便利屋イグニート   作:文ノ雪

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親の願い

あれからホテルにカチコミして数日が経った。製造主であるカチュアが死亡したことでフライハイトで流通していた麻薬の被害者の量は見るからに激減。後遺症を抱えてる者もいるが、これ以上被害が増えることはなく、次第に若者を中心に発生した麻薬問題は世間から忘れ去られていった。

 

「よくやってくれた。あれ以降、ウチのシマであの麻薬による被害は完全に消えてなくなった。おかげでウチのもんも安心して仕事を行えれるってもんだ」

 

シュヴァルツ・アクスの本部にある一室にて、ここのボスであるシレジスは機嫌よく茶を啜っていた。向かい席にはオリビアとリリィが座っている。今回の依頼に関する報告の最中であった。

 

「にしても、薄々感じてはいたがやはりローテ・ヘンドラーの手引きがあったか…ウチのシマに手を出すとは連中はよほど我らをナメ腐ってるようだ」

「今抗争を仕掛けるのはおすすめしませんよ、先に話した通りローテ・ヘンドラーは予想外の奴らと手を組んでるようなので」

「…親衛隊のことだろう?正直それが一番驚いた報告だ」

 

シレジスは小さく溜息を吐き、再び茶を啜る。立っていた茶柱が茶の底へと沈んだ。

 

「確かな証拠がない以上信じきれないが。本当だとすればマフィア…いや、裏社会全体のパワーバランスが崩壊しかねないな」

「いったいどういう密約を交わして協力関係にいるかは私のほうでもわかっていませんが、ろくでもないことであるのは間違いないでしょう」

「人体実験なんてのに協力してたらしいからなぁ、あの麻薬も実験に使われてたみてぇだし」

 

神妙な顔立ちでオリビアは話し、リリィはテーブルに出された菓子を手に取り口へ放り投げた。

 

「フム…まぁ、それは一回おいとくとして、お二人には予想を超える働きを見せてくれて嬉しい限りだ。ローテ・ヘンドラーの支配下にあるホテルをあんな無茶苦茶にしてくれるとは、爽快に感じたよ」

「ご希望に応えれたようでなによりです」

「報酬に関しては掲示した額より上乗せして、後日そちらの方に送るとしよう。これから何か機会があればまた、便利屋イグニートに頼らせてもらうよ」

「おっ!マジで!やったなオリビア!」

「おい!依頼主の前だぞ、少しは礼儀正しくいろリリィ…!」

 

口にだし喜ぶリリィをオリビアは諫め、シレジスの方へ向き軽く頭を下げ感謝の意を伝える。

 

「我々もこの辺でお暇させてもらいます。依頼がございましたらいつでも頼りにしてください」

 

そう言いながらオリビアはリリィを連れて、一度礼をとり部屋から退出した。一人残されたシレジスは茶を飲み干し、ソファにふかく背もたれる。

 

「人体実験…か、その右手の魔石と関係することだろう…いや、今はローテ・ヘンドラーの動きに注視しなくてはな」

 

 

 

「おい見ろよ、ローテ・ヘンドラーにカチこんだ二人組だぞ」

「経った二人で乗り込んで、それも勝っちまうなんてよ。おっかねぇたらありゃしねぇ」

「でも実力は間違いないよね。こんど私も依頼だしてみようかなぁ」

 

二人が本部内を歩いていると、それを遠くで見たマフィアたちは小声でひそひそと小話をしている。畏怖し戦慄する者もいれば、その実力に憧れに近い感情を抱く者もいる。

 

「…申し訳ございません、あとで強く言っておくので」

「大丈夫です、こういうのは慣れてますから」

 

同伴していたベルナデッタは申し訳なさそうな顔で二人に謝罪の言葉を掛けた。

 

「ところでですが、お二人はこれから何か予定があったりしますでしょうか」

「いや、新しい仕事はまだ来てねぇし、しばらくは暇になるな」

「時間ならいくらでもありますが、何か用でも?」

「えぇ…ここだと話しづらいので別の方へお話しますね」

 

 

 

案内され先は本部施設内にある一室の小部屋。ソファとテーブルしかないあまりにもシンプルな内装だ。

 

