 

 もう嫌だという彼女の内心を表すような戦々恐々としたフレンダに俺は首を振った。ハイウェイのすぐ右から爆音が届いたからだ。俺達と併走するように、まるでロケットの発射音じみた地響きみたいな音が追いかけてくる。

 そして、その銀色の機体が防音壁の影から姿を現した。

 

「嘘ぉっ!?」

「と、飛ぶなんて超反則です――!」

 

 その現れ方を見て叫んだ絹旗の言葉通りだ。四脚の下腿部裏が展開し、それぞれ一機ずつ。並びに胴体の腰部を挟むように装備された、合計六機のスラスターによって浮力を得た機体が防音壁を破壊しながらハイウェイに飛び込んできたのだ。

 そして再び弾丸とミサイルが俺達目掛けて飛んでくる。無尽蔵かよと思ってしまうくらいだ。銃弾は無作為に飛んでくるため当たることが殆どないから良いとは言え(それだって一歩間違えば即死に繋がるが)、今は熱誘導らしい小型ミサイルを迎撃するのが先決だ。

 

「麦野!」

「チィッ――!」

 

 荷台に膝を付いたまま麦野が原子崩しをなぎ払いのように振るってミサイルを撃ち落していく。拡散支援半導体は、と聞けば、もう切らしてる、とのことだ。あればまた結果は違ったのだろうが、なぎ払いの合間を縫って、運よく誘爆しなかったミサイルが抜けてきた。やはり、いくら麦野でも目に見える数十のミサイル全てを撃ち落すのは難しいようだ。

 着弾まであと僅か。慌てて筐体の姿勢制御を切り替える。

 

 

――Urgent Changed... Select Posture Control... Surface-to-Surface <GROUND_TAIL>.

 (緊急切替。地対地姿勢制御『地竜』ヲ適用)

 

 

 背に畳んだ両翼が泡のように消滅し、尾骨を延長するように2m弱の鉄尾が形成された。それを重しにして立ち上がる。これならば強風にも耐えられる。

 だが、それだけでは問題は解決しない。異想再幻に選択した空間移動を切り替えたところで鋼鉄精製で武器を作る時間も、超電磁砲で充電する時間もない。

 

 

 ふと、

 

 

 

「え…………?」

 

 

 

 

 何かないかと視線を動かした先で、絹旗の零れ落ちそうな琥珀色の瞳と目があった。これだ、と思い、彼女の襟首の裏を左手で掴み上げる。それを見た麦野が俺の背後に移動した。

 

 

 

「え、ちょ、ちょっと待って……!?」

「上条!? それ人間としてどうなのよ!?」

 

 

 

 そこでようやく状況を理解できたらしい二人が何か言っているが、今はそんなことに割いてやる時間はない。

 

 

 

 

「いいから黙って壁になれ」

 

 

 

 

 

 直後、ミサイルが前面に展開した絹旗と接触し、

 

 

 

 

「ちょ、超ふざけンなァアアアアアアアアアア――!!」

「絹旗ぁあああああああああ!?」

 

 

 

 

 二人の悲鳴が爆音にかき消され、衝撃で車体後部が沈んでから跳ね上がった。浜面が慌ててハンドルを切り、リアを振りながら態勢を立て直す。足場が安定し、再び麦野が迎撃を再開する。

 

「~~~~っ! それが人間のすることですか!?」

「上条の鬼! 悪魔! 人でなし!」

「多分半分は人間だから安心しろ。――ほら、次が来るぞ」

 

 そして再び迎撃を抜けてきたミサイルが一機。

 

「な、また――!?」

 

 その射線上に絹旗を挟み込み、再び爆発。爆風に車体が振り回されるのも、直撃の前に一端迎撃を止めて落ち着いてから再開するのも先ほどと同じ。それから絹旗とフレンダが喚き出すのも。

 

「いつか法廷で会うことになりますよ!?」

「もう嫌だっ……! もう帰る! 私帰る! …………。なんでこんなところにのこのこ着いて来ちゃったんだろ……」

 

 これでとりあえず波は超えたらしい。原子崩しと誘爆を潜り抜けてくるミサイルはしばらくはないようだった。だが四脚の駆動鎧は未だ引き離せないまま。相変わらず無軌道に銃とミサイルを乱射しながら追ってくる。

 と、

 

「…………!」

 

 駆動鎧の遥か後方。赤い影がちらついたのが――、

 

 

『お、オイ! 道が……!』

 

 

 浜面が絶望的な声を上げる。振り返れば、前方の道が関節部から道の一部が崩れ始めているのが見えた。どうやら流れ弾が直撃したらしく、手前から崩れていくのが見える。

 それを見た瞬間、俺の中でパズルが組みあがるように道筋が組み上げられた。

 

 

 

――Boot Cancel...Skill<TELEPORT_LV4>. Skill Choice<RAILGUN_LV3>.