「まず最初に、うちのフェリクスを救助していただき、誠にありがとうございます」

 

三人が座った矢先に、ベルナデッタは深々と頭を下げた。

 

「えっちょ!?ベルナデッタさん!?」

「話は既に聞いています。ローテ・ヘンドラーのボケカスどもの卑劣な行為で人質となったアイツを経ったお二人で救助してくれたことを」

「いやぁ、オレたちは別に足したことはしてないけどなぁ」

「そうですよ、だからもう頭は下げなくても…」

「貴女方がどう思っても、私にとっては感謝しきれないほどの事をしてくれたんです」

 

思いがけない展開にリリィは少し恥ずかしそうに頭を掻く、尻尾は上機嫌な様子で揺れている。しばらくするとベルナデッタは頭を上げ、一度咳払いした後に再び口を開く。

 

「つきましては、お二人にある提案をしたくお呼びしたわけです」

「提案…というと、依頼ではないと?」

「はい、あくまでも私個人の提案…いや、我儘と言ってもいいでしょう」

 

そう言いながらベルナデッタは神妙な顔つきになり、二人を真っ直ぐ見つめている。

 

「単刀直入に言いましょう、ウチのフェリクスを便利屋イグニートの一員として迎え入れてくれませんか」

「「……えっ?」」

 

二人は思わず声が揃った。

 

「迎え入れる…というと、マフィアとしてでなくウチの従業員として扱ってほしいと?」

「ハイ、その通りです」

「えっ?マジで?本気で言ってんのあんた?」

「大真面目ですよ、私は」

 

流石の二人もこの話には驚いてしまった。あれほど優秀な子を仲間として迎えれてほしい、一体どういう風の吹き回しなのか、思惑はなんなのかと二人は思考を練っている最中でも、ベルナデッタは喋り続けた。

 

「実をいうと、あいつをここに入れさせたのは私なのです。向こうからマフィアに入れて下しい、なんて言って必死に願い出て、ボスと掛け合って入れさせたんです」

 

どこか懐かしそうな表情で語り続け、二人は静かに聞いていた。

 

「バカだけど、一度教えたことは必死に覚えようとして、仲間の為に全力を尽くし、それこそ命を捨てることさえ躊躇わない。あれほど真っ直ぐで元気なやつはうちでもそうそういませんよ」

「魔法や剣技に関しても裏社会で十分通じるほど強かった、いくら私たちが依頼であれば協力するとはいえ、そんな逸材を明け渡すほどのメリットはあるように思えませんが」

「…そういう問題じゃないんです。ただ私は、あいつにこれ以上、裏社会に縛り付けたくなかったんです」

 

その言葉に、オリビアとリリィは再び驚く。またしても予想外の言葉だ、二人からして嘘をついてるようにも見えない。

 

「あいつは、こんなところでなくても十分やっていける才能がある。殺しや脅ししかできないようなボンクラな私なんかと出来が違うんです」

「ベルナデッタさん…」

「…会って間もないあいつを命懸けで助けてくれたお二人なら、信じて預けられる。だからこうして話したんです。無論、無理は承知の上、私はこれを強制する気はありませんし、断ったところで刺客を送るなんて真似をする気はありません」

 

そして、再びベルナデッタは頭を下げた。

 

「ですが、お二人以上に安心してあいつを…フェリクスを任せれる者はいると思えないんです!オリビアさん、リリィさん、どうか…フェリクスを迎え入れてくれないでしょうか…」

 

その様子を見た二人は一度顔を見合わせ軽くうなずき、再びベルナデッタの方へ向いた。

 

「どうか頭を上げてくださいベルナデッタさん。むしろ、礼を言いたいのは私たちのほうですよ」

「だな、願ったりかなったりだぜ。フェリクスとは仕事抜きにプライベートでも飲みに行ったりしたかったからなぁ」

「…と、言いますと」

「その提案、喜んで承りましょう」

「……!」

 

ベルナデッタは喜びの感情を表に出さないよう必死に抑え込む。だが、その行動とは裏腹に、顔には優しくどこか安心感を感じてる笑顔が浮かんでいた。

 

「ありがとうございます…オリビアさん、リリィさん」

 

 

 

時刻は既に夕方を過ぎ、空に浮かぶ夕日は沈もうとしている。フライハイトの道中で、オリビアとリリィは雑談を交わしていた。

 

「いやぁ、まさか新しい仲間が増えるとは思わなかったぜ」

「来るのは数日後、ケガが完治した後だな。それまでに掃除や部屋の模様替えも済ませるとしよう」

 

この日は酒は飲まず真っ直ぐ事務所へ帰宅してる最中だ。フェリクスは自宅を持っていないらしく、オリビアら同様、事務所で寝泊まりすることとなる。となれば食器からベッドなど色々と準備しなければならないことがたくさんあるのだ。

 

「しっかし、ベルナデッタも案外お人よしというか、優しいところがあるんだなぁ」

「聞けばフェリクスという名前もあの人が名付けてあげたらしい。きっと、自分の子供みたいなものなんだろう。だからこそ、マフィアから足を洗ってほしいって願いもあったんだろうな」

「…ところでよ、オリビア」

 

さきほどまで上機嫌に話してたリリィは、声のトーンを少し下げながらオリビアにある話を出した。

 

「親衛隊について、これからどうするつもりだ。カチュアの言ってた人体実験は間違いなくそいつ案件だろ」

 

視線は右手の甲にある魔石に向いている。オリビアは足を止め、話していた口を閉ざした。

 

「魔石の人体実験…その真相を見つける。それがお前の目的だと、オレはあの時聞いた。親衛隊が関与してるのはわかりきってたことだが、今回の件を踏まえれば相手は思ったより強大かもしれんぞ。それでもやるのか?」

「…やってやるさ、絶対に」

 

オリビアもまた、自身の右手の甲を見つめ、強く右手を握り絞める。

 

「例え相手が誰だろうと、なんだろうと、あんなことがいまだ続いてることがあれで明らかになった。そのために犠牲者がいまだいることも」

「…オリビア」

「私のやり方であの実験は必ず止める…リリィ、お前も無理して付きあうことは…」

「あー!やめろやめろ水臭い!やっと新人が来てくれるって時によ!」

 

リリィはオリビアの腕を掴み取り、半ば強引に引きずる。

 

「予定変更!やっぱ飲みにいこうぜ!」

「ちょ、これから模様替えとかしないと…」

「気分転換だよ気分転換!どうせ来るまで日はあるし、何よりいつもより高い報酬をゲットしたんだ、パァーっと豪遊しようぜ!」

「ったく…仕方ねぇな。あぁ、わかったよ、そこまで言うなら限界まで付き合ってもらうぞ!」

 

空が夕焼けから夜へと変ろうとしてるなか、二人はネオンライトが次々と光りだしていくフライハイトの街中へと、人込みにまみれ消えていった。

 

 

 

「長官、以前発生したローテ・ヘンドラーの件ですが。行方不明と扱っていたキュリアは生存していたみたいです。いかがなさいましょうか」

 

ある一室にて、黒い軍服を着た一人の男が無機質に報告を行っていた。同じく黒い軍帽には真っ赤な光の紋章がある。親衛隊のシンボルだ。

 

「…奴にはまだ利用価値はある、殺す必要はない。だが監視は続けろ、なにか妙なことがあれば報告するように」

「了解いたしました」

 

椅子に座り、書類の整理を行いながら金髪の髪をした女は必要以上なことは言わず瞬時に命令し、相手の隊員もまた無機質に返事をし颯爽と部屋から退出する。

 

「では失礼しました、アドラー長官」

 

そう言って扉が閉まったの同時に、金髪の女…アドラーは作業していた手を止めた。長官、それは親衛隊の元締めであり、親衛隊を管理する者。そう、彼女こそが親衛隊のトップ、アドラー・フェルデナントだ。

 

「…オリビア・イグニートだったか。奴の素性も少しは調べる必要があるかもな」

 

表情はまるで読めない。そう一言だけ言うと再び書類に手を付け始めた。

 

グロリア帝国の未来、それは不確定で不安定に満ちている。その先に何があるのか、まだ誰にも知りようはない。




これにて一章的な話は一区切りとしようと思います
次回はサブストーリーのようなお話です
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