  (異能力再選択……『空間移動』ヲ解除。次策トシテ『超電磁砲』ヲ適用)

 

 

 

 精度は高くとも同乗者6名を乗せた自動車を瞬間移動できない『空間移動』から、まだ成功率の高そうな『超電磁砲』に切り替える。

 博打もいいところだが、もうブレーキも間に合わない距離だ。なら、それを試すしかない。

 

『クソッ……!』

「どっち道もう間に合わない! 行けッ!」

 

 麦野にメリアを頼んでから浜面に激を飛ばせば、

 

『クソッ、もうどうにでも――』

 

 アクセル全開にした浜面によって、トラックが陸橋の接続部から飛び出した。そのまま重力に引かれて車重の偏ったフロントから落下していく。

 

『はい死んだ! 俺今死んだァッ!?』

『大丈夫、生きてるよ浜面。…………今は』

 

 そんなことを二人が言っているうちにトラックがフロントバンパーを削りながら落下中の道に着地し、サスペンションによって衝撃を緩和されて傾いた坂を上り始める。

 

「ぐ……っ!」

「きゃぁあああああああああああ!?」

「いやぁああああああああ!? って、上条!? それ私のバッグ――!?」

 

 荷台搭乗者全員が必死にしがみついている中、俺はフレンダの持つバッグの中身を弄って残っていた小型ミサイル数本を取り出した。

 それと手持ちのナイフボムを合わせて坂道の終点――着地の衝撃で完全に外れた関節部直前に全力で投げつけ、それを追うように硬貨を電磁砲で射出する。トラック手前で投げつけた爆弾に電磁砲が着弾、電磁砲によって叩きつけられた爆発によって発生した衝撃が地を這うようにトラックの前輪を掬い上げる。

 それによってギリギリ前輪の高さが陸橋の高さに到達する。

 

「これで――――!」

 

 そこで掌を車体に貼り付け、搭乗者に流れないように操作しながら思い切り電流を流して簡易的に車体のフロントを電磁石に変換する。結果、陸橋の関節部に使われている鉄材に引っ張られ、前輪が接触。そのままの勢いで前輪が関節部を乗り上げ、車体が陸橋に着地する。最もその衝撃でシャシーが逝かれたのか、ハンドルを切り間違えたのか、トラックは右に半回転しながらコントロールを失って最終的に静止した。こんなことをすればトラックの電子機器どころか、俺達の持つ携帯端末でさえお釈迦になるだろうが、駆動鎧に殺されるよりマシだ。

 

『スッゲェ……、本当に渡りきっちまった……』

「で、でも、あの駆動鎧だって飛べるんだよ!?」

 

 フレンダの言い分も最もで。眼前でスラスターを噴かしながら断絶した道から飛び出して滑空し始めていた。だが、それでも。

 

 

 

「俺達の勝ちだ」

 

 

 

 空中で駆動鎧を支えていたスラスター六機が、その後方から打ち抜かれて爆発。垂直推力を失った駆動鎧が重力に引かれたまま落下し、視界からその姿を消した。直後、下方から爆発音と衝撃が届いた。直接目で見なくても大破は確実だろう。

 そして駆動鎧の後方から推進機を打ち抜いた赤い馬鹿野朗はと言えば、

 

 

 

 

「よ。どうよ、まさにヒーローって感じだろ?」

 

 

 

 

 なんて軽い冗談を吹かしながら、こちらもバイクに搭載されたスラスターでこちらまで空中を渡りきっていた。……集合地点はここではないが、正直助かった。

 今度こそ大丈夫だろうとシステムをシャットダウンし、エイワスの意識と俺の意識を分離させた。念のため滝壺に確認を取る。

 

 

「滝壺、アレの反応は?」

『もう無い。……多分大丈夫』

 

 

 追跡しづらいけどもう追ってこないと思う、とのことだ。

 

 

「怪我は?」

『……ステアリングに頭打った』

『腰が痛い……』

「私も。あとの三人は知らん」

 

 

 怪我の有無を確かめれば順に浜面、滝壺、麦野が心底疲れたように返答する。先ほどまでギャーギャー言っていた絹旗とフレンダは着地の衝撃で気絶。メリアも相変わらず。

 全身に細かい切り傷があるメリア以外、目だった怪我をしている奴はいない。ただ後で病院で診察を受けさせたほうがいいだろう。

 

 

 

「車は動きそうか?」

『……全部マニュアルに切り替わってるが、まあ何とかなる』

「おーおー、見事にボロボロにしてくれちゃって……」

「修理費もお前の給料から天引きだからな」

「ハァッ!?」

『……やっぱ、せめて半分くらいは俺が――』

「だから要らない。全部深嗣が持つって言ってるだろ」

「おいこら当麻。何俺一人に全部押し付けようとしてんだお前」

 

 

 

 気が抜けたのか、普段以上に収集の効きづらい会話をしていると、途端に疲れが押し寄せてきて全員そろって溜息をついた。もう疲れた。本当に。

 浜面も深嗣も、滝壺と麦野は最初からだが、もういいや、って感じだ。

 

 

 

「さっさと帰るぞ」

「「『『りょーかい』』」」

 

 

 

 丁度、東から昇って来た太陽が夜空を照らしていく。気付けばもうこんな時間だ。早く帰ってゆっくり休もう。……俺は補修だが。

 

 

 

 

 

 

 ……ただ、鍔迫り合った駆動鎧から漏れてきた声が気がかりと言えば気がかりだった。

 

 

 

 

 

 


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